第43話:混沌
あれから一週間あまりが過ぎる。
今日はお休みで、翔とデートの予定にしている。
あまり気分は浮かないけど、二人で過ごせる大切な時間。
しっかり準備して行こう。
翔は出かける準備を終えて、駅に向かっていた。
「翔様」
ふと声をかけられた。
誰かの差金かと思いつつ、振り向く。
スーツに身を包んだ男だった。
姿からして
「大変です。あなたのお父上が…」
「っ!?」
あいつ、何かやらかしたのか?
「あなたは?」
「
はぁ
またこのパターンかよ、と思いつつ、
同じ頃。
あたしは駅で待っていたけど、ふとメッセージが届いたことに気づいた。
『すまん、家族絡みで急用が入った。今日の予定はキャンセルさせてくれ』
まさか…また石動さん絡み…?
いや、家族と言ってる。
逢えないのは残念だけど、ここで食い下がるのも
あたしはそのまま家に帰ることにした。
翌日
「ん?ポストに何か入ってる」
買い物に出かけようとした時、ポストの中に気づいた。
差出人が書いてない。
宛名だけ、あたしになってる。
この投函されたもの、何か嫌な予感がした。
出かけようとしたけど、部屋に戻って封筒を開ける。
「ビデオディスク…?」
入っていたのは、透明なケースに入った円盤だった。
記録面を見てみると、土星の輪みたいな境界線が入っている。
記録型ディスクに記録した内容があることの証明であり、特徴だ。
あたしはそのディスクをビデオ再生機にセットする。
恐る恐る、再生のボタンを押す。
ゾワゾワゾワッ!!
「何よこれっ!!?どういうことなのっ!!?」
身の毛がよだつ、気持ち悪い感覚に惑わされながら思わず叫んでいた。
昨日のことだった。
「銘苅翔様、着きました」
車はビル前のロータリーに停まっていた。
「どういうつもりだ?こんなところに連れてきて」
翔は不機嫌さを隠すことなく
「行けばわかるとのことです。私は
見上げると大きなビルだ。
ゲートには石動の文字が刻まれている。
「ふざけるな。俺は石動に用はない。帰る」
ドアノブに手をかけたその瞬間…。
「お迎えがいらっしゃいました」
ガチャッ
車のドアが開け放たれ、目に飛び込んできたのは…。
「翔っ!!久しぶりっ!」
この頃姿を見せなかった
「待ってたよっ!早くいこっ!」
「芽衣、悪ふざけもここまできたか。心底がっかりしたよ」
翔は車を降りて、ビルに背を向けて歩きだした。
「ふーん、せっかく翔の退院祝いをしようと思ったのに、今度は誰かさんの葬儀になっちゃうかもしれないわね」
芽衣の言葉に、ピタリと足を止める翔。
「…
背を向けたまま重苦しい口調で吐き捨てる。
「残念ね。せっかくデートをキャンセルしてここまで来てもらったのに、これがキャンセルしたあの人との最後になるのかな」
意地悪く言い残してビルの中に姿を消す芽衣。
チッ!
舌打ちをした翔はその後を追って、ほとんど魔女に見えた芽衣を捕まえる。
「あら、その気になった?」
「これまでのこと、そして今日のことを覚えてろなどと、ありきたりなことは言わない。お前が覚えていなくとも、これだけは言っておく」
深く息を吸い、鋭い目つきで息とともに重苦しい声色で言葉を吐き出す。
「必ず後悔させてやる。いっそ死にたくなるほどまでに」
「その強がり、どこまで保つかしら?」
不敵な笑みを浮かべる芽衣は、さながら小悪魔に見えた。翔は少したじろぐ。
「今度は俺に何をやらせるつもりだ?」
なぜか白スーツに着替えさせられた翔は、ドレスに着替えた芽衣に問いかける。
「黙って座っててくれればそれでいいわ。むしろ喋らないで」
何をやるつもりかの察しはついていたが、緋乃を人質に取られてる今、下手に流れを乱すと芽衣をその気にしかねない。
翔の目が、手が、届かない場所にいる緋乃を守るためには、従うほかになかった。
緋乃へ届いたビデオディスクに映っていたのは、ここからだった。
大きなドアが開け放たれる。
石動コーポレーション本社ビルの役員大会議室。
スーツに身を包んだ翔は、ドレスで着飾った芽衣に腕を抱きかかえられて登場した。
「おお、あれが次期御代グループ代表の
「まさに王子と姫だ」
口々に
「やはり…」
翔はボソッと呟いた。
「喋らないでね。大切な人を守りたいなら」
ギッ!と芽衣を睨みつける。
二人はドアを通り抜けて、奥の席へ進む。
両脇には大勢のスーツに身を包んだ比較的年齢層が高めの人たちがざわざわしている。
二人は奥の席に座り、司会と思われる人がマイクを手に取る。
「みなさま、本日はお休みの日の中、お越しいただきまして誠にありがとうございっます。これより、両家公認の婚約者である銘苅翔様と石動芽衣様、二名のお
会場全体を飲み込むような拍手が巻き起こる。
そこには、石動剛三郎のほか、
短いながらもお披露目は司会の巧みな話術によって、翔と芽衣はほとんど口を開くこと無く終わる。
緋乃に送られたビデオディスクは、ここで映像が切れていた。
会場を後にして、着替えた翔は芽衣を探し出して捕まえる。
「やってくれたな、お前…」
かつて見せたことのない突き刺すような目で芽衣を睨みつける。
「ふふ、ずいぶんとご立腹の様子で。でも偉いわ。言ったとおり口を開かずにやり過ごしてくれて」
「緋乃に手を出してないだろうな?」
「もちろんよ。あたしだってあまり荒立てたくないもの。でもね…」
芽衣は翔に抱きつく。
「あんまりあたしを困らせないでね。でないと、ついカッとなって何をするかわからないもの」
「このゲスが…」
いつもは決して使うことのない汚い言葉を浴びせるが、芽衣は動じることもなかった。
「何よ…これ…なんで…翔が…」
ビデオ内の日付は昨日だった。
あたしとのデートをキャンセルして、まさか翔は…このために…?
呆然とするあたしは、買い物のことなどすっかり忘れて、ショックから立ち直れないままぼんやりと一日を過ごした。
翔にこのことを確認しようと、何度もメッセージを書いたけど、聞くのが怖くてそのたびに送信せず消していた。
「学校…いかなきゃ…
月曜日になり、登校の時間が迫っていた。
気が進まないながらも、
あれ?
いつもこの時間に護がいるはずだけど、護がいない。
急な体調不良でお休みでもするのかな?
少し待ってみたけど、姿を現さないからそのまま駅に向かった。
「ねぇ、あのひとでしょ?例のあれ」
「だよねだよね?」
同じ学校の人が、何やらあたしを話題にしているらしい。
なんだろう?
通学路に入っても、なにやらコソコソとあたしを遠巻きにしているのが気になっていた。
この話題にされている感じ、何か嫌な空気を感じざるを得なかった。
「緋乃」
駅を降りた通学路の途中で呼びかけたのは、馴染みの声。
「
「緋乃と翔、もう騒ぎになってる」
「何が?」
「いい?気を確かに持ってね。あたしも未だに信じられない」
雪絵はスマホを取り出して、画面を見せる。
「………何よ…これ…」
見たあたしは、自分でも顔が青ざめるのがわかった。
それは、おとといあったはずの翔と芽衣の婚約お披露目の映像だった。
昨日ポストに入っていたビデオディスクと同じ内容。
そしてあたしと翔が手をつないでる写真も同じ画面に収まっている。
特に補足も書かれていない。単に映像と写真が貼られているだけ。
「これはどういうこと?」
「知らない…あたし…誰がこんなことを…」
「一人しかいないよね」
氷空くんの言うとおりだった。心当たりは一人しかいない。
石動 芽衣。
ただ一人。
「ずいぶんと
後ろから声をかけてきたのは、久々に顔を見る
「おまえ、今日は学校休んだらどうだ?」
「ううん、翔に確認したいし、逃げたところで解決しないでしょ…」
俊哉の提案をすぐ押し戻す。
まだあたしに向けてのヒソヒソ話が耳に入るけど、気にしないことにする。
それでも、まるで針の
もう、学校中にこの噂が回ってるみたい。
クラスの中でもあたしによそよそしく、ヒソヒソと噂されている。
どうやらあたしが石動さんから翔を取ろうとしている図式にされている。
翔のいるクラスに行きたいけど、わざわざ噂の的にされるなんていやだな。
LINEで呼び出すことにした。
『話がしたい。いつものとこに来て』
『わかった。待っててくれ』
返事を確認して、あたしはいつもの場所で待つ。
ほどなく翔がやってきた。
「すまない、緋乃。芽衣に
「何があったの?」
翔の口から、おとといの一部始終が語られた。
「やっぱり、あれは事故を装ってたけど、狙われてたのね…」
「あのやり方は、間違いなく石動の親父側だ。おとといからの件は、おそらく芽衣がやり方を変えて動き出したんだろう」
「なんか…逢いづらくなっちゃうね…あと、昨日ね…これがポストに投げ込まれてた」
あたしはお披露目の映像が入っていたビデオディスクを差し出した。
「これは?」
「おとといのお披露目、ビデオに撮られてたみたい。それがこれに入ってる。ネットで拡散されてる映像と同じだけど、こっちはノーカットみたい」
翔が差し出したディスクを受け取る。
「芽衣のやつめ…」
「一緒にいると噂されちゃうよね。あたし、もういくね」
「緋乃っ!他の誰がなんと言おうと、俺は決して芽衣を選ばない。選ぶのはお前だけだ」
あたしは返事をしないまま、その場を離れた。
わかってたけど、あたしはクラスで孤立し始めた。
クラスで唯一頼れる護とは会話もできない。
ヒソヒソとあたしを話題にされているのを知りつつ、護はそれを黙って見ているしかない。
どうして…こんなことになっちゃったんだろう…。
この日を堺に、石動さんは再び翔につきまとい始めた。
翔は冷たくあしらうものの、石動さんは動じる様子もない。
反対にヒソヒソと話題にされるのを恐れたあたしは、翔からしだいに距離を取るようになる。
学校の行きと帰りも、護が隣で歩くようになっていた。
あの日は、護があの動画の存在を知ったため、一緒にいるのはまずいと判断しただけらしい。
けど翔が警護として一緒にいるよう促され、その日の帰りから一緒にいるようになっていた。
ほんと…あたし、居場所がない。
お披露目騒ぎから一ヶ月ほどが経った今も、あたしは変わらず孤立した状態が続いている。
ある日の帰り、護と一緒にいるところを芽衣が遠目に眺めていた。
「ふふ、そろそろ出そうかな。あれ」
口を笑みの形に歪めてつぶやく。
翔は石動さんにつきまとわれて対応に困っているから、いつも集まるメンツが変わった。
あたし、詩依、護、雪絵、氷空くん、
「護ぅ、これはどういうことぉ!?」
詩依が突然、護に食って掛かる。
例のお披露目動画のページに写真が追加されていた。
追加された写真を見た護は、目をヒクッと見開いた。
「あいつ…どこでこの写真を…」
追加されていた写真は、あたしが護と一緒に登校するようになった後、駅のホームで人とぶつかってよろけたところを、護が抱きとめてくれた写真だった。
「詩依っ!それはっ!」
「護ぅ、緋乃の周り半径10メートル以内に接近禁止ぃ!」
「それだと同じ教室にも入れないじゃないか」
「なら校外で10メートル以内接近禁止ぃ!」
護の冷静なツッコミに、詩依は条件を付け足した。
「詩依!理由も聞かずに一方的じゃないっ!?」
雪絵が詩依に抗議する。
「わかってるわよぉ。どうせよろけて転落しそうなところをかばったってことくらいはぁ。でももう嫌なのぉ!緋乃と一緒に登下校してるのがぁ!」
何か言いたげな顔で、護はあたしを見る。
「いいよ、今はもう守ってもらわなくても大丈夫そうだし…」
実際、お披露目騒ぎの後は、誰かにつけられてた嫌な感じもなくなっていた。
それに護と一緒にいて、ヒソヒソ噂の火種がくすぶったまま消えずにいることを感じていたことも事実。
心細いことは事実だけど、これで護まで噂にされるのは嫌。
なんか、石動さんが来てからいろいろとグチャグチャになってる。
もう…嫌…。
早く、高校を卒業したい…。
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