第9話 リボルト#19 希望と絶望 Part1 武器屋「SEA OF THE ARMS」

【アバン】


菜摘「お買い物、お買い物~♪ 異世界でのお買い物は初めてだから、なんだかワクワクしちゃうね!」

聡「ファンタジー世界といえば、やっぱ武器屋だな! どんな武器があるか楽しみだぜ!」

美穂「いいえ、服屋の方がずっといいでしょう! ここのファッションのデザイン、きっとアタシたちの世界の違うわよね~」


千恵子「はぁ……」

秀和「どうした、千恵子? 珍しく元気がないじゃないか」

千恵子「いえ、何でもありませんよ」

秀和「本当か? 無理はするなよ」

千恵子「はい、大丈夫ですから、どうかお気になさらずに」

秀和「そうか? ならいいけど……」

(まさか、またホームシックになったのか?)


千恵子(もっと色々なおいしいお料理が食べたいのだけれど、今はそれどころじゃないわね……ここは我慢するしかないわ)

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リボルト#19 希望と絶望

Hope and despair


「…………」

 城門を出たジェイミー姫は、しきりに振り返って衛兵の方をチラ見している。しばらく歩いて衛兵の姿が見えなくなると、ジェイミー姫は大きく息を吐いた。


「ふぅ~やっと普通に話せるようになったわ」

 さっきまで上品な振る舞いと違って、ジェイミー姫は安心したかのように肩を下ろす。

「うん? それってどういう……」

 まだ状況が飲み込めていない俺は、目を見開いて彼女に質問する。

「実は私、こういう上下関係が大嫌いなのよ。本当は貴方たちにタメ口で話したかったんだけど、『王女プリンセスはちゃんと王女らしく振る舞いなさい』って、王宮の人がうるさくて……」

「ああ、なるほど、そういうことですか。確かに自分のしたいことができないのが、よほど辛いことですよね」

 束縛から解放されたジェイミー姫を見て、俺はまるで自分のことみたいに彼女に理解の意を示す。


「ああ、そっちも敬語を使わなくていいのよ。さっきも言ったみたいに、私は上下関係が大嫌いだから、これからは私のことを姫ではなく、普通の女の子として見てくれたら嬉しいわ」

 ジェイミー姫は真摯な眼差しで、俺を見つめている。そっちはそのつもりなら、俺もちゃんとその気持ちに応えないとな。

「分かった。それじゃ改めてよろしくな、ジェイミー姫」

「姫もなしでいいわよ! こちらこそよろしくね、ヒデカズ」

「ごめん、慣れたらつい」

 俺とジェイミーはもう一度握手を交わし、互いの顔を見て笑顔を浮かべる。

 しかし、ジェイミーの側に突っ立っているシースは、依然として頬をむっと膨らませている。

 きっと彼女は俺がジェイミーにタメ口を利いていることに腹を立てているが、ジェイミーに怒られるのが怖くて、もどかしい思いをしているだろう。

 まあ、ここは口論をしても意味がないので、今はとりあえず無視しよう。


「それで、これからどこに行くんだ?」

「この坂を降りれば、商業街のトパーズ・ストリートに行けるわ。あそこには色んなお店があるから、まずは武器や服装を買いに行きましょう」

「おお、ついにこの時が来たかっ! やっと本物のRPGみたいに、好きな装備を手に入れることができるんだな! やっほぉー!!!」

 ゲームマニアの聡は、テンションが高まる一方で、謎の舞を踊り出す。やれやれ、あいつは今の状況が分かってるのかよ。


「異世界の衣装、どんな感じなのか楽しみねぇ~一番デザインが大胆なヤツを探し出して、菜摘や千恵子に無理矢理着せようかしら……うふふふっ」

 過激なファッション好きな美穂は、いやらしい目つきを泳がせ、千恵子と菜摘の体を凝視している。

「美穂ちゃん、心の声がだだ漏れだよ」

「美穂さん、そういうのは控えて頂けたほうがよろしいかと……異世界の方に悪影響を与えかねませんよ」

 もちろん菜摘と千恵子はそんな美穂を見て黙るはずもなく、白目で彼女を見ながらツッコみを入れる。しかし当の本人はまったく気にせず、ニヤリと笑うと逃げるようにそそくさと人混みの方へと走っていく。


「まったく、どいつもこいつも……もう少し緊張感というものをだな……」

 浮かれている仲間たちを見て、思わず溜め息をつく広多。まあ、いきなり見知らぬ世界に来て、不安になるのも無理もないか。広多のような真面目な人なら、尚更だろう。

「本当にそうだな。状況も完全に把握できていないというのに、こいつらはすぐそうやって正体も知らない人間にホイホイ付いていくとはな……」

 拓磨は広多の意見に、理解の意を示している。どうやら昨日の一件で、二人はすっかり仲良しになっているみたいだな。これはこれで悪いことじゃなさそうだ。


 現在俺たちは、ここに来てからまだ数時間しか経っていない。確かに彼らの言う通り、たったこれだけの情報であの姫やその騎士たちは信頼に値する人間なのかを決めるのはまだ早計だ。ゲームや映画でも、最初に主人公が付いていた側が実は悪の組織だったというパターンも見たことがある。

 だが、俺にはやはりジェイミーが悪い人間とは思えない。色んな人から疑われようが、彼女の俺たちへの信頼が一度も動揺することはなかった。

 だったら俺も、彼女を信じることにする。それにこの見知らぬ世界では、やはり現地の人間の協力は不可欠だ。相手は姫なら、人脈も金も困ることはないだろう。うん、そう考えると実にいいスタートだ。


「ほら、着いたわよ」

 目の前に広がるのは、様々なお店が並んでいる広場だ。真ん中には噴水があって、趣を添えている。普段の商店街じゃ、こんな景色がなかなか見られないな。

「よし、まずは武器屋に行きましょうか。こっちの方が近いし、なにより武器がないと戦えないもんね」

「ああ、そうだな」

 一応武器は持っているが、折角だし寄ってみるのも悪くないだろう。もしかすると、何かいい掘り出し物が見つけられるかもしれない。

 看板を見上げると、そこには「SEAシー・ OFオブ・ THEジ・ ARMSアームズ」と書かれている。大きくてカラフルな文字が、その存在感を余すところなく示している。

 そして一番前にいるジェイミーがドアを押すと、「チリンチリン」と心地よいベルの音が鳴り響く。


「いっらしゃいませ! 今日は何をお探し……って、これはこれは、ジェイミー姫様じゃありませんか! どういう風の吹き回しですか!」

 店長らしき人物がベルの音を聞くと、すぐさま笑顔で俺たちを迎えるが、ジェイミーの姿を見たとたん、ただでさえ高いテンションが一層高まった。まあ、ジェイミーは姫だし、誰が見ても興奮するだろう。

 よく見ると、その店長がなんとゴスロリファッションを着た小柄な少女で、宵夜とほぼ同じ高さだった。しかし壁には多くの武器が並んでおり、種類も指折りで数え切れない程の多さだ。どうやらこの子も、ただ者じゃなさそうだな。


「こんにちは、ファニー。ちょっと異世界からのお客さん達に、いい武器を紹介しようと思ってね。これだけ人が多いと、きっと大儲けできそうね」

 ジェイミーはいつもと変わらない落ち着いた笑顔で、店長に挨拶する。

「はい、はい! いつもお世話になっております!」

 金の匂いを感じたのか、店長はただひたすらにぺこりと頭を下げている。

「いや、僕たちはまだこの世界の金が……」

 大事な問題に気付いた哲也は、その考えを言葉にする。

 確かに、世界が違えば、もちろん使用する貨幣も異なる。いくら元の世界のお金を持っていても、使えなければ何の意味もない。


「大丈夫よ、それぐらいはちゃんと分かってるわ。私がおごるから、心配しなくていいわよ」

 ジェイミーは何も考えずに、当たり前のようにこの言葉を口にした。

「わお、さすが王女、太っ腹だな」

 そんなジェイミーの気前の良さに、俺は思わず賛嘆する。

「で、出たー!!! ソシャゲのチュートリアルでよくある、『最初の無料武器ガチャ』だー!」

「はいはい、何でもすぐゲームに結び付けようとするな」

 ゲーム脳の聡を見て、俺は思わずツッコみを入れる。

「ふふっ、でもその代わりに、私たちが貴方達の世界に行く時、おいしいものをいっぱいおごって頂戴ね」

「ああ、もちろんいいとも」

 俺たちの世界に行くことが前提なのか……その日がいつ来るかは分からないが、彼女を失望させないためにも、ここは承諾しておこう。


「さて、世間話はそれぐらいにして、みんな好きな武器を選んでいいわよ」

「よっしゃ! 待ってたぜその言葉!」

 ずっと興奮気味だった聡は袖をまくし上げて、早速武器を物色している。

「さてと、俺たちも武器を探すか」

 俺はそう仲間たちに告げると、辺りを見回す。

 壁に飾られているのは、斧や槍など、あるいは両者を合わせたハルバードという種類だ。試しに一つ持ってみると、腕が重力に引っ張られてすぐ地面に落ちそうだ。

 ……何という重さだ。やはり普段戦いに生きている人間には、これぐらいは朝飯前なのか。とはいえ、俺はやはり軽くて扱いやすい武器の方を使いたい。

 片手剣のコーナーは、カウンター側にある。俺はおもむろにファニーの近くに行き、彼女にオススメの武器を尋ねる。

 しかし、どうやら彼女に興味を持つ人物は他にもいるようだ。


「おお……何というすばらしい装束! この質感、このデザイン……是非ともこの手に収めたいわ!」

 宵夜はややハイテンション気味で、ファニーの衣装をじっと見つめている。ゴスロリ衣装が好きな彼女にとって、そうなるのも無理もないだろう。

「さすがお客様、お目が高いですね! 実は私はあそこの服屋さんにオーダーして作ってもらったんですが、ここの商品を買ってくれたら、紹介状を書いて差し上げますよ! ディスカウントできちゃいますんで!」

 宵夜に釣られて同じくハイテンションになったファニーは、商売のチャンスを逃さまいとマシンガントークを始める。なるほど、これが商人魂という奴か。

「ほほう……このような好機を、見逃すわけにはいかないな! それでは、我のような高貴な吸血鬼に、どのような武器が相応しいか、教えてくれないだろうか!」

 宵夜は完全にファニーの口車に乗り、早くもファニーに武器の紹介を求める。なかなかやるじゃないか。


「そうですね……お客様は以前、どのような武器をお使いに?」

「うむ、よくぞ聞いてくれた! 実はこの指輪を愛用しているが、なかなか思うようにいかないのだ!」

 周りの人を傷つけないように、宵夜は窓を目掛けて細心を払いながら指輪からビームを出しているが、効果があまり強力とは言えず、花火のように消えてしまう。

「ふむふむ、なかなかユニークな武器ですね! でも私が思うに、もう少し性能の高いものを使う必要がありそうですね……ちょっと待ってくださいね!」

 そう言うと、ファニーはショーケースから指輪らしきものを取り出したが、そこには何もなく、ただ台座しかない。

「えっと、確かこの辺に……」

 そしてすぐさま彼女はとある引き出しからメダルのようなものを取り出し、それを台座にはめる。


「これでよしっと! マジックリング、出来ちゃいました!」

「おお、この形、そしてこの光沢……我には感じるぞ、その宝石からただならぬ力が迸るのを!」

「分かってくれるんですか、お客様! これは偉力徽章オールマイティ・メダリオンと言って、中には強い魔力が秘めているのですよ!」

「魔力……! 聞くだけでわくわくするわ! それでは、早速試しに……!」

「ああ、待ってくださいお客様! 店内だと危険ですので、どうかバックヤードでお試しを……!」

 興奮する宵夜を落ち着かせるように、ファニーは慌てて指輪の威力を試そうとする宵夜を阻止した。

「はっ、それもそうだわ。我が魔力の強さ故に、仲間まで傷を負わせることになれば、大罪人となってしまう……! では案内してもらおうか、武器倉庫の番人よ!」

 新しい武器を見て気をよくしたのか、宵夜は勢いよく手のひらを前に出して、ファニーに道の案内を要求する。

「はい、こちらです!」

 ファニーは奥のドアを開くと、そこにはフェンスで囲まれた広い空間があった。なるほど、ちゃんと試し撃ちするための場所も用意してあるんだな。

 空間に案内された宵夜は、高まった興奮を抑えきれず、新しい指輪に換えるとその手を高く上げた。どうやら彼女はまた、何か口上を思いついたみたいだな。


深淵しんえんに住まう闇の眷属けんぞくたちよ! 我が嘆願たんがんに応じ、その姿を現して悪しき敵を蹴散らせ!」

 そう言うと、宵夜は上げていた手を前に突き出す。その輝く瞳には、どんな格好いい魔法を出せるかという期待が秘めている。

 するとどうだろう。何も起こることなく、ただ風が虚しく空を切るだけだった。

「……………………」

 あまりにも気まずいシチュエーションに、宵夜は唖然とする。


「はっ、そうでしたっ!」

 何かを思い出したのか、ファニーは慌てて宵夜のところへと駆ける。

「先にこのクリスタル・ワンドで起動(アクティベート)させておかないと、魔法が使えないんですよ! すみません、言い忘れてしまいまして~」

 ファニーは申し訳なさそうにそういうと、小さな杖を宵夜に手渡す。

「このクリスタル・ワンドを、その指輪のメダルのところに当ててください!」

「ふむふむ……こうか?」

 宵夜はファニーの指示に従い、ゆっくりとワンドをメダルに当てる。そして次の瞬間に、メダルに描かれたコウモリの目の部分が、赤く光り出す。

「おお……! ようやく我が闇の眷属が、目が覚めたのか! よーし、今度こそ決めてみせようではないか!」

 可能性を感じて興奮したのか、宵夜は再び手を高く振り上げる。


「闇に眠りし眷属たちよ! 今度こそ我が嘆願に応じ、その姿を現して悪しき敵を蹴散らすのだ!」

 今回は宵夜の言葉に応じたかのように、彼女の指輪から紫色の光が迸り、やがてそれが大きなコウモリの形となり、前方に飛んでいく。

 コウモリが何もない地面に触れると、とてつもない爆発が起こり、爆風がこっちまで及ぶ。

「す……すごいではないか! この宝具さえあれば、どんな敵でもイチコロだわ!」

 新しい指輪の威力に感服した宵夜は、この喜びを伝えようと大はしゃぎする。

「よかったね、宵夜ちゃん!」

 傍らで見ていた愛名も、宵夜の成功に素直に喜ぶ。


「うむ、我にぴったりなこの宝具、買わなければ損だぞ! よし、決めた! これにするぞ!」

「お買い上げ、ありがとうございます! お客様は初来店ということで、20%ディスカウントしちゃいますね!」

「さすが店長、太っ腹~♪」

 ファニーは得意の話術で、宵夜と愛名の心を我がものにする。さすが商人といったところだな。

 俺は振り返って店内を見てみると、とても繁盛しているのがよく分かる。きっと彼女もその話術で多くの人々を魅了したから、ここまでやってこれたんだろう。

 そう言えば、俺はファニーにオススメの武器を紹介してもらうつもりだったな。宵夜の方はもう済んだみたいだし、早速聞いてみよう。


「あの、俺にも武器を紹介してくれないか?」

「もちろんです! お客様は何かご希望はおありですか?」

 俺はファニーに声をかけると、彼女はすぐに俺に向き直り、さっきと変わらない営業スマイルで俺を見つめる。

「そうだな……片手剣はないのか? できれば軽くて扱いやすい武器が欲しいんだけど」

「はい、お安いご用です! 何しろ片手剣は全武器の中で一番人気の高い種類なので、在庫はたんまりありますよ! ちょっと待ってくださいね~」

 ファニーは急いで店内に戻り、いい武器はないかショーケースを漁る。彼女がいちいち出入りするのも面倒くさいと思い、俺も中に入ることにした。


「こういうのはどうですか? バランスがよく癖もないので、誰でも簡単に使えますよ!」

 ファニーが出したのは、何の変哲もないただの片手剣だった。デザイン自体も単純すぎて、凝った装飾などもない。

 確かにこれは使いやすそうだが、個性を求める俺には、こんな平凡なデザインが俺の心を動かすわけがない。


「いや、こういうのじゃなくて、もっとこう格好いい奴はないのか? これはさすがに地味すぎるぜ」

「ほっほーう、そう来ましたかー。なるほど、お客様は派手なのがお好きのようですね。では、こういうのはどうでしょうか!」

 ファニーは落ち込むどころか、かえってテンションが上がる一方だ。彼女は再びショーケースを漁り、今度は鞭のようなものを取り出してきた。


「何だこれは?」

「これは蛇腹剣スネーク・ソードといってですね、なんと刃は鞭のように伸びちゃうんです! たとえ遠く離れた敵でも、これを使えば楽勝ですよ!」

「…………」

 ファニーのハイテンションに対して、俺は真剣に目の前にある蛇腹剣を見つめる。

 この剣はアニメとかで見たことがある。確かに自由自在に長さを伸ばすことができるのは便利だが、下手したら刃が思わぬ方向に飛んでいき、自分を傷つけてしまう可能性もある。

 そして何より、もっと大事な理由が……


「すまない、蛇は嫌いなんだ」

「ああ、そうなんですか」

 そう、蛇を見ると、どうしても土具魔の野郎を思い出してしまう。あんな気色悪い奴を象徴した武器を使うのなら、丸腰で戦ったほうがマシだ。

「あら、なかなか面白そうな武器ね。これを頂くわ」

「あっ、お買い上げありがとうございます!」

 以前見事な鞭捌きを披露した静琉先輩は、両目を輝かせて蛇腹剣を見据えている。確かにこの武器は、俺より先輩の方が似合うかもしれない。


「すみません、お客様のお好みに合うような武器をなかなかオススメするできなくて……」

「いや、気にするな。元々簡単なことじゃないしさ」

 ファニーは申し訳なさそうに、頭を下げた。そんな彼女を見て、なんだか自分が悪いことをしたみたいで、またしても罪悪感が生まれてしまう。

 そしてこの時、あるアイデアが俺の頭の中で閃く。

「そうだ、こういうのはないのか? 刀身の周辺にノコギリみたいなものを付けて、もの凄いパワフルな奴」

 さっきの蛇腹剣を見て、思い付いたんだ。鞭のように伸ばすのはさすがに危険だが、刃を増やすこと自体は悪い発想じゃない。チェーンソーみたいに刃を刀身の周りに取り付けることができれば、きっと威力も増すだろう。


「ふむふむ、そうですね……ちょっと考えてみますね……」

 ファニーは腕を組み、深く思案に沈む様子で目を閉じる。ちょうどその時に、別のドアの奥から「カン」「カン」と大きな物音が響いてくる。

「そうだ、ちょうどいいのがあるじゃないですか! ナイーブ、ちょっといい~?」

 ファニーはドアに向けてそう叫ぶと、ドアがゆっくりと開き、中からもう一人の女の子が出てくる。


「どうしたの、ファニーちゃん?」

「この前の新作を、お客様に紹介しようと思ってね。こっちに持ってきてくれる?」

「うん、いいよ。ちょっと待っててね」

 ナイーブと呼ばれた女の子は一旦部屋の中に戻ると、両手に大きなケースを抱えてファニーのところにやってくる。


「よいしょっと」

 ナイーブはケースを痛めないよう、ゆっくりとそれをショーケースの上に置く。

「お待たせしました! これこそが、お客様のご要望に応えられる一品です! ジャンジャーン!」

 ファニーは慣れた手付きでケースを開けると、中には赤と白の剣が置かれている。まだ新品だからか、剣全体から眩い光を放っている。

 そして刀身の周りに、無数のノコギリがある。ちょうど俺の希望通りだ。


「そうそう、ここのスイッチを押すと、ノコギリが回転しちゃうんですよ! これなら、あの変なデカブツも簡単にやっつけられちゃいますよー!」

「変なデカブツ? ああ、大陸各地を襲ったという、例の巨大歩行兵器のことか」

「はい、その通りです! アイツらがここに来た時は、一時どうなるかと思いましたよ~」

 ファニーは昔の記憶に浸り、まるで昨日起きたばかりのことのように冷や汗をかく。

「あの時は本当は銃を使いたかったんですけど、そうすればお店が捜査されて銃を没収されてしまうので、結局近接武器を使うことにしたんです。でも、全然歯が立たなくて……」

 ナイーブも当時のことを思い出して、俺たちに説明する。まあ、あれだけの戦力差なら、勝つのも難しいかもしれないな。

「ああ、当店には銃が隠されていることは、くれぐれも内緒にしてくださいね! アレがないと色々と困りますので!」

「分かっている。心配するな」

 先ほど宮殿での出来事を見ると、ここの住人がいかに銃を嫌っているかよく分かったつもりだ。こんなことをバラしてもメリットもないし、ちゃんと口を慎まないとな。


「とりあえず、お試しに触ってみてはいかがでしょうか?」

「いいのか? それじゃ遠慮なく……」

 俺はファニーの言葉に甘え、手を伸ばしてチェーンソー風の剣を取る。

 刀身は俺の体の高さの半分以上あるが、意外と重くない。これならいけそうだな。

 そして俺は鍔にある「D」の文字の形をしたスイッチのようなものを押すと、刀身の周りのノコギリが高速回転し、「ギュイイイイーン」と凄まじい音を出す。これ以上は危ないと判断した俺は、慌ててスイッチを切る。

 人間相手にこれを使うのはさすがに残酷だが、敵があのような巨大兵器を使っている以上、並の武器じゃダメージを与えることも難しいだろう。

 だがこいつなら、チェーンソーで奴らの鉄の外殻を切り裂くことができる。正にうってつけな武器だな。


「よし、俺はこれにするぜ。ところで、この武器の名前は?」

「まだありませんよ。何しろ新作ですから」

「そうか……それじゃ、俺がこいつに名前を付けるか。そうだな、ここにはDのボタンがあるし、『ディスクライマー』というのはどうだ?」

「ディスクライマー……ですか?」

「ああ、『悪を断ち切るもの』という意味だ。悪くないだろう?」

 俺は誇らしげに、自分の考えを言葉にする。

「ふふっ、秀和くんらしいセンスだね。私はそれでいいと思うよ!」

「ああ、悪さを働く奴らにとって、もっとも聞きたくない言葉だけどね」

「とても素晴らしいではありませんか。敵がこれを見て、戦かないはずがありません」

 菜摘と哲也と千恵子は俺のアイデアに賛成し、三人揃って頭を縦に振る。


「みんな、ありがとうな! よし、これにするぜ」

 そう言うと、俺は手にしていたディスクライマーをケースに戻す。

「おお~さっすがお客様、お目が高いですね! お買い上げ、ありがとうございます!」

「ファ、ファニーちゃん、足がフラフラしてるよ……」

 ファニーは興奮した様子を見せ、今にも卒倒しそうだ。まあ、こんなにたくさんの商品を売ることができて、さぞ嬉しいだろうな。

 さて、武器も買ったことだし、そろそろ店を出よう……うん?

 俺が振り返ったその瞬間に、とある刀が俺の視線に入る。それを見た俺は、ふと立ち止まる。

 その水晶のように透き通る刀身は、ただならぬ輝きを放っている。一目見るだけで、まるでその空間に引き込まれそうだ。


「なあ、この刀ってなんだ?」

 俺はファニーに声をかけ、この刀の詳細について質問する。

夢弦むげんのことですか? 私が知っているのは、これはホウライという別の国から仕入れたもので、こう以上については何とも言えませんね」

 へー、ジェイミーと碧の国だけでなく、まだ別の国があるのか。どうやらこれからの旅も楽しくなりそうだな。

「あっ、でも一つだけ言えるのは、『この刀は決して普通の刀みたいに使うべからず』、という噂ぐらいですね」

「普通の刀みたいに使うべからず? どうやら何か特別なところがあるみたいだな。よし、気に入ったぜ。こいつも頂こう」

「えっ!? お客様、先ほどの新作だけでなく、この使い方も分からない刀までお買い上げになるのですか!? な、何という幸せ……!!」

 あまりにも突然すぎる幸福に、ファニーは再び甲高い声を上げる。やれやれ、忙しい奴だな。


「悪いなジェイミー、こんな高い出費させて」

「いいのよ。これで大陸の平和を取り戻せるのなら、これぐらいどうってことないわ」

 俺はジェイミーの財布事情に心が痛むが、彼女は何事もなかったかのように笑い飛ばす。

 さすが姫、懐が深いな。俺がアニメで見た姫は、大体ワガママなのが多いがな。

 もし俺たちが出会った姫はああいうタイプだったら、恐らく武器を買うためのお金も自分で稼がなければならないよな。そうすれば恐ろしい程のタイムロスになる。危ない危ない。


 さて、武器もこれで買い終わったことだし、これ以上の長居は無用だな。そろそろ次の店に行くとするか。

「おーい、そろそろ次に行くぞ。お前ら、欲しい奴は見つかったのか?」

「おう、バッチリだぜ!」

「とっくに終わっている。そっちこそ油を売りすぎだ」

「ねえねえ、早く隣の服屋に行こうよ! 私、すごく気になってるんだ~!」

「おお、そうだったわ! 魔力を纏いし奇妙の布が集う夢幻の倉庫、早くこの目で見てみたい!」

 どうやら他の仲間たちは、既に自分のお気に入りの武器を手にしている。これなら、気にすることもないよな。


「それじゃ、会計の方を頼むわよ、ファニー」

「はい、レシートはこちらです! ディスカウントも含めて合計80万ウェルスです!」

「80万……これって安い方なのか?」

 あまりにも高い数字に、俺は思わず愕然とする。

「安いに決まってるじゃないですか! これだけの商品を売ったんですから、本来なら200万ウェルスもするんですよ!」

「2、200万も……!? じゃあ結構安いんだな」

「まあ、ジェイミー姫様は信頼できる常連なのですから、ここまで思い切ってディスカウントできたんですよ! この方のツテがあれば、お客様も増えるってわけですよ!」

「ああ、そういうことか」

 なるほど、ジェイミーを宣伝役にするってわけか。これなら今回の売り上げが減ったとしても、お客様が増えれば店の人気も上がるし、結局儲かることになる。なかなか考えたじゃないか、この子は。


「それじゃ、そろそろ失礼するわ。またね、ファニー、ナイーブ」

「はい! この度もお世話になりました!」

「またのお越しを、お待ちしております」

 ファニーとナイーブは、飾りのない笑顔を浮かべながら俺たちを見送る。

「ええ、また来るわ。それじゃみんな、次はあっちの服屋に行くわよ」

「やった! 待ってました!」

「どんな衣装が着れるか、楽しみね~」

 ジェイミーが向こうの建物を指差すと、女子たちはすぐに喜びに満ちた顔を見せる。やれやれ、またしても賑やかになりそうだな。

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【雑談タイム】


秀和「そういや、さっきから気になってたんだけど……」

ジェイミー「うん? 何かしら?」

秀和「君はさっき支払いをした時、宝石を使ったんだよな? どれも重そうで、持ち運びは大変そうだ」

ジェイミー「そうでもないわよ。紙幣もあるわ」

秀和「あるんだ……それなら、紙幣を使えばよかったのに」

ジェイミー「そうしたいのは山々なんだけど、ちょっとね……」

秀和「ん? どういう意味だ?」


碧「先輩、それについては私がお答えしましょう。キングダム・グロリーの紙幣には、国王や女王、そしてジェイミー姫様の顔が描かれているのですよ」

秀和「ああ、なるほど。使うのが恥ずかしいと」

碧「はい、そういうことです」

菜摘「ええー!? 姫様の顔が紙幣に!? すごく気になるよー! 見せて見せて!」

美穂「姫様ならではの特訓ってヤツかしら? ちょっと羨ましいわぁ~」


ジェイミー「え、えっと……みんな、それより服屋に行きましょう? キレイなお洋服がたくさんあるわよ」

菜摘「はっ、そうだった! 早く行かなくちゃ!」

美穂「あっ、一人で先に行かないでよ、菜摘ー!」

ジェイミー「ふぅ……危ないところだったわ」

秀和「別にいいじゃん、見せても。減るもんじゃないし」

ジェイミー「ま、また今度ね」

秀和(なんでそんなに嫌がるんだ? まさか恥ずかしいポーズでも描かれたのか?)

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