第6話 試練

「ふむ。つまりララ君は自分なりの答えを見つけたと」


 魚釣りから帰宅して翌日。ルナさんは何故か、私の家に下宿することになっていて、居候している。

 またホームズ先生がルナさんになにをさせようとしてるのか尋ねたが教えてくれなかった。なんでも私が知らなくてもいいこよだとか。

 ハッキリ言って、一人だけ蚊帳の外でイラつく。


「はい。それでその答えについて聞いてもらってもいいですか?」

「いいだろう」

「私は殺しは悪だと潜在的に思っていました。しかし違ったんです。殺しとは生きるということで大変素晴らしいことだったんです」

「まず、その結論に至った過程を聞こうか」

「はい。私は魚釣りに行って、エサにするために無意識に殺し、魚を釣り上げて串刺しにして火炙りしてぶち殺しました。そこで疑問に思ったのです。昨日の猫より残虐に殺してるのに、どうして罪悪感を覚えないのかと」

「ふむ……良い目の付け所だね」

「それで分かったんです。罪悪感を覚えるのはそもそも間違いだったと!」

「うん。実に素晴らしい。殺しに罪悪感を覚えるのは間違いなく悪だ。ララ君はそれを理解した。しかしそれだと八十点だね」


 八十点? 百点ではないのか?

 なんで素晴らしいのに満点にならないのだろうか?


「回答としては満点。しかしそれだけだ。殺しが悪いことではないと理解する。そして、それを踏まえた上で、どのような行動をするか考えて述べる。そこまでやって百点満点の回答だよ」

「なるほど」

「ララ君。君に足りないのは想像力だよ。君はもっと想像力を高めるべきだ」

「想像力ですか?」

「そうだとも。想像力というのは大切だ。想像力というのは言うならば未来を見通す力。危機を予知する力だ。別に無からナニカを生み出すなんて難しいことは言ってない。単純に行動を起こしたらどうなるか考えられるようになるだけでいい」

「はぁ……」

「そうだね。例えば目の前で困ってる人に手を差し伸べたとしよう。しかし助けた人は礼の一つも言わず、まるでそれが当然であるかのように振る舞った。そしたらララ君はどう思うかね?」


 どう思うか。少なからずイラっとくるだろうか。それとも助けなければよかったとか思うか。それともなんとも思わないか。こればかりはその場面に直面しないとなんとも言えない。


「君が普通なら間違いなく快く思わないだろう。ただ、そこで考えてみてほしい。もしも、その人を助けなかったら『君は』どうなるのかと」

「……困ることはありませんね」

「そうだとも。その助けなくても自分は困らない。その考えに至る力こそが想像力というものなのだよ。ララ君。世の中というのは自分が困らなければなにをしてもいいのだよ。もっと言うなら自分の利益のみを最優先に生きるべきだ」

「利己主義ってやつですね」

「そうだとも。人間の本質というのは利己主義であり、それを否定するというの間違いなのだ。欲望に忠実に生きることこそが正義だ」


 利己主義。最初のホームズ先生の授業で取り扱った内容だ。常に自分の利益だけを考えて、他人の利益を軽視及び無視する考え。生物学的にもっとも正しい考えであるとも言える。

 

「……ホームズ先生」

「なにかね?」

「正義の味方ってなんだと思います?」

「そうだね。正義の味方とは自分の考えを貫ける人間ではないかね?」

「自分の考えを貫く?」

「そうだとも。自分が絶対に正しいと信じて疑わず、突き進むのが正義の味方だ」

「それじゃあ悪とは……」

「悪の定義は簡単だろ。正義以外の全ての総称だ。世の中には正義と悪の二通りしか存在していないのだからね。それなら正義になれなかった人間は必然的に悪になるではないか」

「なるほど」

「だから正義というのは簡単に悪に染まる。もちろん逆も然りだが」


 これが正義と悪か。それでは私という存在はどちらになるのだろうか。

 私というものは自分の考えをしっかりと貫き通せて、いられるのだろうか。


「……まぁ正直に言って正義とか悪とか考えるのは馬鹿馬鹿しいと心底思うがね。それに正義と悪の判断基準は人によって様々だ。自分で答えを見付けるべきだと私は考える」

「そうですか……」

「さて、そろそろ授業をしよう」


 いつも通りのホームズ先生の授業が始まる。私はそれを熱心に聞いて身に着けていく。生きるためには知識が必要。知識とは武器。今はそれを整えるときだ


「……と言いたいところだが、今のララ君に足りないのは知識ではなく想像力だ」

「はぁ……」

「つまりだ。これからは少し授業内容を変えようと思ってね」

「どう変えるんですか?」

「それを考えてるのだよ」


 つまりノープランか。

 もっとも私がどうこう出来る問題ではないのでなにも言えないが。


「ふむ。そうだ。ララ君には学校に行ってもらおう」

「……え?」


 その言葉に耳を疑う。ホームズ先生も私が学校で虐められて不登校になったことは知ってるはずだ。私にとって学校は恐怖の権化だ。今でも学校での出来事を思い出すだけで吐気がする。それなのに……


「考えてみたら、ララ君は不登校。つまり学校に行ってもなんの問題もないではないかと」

「……嫌です! 学校だけは嫌です!」


 学校に行くこと以外のことならなんでもやる。それほどまでに嫌だ。

 だけどホームズ先生の目を見れば分かる。間違いなくホームズ先生は私の学校に行かせるつもりだと。


「行け。私は家庭教師。ララ君に拒否権はないのだよ」

「嫌です!」

「……身の程を知りたまえ。誰が歯向かっていいと言った?」


 背筋がゾッとした。ホームズ先生が力強く睨んで高圧的な態度で私に命じる。学校は怖い。しかしホームズ先生も怖い。


「君は一つ勘違いをしている。私はララ君の家庭教師。しかし自分の思い通りにならないことが大嫌いなんだよ」

「でも……」

「それ以上喚くなら――殺すぞ?」

「分かりました……学校に……行きます……」

「うん。その返事を待っていたよ。それでは楽しいキャンバスライフを過ごすといい」


 私はホームズ先生に従うしかなかった。




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