第13話 リボルト#19 希望と絶望 Part5 社会不適合者

「くっくっく、なかなか苦戦しているようではないか、諸君」

 噂をすればなんとやらだ。早くもあの憎き鬼軍曹の忌々しい声がどこともなく響いてしまった。

「あら、随分と無様な姿ね。まだ2台しかないのにこのていたらくじゃ、先が思いやられるわ」

 すぐさまあのドレス女の声も、イヤらしく俺たちの神経を逆撫でしやがる。

 敵だからこうなることは分かっているものの、やっぱり嘲笑われるといい気分になれないのは人のさがだ。

「てめえら……よくもこんな……!!」

 怒りの頂点に達した俺は、すかさず二人を目掛けて千里せんり一本槍いっぽんやりを放つ。しかし二人は吹き飛ばされることなく、ただその姿が蜃気楼しんきろうのように揺れているだけだった。


「なっ……効かないだと!?」

「くっくっく、甘いぞ。我々はそう易々と貴様たちにやられるために、ここに姿を現すと思っているのか?」

「そうよ。特に散々弄ばれて、怒り心頭に発しているあなたたちの前に、ね」

 くそっ、俺たちが怒っているのを知って、ボコられるのが怖くて高みの見物というわけか! 悪役ではよくあることだな……

「ふんっ、どうせ幻影でも作り出して、別のところで俺たちが狼狽えている姿を見て楽しんでいるだろう。まさに小心小胆しょうしんしょうたんだな」

 広多は腕を組むと目を閉じ、俯いて鬼軍曹を見下す。

「暗元、難しい言葉は止めたまえと、何度も言ったはずではないか。そうやって自分だけが分かること口にし、優越感ゆうえつかんに浸って相手を見下す態度は感心できんな」

 相変わらず広多の四字熟語に困惑し、鬼軍曹は非難の意を示す。はっ、自分のことを棚に上げてよく言うぜ。


「ふんっ、それは貴様も同じではないか。いいだろう、分からないのなら教えてやろう。貴様のような幕の後ろに隠れるような奴は、臆病者だというのだ」

「くっくっく、何とでも言うがいい。安い挑発に乗って、命を落としたほうがよほど馬鹿なのだよ」

 しかし鬼軍曹は動じることなく、広多の挑発をものともせず、ただせせら笑っている。

「あなたたち、一体何が目的なの! どうしてこの世界に戦火をもたらしたというの!」

 この国の姫であるジェイミーももちろん犯人を見過ごすわけがなく、剣を掲げて二人に詰問する。

「別に~? ただこの美しい国、この美しい世界がどうやって崩壊していくのか、見るのが楽しくてたまらないのよー! あはははは!」

 ドレス女はかつてない狂気じみた笑顔を浮かべて、正気の沙汰とは思えない笑い声を上げる。

「な、なんてヤツだ……! 完全に狂っている……!」

 初めてドレス女を見たプライドも、そのとてつもない狂気に怖じ気付いて、冷や汗を流している。

「なるほど、まったく理解できないわね。そのような邪悪な意思は、私が必ずこの刃と魔法の力で追い払ってみせるわ!」

 心は宝石のように清らかなジェイミーは、揺るぎのない眼差しで剣と盾を掲げて、鬼軍曹とドレス女に対峙する。

 って、まったく理解できないのに「なるほど」なのか? この国ならではのジョークか?


「あら、健気な姫様ね。でも忘れないでちょうだい、あなたたちの魔法は、私たちのかわいいお人形さんたちにはまったく効かないことをね」

 ドレス女は余裕かつ嫌味な笑みを浮かべ、髪を掻き上げる。

「だからこうやってこの救世主たちを、この世界に召喚したのです! 彼らの不思議な力があれば、あなたたちを倒すのも時間の問題です!」

「時間の問題……か。くっくっく、その前に我々にやられなければいいのだがな」

 鬼軍曹はまたしても嫌味のある言い方をするが、現に俺たちは奴らの兵器を相手に苦戦したのもまた事実だ。下手をすれば、奴らにやられる可能性はなくもないだろう。

 言い争いが続く中、突然とある小さな声が弱々しくその存在を主張する。


「ね、ねえ……もうやめよう……?」

 千紗が憂いに満ちた顔で、肩を竦めて俺たちの前に姿を現す。どうやら戦いを好まない彼女には、この現状があまりにも過酷すぎるようだ。

「どうしたのよ、千紗? ここまで来たのに、今更やめられるわけないでしょう!」

 だが強気な優奈はそんな弱腰な千紗を見て、明らかに不満そうな表情を浮かべる。二つの相容れない想いが、この空気をきなくさくする。

「これ以上戦っても、みんな死んじゃうんだよ! 優奈ちゃんもさっき見たでしょう、あの機械相手にみんながどれだけ苦労したのかを!」

「でも勝ったんでしょう? 何の問題もないじゃないの!」

「そんなのただのまぐれだよ! 今回は運良く勝てたけど、次は勝てる保証はどこにあるの? みんなが血の海の中で倒れるのを想像してただけで、怖くてしょうがないよ……しくっ……」

「千紗……」

 両手で顔を覆い、泣きじゃくる千紗。そんな彼女を見て、優奈も何も反論できなくなった。


「くっくっく、結局怖じ気付いたのか。まあ、これで分かっただろう、所詮生身の人間ごときが武装した機械に勝てるはずないことをな」

 まるでこの瞬間を待っていたかのように、鬼軍曹が高らかに笑い声を上げている。

「貴様……!」

 そして広多が拳を握り、怒りに満ちた目で鬼軍曹を睨み付ける。自分の宿敵が得意げに笑うのを見て、さぞ機嫌が悪いだろう。

「まあ、私たちも鬼じゃないわよん。今ここで降参したら、今までのことを水に流してあ・げ・る♥」

 ドレス女が何かよからぬことを企むように、邪悪な笑みを浮かべている。

「ほ、本当に!?」

「ええ、昔のような寮生活に戻ることもできるのよ。ただし……」

「ただし?」

「この学校から卒業した暁には、『社会不適合者しゃかいふてきごうしゃ』として認定されるのだ」

「しゃ、社会不適合者……? 何だよそれ!」

 聞き慣れない言葉に、苛立つ聡は説明を要求する。


「何って、文字通りの意味って決まってるじゃなぁい。私たちに歯向かった罰として、これから一生そのレッテルを貼られ続けるのよ」

「そのレッテルを貼られる貴様たちは、将来ではあらゆる進学や就職、いや、人間として認められるのも至難の業だろう」

 二人の口からは、とんでもないことが飛び出る。もちろんそれをよしとする仲間は、誰一人いるはずもなかった。

「な、なんだって……! ふざけんじゃないぞ!」

「そんなこと、あってたまるか……!」

「一体何の権力があって、そんなことができるのですか!」

 罵声ばせいとも言える質問は、雑音と化して飛び交う。だが鬼軍曹とドレス女はまったく動じず、依然としてムカつく態度を取る。


「ところができるのだよ、校長もただ者じゃないのでな。まあ、命拾いしただけでも、ありがたく思って頂きたいのだがな」

「このご時世じゃ、差別待遇はますます激しくなる一方よ。これからあなたたちが豚のように扱われる姿を想像していると、ゾクゾクするわぁ」

 二人ともまったく悪びれる様子もなく、ただひたすら俺たちを侮辱することに楽しんでいやがる。

「くそっ、黙って聞いてりゃいい気になりやがって! これでも喰らいやがれ!」

 いきり立つ聡はスマホからギザギザの輪っかを呼び出し、鬼軍曹とドレス女を目掛けて攻撃する。

 だが聡は奴らがただの幻影であることを忘れて、輪っかが二人に命中しても、ただ人影が揺れるだけだった。

「くそっ、ホログラフィーかよ! アイツら、そこまで考えていたのか!」

 自分の攻撃が効かないことを目の当たりにした聡は、悔しそうに歯を食い縛り、手に持っているスマホを握り締める。

 いやいや、さっき俺があいつらを攻撃したのを見てなかったのか?


「くっくっく、所詮子供は子供だ。気に入らない言葉を聞くと、すぐそうやって暴力で解決しようとする。しかも二度も同じ過ちを繰り返すとは、実に愚かなことだ」

「あら、怖いわぁ~私のキレイな顔、傷が付いてないかしら?」

 二人はまったく動じず、相変わらず余裕をかましてやがる。

「そういえば、今のこの攻撃行為は、交渉決裂と認めてもいいわよね?」

「くっくっく、実に勇敢ではないか。だがいずれ貴様らは、自分の選択に後悔することになるだろう。さて、そろそろ引き上げるとしよう」

「ええ、そうするわ。シャワーでも浴びてのんびりしたいわぁ」

 すると「ピュッ」という音と共に、鬼軍曹とドレス女の姿が消える。「ど、どうすりゃいいんだよ……?」

 あまりにも急な出来事に、聡は戸惑いを隠せずにいる。


 確かにこの事態は悩ましいところだ。これ以上奴らに歯向かうのは危険だが、だからといってこのまま降参して、「社会不適合者」のレッテルを貼られるのもまっぴら御免だ。

 この学校じごくを卒業した後にも人間として扱われないなんて、自由を求めるために戦った俺たちにはあまりにも皮肉すぎる結果だ。

 それなら、答えはもう見えている。


「千紗には悪いが、やはりこのまま降参することはできない」

「えっ、どうして……?」

 案の定、俺が導いた結論に千紗は眉間をひそめた。

「なーに分かり切ったことを聞いてるの、千紗? あいつらの思う通りに動くのって、すごくムカつくじゃない! やっぱりここはあいつらの鼻を折っておかないと気が済まないのよ!」

「で、でも! さっきの見たでしょう!? 先生たちが、あんな恐ろしい武器を持ってるんだよ? 勝ち目なんてないよ……」

 あまりの実力の差に、千紗は焦りが募る一方で、いかにも涙が出そうな予感だ。

「千紗ちゃんの気持ちは分かるよ。でも、このまま諦めても、学校を卒業したらアイドルの仕事ができなくなっちゃうだけだよ。そんなの嫌でしょう?」

「冴香ちゃん……」

 冴香の言葉を聞いて、千紗は声が震えているものの、少し落ち着きを取り戻したようだ。

「それにみんなもいるし、きっと勝てない戦いはないよ!」 

 菜摘も持ち前の明るい元気で、怯えている千紗を励ます。

「うん……そう、だよね……わたし、もうちょっと頑張ってみるよ!」

 千紗もようやく自信を取り戻し、ゆっくりと立ち上がる。


「ふう、これでとりあえず一件落着……ん?」

 俺は視線をジェイミーのいる方へ移すと、何やら先程の二人の学校の制服を着ている女性と会話しているようだ。

「どうやら、ついに有力な仲間たちを見つけたようね。おめでとう、ジェイミー」

 背の高い方は、おっとりとした笑顔を浮かべ、ジェイミーに祝福の言葉を送る。

 エクセリアと呼ばれた女性は、その風になびく青い髪がまるで海の波ように澄んでいて、その気品ある笑顔とあいまって、見た者の心を癒やしてくれる。

「ありがとう、エクセリア。これでこの世界の運命が変わるはずよ」

 そしてジェイミーも笑顔で返すと、晴れた空を見上げる。その瞳に映るのは、きっと希望の光に違いないだろう。

「へー、なかなかやるじゃない。まあ、強いのは認めるけど、まだまだワタシには及ばないわね」

 背の低い方はこっちをチラ見すると、何やら意地悪そうな笑みを浮かべている。どうやら彼女もまた、俺たちのことをライバル視しているようだ。

 白いツーサイドアップにバイオレット色のリボンが、年相応のかわいさを醸し出している。若いだけあって、負けん気も強いらしい。やれやれ、これが若気の至りって奴か。


「ジェイミー、そこにいる二人は誰だ?」

 気になった俺は、ジェイミーに質問する。俺の声が聞こえて、ジェイミーはこっちを振り向き、依然としてその爽やかな笑顔を見せる。「あっ、みんなお疲れ。この二人はね、ここの学校の生徒会長と副会長なのよ」

「初めまして、エクセリア・スナグルです。この国のハーデオルト王立学園で生徒会長を務めております。どうぞお見知り置きを」 

 背の高い青い髪の女性は、礼儀よくお辞儀をして自己紹介をする。さすがは生徒会長、立ち振る舞いは他の人とは違うな。

「そしてワタシは副会長のトレシア・スナグルよ! 覚えておきなさい!」

「こら、トレシア。お行儀悪いわよ」

 一方、背が低い白い髪の子は両手を腰に当てると、頭を上げて得意げに名乗る。あまりにも傍若無人な態度を、生徒会長が窘める。

「ええー、別にいいじゃない。相変わらずお姉ちゃんは堅いなぁ」

 副会長は頬を膨らませ、明らかに不服そうな顔を浮かべる。


「まあ、積もる話もあると思うけど、みんなも疲れてると思うから、そろそろお城に戻って休憩しないとね。鎧も汚れてるし」

 シェイミーは自分の鎧に付いている鎧のほこりを軽く払うと、俺たちに城に戻るよう提案する。

「あっ、それ賛成ー! いやー、さっきずっと動き回っててさ、もう腹がぺこぺこだぜ!」

「またあのうまい飯が食えると思うと、もうヨダレが止まらねえ! しかもあれだけたくさんの美女が周りにいるし、こりゃうまい飯がさらにうまくなるぜ! 特にあの姫様が……」

 聡と直己が、まるで先程の戦闘が嘘かのように話に花を咲かせている。

 とんだ楽天派だな……ある意味羨ましいぜ。

「おっと、なんてこった! それは聞き捨てにならないぞ! 姫様と結婚するのは、このオレなんだぞ! 誰にも渡さないぜ!」

 ジェイミーのことしか考えていないプライドは、早い足取りで二人を追い、自分の存在感を強調する。

「ちょっと、あなたたち! 黙って聞いてらいい気になるなんて……姫様は、あなたたちのような庶民と結婚するはずがないわよー! いい加減妄想はやめなさーい!」

 もちろんジェイミー思いのシースも彼らの会話を聞き逃すわけがなく、その後を追って彼らを戒めようとするが、スピードの差があまりにも大きく、その距離がだんだん大きくなり、早くも彼らの姿を見失う。


 やれやれ、まだこの新しい世界に来て一日も経ってないのに、もうこんなにたくさんの出来事が起きたんだな。どうやらここから先が、色んな意味で大変になりそうだ。

 だが、決してここで諦めるわけにはいかねえ。たとえブラック・オーダーの連中が卑怯な作戦を考えていようが、自由と正義のためには奴らをぶっ潰さなければならない。

 そんな俺の胸の奥に秘めている思いを知っているかのように、千恵子と哲也、そして菜摘が俺の顔をまっすぐな目で見つめてくれている。


「大丈夫ですよ、わたくし達ならきっと成し遂げられます」

「ああ、君は一人じゃないさ」

「みんなの力があれば、あんな悪いやつらはお茶の子さいさいだよ!」

「ありがとう、みんな。おかげでまた戦える気がするぜ」

 仲間たちに暖かい言葉をかけられ、俺は心の奥から温もりを感じる。そんな彼らに、俺は感謝の気持ちを返す。

 こうして俺たちは、ジェイミーの案内で城に戻ることにする。街を照らしている赤き夕焼けは、俺たちの勇姿を讃えてくれている。きっとこれからの冒険も、うまくいくだろう。

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【次回予告】


優奈「あ~あ、さっきの戦いのせいで、せっかく着替えた新しい服がこんなに汚れてるじゃない! 最悪だわ!」

美穂「そういえばさっきあのドレス女は、シャワーでも浴びるって言ってたわよね。アタシも早くシャワーを浴びてさっぱりしたいわ~」

ジェイミー「それなら大丈夫よ。私の王宮には浴場があるわ」

菜摘「えっ、本当!?」

シース「姫様が嘘をつくはずがないでしょう! 普通の民家やホテルじゃ絶対に見られない、すっごーく広い大浴場なんだから!」

直己「なに!? それってつまり美女たちの……ぐわっ!」

名雪「あんたは黙ってなさい!  姫様、こいつはかなりのスケベなので、動けないように後でちゃんと縛っておいてください!」

シース「そのほうがいいわね! さっきも姫様に気安く話しかけていたし、きっと下心があるに違いないわ!」

ジェイミー「え、ええ……分かったわ」


秀和「やれやれ、相変わらず騒がしい連中だぜ」

千恵子「………………」(ポッ)

秀和(何だ? 何やら熱い視線を感じるけど……気のせいか?)

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反逆正義(リベリオン・ジャスティス)Phase II——革命の反旗(レボリューション・スタンダード) 九十九零 @Tsukumo_Zero

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