【第15話:二度目の人生】

 セナと別れたオレは、行きつけの店で食事を済ませると、そのまま村を後にする事にした。


「美味かった。凄く、美味しかった。ありがとう」


 そう言って少し多めのチップをテーブルに置いて店を出たオレは、目に映る村の長閑な景色を心に焼き付けながら、ゆっくりとあぜ道を歩く。


 たまにすれ違う顔見知りの村人に昨日の件を感謝され、心の中で世話になったと別れの挨拶を交わす。

 それを何度か繰り返していると、いつの間にか門に辿り着いていた。


 そして、そこには……、


「早いですね。もう出ていくのですか?」


 塀にもたれかかるリシルの姿があった。


 リシルとは昨日村の皆から一緒に歓待を受けた後、既に宿を取っているという事だったのでそこでわかれていた。


 オレはリシルの近くまで行くと、


「あぁ。この村の近くを通りがかっただけだからな。しかし、リシルこそ早いな。こんな所で何をしているんだ?」


 そう言って最後の会話を楽しむことにする。


 短い間だったが、この子には色々世話になったし、感謝している。

 ちゃんと最後に別れの挨拶ぐらいしておこう。


「きっとなら、朝早くに村を出ていこうとするんじゃないかと思って待ってたのよ?」


「そうなのか? わざわざ悪いな。しかし……Cランクは呼び捨てか?」


 オレはお道化て少し揶揄うようにそう返したのだが……。


「ランクは関係ないわよ。だって……あなたが言ったんじゃない。 


 オレは返ってきたリシルの言葉に胸の鼓動が早くなる。


「今、なんて……」


 どうにか絞りだしたその問いに、リシルは少し楽しそうに微笑みを浮かべる。


「テッドを驚かせるのはかしら? 二人きりのパーティーだから呼び捨てでいいんでしょ?」


 覚えている!? その事実にオレは目を見開き、思わずリシルの肩を掴んで問いかける。


「お、オレの事を覚えているのか!? いったいどうして!?」


 愛剣『聖魔剣レダタンア』が魔に傾いている今、その力を振るえばオレは世界から忘れられる。

 誰もオレの事は覚えていないはずだ!?


 そのはずなのに……何故!?


「正直、本当に危なかったのよ……? 何でそんな大事な事、先に教えておいてくれないのよ!」


 悪戯を成功させた子供のような無邪気な笑顔から、今度は真剣な眼差しでオレを見つめ返してくる。


「昨日、宿に帰って今回の件をちゃんと整理しようと思ったの。それで私の魔眼『アーキビスト』で世界の記憶を覗き見たのよ。そしたら……そしたら私のテッドと過ごした記憶や想いが一気に甦って……」


 そう言うリシルの瞳からは、大粒の涙が溢れかえっていた。


「リシル……すまない。まさか……まさかオレの記憶が甦る事があるなんて思いもしなかった……」


 謝るオレに「違うの!」と呟きながら何度も何度も頭を振り、感極まってオレの胸に飛び込んでくる。


「何よこれ……テッドは、こんな辛い事を何度も……何度も、何度も何度も何度も! 経験してきたっていうの!? ……ひどいよ……ひどすぎるよ……」


 そう言って静かにオレの胸で泣き崩れるのだった。


 ~


「リシル、大丈夫か?」


 思い切り泣いて落ち着きを取り戻したリシルに声を掛けると、少し恥ずかしそうにオレから目を逸らす。


「な、なんでテッドが心配してるのよ!? それは私のセリフでしょ!」


 ようやくいつもの調子を取り戻してくれたようだ。


「さっきまでは大丈夫じゃなかったさ。でも、今はリシルのお陰で大丈夫だ」


 オッドアイの瞳を大きく見開くと、その言葉に頬を朱に染めるリシル。


 しかし、そこで思わぬ反撃が待っていた。


「そ、そうね! 私のお陰だよね! なんせ私は昔好きだった人に似てるみたいだしぃ~」


「なっ!? そ、それはだな!?」


 どうせ忘れるからと余計な事を言ってしまった気がする……今度はオレが慌てる番だった。


「でも失礼よね~? 勝手に私と昔好きだった女性とを重ねないで欲しいな~。ねぇねぇ? テッドはどう思う? そう言うのって凄く失礼な話だと思わない?」


 完全に主導権を握られたオレは、頬を引き攣らせながらもどう切り抜けようかと必死に考える。


 考えるのだが……、


「そ、それはだなぁ。あ、あれだ!……あの……その……本当に悪かった!!」


 結局、焦るオレは何も思いつかずに素直に謝るのだった。


「まぁ今回だけは許してあげるわ。でも、次にまたと比べたりしたら許さないんだからね!」


「え? 今なんて? 何言ってるんだ??」


 何か非常に嫌な予感がする……。


「テッドが比べたのって、好きだったのって【導きの五聖人】の一人でしょ?」


「な!? ま、まさか!?」


「私の母さんは『聖女ルルーロ』よ?」


 本当に楽しそうにそう言うリシルに、オレは暫く開いた口が塞がらなかった。

 放心状態が続くオレに、リシルは話を続ける。


「これで驚かすのは3回目かな~♪」


「そ、そうだな……」


「私ね。母さんの手記であなたの事を……勇者テッドの事を知ったの。世界を救った勇者なのに……それ以前に母さんが大好きだった人なのに……どうして母さんが覚えていないのか? そしてそれに疑問を覚えないのか? 父さんにはちょっと悪いかなって思ったけど、ずっとずっとあなたに会いたかった。会ってみたかった」


「……ルルーは、好きでいてくれたのか……」


 その事実にオレは少し救われた気がした。

 それが、もう失ってしまった記憶の中の話だとしても……。


 その後、父親がヒューだと……『暴風のヒューリ』だと聞いて4回目の驚きを受ける事になる。


 オレとヒューは、当時からお互いルルーの事が好きだった。

 でも、ヒューはいつも事あるごとにオレとルルーをくっつけようと色んな罠を仕組んでいた。

 思えばリシルの悪戯っ子っぽい所はヒューから受け継いだのかもしれない。


 ただ、この事実はオレを少し明るくさせてくれた。嬉しかった。

 どこの馬の骨ともわからない貴族と結婚していなくて……ヒューと一緒になれたのなら……本当に良かった。


 凄い数の貴族が聖女であるルルーに群がっていたからな。

 思えばその時にオレは貴族連中が嫌いになったのかもしれない。


「それでね。私、決めたの。これからずっとテッドについて行くって。テッドの事は私がずっとずっと覚えているって!」


 その言葉は凄く嬉しかった。


 でも、本当にオレなんかについて来て良いのか?

 こんな才能の塊みたいな子、ヒューやルルーと一緒にいた方がリシルの為になるんじゃないのか?


「ありがとうな。でも、オレみたいなおっさんについて来ても何も良い事なんてないぞ?」


「もう決めたの。勇者テッドと出会って、私があなたともっと一緒にいたいって思えたから、だから……これからよろしくね!」


 オレの事を忘れないでいてくれる人がいる。


 きっとそれだけで、オレは前を向いて生きていける。


 魔王を倒した時、『聖魔輪転』によってオレは全てを失った。


 その後も必要に迫られて何度も剣を抜くことになり、何度となく失う事で、何にも期待しなくなった。


 あの時、不老となってが止まったように、オレの人生も時を止めていた。


「あぁ……こっちこそ、これからよろしくな!」


 そう言って交わす3度目の硬い握手に、がまた動き出した気がした。


 きっとここからまた始まるんだ。二度目の人生が。

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