第9話:告白

 翔が呼び出されてから10分は経っている。

「翔、大丈夫かな…?」

「多分何かの間違いよぉ」

 詩依がフォローしてくれる。

「………」

 だけど雪絵が黙っているのはかなり気になるというか…。

 ドタドタと足音が聞こえてくる。

「緋乃っ!!すぐ来てくれっ!!」

「俊哉っ!?」

 すぐ目の前まで来て、ぐいっと手を引こうとする。

「いやっ!離してっ!!」

「翔がピンチなんだっ!早くっ!!」


 ただならぬ様子に、あたしは付いていくことにした。

 校長室に着き、そこにいたのは校長と担任と警官二人に頭に包帯を巻いて三角巾を提げている女性だった。

 翔の姿はない。

 この状況が理解できない。

「翔はその衝立の向こうか」

「一体何が…?」

「君が水無月みなづき緋乃あけのさんですか?」

「はい」

 説明もなく警官が確認してくる。

「昨日の午後七時ごろはどこで何をしていましたか?」

「…確か、クラス委員と新聞部代理の仕事で遅くなって、駅へ行く帰り道でした」

「その時、誰かと一緒にいましたか?」

銘苅めかるしょうくんと一緒でした」

 警官は顔を見合わせる。

「証言は一致しますね」

「それだけじゃわからないでしょ?ただかばってるだけかもしれないじゃない」

 警官の話に女性が不機嫌そうに割って入ってくる。

「あのさ」

「君は口を挟まないでくれ」

 俊哉の言葉を担任が制する。

 つまり、あたしの証言次第で翔の窮地を救えるか、瀬戸際にいるんだ。

「確かに、一緒にいました」

「他にそれを証明してくれる人はいますか?」

 あの時間、公園あたりに居たはず。けど公園にはひとけが無くて、他に証明できる方法なんて…。

「無実を証明できないなら、一般市民に手を出すなんて行為…停学は確実…下手すれば退学も…」

「うむ、やむを得ないことかもしれん」

 担任の口からとんでもないフレーズが飛び出した。

「ふざけんなっ!!なんでそこまでやらなくちゃならないんだっ!!」

 俊哉が先生に噛み付く。

 退学っ!?

 翔がっ!!?

 考えろっ。翔のアリバイを示す証拠…他に無いのっ!?

 あっ…あった。

「証明します。その時間前後に二人で写真を撮りました」

「では拝見しますので」

「今手元に無いので持ってきます」

 校長室を飛び出して、教室に戻る。ついてくる俊哉。


「ないっ!?」

 カバンを開けてみるが、そこに昨日あったカメラは無かった。

「なんだとっ!?」

 焦っている様子に詩依と雪絵が心配そうな視線を送ってくる。

「どこにあるんだ!?」

「たぶん家。取ってくるっ!!」

「授業始まっちゃうよっぉ!!?」

「今は授業よりも翔が先よっ!!」


 詩依の心配をよそに、あたしはそのまま学校を飛び出して家に向かう。

 いつもは短く感じる通学路も今はすごく遠く感じるし、電車も遅く感じる。

「早く…」

 居ても立ってもいられない気持ちのまま電車に揺られる。

 やっと家に着き、ドアを開ける。

「緋乃っ!?学校はどうしたのっ!!?」

 お母さんがびっくりした顔で出てくる。

「忘れ物っ!!」

 短く伝えて自分の部屋に飛び込む。

 あった。

 カメラは机の上に置きっぱなしだった。

 すぐ学校へ向かう。

 電車の中でカメラのプレビューを確認する。確かにその画像はある。今窮地にある翔を救える画像が。

 この画像はあたしにとって宝物だけど、今はこのカメラを壊しちゃ絶対ダメ。

 大切に抱えて、この電車が駅につくのをひたすら待つ。

「ああもう、早く着いて…」

 焦る気持ちを抑えてジッと耐える。


 駅に着く。

 転んでカメラを壊さないよう足元を確認しつつ走る。

 いつもの公園を抜けて、学校が見えてきた。

 正門脇の通用門を通って校舎に駆け込む。

 上履きに履き替えて校長室へ向かう。


 コンコンコン。

 校長室のドアをノックして入る。

「おまたせしましたっ!!」

 部屋には俊哉と担任がいなかった。授業に戻ったらしい。

「緋乃…おまえどこまで?」

 翔が心配そうに聞いてくる。

「家へ、取りに、戻ってた」

 ゼエゼエしながら、カメラを警官に渡す。

 そのやり取りを見ていた女性は少し険しい顔を見せる。

「これは証拠になるな。二人が確かに一緒だ」

「日付と時間も写真に入ってるし、時計台の時計と時間も一致する。カメラの日時設定もピッタリ」

「ど…どうですか…っ!?」

 息を切らしてぐったりしながら問う。


「被害を受けたのは確か、あなたの家の近くで昨日の夜七時ごろでしたね?」

「…はい」

 怪我をしている女性が答える。

「あなたが言う容疑者はその時間、この生徒とこの近くで一緒にいたことが証明されました。あなたを襲ったのは確かにここにいる彼で間違いありませんか?」

「…人違い…だと思います」

 観念したかのような面持ちで女性が答えた。

「というわけで彼の容疑は晴れました。お騒がせしました。ご協力感謝します」


 やった…。

 翔の濡れ衣を、あたしが剥がせたんだ…。

 警官に連れられて女性が校長室を後にする。

 女の目線は依然厳しい。

 その時、翔の顔はいつかの俊哉みたいに目が死んでいた…ように見えた。


「ほんっとにムカつくな。あの女っ!!フラれた腹いせに通り魔を翔と決めつけやがって!!」

 放課後、みんなで集まって顛末を話した。

「翔が通り魔なんてことするわけないじゃん。先生もわかってないよねぇ」

「翔は大丈夫だった?」

「ああ、ありがとう。授業サボらせてごめん、緋乃」

 担任は翔の濡れ衣について簡単に説明を受けたため、緋乃のサボりに理解を示しつつも、授業の遅れについては何らかの形で取り戻すよう言われた。

 雪絵は相変わらず黙っている。

 最近雪絵が静かなのはなんでだろう?

 俊哉を立ち直らせるきっかけになるあの時はあれだけ語ったのに…。


 今日は委員の仕事はナシ。写真は撮る気になれず、明日へ回すことにした。

 帰りは俊哉も混ざって五人になる。

 あんなことをされた俊哉だけど、翔を心配する気持ちはあたしと変わらない。

 それだけはわかった。

 気持ちとしてはあまり許したくないけど…。

 翔と俊哉が先頭を歩き、後に詩依に続いてあたしと雪絵がついていく。


「もう少し早く行動していれば、可能性はあったかも」

「えっ!?」

 不意に雪絵が耳打ちしてきた。

 何っ!?早く行動ってっ!?

「雪絵…」

 呼びかけるも、意に介さない様子だった。

 カメラを取りに帰ったのは、これ以上ないほど急いだ。

 今回の件の話じゃないの?違う話なのっ!?

 雪絵の耳打ちはいつも具体的だけど、何を指しているのか言わないから意味が分からない。けど、思い返すとだいたいは言うとおりになっている。

 さっきの言葉は一体どういう意味なのっ!?

 気になるのは、翔があれからずっとあまり元気が無さそうに見えること。

 退学をちらつかされて、ずっとヒヤヒヤして疲れたんだろうか…?


 次の日。

 翔はいつもの翔に戻っていた。


 そしてあの事件から一ヶ月ほどが経った。

 期末考査も無事に終わり、夏休みに入ろうとしている。

 これが波乱に満ちた夏休みになることなど、この時は知る由もなかった。

 あたしの心残りが薄れた頃、それはやってくることなど。


 中間と期末考査の成績が良かったからと、あたしもようやくスマホを買ってもらえた。

 LINEを入れて、みんなとIDを交換も済ませる。

 これで夏休みでもみんなと連絡が取れるようになった。

 ピロン。

 翔からメッセージが来た。

「前の写真は助かった。ぜひ礼をさせてほしい。行きたいところや欲しいものがあったら教えてくれ」

 その時はお礼なんていいと言ったけど、こうしてまた気持ちを示されるとつい考えてしまう。

 夏休みも目前だし、からっぽな夏休みにしないためめにもつなぎとめておきたい気持ちはある。

 気にしてくれるなら、少しでもあたしのことを心に留めておいてほしい。

 だからこう返した。


「ありがとう。一緒にお出かけしたい。行き先も翔が決めていいよ。空いてる日を送るね」

 せっかくならあたしからリクエストするんじゃなくて、あたしのためにいろいろ考えてもらうほうがいい。

 翔と一緒なら、どこでも嬉しい。


 夏休み直前の日曜日。

 翔とお出かけすることが決まった。

 行き先を言おうとしてたけど、あえて聞かないことにした。

 そして待ちに待ったお出かけの日。

 駅のホームで待ち合わせ。

 翔がいつも登校の時に乗る駅ホーム。

 十五分も早く着いてしまった。

「ちょっと早すぎたかな」


「悪い、待たせたかな?」

「っ!?」

 思わず息を呑む。

 普段着の翔。

 ジーンズに紺のカットソー、フロントホックを外して着崩した麻のシャツ。

 気取りすぎない姿にかえってドキッとした。

「ううん、さっき着いたとこ」

「そっか。じゃ行こうか」

 ソッと手を繋いできた。

「えええっ!?」

「あっ、ダメだったか?」

 パッと手を離す翔。

「違うのっ!突然で驚いただけ」

 顔を赤くしながら、あたしから手を差し出す。

 その手を握ってくる翔。

 繋ぐ手から体温が伝わってくる。

 ドキドキしながら電車に乗り込む。

「改札はICカードで入ったんだよね?」

「うん。しっかりチャージしてあるよ」


 着いたところは、知ってるけど来たことがない大型商業施設だった。

 体験型レジャースポットもたくさんあって、一日では遊びきれないって評判の場所。

 海が近いから風が強めに吹いている。

「ここ、一度来たかったんだっ!」

「それはよかった」

 翔は満面の笑みを浮かべる。

「予約や前売りが無いから、少し待つこともあると思うけど」

「構わないよっ」

 全部翔に任せて、あたしは全部委ねる。

 あたしのために考えてくれた予定を楽しむ。それが一番のお礼と思っている。


 最初に入場料が必要なレジャー施設に入る。

「えっと、600円か」

「緋乃はいいよ。これはお礼なんだから」

「そんなつもりじゃないから、自分の分は自分で…」

「少しはカッコつけさせてくれよ」

 ドキッ!

 まさか自分でそんなことを敢えて言うなんて…。

 意外だったから思わずときめいちゃった。

「…うん、じゃあここだけ。後は自分で払うよ」

「だーめ。これはお礼なんだから」

 なら、今日は甘えちゃおうかな。

 この分はまたの時に少し返しておこう。

「うん、そこまで言うなら」

 屋内の遊戯施設を二人で楽しんだ後は、フードコートでランチして、ショッピングモールであれこれ見て回った。


 昼下がりになったところで、外の砂浜にあるベンチでアイスを食べながら少し休憩していた。

「ん?」

 翔が何かに気づいた。

「どうしたの?」

「あの子、迷子かな?」

 指差した先を見ると、グスグスと泣いてる男の子が一人ポツンと佇んでいる。

 あたしは立ち上がり、その子の元へ駆けつける。


「ボク、どうしたの?」

 グスグスしたまま泣き止む様子がない。

「ここ、日が差して暑いから日陰に行こうよ」

 あたしと翔が促して、ぐずる子をベンチに座らせた。

「緋乃、少しだけ頼む」

 言うと翔は走り出してどこかへ行ってしまう。

 仕方ない。この子をあやしておこう。

「ボク、迷子になっちゃったの?」

「ううっ…ママ…パパ…」

 やっぱり迷子だった。

 どうしよう?あっちの建物だったらともかく、この浜辺じゃ呼び出しの放送も届かない。


「おまたせ」

 戻ってきた翔の手には、もう一つアイスがあった。

「食べて」

 にっこり笑って翔がアイスを差し出す。

 子供はぱぁっと顔が明るくなり、夢中でアイスを舐める。


 食べ終わる頃には子供はすっかり落ち着いた。

「翔、やっぱりこの子、迷子みたい」

「そうか。じゃあ…」

 いきなり子供を肩車して

「どうだ?これならパパとママも見つけやすいだろ?」

「わぁ…」

 子供が驚いた声を上げる。

「お子さんが迷子でーす。この子に心当たりはありませんか~!?」

 浜辺で大きな声を出して呼びかける。


 こうして三十分ほどが過ぎ

「パパッ、ママッ!!」

 子供が声を出す。やっと親が見つかった。

 翔は肩車から下ろして、親の元に返す。

「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいのか」

 このまま気持ちよく終わるかと思ったけど…


「お前が目を離すからこうなったんだ!!」

「何よ、私にばかり押し付けるあなたが悪いのよっ!!」

 目の前で夫婦喧嘩が始まってしまった。

 子供はいたたまれない様子で立ちすくむ。

 あたしは思わずしゃがんでその子を抱きしめる。

「大丈夫よ。今は怖いかもしれないけど、仲がいいからああやって言い合えるの。明日になればきっとまた元の優しいお父さん、お母さんに戻るわ」

「お姉ちゃん…」

 結局夫婦喧嘩が続いたまま家族が立ち去っていくのを見送る。

 子供は何度も振り返って大きく手を振っていた。


「なんか…後味悪かったな。あの子、ここに嫌な思い出が残らなければいいけど」

「残らないと思う」

 翔が振り向く。

「だって、翔が美味しいアイスをごちそうしてくれて、優しくしてくれて、喧嘩しちゃったけど親を見つけてくれて…きっといい思い出になるわ」


「優しいんだな。緋乃」

 言って、海を方を見る。

 夕焼けに映える横顔。


 ドキッ…。


 そんなこと…言わないで…。

 そんなに優しくされると……。


 ダメ…云っちゃダメ…。


 云ったら、引き返せなくなる…。

 夕日に照らされる翔の顔を見ていたら、気持ちが高ぶってきて……ダメ…。

 ダメ…なのに…。

 翔を…独り占めしたい…。


 ダメ…。


「翔…あなたが…好き」

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