番外編 ライトニング・ビギンズ 後編

 ほとんどの区が国防軍によって占領されている、東京都内。そこで懸命に抗戦を続けている反乱軍へと、物資を輸送しているトラックの群れは――その動きを嗅ぎつけた国防軍の襲撃を受け、壊滅状態に陥っていた。


「退がれ皆、このままでは全滅だ!」

「引っ込んでろッ! ドシロウト共がッ!」

「ひっ……いぃっ!」


 そこへ、閃輪車オートライトニンガーで駆け付けてきた楯輝と洸が合流するも、戦局は厳しく――トラックは全て破壊され、輸送隊員達の貧弱な装備では戦闘員にすら通用しない。

 たった2人の大義閃隊では、輸送隊を守りながら国防軍を退けるのは困難を極めるのだ。


「叛逆者共が……脱走兵2人が加わった程度で、何かが変わるとでも思ったかァッ!」

「おわッ……!?」


 熱閃銃ライトニングトリガーの連射で戦闘員達を蹴散らし、輸送隊員を逃していた2人に、カニ型戒人の鋏が襲い掛かる。とっさに屈んだ洸の頭上を鋭利な刃が通り過ぎ、トラックの車体を切り刻んでしまった。


「ちッ……葵! 閃身でカタをつけるぞ!」

「分かった!」


 楯輝の牽制射撃を物ともしない、二つの鋏を備えた鈍色の生体兵器。鋼鉄の如き外殻で身を固める彼の者に対し、2人の大義閃隊は「切り札」を使うことを選ぶ。


「閃身ッ!」


 拳を構え、瞬く間に強化外骨格の戦士――ブルーツヴァイとイエロードライの2人へと「閃身」する男達。彼らは各々の特殊兵装を携え、戒人との戦いに挑んで行った。


「ぐッ……!?」

「うあッ……!」

「そんなオモチャのような強化服で、我々に対抗されてたまるかッ!」


 だが、鋏を振るうカニ型戒人の猛攻を前にして――氷水盾ヴァッサーシールドはあっさりと弾かれ、雷光拳ブリッツフィストの一撃は軽くいなされてしまう。反撃の一閃により彼らの装甲は火花を散らし、2人を吹き飛ばしてしまった。


 ――人であることを捨て、国防軍への忠誠のみを拠り所とすることで誕生する戒人。それほどの業を背負うことでようやく手にした力を、ただ強化服を着ただけの人間に凌駕されては、生体兵器としての立つ瀬がない。

 そんな彼の者が見せた意地は、性能以上の威力を生み出していた。戒人を超えるスペックを有していながら、楯輝と洸は呻き声を上げて地を這っている。


「こんな、バカなッ……! 私の、私の科学はッ……!」

「葵、来るぞッ……!」


 大義閃隊の結成からは1ヶ月も経っておらず、この外骨格での戦闘にも慣れていない彼らでは、まだスーツの性能を引き出しきれずにいた。


「我が首相と正義の下に、ここで死刑を言い渡す。……死ね、叛逆者共」


 そして今、そのための「経験」を積む暇もなく――正義の使者として立ちはだかる戒人の刃が、叛逆者を戒めんと迫る。

 正しく、絶体絶命――その時であった。


「……ぐおッ!?」


「なぁにが正義だッ! こちとら、それさえ穿つ一閃の大義ライトニングなんだぜッ!」


 カニ型戒人の不意を突く、熱閃銃の乱射。全身に命中する熱線の雨あられが、彼の者を怯ませていた。

 この戦場に出現した「新手」に、殺意を昂らせる戒人。彼の者の視線の先には――真紅の外骨格で全身を固める、明月弾の姿があった。


「弾ッ!? なぜ来たんだッ、お前では――」

「――この状況が理由だぜ。文句あるか?」

「ヘッ……お前の負けだな、葵。オッサン、足だけは引っ張るなよ!」

「任せときな、洸ィ! よぉし、行くぜお前ら! 正義を穿つ一閃の大義ライトニング――前進せよゴー・ア・ヘッドッ!」

「……なんだそりゃ」

「オレらの号令! 今考えた!」

「……」


 彼の加勢により、立ち上がる隙を得た2人は体勢を立て直し、すぐさま自身の得物を構える。すでに戒人は、怒りを露わにこちらへと猛進し始めていた。


「……あの装甲を破るにはやはり、武装合体しかない! 弾! 山吹ッ!」

「よっしゃ!」

「おうッ!」


 性能差を凌駕するほどの気迫と精神。その威力に抗するには、それ以上の「火力」で吹き飛ばすしかない。

 楯輝の号令に合わせて――氷水盾と雷光拳が分解され、バズーカ砲が組み上げられて行く。カニ型戒人の刃も、眼前に迫ろうとしていた。


「貴様らァアァッ!」


「オッサン……頼むぜッ!」

「弾ッ!」

「任せなッ! ――戻してやるぜ。このマイナスの時代を、オレ達でゼロにッ!」


 紅蓮の1号レッドアインス紺碧の2号ブルーツヴァイ黄金の3号イエロードライ。彼ら全員の力を結集するチャンスは、今しかない。

 ゼロ距離に近しい間合いまで標的が迫っている今なら、最大火力を至近距離でぶつけることが出来る。


「トライデントォッ……ブラスタァアァアァッ!」


「グゥッ……オォオォオォーッ!」


 弾は新たな仲間達の想いを背負い、号令と共に引き金を引いた。破壊の奔流に飲まれ、消えゆく間際に――カニ型戒人も、切り離した鋏を投げ付ける。


 ――そして互いの一撃が、この戦場に交差する瞬間。彼らの激闘は終わり、爆炎が立ち昇る。


 天を衝く猛火に沈み、断末魔と共に果てる戒人の破片。その部品が散らばって行く姿が、大義閃隊の初陣を飾っていた。


「……やった、か」

「ハッ……やってないわけ、ねぇだろ」


 その結末を目の当たりにして、楯輝と洸は大きく息を吐き出す。この戦いが払った犠牲は大きいが――大義閃隊の装備が有効であると証明されたのは、大きい。

 この戦果に免じて、大義閃隊の地位がさらに向上されれば、より強力な装備を開発するための予算も降りるだろう。専用の戦車を持つことも、不可能ではないかも知れない。


 誰からも理解されず、応援もされないはぐれ部隊は。ようやく、一歩先へと「前進」したのだ。


「……?」


 の、だが。妙な違和感があった。


 本来なら、この勝利に真っ先に沸き立ちそうな弾が、先程から一言も喋らないのである。楯輝と洸に対して、後方で引き金を引いていた彼は、微動だにしていない。


 ――あまりに嬉しすぎて、逆に声も出ないのか。弾ならありそうな話だな。


 そんな彼の姿を想像し、楯輝は苦笑交じりに後方を振り返る。


「……え」


 そして、彼が物言わぬ理由を知り――凍り付いた。楯輝の様子から異変を察した洸も、その視線を辿り――己の目を疑う。


 だが、閃身を解いて生身に戻っても。何度瞬きしても、目を擦っても。視神経を通して脳に伝わる情報は、嘘をつかない。ついてくれない。

 2度と言葉を発することのない彼の姿を、否応無しに映してしまう。


「なぁ……おい、冗談だろう。これから戻すんだろう、この時代を。お前、そう言ってたじゃないか、なぁ」

「……葵」


 現実を拒む葵の背に、洸は静かに声を掛ける。だが、彼は聞く耳を持たず横たわる弾に寄り添い、その「頭」を抱き寄せた。

 切り離された部分を、彼はゆっくりと労わるように。元あった場所へと、戻す。しかし、弾が目覚めることはない。


 その光景が物語っているのは、カニ型戒人が散り際に投げ飛ばした鋏の、斬れ味だけである。外骨格さえ両断する、必殺の威力だけなのである。


「嫌だ……弾、私を、私を置いて行くな! 言っただろう、なぁ、言っただろう!?」

「……!」


 頭では、楯輝はそれを理解しているはずであった。が、彼がそれを受け入られるはずもなく――物言わぬ骸を揺さぶり続けている。


 しかし彼らには、悲しむ暇さえない。すでに遥か向こうからは、国防軍の増援が迫りつつあった。

 複数の戒人によって統率された、中隊規模の戦闘員。消耗している今の大義閃隊では、勝ち目などないに等しい相手である。


「……野郎、もう増援が来やがった! 葵、一旦退くぞ!」

「嫌だ……嫌だッ! 弾! 私を……私を独りにしないでくれ!」

「いい加減にしやがれ! 独りなんかじゃねぇ、ナチュラルに俺をハブいてんじゃねぇよッ!」

「……!」

「俺が死のうが、誰が死のうが、テメェが始めたバカなら最期までやり通せ! 勝手に投げ出すことだけは、俺と……が許さねぇぞ!」

「……うっ、くッ……!」


 洸は弾の遺体から腕輪型閃身装置ライトニングチェンジャーを回収すると、消沈している楯輝を引き摺るように、撤退へと動き出して行く。

 そんな彼の説得を受け、無二の戦友を失った彼は――後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら、閃輪車へと引き返して行った。


 ――そして、国防軍の増援部隊が現場に到着する頃。

 かつて戦場となっていたこの場所には、トラックの残骸と戒人の破片と――両軍兵士の死体だけが残されていたのだった。


 また、その中に1人。輸送隊員とは別の反乱軍兵士の死体があり――国防軍の科学者は、その屈強な肉体に目を付けたのだという。

 首と胴体を切り離されたその死体が、後に開発される「ゴリラ型戒人」の素体になっていたことは、知られていない。


 ――明月弾、戦没。享年、35歳。


 ◇


 その後――この戦いにより東京で戦線を維持していた反乱軍は、補給を断たれ撤退を余儀なくされる。さらに大義閃隊の奮戦により、犠牲者を最小限に抑えられはしたが、大量の物資と明月弾というリーダーを失ってしまった。

 これにより反乱軍の勢いは大きく衰え、弾を死なせた楯輝と洸はさらに孤立を深めてしまう。しかし、それでも残された2人は戦い続ける道を選び――同胞達から嫌悪の視線を浴びながらも、ついに重閃車ライトニングパンツァーの開発予算を勝ち取るに至った。


 そして、弾の死から間も無い頃。


 友軍の支援を得られないまま、東京で破壊工作を続けていた楯輝と洸の前に――若き国防軍の刺客・剣耀流ツルギアカルが立ちはだかるのであった。


 ◇


 ――そんな遠い世界の御伽噺が、大きな転換期を迎えている頃。核戦争など起きていない平和な日本では今日も、穏やかな日曜日が始まっていた。

 戦争など知らない多くの人々が行き交う春の東京は、繁栄と安寧に満たされている。第2次世界大戦を最後に、この国は長きに渡る平穏を手にしていた。


 だが、争いのないこの世界は無条件に存続しているわけではない。事故や災害という身近な脅威はこの時代においても、人々の暮らしを絶えず脅かしている。

 その営みを守るために戦う者達にとっては、永遠に終わることのない試練なのだ。


「おぉっ……この新型インパルス、今までとは全然違う威力だぜ! すっげぇなあんたら!」

「恐れ入ります。……この新型なら、より迅速な消火活動も可能になるかと」

「あぁ、間違いねぇぜ! ありがとうな、大将!」


 その試練の中で生きる者達の1人――消防士の明月弾あかつきだんは今日。休日出勤して来た仲間達と共に、新型消防装備の試験運用を行っていた。

 日々の訓練に使われる運動場で初披露された、「アオイシールド株式会社」の新製品の威力に――新装備と聞いて駆けつけてきた消防士達は、揃って舌を巻いている。


「しかし、申し訳ありませんね。今日しか都合が合わなかったとは言え、非番だったところを……」

「なぁーにを水臭いこと言ってんだい! せっかくあんたらがイイ装備持って来てくれてんだ! ここでオトコ見せなきゃあ可愛い妻子にも、耀坊あかぼうにも顔向け出来ねぇってもんよ!」

「あか……?」

「おん? あっはは、悪い悪い! こっちの話だ!」


 従来とは比べ物にならないほどの速さで、火炎を消し飛ばしてしまう新装備。その性能を体験した彼は大喜びで、製品を持ち込んだ若社長――葵楯輝あおいじゅんきを褒め称えていた。

 そんな明朗快活な彼の賛辞に、眼鏡を掛けた怜悧な美男子は頬を緩め――その傍らに控える秘書・神門華純みかどかすみは、得意げな笑みを浮かべていた。


「しっかし、本当にすげぇぜあんたら。アオイシールドっていやぁ、医療機器メーカーだろう? 消防装備なんて専門外だと思ってたぜ」

「どんな時代でも、人々を救えるものを作りたい――それが弊社の本質であり、理念です。我々としてはむしろ、日々命懸けで働かれているあなた方にこそ、敬意を表したいのです」

「よせやいテレるぜ。……いい奴だよな、あんた」

「……恐れ入ります」


 そして、互いに尊敬の眼差しを交わす彼ら2人は――双方に、他人とは思えない「何か」を感じていた。


 ◇


耀流あかるセンパーイっ!」

「……げっ、梨子りこ


 一方、桜に彩られた目黒区の公園では。

 消防士になるという夢に向かい、体力錬成に励んでいた剣耀流つるぎあかるが、げんなりとした表情を浮かべていた。

 原因はもちろん、彼とお揃いの赤ジャージでランニングに加わって来た、1人の美少女である。


 ――彼女の名は明月梨子あかつきりこ。かつて耀流の両親を火災から救い、彼が消防士を志すきっかけとなった明月弾の愛娘である。

 耀流の一つ下の後輩でもあり、いつも彼の後ろをついて回る妹分のような存在でもあった。


 栗色のショートボブを揺らし、彼の隣を走る彼女は、白い肌をさらに輝かせるような笑顔を咲かせている。父親譲りの快活な人柄ゆえ、男女問わず人気を集めている中学のアイドルは、つぶらな瞳で耀流を真っ直ぐに見つめていた。


 極め付けは、15歳という年齢には不釣り合いなスタイルである。ジャージを着てもなお主張するグラマラスな女性らしさは、その存在感を隠し切れずにいた。

 ――同級生クラスメートの男子達が、そんな彼女の無防備さに日々悶々としていることは言うまでもない。故に父親の弾も、溺愛している娘に悪い虫が付かないか、気が気でない毎日を過ごしているのである。


「お前なぁ……こんなことしてる場合かっての」

「ご心配なく! わたしはもう中3! 部活は実質引退手前ですし、後輩の子達にも引き継ぎは済ませてますから!」

「だったら走ってないで勉強しろ。今のお前の成績だと、ウチの高校厳しいぞ?」

「だからセンパイに教わりに来てるんですよー! 目黒区随一の進学校で学年首位! しかも全国模試1位! これほど理想的な先生役は他にいませんっ!」

「全く……じゃあ今日はさっさと切り上げるから、後でちゃんと準備して来い。こないだみたいに、疲れてるからって居眠りすんなよ」

「やったぁ!」


 そんな自分の魅力については、相変わらず無自覚な彼女にため息をつきながら。耀流は自分と同じ高校に行きたいと言う、恩人の娘の面倒を見るべく骨を折ることに決める。


「……センパイ? どうしました?」

「……いや」


 ――その時。休日のトレーニング中に彼女と会う、というありふれた「日常」の中でありながら。

 彼はどこか、この一瞬が「かけがえのない平和」のように感じ――無意識のうちに、梨子を見つめていた。


「はっ! もしかしてセンパイ! 女の子の汗の匂いをクンカクンカしたいってことですか!? ダメですよ! そういうことは結婚してからです!」

「……オレとしては成績以上に、お前の結婚観が心配でならねぇよ。だんさんの胃が死ぬぞ」

「大丈夫です! お父さんもセンパイのことは気に入ってますから!」

「なんでそこでオレの話?」

「……センパイ、その分野についてはてんでバカなんですね」

「あれ? 今のオレがディスられる流れ?」


 だが、この世界にとっては「戦争」など遠い過去でしかない。桜並木の下で、耀流は気を取り直すように足を動かし――がむしゃらに付いてくる妹分との日常トレーニングへと戻って行く。


 ――東京上空に謎の「穴」が出現し、未知の「新元素」を含有する放射能が観測された大事件が起こる、1年前の今日。


 彼らは何一つ変わることのない、平穏な1日を享受していた。戦乱が続く遠い世界に、新たなレッドアインスが誕生する中で――。


 ◇


「センパイっ! 今度の模試でA判定取れたら、映画デートしましょう! 映画デート! わたし前売り券、2枚買ってますからっ!」

「取る前から行く気満々じゃねーか……ハイハイ、映画デートね。で、何観る気なんだよ?」

「もちろん話題のアレですよ! 『劇場版 大義閃隊ライトニング -LIGHTNINGライトニング BEGINSビギンズ-』! なんと今回は、劇場版限定のレッドアインス指人形が2種類もあるんですよ! わたしとセンパイでフルコンプです!」

「指人形って……お前なぁ、来年には高校生になろうってヤツが……」

「センパイ!」

「……分かった分かった、付き合うよ。その代わり、ちゃんと勉強するんだぞ?」

「えっへへ……はーいっ!」


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