第14話 二人目

「なるほど……つまり疑われたというわけだね?」

「はい」


私は起こったことをありのまま話した。ホームズ先生はそれをなにも言わずに聞き入れる。その時、初めてホームズ先生の顔が曇るところをみた。


「ララ君。君は同行をすべきだった。君が同行すれば疑いが確信に変わることなどなかったのだよ」

「すみません……」

「そうなれば、騎士団のそのアリシアという女を殺してしまおうか……。いや、それは意味がない。恐らく既に報告済み。なら騎士団を滅ぼすか? いや、不可能だ」

「ホームズ先生。そんなにマズいんですか?」


 ガブリエルが陽気な声でホームズ先生に問いかける。それに対して先生は怒鳴るようにガブリエルに言う。


「マズいとも! 恐らく騎士団はララを容疑者として、捜査を進める。そしたらすぐに今回の動機が復讐だとバレてしまう。つまり次のターゲットが絞られたということだ!」

「そもそも、なんでララが容疑者に浮上したのでしょう?」

「分からん……ただ思ってた以上に騎士団が有能だったということだ」

「でしょうね。なんと言っても騎士団にはリコがいる。無能のはずがない」

「随分とリコという女を崇める……ね?」

「そりゃそうですよ。彼女を一目見たら分かりますよ」

「……まぁいい。とりあえずルナが証拠を残すわけが無い。つまり物的証拠は一つも出ない。つまり私達を逮捕することなど、騎士団には不可能だ」


 ホームズ先生は汗を拭う。仮に私が犯人だとバレたとしても、犯人だと証明する手段がない。全て偶然で済ますことが出来る。つまり逮捕は不可能。私が捕まるなんてことは間違いなくありえない。


「しかしルナが動きにくくなった。ゾエ、エステル、リリアン。ララを虐めてた奴らには間違いなく騎士団の護衛がつく。ルナ……それでも拉致することは可能か?」

「うーん。流石に無理かな。やるなら護衛の騎士団を一人殺すことになるかな」

「なんだ。問題ないじゃないか。それなら騎士団を殺して拉致してくれたまえ」

「いいの? 騎士団を殺すということは騎士団全員を敵に回すということ。血眼になって、あんたを探すよ? それに今回の件でハッキリしたけど騎士団には頭のキレる奴がいる。ここで怒りを買おうものなら、あんたの存在を嗅ぎつけ……」

「それはないですね」


 ルナさんと先生の会話。そこにはガブリエルが割って入る。それに二人がガブリエルに注目する。なにを根拠にそんなことを言うのかと。まるでガブリエルの言葉に興味があるかのようだった。


「リコは絶対に人殺しを許さない。そういう女です。既に僕たちは彼女の恨みをこの上なく買っています。つまりカンスト。それこそ満杯のバケツに水を注ぐようなもの。つまりこれ以上の恨みを買っても変わりはない」

「なるほど。たしかに……」

「まぁ私はホームズ先生の言葉に従うよ」

「ルナ。騎士団の護衛を殺してゾエを拉致したまえ」

「りょうかい」


 私は大きな失敗をした。しかし計画に大きな変更は無さそうだった。しかし騎士団は手練れだ。そんな簡単に殺せるものなのだろうか?

 そんな心配する私を見かねて、先生が私の頭に手をポンと置いて、たった一言だけ投げかける。


「ルナはプロだ。殺すと決めた人間は必ず殺すよ」


 私は何故か、その言葉を聞いて安心した。そして今夜二人目への復讐が始まる。私から全て奪った奴らへの復讐が……


* * *


 ルナは超の付く一流殺し屋だった。彼女が殺せない相手は数えるくらいしかいない。例えば国最強と謳われる剣聖。それは単純に返り討ちに合う。例えば王様。流石に超一流の殺し屋と言っても多勢には無力で常に護衛に囲まれた王様を殺すのは至難の業。殺せない相手がいるにも関わらず、裏社会は彼女を超一流の殺し屋だと言う。

 理由は簡単だ。殺し屋に求められるスキルは殺しのスキルではないからだ。大事なのは一切の証拠を残さずに殺すこと。ルナはその一点に限って言えば間違いなく指折りの実力者だった。そのうちルナはそのスキルを活かして、様々なことをした。拉致に強盗に薬物売買。悪いことは殆どやっただろう。そのうち国は彼女のことを、こう呼んだ。『幻の死神』と。


「……あれがゾエね」


 彼女は今日も仕事をする。彼女の見る先にはいるのは、今にも下着が見えそうなくらい短いスカート、小麦色に焼けた肌、そして人目を引き付けるピンク髪。そんなギャル三種の神器を身に着けた女性だった。


「うぜぇ……」

「あなたは命を狙われてるのよ?」

「だから、そんなわけねぇだろ! ララにそんな勇気があるわけがねぇ!」


 そんな彼女の近くにいるのは紫色のワンピースに白い花柄のカバンを身に着けた女性。彼女はワンピースにも関わらず、子供っぽいという印象を一切与えず、それどころか大人特有の色気すら出していた。また、整えられた金髪は美しくて、指を通したくなる。その人はギャルの隣を歩くには、あまりに不相応。

 しかし、そんなことはどうでもいいと思った。どうせ殺せば同じだ。ルナはそう思い、銃を取り出し、頭に狙いを定める。ルナの銃にはサイレンサが付いており、音で人が寄ってくるなんてことは、殆どない。

 そして彼女は銃をホルスターから出して、約0.6秒という超高速で撃つことが出来る。構えてルナは今日の仕事は終わりだと気を抜いた。ルナが銃を構えて人を殺せなかったことなど一度も無い。

 

「――あなたが犯人ね!」


 その時だった。ルナの手に痛みが走った。彼女は今まで受けたことのない痛みに混乱する。銃を撃たれた方向を見ると、先程の紫色のワンピースの女性がルナに向かって銃を構えていた。しかも丁寧にサイレンサを付けて音が出ることはない。

 ルナは腐ってもプロだ。それだけで自分の手首が撃たれて、銃を払われたというこだけは理解した。しかし理解したと同時にルナの頬に激しい衝撃が襲い。吹き飛ばされる。


「私は騎士団第三部隊所属アリシア。あなたを殺人未遂の現行犯で逮捕するわ」


 ルナは状況を把握すると同時に反省する。あまりに騎士団という存在を舐めていた。ルナは殺しのプロ。しかし戦闘のプロ。日頃から戦闘の訓練をしてる騎士団とは分が悪すぎる。だからこそルナは本気で殺しに行くことにした。

 ルナの早撃ちに対応出来る人間など存在しない。幸いにも吹き飛ばされたことでアリシアと距離が生まれた。この距離なら間違いなく戦闘になる前に殺せる。少なくともルナはそう思い、予備のハンドガンを取り出そうとする。


「あなたの早撃ち。先程の動きから0.6秒だと推察するわ。ごめんね――私は0.07秒で撃てる。つまりあなたより早い」


 しかし、ルナがハンドガンを手に取ると同時に銃で弾かれる。アリシアという女は騎士団どころか国でも最高レベルの銃の使い手である。ルナが銃で勝てる道理など万に一つも存在しないのだ。しかしルナはそれを把握していた。名前を聞いた時からルナはアリシアがトップクラスの銃の使い手であることを思い出していた。アリシアは国でトップの腕前の銃の使い手。知らない方がおかしな話である。

 だからこそ、ルナは銃を抜こうとしたのだ。アリシアが銃を弾けば、勝ったと確信して彼女に隙が生まれると信じて。


 そして事実としてアリシアは油断した。ルナは怯むことなく懐からナイフを出して、アリシアの首を引っ掻こうとする。ナイフで首を引き裂かれたら、大体の人間が死ぬ。アリシアといえど例外ではない。そのことに彼女が気付いた時には既に手遅れだった。そして美しい鮮血が噴水のように涌く――はずだった。


「……やっぱり来て正解だわ」


 ルナのナイフは警棒で受け止めれる。もちろん、その警棒はアリシアの物ではない。つまり第三者が現れて、ルナの攻撃を受け止めたのだ。

 また、ルナのナイフは特別性だ。なんといっても彼女なナイフは鉄も切り裂くのだ。つまり本来なら警棒くらい切り裂いて、アリシアの首を斬れるはずだったのだ。


「ダイヤモンドは砕けないわよ」


 顔を上げると、そこには猫耳が付いた黒いパーカーを着た女がいた。彼女の顔はパーカーに隠れていて見ることが出来ない。しかし、そんなことを考える暇もなくルナの頬が警棒で叩かれる。その硬さと言動。それから警棒がダイヤモンドで出来ていることを察するのは余裕であった。それより問題は彼女が何者なのかということである。


「……あなたは誰?」

「そういえば名乗ってなかったわね。私は騎士団第三部隊団長の『リコ』よ。覚悟しなさい。小悪党」


 それから、女はパーカーを外す。そこにはチョコレート川で見た顔の女がいた。彼女の顔は大変整っており、相当の美少女である。そんな美少女の顔には怒りと気怠さを感じさせる。ルナは内心で『これがリコか』と思いながら、再びナイフを構えて、今度はリコの首を跳ねようとする。

 しかし彼女は全て鼻歌交じりにパーカーのポケットに手を入れたまま、躱していく。その時点でルナは完全に察した。分かってはいたが、この女はとんでもなく強いと。


「どれも殺しに特化した動きね。一撃が確実に致命傷になる。当たったらヤバいけど、当たらければ問題ないわね」


 既にルナにある選択肢は一つだった。それは撤退。間違いなくリコという女は不意打ち以外では殺せない。だから今は逃げる隙を疑うべきだ。ルナはそう思っていた。もっと言うならば逃げることしか頭になかった。


「あなたの動きから察するに殺し屋かしら? たしかにそう考えれば一切の証拠がないのも説明がつく。随分と厄介なことになったものね」


 ルナはなにも答えない。というより答える余裕がないのだ。それほどまでに彼女は追い詰められていた。


「……さて、終わりにしましょうか」


 それからルナの腹に34発の蹴りが入る。そして34発蹴るのにかかった時間はなんと2秒。リコの動きは明らかに人外のレベルだった。しかも、そんな動きをしたあとなのにリコは欠伸をするくらいの余裕を見せる。


「今のはアリシアとそこにいる女の子の分。人を怖がらせるって重いことなのよ?」


 しかし幸いにもルナが蹴り飛ばされた方向にはなにもない。ルナはラッキーと思いつつ、そのまま逃げていく。そしてリコはそれを追う気配は一切無かった。


「アリシア。帰るわよ」

「……リコさん……逃がしてよかったんですか?」

「逃がしたのよ。現に逃げやすい方向に蹴り飛ばしたわけだし」

「え?」

「あの殺し屋には発振器つけといたから、あとで依頼主もまとめて捕まえるわ。そんなことより私はあなたに怪我がないかどうかの方が心配だわ」

「大丈夫です……」

「それなら良かったわ。それと仕事で怖い思いさせてごめんなさい。それと今夜はそのお詫びとして私の奢りで好きなもの食べていいわよ」


 そうして、ルナは逃げていく。

 天野川理子に泳がされてると夢にも思わずに……

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