第7話 学校

 教室に入ると一瞬だけ、シーンと静まり返る。

 しかし、すぐにガヤガヤとうるさい空気に変わる。私はそれを無視して自分の席へと座る。早くこんな時間が終わればいいのに……

 そう思ってた矢先だった。頭に泥水がバシャァァァとかけられる。


「ねぇなんであんたが学校に来てるわけ? 私達に税金を納めに来たの?」

「ち……がう……」


 そう答えると私のお腹にパンチが撃ち込まれる。腹に鋭い痛みが走り、思わず膝をつく。そんな私をあざ笑いながら彼女たちは殴る蹴るの暴行を続けていく。

 私は歯を食いしばりながら、必死にそれに耐えた。


「けっこいつ一銭も持ってねぇよ」

「まじゴミじゃん」


 私を虐めるのは主に四人。

 一人はリリアン。彼女はリーダーのような存在の女でクラスの中心。それ故に彼女に歯向かう人は殆どいない。また彼女は絶対に自分では動かない。ただひたすら見物して、途中でボソッと鋭い一言で私の人格否定をするだけだ。

 そして順にファニー、ゾエ、エステルと三人。彼女達には個性が無く、説明が難しい。しかし一つ言えるのは常にリリアンのご機嫌取りをしてるということ。


「あんた達。見苦しいわよ」

「リリアン!」

「そしてララさん。あなたどうして学校に来たの? あなたみたいなゴミが学校という神聖な場所に足を踏み入れてもいいと思ってるのかしら?」

「私だって……」


 意見を言おうとするが、上手く口が動かない。怖い。彼女という存在が怖い。


「まぁいいわ。私が聞きたいのは一つ。ちゃんと税金をもってきたのかってことよ」


 彼女達は税金と称して私からカツアゲする。もしも払えないのおなか殴る蹴るの暴行は当たり前。もっと酷いときなんか背中をライターで炙られたりする。


「ないです」

「そう。私から言うことは無いわ。」


 それだけ言うとリリアンは去っていく。三人に軽く目で合図を飛ばしてから。

 再び私に殴る蹴るの暴行が始まる。私はそれを泣きながら耐えた。

 やがて朝のホームルームが始まる。三人は私に唾を吐きかけて去っていく。

 もう耐えられない! 気付いたら私は走って教室から逃げていた。外をなにも考えずに走る。私はもう虐められたくない! 痛いのは嫌だ!


「……これは随分とひどくやられたものだ」


 そんな時だった。私は男の人にぶつかって尻餅をつく。顔を見ると、その男性はホームズ先生だった。彼は優しい目で私を見ていた。


「学校に行けば虐められる。しかし今みたいに逃げるという選択肢も君にはあるわけだ、逃げ出しただけ成長というべきだと私は思うよ」

「先生……」

「さて、まずは全て私に話してごらん」


 私は全てホームズ先生に話す。学校でされたこと。今までの虐めの内容。

 なに一つ隠すことなく全てだ。ホームズ先生はそれの真摯に聞いてくれた。


「なるほど」

「私、学校に行きたくありません……」

「そうだね。もう君は学校に行かなくていい。なにせ今回学校に行ったのは再度虐めを受けてもらうためだからね」

「え?」

「虐めで受けた悔しさ、痛み、惨めさ。それらを復習するために受けてもらっただけだからね」


 その話を聞いた時だった。私は気付いたらホームズ先生を平手打ちしていた。しかしホームズ先生の頬に手は当たらない。ホームズ先生が当たる前に私の手首を掴んで、受け止めるから。いくらなんでも酷すぎる! そんなのって……


「君は怒っているのかね?」

「ええ!」

「違うだろ。私に怒るのは筋違いだ。君が怒るのは虐めをした加害者共だろ」

「そいつらに怒ってどうなるんですか! 怒ったら虐めは止まるんですか!」

「ああ、止まるとも」


 それからホームズ先生は何事も無かったように歩く。

 歩きながら私についてくるように促す。私は渋々それに従う。


「続きはどこか喫茶店に入って話そう」

「話すって……」

「辛い過去の話じゃない。明るい未来の話をしようじゃないか」


 途中でホームズ先生は足を止めて、ソフトクリームを買って、私に渡す。

 私はそれを舐めながらホームズ先生と話す。


「つまらないことをするより楽しいことをするべきだと私は思うね」

「楽しいこと?」

「それはこれから教えてあげよう。私は君の家庭教師だからね」

「……お願いします」


 それから私はホームズ先生に案内されるがままに喫茶店に足を踏み入れる。そこはビターチョコレートで出来たお店で、少し暗い。

 しかしそれが風情を出してて良いと思った。


「さて、ララ君。君は学校で虐められた。それは間違いないね?」

「はい」

「そして自殺を考えるまで追い詰められた。しかし私は、それはおかしいと思うのだよ」

「……え?」

「そうだね。本題に入る前に常識の話をしようか。まずララ君は常識とはなんだと思うかね?」


 常識と虐め。それがどう関係してくるのか。しかしホームズ先生が言うことに間違いはない。私は少しだけ頭を回転させて考えてみる。


「そうですね。一般に浸透した共通認識でしょうか?」

「まぁ世間一般ではそうだろうね」

「世間一般では?」

「ある人はこう言った。常識とは十八歳までに身に付けた偏見のコレクションだとね」

「随分と変わった人ですね」


 もっともホームズ先生よりも変人ではない気がするが、それは言ったらめんどくさいことになり、話が脱線しそうなので黙っておこう。


「つまり君の持ってる常識というのは偏見でしかない。無価値だよ」

「でも常識が無ければ社会が成り立ちません。そういう意味では私の常識にも価値はあると思いますよ」

「それはもっともだ。しかしこうは考えられないかね? 今の社会は常識が無いと回らないように設計されてる。だからこそ必要だと思ってしまう。簡単に言うなら薬物依存のようなものだ。本来なら無しで生きれのに一度味わってしまった故にそれなしでは生きれなくなっている」

「なにが言いたいんです?」

「常識なんて本来は無い方が良いということだよ。そうだね……もしもこの世界に異なる世界から知的生命体がやってきたとしよう」

「はぁ……」

「そして異世界の知的生命体には人の物を取ってはいけないという常識がなかった。だから君たちは非常識だと罵った。そして争いになった。あとの言いたいことは分かるね?」

「はい」


 つまり最初から常識が無ければ争いにはならなかった。異世界からやってきた知的生命体にも別の常識があった。常識の衝突による戦い。もしも常識を押し付けることが無ければ争いにはならなかっただろう。もっとも、だから常識は無い方が良いなんて極論過ぎると私は思うが。


「もっとも常識を押し付けてはいけないというのが常識になって……と無限ループに陥る議論だけどね」

「先生。それと私の受けた虐めがどう関係するんです?」

「簡単だよ。君は常識という鎖に縛られてる。相手を殺したいと思ったことは何度もあるはずだ。しかし復讐はダメだという常識に囚われて、その考えを拭った。そして君は泣き寝入りをした」


 私は俯く。耳が痛い言葉。考えたくもない。正直に言って私は虐めが消えればそれで満足だ。


「ララ君。君には復讐する権利がある。復讐はダメだという偏見を捨てて、今こそ立ち上がる時だ」

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