第9話 ただの男の子

 うむ。困った。まさか散歩してたら拉致られるとは完全に予想外。そういえば言い忘れていたが、僕の名前はガブリエル。どこにでもいる普通の学生。もっとも拉致される時点で普通じゃない気はする。しかし、ここはどこだろうか。僕の家は裕福ではない。つまり身代金には期待できないというのに。

 そんなことを考えてるとコツンコツンと足音がする。そしてガムテープと目隠しが外された。


「おめでとう。君はこれから死ぬことが確定された」

「あ、はい」


 金髪長髪の男が話しかけてくる。死ぬのはさすがに予想外。まぁどうでもいいか。とりあえず僕の話をしよう。世の中に求められるスキルというのは隙がある時に自分語りをすることである。僕という人間には数少ない趣味があった。それは小説を書くことである。自分の思い描く世界を文字にするというのは、とても楽しいことである。人類最高の娯楽と言っても過言ではないかもしれない。

 しかし死ぬかぁ……ん? 待って。僕って死ぬの!? マジ!?


「思ったより驚かないんだね」

「痛くなければ、なんでもいいですから。僕は善人なので極楽に行けると思いますから。まぁぶっちゃけた話をすると実感が涌かないんですよね。ていうか死ぬって言われて明確に死のイメージが出来る人間がいるわけないじゃないですか」

「まぁいい。ララ君、入りたまえ」

「はい」


 ララ。どっかで聞いた名前だなと思う。それから僕は顔を見てララという存在を思い出した。虐めの標的にされた可哀想な女の子。そして不登校。今日学校に来ていたが、登校してすぐに帰宅するという奇妙なことをした女の子。

 うーん。僕は虐めに関与してないのにいどうして死ななくちゃならないのか。

 それとも実は僕という存在は実は多重人格で、気付かぬうちに彼女を虐めてしまっていたのか。それだったらまぁ仕方ないかなぁ……


「ガブリエル。あなたには実験台になってもらう」

「実験台? どういう意味?」

「私は私から全て奪った奴らに復讐する。地獄を見せてやる」

「なるほどね。殺すなんて言うがやることは拷問か。人間というのは復讐と聞いて真っ先に拷問を考える生き物だ。だから君は僕を拷問して、どうやったら一番痛めつけられるか調べると。爪剥がしをするにしても、爪は二十枚しかない。だからこそ、タイミングは大事だね。うん。僕は少なくとも、そう思うよ」


 しかし大人しかった女の子がここまで変わるのか。いやぁ世界って凄く面白いね。だから僕はこの世界が大好きだよ! 最高じゃないか! 女の子が狂っていく。恐らくララを狂わせたのは、あの金髪の男! いやぁ一緒に酒でも呑みたいものだ。


「……でも痛いのは嫌いなんだよ。だから標的を変更してくれると個人的には嬉しいんだけどなぁ」

「無理。私はあなたを殺す。ごめんなさい」


 さて、ヤバい! これは大ピンチ! と思うじゃん?

 これでも僕は天才なんだよね。だからどうやったら生き延びるか分かっちゃたよ。ララに足りないのは想像力。拷問をすると言ってもどう拷問をしいていいか分からないわけだ。それならやることは一つじゃないか。


「目の前で恋人を殺す。そして、その肉を煮詰めてトロトロのシチューにして食べさせるんだ。それで……」

「あなたはなんの話をしてるの?」

「簡単さ。復讐の話さ。自分で言うのもアレだが、僕には想像力がある。人を苦しめる方法なら無限に涌いてくる、だから僕は君に復讐の方法を教えよう。その代わり助けてほしいな?」


 想像力の提供だ。恐らくララという人間は想像力が足りていない。つまり僕が想像力の提供者となり、共犯者となる。それが唯一生き残る道である。

 このガブリエル。日頃からネットで小説を書いていた経験があり、想像力には自信がある。もっともPV三桁前後の底辺であるが……


「興味ない」

「へぇ~!?」


 待って! 死ぬよ! これ死んじゃうよ! 僕は死にたくないんだけど! すぐにプランを考えろ。そういえばララは、なんでこんなにも変わったのだろうか。僕としては、あの金髪の男が関係してると推察する。ララは金髪の男に良いように利用されているのだろう。つまり金髪の男のご機嫌取りをすれば僕は生き残れるのではないだろうか? ていうか、それしか方法がない気がする。


「あの、そちらのイケメンな男性に一つお聞きしたいんですが、よろしいでしょうか?」

「ふむ。イケメンの男性とは私のことかね?」

「はい。実は私は死にたくないんですよ。いや、正しく言うなら痛いのは嫌なんですね。だからお願いがありまして……」

「助けてほしいと?」

「はい」

「君を助けるメリットが私にあるのかね?」

「そりゃありますよ! 私はこれでもネットで小説を書いてるんですよ。つまり想像力が人並み以上……いや、世界一あるんですよ」

「それが?」

「つまり面白いものを見せられると思います。あなたの言動や顔の表情から察するに、あなたは人間が大好き。特に人の心が揺さぶられるのが大好きなお方だ。もっと言うなら目の前で全てを失って発狂したりする人を見るのが大好きだ。そこで私が想像力を提供することで、今までと違った方法で人を蹴落として、最上級の感情を献上することが出来ると思うんですよね」


 さて、どう動くか。金髪の男は髭を撫でながら考え込む。つまり少しだけ僕という存在に興味を惹かれたわけだ。つまり少しは生存する可能性が出てきた。これは喜ばしいことだ。あと一押しだ。


「目の前に果実が一つあります。その場で食べるか、埋めて木になって果実を実らせるのを待つかは貴方様次第でございます」

「ララ君。少し席を外してもらえるかね」

「あの拷問は……」

「少し気が変わった。私はこの男に少しだけ魅力を感じたのだよ。もしかしたらここで殺すのは惜しいかもしれないと思う程度にはね」

「分かりました」


 それからララがこの場を後にして、金髪の男と二人になる。さて、ここからが執念場である。僕が生き残るかどうか。ここでの会話で全て決まる。しかし命を賭けた面談ってワクワクするね! 少しのミスが死に直結。そんな環境は初めてだ。


「さて、私の名前はホームズ・モリアーティ。君の名は?」

「ガブリエル。平凡な家庭なんで家名は無し。それと長所はさっき言った通り想像力だと自負している」

「ふむ。たしかに想像力はある方だろう。しかし君の本当の長所はその観察眼だと私は思うね。君は、あの場でララ君より私の方が上。そしてララ君は私の命令ならなんでも従うと考えて私に話を持ち掛けたのだろう?」

「うーん。少し違うね。単純にララよりモリアーティさんの方が会話が通じると思ったからだよ。ララは自分の意志が無くて貴方の命令に従うだけ。ハッキリ言うと操り人形。だから僕の言葉に耳を貸さない。それならってことで話し合いが出来るモリアーティさんを選んだだけですよ」

「そういうことか。君の観察眼は実に恐ろしい。それと私のことはホームズで構わない」

「マジっすか。それじゃあホームズさんって呼びますね」


 しかし、この人も性格が悪い。というより悪そのものだ。もっとも悪の定義というのは難しく、見方を変えれば悪は正義であることを考えるとホームズ先生は正義なのかもしれないが。ただ僕は本能的に悪人だと思ったとだけ言っておこう。


「さて想像力のあるガブリエル君に問題だ。私はララ君の家庭教師をしているのだが、なんでそんなことをしてると思う?」

「そんなの簡単ですよ。人工的にサイコパスを製造出来るかのテストでしょう。高校生という思春期真っ盛りで他者の影響を受けやすいという理由でララを選んだのでしょう? しかもララは不登校。不登校っていうのは自分とはなんなのかとかアイデンティティに関する悩みを持ちやすい。そこでホームズ先生が悪い思考を吹き込む。そしたら何故か人間って生き物はそれを正しいと錯覚しますから」

「……根拠は?」

「やっぱりララの目ですよね。これから人を殺すのに、動揺はありましたが罪の意識が一切無い人の目をしていました。もっと言うならあの子は人殺しを悪と思っていない。それは何故か。なにがララを変えたのか。そこでホームズさんが変えたと仮定する。その仮定の時にあなたという人間の性格と照らし合わせる。すると怖いくらい違和感がないんですね」


 もっと言うならホームズさんはララに『人殺しはなんで悪いのか?』と問いかけたのだろう。それにララが反論。そしてホームズさんがそれを論破。ララが『もしかしたら人殺しは悪くないかもしれない?』と思ったところで人殺しを肯定する。そしたらララの中に強く『人殺しは悪じゃない』と強く刻まれる。

 しかし人殺しのハードルというのは高い。だから僕なら小動物を殺させて、殺しという行為に慣れさせる。そして殺しは悪いことじゃないと思った頃合いに人を殺させて、それを肯定。そしたら人殺しに罪の意識を覚えないサイコパスの完成だ。


「でも、それは君の想像だろ?」

「そりゃ僕の最大の長所は想像力ですからね。それを活かさない方が勿体なくありませんか?」

「なるほど。たしかに一理ある」


 そしてララは『全てを奪われた』と言っていた。つまり虐めで全て失ったと勘違いしてるのだ。自分にはなにも残ってない。だから失う物はなにもないと無意識化で思い込んでいる。それ故にどんなことでも出来てしまう。もっとも個人的にはホームズさんがなにも残ってないと思い込むように誘導したと推察するが。

 ホントにこの人は想像通りなら性格が悪い。そしてまごうこと無きサイコパス。

 恐らくサイコパスというのはホームズ先生みたいな人を指す言葉だろう。


「まぁこのように僕には想像力があります。だからホームズ先生。僕を使ってみる気はありませんか? 二人ならきっと面白いことが出来ると思うんですよね」

「面白いこと?」

「そうですね。リコって知ってます?。騎士団の第三部隊隊長してる十九歳の女の子です。騎士団という正義の象徴。その上の方の役職の人を悪に染めたくありませんか? 別に騎士団総団長のスックラ団長でもいいんですが、僕としては絶望に染めるなら可愛い女の子の方が良い」

「……ふむ。詳しく聞こうか」

「いいですよ。のんびり話しましょう」

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