幕間 リコの考え

 私はトマトのステーキを食べながら、今後の方針についてアリシアと話す。今回は辛うじて間に合ったが、少し遅かったら死なせていた。そればかりは私の反省点だ。


「……それでリコさん。なんでこの街に?」

「あなたが心配だったからよ」

「私なら大丈夫ですよ」

「大丈夫? あんた、私が来なかったら死んでたわよ?」

「……ですね。それと助けていただいてありがとうございます」

「上司として部下を守るのは当然よ」



 来た理由としては、正直に言ってアリシアの手に余ると思ったからだ。アリシアは私の部下の中でも五本指の実力者。もしかしたら殺し屋が関わってて戦闘になっても対応出来るようにと最初は彼女を選んだ。しかし調べるうちにもしかしたら幻の死神っが関わってる可能性があると判断。その場合は流石のアリシアと言えど危ないと判断してきたわけだが……


「しかし資料を読めば読むほど厄介な状況ね」

「そんなにですか?」

「最悪も良いところだわ。この事件の動機は虐めっていうのは分かる?」

「はい」

「それじゃあ、ここで犯人を逮捕したらどうなる?」

「あ……」


 アリシアも気付いたようだ。この事件の厄介なところ。それは犯人を逮捕しても終わらないということだ。ここで、あの殺し屋を逮捕する。そしたら虐められていたララちゃんはどうなる? 恐らく虐めに耐えながら学校に行くか、それとも不登校に戻るかの二択しかない。つまりララちゃんを救えない。


「だから私達はここで『今回の失踪事件の真相を暴いて、犯人を捕まえる』『虐めを止める』の二つをしないといけないわけよ」

「あの……虐めを止めるのって騎士団の仕事ですか?」

「違うわよ」

「それじゃあなんで……」

「私のエゴよ。目の前に困ってる人がいたら助ける。私がそうしたいのよ。喪っと言えば誰にも泣いてほしくないのよ」

「それが、どんな悪人だとしてもですか?」

「ええ」


 今回の事件は解決するだけでは、ララちゃんの救いにはならない。かと言って解決しなければ被害者は増える。だから難しい。


「しかしララが関わってるのは明白です。つまり私達は捕まえなければならないんですよ?」

「ねぇ。アリシア」

「なんですか?」

「私達の仕事は捕まえて終わりじゃないのよ。捕まえてから更生させるまでが仕事なのよ。いじめっ子が普通に罰せられることもなく生きてて、ララちゃんはなんて思うかしら?」

「それは……」

「恐らく『なんで私だけ……』とか『世界は理不尽だ』とかよ。そのまま捕まえたところで彼女はなにが悪いのか理解出来ない。そして更生させるためには罪を理解させる必要があるわけ」

「それで虐めの解決ですか……」

「そういうこと」


 ここでは言わないが、私はもう一人救いたい。それはあの殺し屋の女の子だ。彼女が人を殺すようになったのも理由があるはずだ。だから捕まえて罪をしっかり償わせて、普通に生きてほしいと思う。もっとも人殺しの末路なんて決まってるのだから難しいとは思うが。


「私の上司がリコさんで良かったです」

「私なんかでいいの?」

「リコさんだから良いんです」

「そう……」


 しかし殺し屋の女の子は大丈夫だろうか? 一応、手加減して蹴った。しかし蹴ったのはお腹だ。怪我をしてなければいいいが。それとカッとなって殴ったのは私の反省点だな。やっぱり人を殴るのは簡単だっが、殴らないというのは難しいものだ。


「リコさん。そういえばあなたってどうしたいんですか?」

「そうね……最後はみんなが笑ってほしいわね。犯人も被害者もみんなが笑って終わるのが一番良いんじゃないかしら。まぁそんなのは絶対に不可能だと思うけどね」

「そうですね」

「でも、不可能だから諦めていい理由にはならないわ。不可能だと分かってても、そうなるように最後の最後まで頑張るのよ。そうすればきっと良い方向に物事は転がるから」


 創作物で定番の『勇者が魔王を殺してハッピーエンド』の物語。私はずっと疑問に思っていたことがある。どうしてみんなを救う勇者様なのに魔王を救わないのかと。たしかに無理なのは分かる。魔王が自分が豪遊したいから世界を征服するなんて言い出した日には絶対に無理だと私でも分かる。しかし勇者なら最後の最後まで、そんな魔王でも救おうと足掻くべきなのではないだろうか。豪遊するために世界征服するというのなら、豪遊以上に楽しいことを魔王に教えるべきだ。それなのに勇者は、どうしてそれをしないのか。

 その問題に未だに答えは出ない。だから私は、そういう救いようのない魔王あくでも最後まで救う人になりいたい。そして世界に証明する。どんな悪でも救うことが出来ると。それが騎士団の第三部隊隊長を任された私の義務なのだ。


「生きたい人が生きたいと思える世界を作る。悪人だからと言って死んでいい理由にはならないと思うのよね。死んでいいのは死にたいと思ってる人だけよ」

「それが殺人犯だとしてもですか? 殺人犯だとしても生きる権利があると?」

「ええ。殺人犯にも幸せになる権利はあるわ。ただ絶対に幸せになれないとは思うけどね」

「なんで幸せになれないんですか?」

「さぁ? でも世の中っていうのは絶対にそうなるように出来てるのよ。分かりやすくいうなら世界の法則のようなものかしら? まぁそれでも私は殺人犯が幸せになれるように手は貸すけどね」


 ダメだ。段々と自分でもなに言ってるのか分からなくなってきた。どこか破錠してるんじゃないかと自分でも心配になる。

 しかしアリシアはなにも言わない。それは私が上司という立場だからなにも言えないのか、それとも変なところがないから言わないのか。それすらも分からない。


「……ねぇアリシア。おかしなこと言ってないかしら?」

「リコさんがおかしいのは今に始まったことじゃありませんから心配しなくていいですよ。正直に言ってリコさんの考えを私は理解出来ません」

「そう……よね……」

「でも、リコさんが私達のことを考えてくれてるのだけはよく分かります。だから理解は出来なくてもリコさんを信じられます」


 信じられるか。

 それは重たい言葉だ。だって誰かに信じられるということはそれに答える義務が生まれるからだ。だから私はあんまり信頼されるのは好きではない。でも、誰かに信じてもらうというのは心地良いなと思う。


「私達だねじゃない。リコさんは視界の届く人を全て助けようとする。赤の他人だろうが犯人だろうがです。もちろん理解は出来ません。しかし、私は最高にそんなリコさんがカッコイイと思いますし、憧れているんですよ」

「……ずっと悩んでるの。私はこれで良いのかって」


 私は手の届く人を全て助けたい。それはみんな笑ってた方が楽しいと思うからだ。しかし私はそれが間違ってるんじゃないかと時々思ってしまう。

 犯罪者との対面。騎士団に入ってから、その機会は大きく増えた。法を犯すのにはそれなりの理由があり、たまに同情することもある。しかし……


「今回の事件で例えるわ。私がこの事件の犯人を捕まえて、その人を更生させて世に放つとするわ」

「はい」

「そしたらファニーの親族はどう思うかしら? 娘を殺した犯人が生きてるなんて絶対に許せないでしょうね。つまり私のしてる行為は誰かを不幸にしてるのよ」

「そうですね」

「だからホントにこれで良いのかってよく悩むわ。もっとも永遠に答えは出ないとは思うけどね。ごめんね。変な愚痴に付き合わせちゃって」


 私はトマトのステーキを平らげて立ち上がる。とりあえず今後の方針を立てるためにオソファーとも合流したい。

 アリシアは念の為に犯人の意表を突けるようにと、裏で調査してもらってるに過ぎない。

 もっとも思ったような効果は出なかったが。


「それじゃあ行きましょう。アリシア」

「はい!」


 まぁとりあえずやることは一つだ。

 私はこの事件の犯人を捕まえる!

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