第26話 強さ

「さてと、とりあえず状況整理としましょうか」


 私たちの前にイチゴジュースが出される。

 軽く飲むと、とても甘くてすごく美味しい。


「まず最初にリリアン。あなたがララちゃんをファニー、ゾエ、エステルと結託して虐めていたことに間違いはないかしら?」

「はい」

「そして、その虐めの中心となっていたのが貴方というのは間違いないかしら?」

「見方によってはそうかもしれないわね」


 見方によって?

 どう考えても私を虐めていただろ!!


「ララちゃん。リリアンにも事情があるのよ」

「だからなんなんですか!!」

「……とりあえず聞きなさい。ただ、間違いなくララちゃんは彼女のことを許せないと思うけどね」


 リコは他人事のように優雅にストローでジュースを啜りながら私たちの方を見ている。

 一体この女にどんな事情が……


「まずリリアン。あなたはどうしてララちゃんを虐めたの?」

「正直に言うと誰でも良かったのよ。誰かを虐めると誰かが喜ぶ。私という人間は呼吸をするように人を不幸にする。それは体質で絶対に治らない」

「……それで?」

「だから、その体質を活かした。ララを虐めることで周りに娯楽を提供したの。そして私は自分の居場所を確立していった。簡単に言うなら、自分の居場所を得るためね」


 我慢ならなかった。あまりに身勝手な言い分。考えるより先に体が動いて、剣を生成。

 そしてリリアンの額に向かって飛ばす。しかし、それをリコが指で挟んで止めて、どこかに投げ捨てる。


「ララちゃんの怒りも分かるわ。それでも殺しは絶対にダメよ」

「綺麗事を!」

「そう言われたらなにも返せないわね。でもリリアンを殺すなら私を殺してから殺しなさい」


 私は黙る。リコを殺す? 無理だ。実力的に不可能だ。この場においてリコが絶対の実力者だということを改めて思い知らされた。


「さてと、リリアンちゃん。少し歯を食いしばりなさい」

「なにを……」


 リリアンが言葉を喋り終える前に彼女の体が吹き飛んで、壁に練り込む。

 彼女がいた場所にはリコの足があった。リコは容赦なくリリアンを蹴り飛ばしたのだ。


「蹴り一発。これでも足りないくらいね」

「なにをするんですか!!」

「……あなた。自分がなにをしたか分かってるのかしら? あなたは自分の都合だけでララちゃんを傷付けたのよ。それは紛うことなき罪なのよ」

「私が悪いの!? それならどうやって生きろっていうんですか! 私は関わる人間を必ず不幸にする! そんな人間が……」

「悪いなんて一言も言ってないわよ。だけどララちゃんを虐める以外にも生き方はあったんじゃないかしら?」

「そんなの……あるわけない!」


 その時、リコは母親のような表情をしていた。まるで子供をあやす時みたいな……


「……掃除が丁寧。数学が得意。それと政治についても他人に説明出来るくらい詳しい」

「それがなんだというんですか!」

「二週間くらい同棲して分かったあなたの良いところよ。悪いところばっかり見ないで自分の良いところをみなさいよ。たしかにリリアンは人の気持ちが分からなくて、キツイ言葉を言って人を傷付けて、不幸にするかもしれない」


 まるで分かってたかのようだ。

 リコはリリアンの言ってほしいこと、そしてリリアンという人間を完璧に分かってるかのようだった。


「――だけど、それを補うくらい良いところもたくさんあるのよ。あなたなら人を虐めなくても自分の居場所を確立することが出来るはずよ」

「そんなこと……」

「出来るわよ。この人を見る目には定評のある騎士団の第三部隊隊長の私が言うのだから自信を持ちなさい。そして、今のあなたがすべきことはなに?」


 その一言でリリアンは何かに気付いたのか私の方に来る。それでたった一言だけ。絶対に彼女から聞くとは思ってなかった一言が放たれた。


「……今までごめんなさい。ララ」


 その言葉にどう返したらいいか私は分からなかった。私はこの女に全てを奪われた。

 たった一言で許せるか? そんなわけがない。


「ララちゃん。許すかどうか決めるのは貴方よ。リリアンを許さないって選択をしても誰も貴方を誹謗しないし、私がさせないから安心しなさい」


 答えは決まってる。

 ごめんなさい。その一言。


 それだけで許せるわけがないだろ!!


 はい。そうですか。

 これで終わるなんて、どんなお花畑の頭をしている! 付けられた傷っていうのは一生消えないのよ! 私は気付いた時にはリリアンの頬を叩いていた。


「まぁ……そうなるわよね」

「ふざけるな。お前が謝ったからといって私が奪われたものが返ってくるのか! お前は私から奪ったものを全て返してくれるのか!」

「それは……」


 リコは少しだけ悲しそうな顔をしたように見えた。しかし表情自体は大きく変わっていない。もしかしたら私の見間違いだったのかもしれない。そう思っている中で私達のやり取りに横槍を入れた。


「ねぇリコちゃん。あなたはどうしたらリリアンちゃんを許せるのかしら?」

「は? どうやっても許せるわけないでしょ! この女はそれだけのことをしたのよ!」

「……だそうよ。リリアン。それがあなたの罪よ。あなたは絶対に許してもらえない。虐めっていうのは心の殺人とも言うくらいで、すごく重いのよ」


 それからリコが一言だけ付け足す。

『ごめんなさいで済むのは小学生まで』と重い一言を。リコはもしかしたら最初から私がどんな反応をするか分かっていたのかもしれない。


「私……どうすれば……」

「そのくらい自分で考えなさい。自分の犯した罪くらい自分でケジメを付けるね」


 リコの二つ名は非情。『非情のリコ』と民衆から呼ばれている。なんとなくその意味が分かったような気がした。誰よりも甘いように見えるリコだが、最後まで手は貸さない。

 あくまで道筋を示すだけ。そのあとは突き放すのだ。それこそがリコが非情と呼ばれる所以なのかもしれない……


「それとララちゃん。許すことができるっていうのは強さよ」

「なんですか? 私が悪いんですか? 私は被害者なんですよ」

「被害者? ジョークが上手ね。あなたはファニーを殺した加害者じゃない」


 私が加害者なわけがない! そもそも私だって虐められなければファニーを殺すこともなかった! こいつらの自業自得じゃないか!


「この際だからハッキリと言っておくけど、これは簡単な問題じゃないわよ。もしもリリアンがララちゃんを虐めなければ、ファニーは死ななかった。それは否定のしようのない事実。でも、殺人をしてもいいのかというと完全に別問題なわけ。これは一言でどっちが悪いとか言い切れるものじゃないわ」

「あなたはなにが言いたいんですか!」

「あなたが弱いっていっただけよ。もっともララちゃんが弱かろうが、私には関係ないけどね」


 ムカつく。この価値観の押し付け、こうあるべきだという強要。それがイラつく。リコは容姿も良くて、スぺックも高い。虐めとは無縁な人間。こんな女に私の気持ちが分かるわけない!


「私は悪役よ? だから私は誰も救わないしい、自分が正しいと思ったことをする。それだけよ」

「あまりに無責任じゃありませんか!!」

「悪役が無責任なのは当たり前でしょ?」

「このクズ!!」


 私は怒りに身を任せて、リコに剣を投げつけていた。しかしリコはそれを簡単に避ける。掠りすらしない。この女だけは殺す! 絶対に殺す!


「許さないのは貴方の勝手。私はそれに対しての感想を言っただけ。なにか問題があるのかしら?」

「殺す! 絶対に殺す!」

「……逆に聞くけど貴方はこれから一生リリアンを許さないで、憎しみを抱えて生きていくのかしら? それは悲しい生き方だと思うのよね」

「黙れ!」

「私だって普通なら特に言うことはなかったわよ。でも、ララちゃんは違う。あなたは人殺しよ。人殺しが自分のことを許してもらって人を許さないっていうのはどうかと思うのよね」


 だからなんだ! 私は許してもらおうなんて思ったことは一度も無いし、後悔したこともない。そのなにが悪い!


「うまく言語化するのって難しいわね。とりあえず言いたいのまとめるわね。見てて私が不快だし、なんの進展もしないからさっさと仲直りしろってことよ! そこら辺を少し理屈っぽく、納得してもらえるように言おうとしてけど疲れたわ」

「なにを!!」

「そもそも、あなたは自分の気に入らないことを武力で解決してきた人間。考えてみたら、そんな温情はいらないわよね。私に同じことをされても文句はつけられないわよ?」

「ふざけるな! それでも騎士団の人間か!」


 その時だった。ドカンという音と共に壁が割れた。それからコトンコトンと靴音を鳴らしながら仮面の男が入ってくる。


「お取込み中、失礼します。私はシェヘラザード。こちらに滞在しているララちゃんを引き取りにきました」

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