相克のタイムリープ

凍龍(とうりゅう)

相克のタイムリープ

「タイムマシンの完成、おめでとうございます」

 その一言をきっかけに、記者会見の場は祝辞の嵐となった。

「どうもありがとうございます」

 フラッシュの放列を浴びながら、私も素直に頭を下げる。

 多くの仲間たちの協力で、私はこの偉業を成し遂げた。

 その瞬間。

 潰れたようなダミ声が会場に響き渡った。

「本当にあなたの発明だと言い切れるんですか?」

 思いがけない一言に会場はしんと静まりかえる。

「その機械、ちゃんとテストはしたんですか?」

「それは、もちろんです。当たり前じゃないですか」

「ということは、未来や過去にも行かれたと?」

「はい。そうです」

「本当でしょうかねぇ。それ、順番が逆なんじゃないんですか?」

 やりとりが続くにつれ、会場がざわめき始めた。

「あなた、どこの記者さんですか? それに、今のお話にどんな意味があるんですか?」

 私は混乱を収めようときつめの口調で問いかける。

「いやあ、別に私がどこの所属だっていいでしょう? それよりお伺いしたいのは、あなたの後ろにあるそのご大層な機械、もしかしたら、盗んできた物じゃないんですか?」

「それって、どういう?」

「いえ、ある日未来からタイムマシンがやって来た。あなたは乗ってきた人間を始末した。それで一件落着、ってのはどうです? だって、あなたのこれまでの研究から考えて、突然タイムマシンを発明しましたとか言われてもどうも納得しがたいんですよねぇ」

 いつの間にか会場は静まりかえっていた。

 私に殺到していた記者たちはおびえたような表情で脇に下がり、男と私の間には誰もいなくなる。

 確かに、私のこれまでの経歴はどちらかというとアプリケーション寄りで、ハードウェアの開発は今回が初めてになる。しかし、それは最近研究室に加入した優秀なエンジニアのサポートで一から組み上げたもので、決してどこかからくすねてきたものではない。それは断言できる。

「言いがかりはよして下さい。確かにこれまでの方向性と異なることは認めますが、いきなり盗品扱いは酷すぎます」

「へえ、そうですか。じゃぁ、まあ、そういうことでもかまいませんがね」

 男はそう言い放つと、舌なめずりをしてニヤリと笑った。



 記者会見は散々な結果に終わった。

 その後、デモンストレーションとして実際に未来に飛んで翌日の新聞を取り寄せて見たもの、今度は良くできた模造品を疑われ、結局キワモノ扱いされてほとんどの記者は薄笑いを浮かべながら去って行った。

 唯一、未来からのサンプルとして提示された某新聞社の記者だけは興味深そうに全ページのコピーを撮っていったが、実際今日になってみると、発行された紙面の構成は私たちが未来から取り寄せたものとはかなり異なっており、それが明らかになった瞬間、インチキ科学者の烙印を押されてネットが大炎上、それを発端にテレビメディアや新聞まで批判的なコメントで埋め尽くされた。

 ラボには朝から誹謗中傷の電話やFAXが殺到し、今も建物の外にはスネークを気取るネット民たちが無駄に立派な撮影機材を構えてこちらの動きをうかがっている。

 あまりにも迷惑電話がうるさいので電話もFAXも電源を落とし、社内サーバーにも外部からのクラッキング未遂が相次いだため電源を落として光ケーブルも抜いた。テレビも光回線経由だったので、今外部の様子を知ることが出来るのはスタッフが持ち込んだタブレットだけだ。

「やっぱりこうなっちゃいましたね」

 私の右腕としてタイムマシン開発を主導した女性エンジニアはカーテンを閉め切ると寂しそうな口調でつぶやいた。



 実を言うと、私はこれまでに今日を三回繰り返している。

 だが、初回の炎上騒ぎに嫌気がさして発作的に時をさかのぼった私の説得を受けて記者会見を開かなかった結果、明日の夜明け前、どこで嗅ぎつけたのか正体不明の暗殺部隊が突入し、その時間線の私は殺害されてしまった。

 私は、暗殺者の隙を見てなんとかタイムマシンを起動すると再び一週間ほど時をさかのぼり、炎上覚悟で今回の記者会見開催をこの時間線の私に必死に懇願した。

 彼女はこの会見が炎上騒ぎにつながることを聞いて最初はかなり渋っていたけれど、殺された私自身の血しぶきを浴びた悲惨な私の姿を見て、最終的には公開に同意した。

「で、これからあなたはどうするの?」

 渋い顔をした私は私にそう聞いた。

「…このまま、いつまでもここにいるわけにもいかないよね」

「まあね」

「でも、少なくとも明日の夜明け、暗殺者が踏み込んでこないことを確認するまではいた方がよくないかしら?」

「確かに。一人よりは二人の方が多少は心強いわ」

 こちらの私は頷き、スタッフ全員に帰宅を命じる。

 報道陣やスネークの隙を突いて一人ずつスタッフを脱出させ、最終的に全員がラボを離れたのはもう夜明けも近い時間だった。



「ねえ、私」

 スタッフが去り、がらんとしたラボの中で、差し向かいにコーヒーをすすりながらこちらの私に呼びかけられた。

「もし暗殺者が来なかったら、あなたは一体どうするの?」

「そうね」

 私は考える。

「…私の存在した時間線はたぶん、もうこの宇宙のどこにも存在してないんでしょうね」

「え?」

「私が発作的に時をさかのぼった時間は昨日の深夜11時頃。もう過ぎちゃったけど、あなたは結局そうしなかったでしょう? だから、本来この私になったであろうあなたはそもそも存在しなかったことになる」

「……そう。これでもし暗殺者が来なかったとしたら、殺された私も、その時間線も消滅することになるのかしら」

「おそらくは、そう」

「だとしたら、あなたは何者なの?」

 問われても答えようがない。

「とりあえず、ここにはいられない。自分の出発した時間に戻ってみるしかないでしょうね」

 こちらの私はそれ以上何もたずねようとはしなかった。

 そしてさらに数時間。結局、夜が明けても暗殺者は現れなかった。

 私は迷惑をかけたことを私に改めて詫び、タイムマシンの開発成功を祝う言葉を残してマシンに乗り込んだ。

 だが、結局私は元の時間線に戻ることはできなかった。

 マシンは設定通りに動作せず、私はなすすべもなく過去に飛ばされた。

 


 それから、10年。

 未来の知識を生かして株式運用でまとまった資金を稼ぎ出した私は、顔を変え、戸籍を買って別人になりすますと、開設されたばかりのラボにエンジニアとして雇用された。

 10年以上若い自分を間近に働くのは妙な気分だったけど、彼女の理論に基づいて具体的な機構を提案し、二人三脚でタイムマシンを設計、製作するのはそれなりにやりがいのある仕事だった。

「所長、開発成功おめでとうございます」

 完成したタイムマシンを前に、私は私にそう祝辞を述べると、この先彼女に待ち構えている過酷な運命を思って小さくため息をついた。



――了――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

相克のタイムリープ 凍龍(とうりゅう) @freezing-dragon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ