第8話 リボルト#18 ようこそ新世界へ Part6 円卓の騎士(ラウンド・テーブル・ナイツ)

 こうして俺たちはメイドたちの案内に従い、ようやく食堂に辿り着くことができた。

 食卓には、すでに大量の料理が置かれている。どれも宝石のように煌びやかで、俺たちの目を奪う。

 そして食卓を囲むように、大勢が座っている。先ほどの円卓の騎士たちはもちろんのこと、ジェイミー姫の近くに見覚えのない男性と女性がいる。その頭に付けている王冠とティアラからすると、この国の皇帝と女王に違いないだろう。


「あっ、全員揃っていますね」

 俺たちの入場を確認すると、ジェイミー姫はおもむろに席から立ち上がり、何か言おうとする。

「それじゃ改めて自己紹介しますね。私はこのキングダム・グロリーのプリンセス、ジェイミー・グロリーと申します。以後お見知り置きを」

 ジェイミー姫が簡単に名乗ると、大きなお辞儀をした。すると周りの衛兵やメイドたちは、一斉に盛大な拍手を送った。俺たちも失礼のないように、彼らに倣って一緒に拍手する。


「こちらはキングダム・グロリーの国王、すなわち私のファザー、ラスター・グロリーです」

「いやはや、まさかこんなにも多くの救世主たちが我が国に訪れるとは恐れ入ったな。うちの娘は少しおてんばなところもあるが、根はとてもいい子なんだ。どうか皆さん、娘のことは仲良くしてやってくれ」

 長くて白いヤギヒゲを生やしているラスター国王は、和やかな笑顔を浮かべている。

「そしてこちらは私のマザー、フェイム・グロリーです」

「よくぞお越しくださいました、救世主の皆様。このキングダム・グロリーの代表として、心より歓迎致します」

 高貴さを感じる金髪を持つフェイム女王も、ニッコリと俺たちのことを受け入れてくれる。ふう、二人ともいい人のようで何よりだな。

 なるほど、ジェイミー姫があそこまで俺たちを信用している心は、彼女の両親から受け継いだものかもしらないな。

 まあ、俺たちを疑っている人もいる以上、彼らの協力は不可欠だけどな。たとえば……


「ほらシース、貴方も早く挨拶して」

「ふっ、ふんだ! 誰がこんな正体も知らないやつなんかに挨拶するもんですか!」

 さっき姫の側にいた小柄の少女だ。彼女は腕を組み、明らかに不機嫌そうな顔をしている。

 まさかさっきのパンチを直己に避けられたことをまだ根に持っているのか? いや、その言い方だと俺たち全員を含めて嫌われているみたいだしな……

 うーん、さすがに全員に好かれるのは虫がよすぎるか。でもまあ、さっきジェイミー姫も「信頼を得るには努力は必要だ」とか言ってたし、そこは頑張らないとな。

「ちょっと、シース! お客さんの前でそんな言い方は失礼よ! 早くしなさい!」

「ああ、もう! 挨拶すればいいでしょう!」

 ついにジェイミー姫勢いに気圧されたのか、シースと呼ばれた少女は立ち上がる。

おねシス……じゃなくて、姫様の側近をやっているシース・プレシャスよ。言っておくけど、別にあなたたちを認めるわけじゃないからね! ふんっ!」

 そう言うと、シースは体を投げ出すように椅子に座り込んだ。その衝撃があまりにも強すぎて、床の震動が椅子を伝ってこっちまで届いてしまう。

「すみません、この子はちょっと負けず嫌いなところがありまして……きっといきなり現れた貴方たちのことを、どう接すればいいからまだ分からないだけなんですよ」

 ジェイミー姫はすぐに立ち上がり、俺たちにぺこぺこと頭を下げる。

「いいえ、いいんですよ。俺たちは初めてこの世界に来た人間ですから、身構えてしまうのも無理はないんですよ」

 シースの反応に理解の意を示し、俺はジェイミー姫に手を振る。

 そう言えば、さっきのうるさい法務大臣……はいないみたいだな。俺たちの顔が見たくないから顔を出さなかったのか、それともジェイミー姫に釘を刺されたのか……まあともあれ、あいつにイヤなことを言われずに済みそうで何よりだ。


「それじゃ、次は騎士の皆さんの番ですね」

 ジェイミー姫はそう言うと、向こう側に座っている人たちに視線を送る。


「円卓の騎士ナンバーⅠ、ブリッツ・スウィフトだ。初めての地に訪れてさぞ心細いが、困ったことがあれば俺が力になろう」

 最初に声を発したのは、背の高い男だった。髪色は金色と紫色という特別なツートンカラーで、とても印象的だ。人当たりがよく、俺たちのことも受け入れてくれている態度を示している。

「では、救世主たちに祝杯を」

 ブリッツはグラスを持ち上げて、俺たちに歓迎の言葉を送る。俺たちも粗相のないよう、同じくグラスを持ち上げる。

 だがしかし、あの男がまたしてもやらかしてしまう。


「お水お水……おっ、これだな!」

 直己はそそくさと手元にある小鉢を手に取り、中の水を一気に飲んでしまう。その光景を見た俺たちは、思わず絶句する。

「ふう、なかなかいい味だぜ……って、みんな何見てるんだよ?」

 周囲から熱い視線を浴びられ、直己はついに異状に察知する。

「直己さん、それは『フィンガーボウル』ですわ」

「ふぃんがー……なんだって?」

 雅美は直己に指摘するが、まったく理解してもらえなかったようだ。

「はあ……それは手を洗うための水を入れてある容器であって、飲み水ではありませんわよ」

「えっ!?」

 改めて説明され、ようやく状況を理解した直己。が、時は既に遅し。一部貴族らしい人物が、彼の失態を嘲笑っている。


「あの人、フィンガーボウルも知らないなんて……」

「本当にこんな人が救世主? 信じられないわね」

 おいおい、早くも信頼危機が生まれたのかよ。失態する直己はもちろんいけないが、たったこれだけの理由で俺たちを疑うなんて、見当違いもいいところだろう。

 だが次の瞬間に、もっと信じられないこと起こった。なんとジェイミー姫も手元にあるフィンガーボウルを手に取り、直己に倣って一気に飲んだのだ!


「ひっ、姫様!?」

 ジェイミー姫の破天荒な行動を見て、シースは思わず驚きの声を上げた。

「はいはい、こんなことでいちいち驚かないの。それじゃ次、ナンバーⅡの番ですよ」

 ジェイミー姫は何事もなかったかのように、向こうに座っているコーヒー色の髪の青年に声をかける。すると彼はゆっくりと立ち上がり、俺たちに向き直って微笑む。


「おう、俺ぁナンバーⅡのアフォード・マージンだ。さっきの戦い見てたぜ、なかなか健闘っぷりじゃねえか。これからも期待してるぜ、新人(ルーキー)たち」

 飄々としたその口調から、どこか不真面目そうな雰囲気が感じるが、ナンバーⅡに格付けされている以上、それなりの強さは持っているはずだ。今後の活躍に期待できそうだな。


「はい、そしてナンバーⅢ……ブレイブ、興奮しすぎて机を壊さないようにね」

「はっ! 承知!」

 最初に俺たちに勝負を挑んだ大男は、豪快な声を発しながら、ジェイミー姫の命令を守り、机にぶつからないようにおもむろに立ち上がる。

「オレはブレイブ、ブレイブ・トリメンダスだぁっ! いやぁ~、なかなか強いね、キミたち! 今度はまたどこかで手合わせしよう!」

 ブレイブと呼ばれた大男は爽やかな笑顔を見せると、親指を立てる。やぱりこういう筋肉タイプの人間は、戦うことが好きなのかな。どこか正人に似ているような感じだったぜ。

「おう! いや~、さっきのパンチ凄かったな! 地面まで揺らせるなんて! 今度とは言わず、今すぐ手合わせしようぜ!」

 噂をすればなんとやらだ。強者と戦うことを好む正人は、すぐブレイブの誘いに乗った。もちろんそんなことをさせるわけにはいかないので、俺は正人を注意する。

「おいおい、状況を考えろよ、正人。今は食事会なんだぜ?」

「けどよ、こんな強い人と戦えるチャンスはめったにないぜ? 見逃したくないんだよ!」

「気持ちは分かるけどよ、今は少し抑えろ。さっきの直己みたいに、みんなに失礼な人だと思われたくないだろう?」

 直己の失態のせいで、既に一部の人間の目付きが厳しくなる。人目が気になる俺は、なんとしてもこういう事態を避けたい。

「うっ……分かったよ」

 引き下がった正人の表情は、どこか残念そうだった。しかしすぐさまその目が輝きを取り戻して、ブレイブとの手合わせを密かに期待している。


「はい、それじゃ次……」

「ようやく俺の出番が来たようだな! 我が名はイーガー・アンビション、騎士達の中でも4番目の強さを持つ!」

 突然、ジェイミー姫の声を遮るかのように、キザナイトはマントを翻して自分の存在感を余すところなく披露する。

 ああ、そう言えばあいつがナンバーⅣか。すっかり忘れてたぜ。

「我が野望は、この世の美しきものを手にすることだ! そこの髪が滝のような麗しき乙女よ、君の心を射止めることが俺の使命だっ!」

 キザナイトはまたしても千恵子に見つめながら、臭い言葉を口にする。あいつ、まだ諦めてなかったのかよ。

「は、はぁ……」

 さすがに千恵子も嫌気が差したのか、彼女は愛想のない返事をした。


「ねえ美穂ちゃん、あの人結構イケメンだし、攻略してみたら?」

 いつも美穂が面食いの一面に呆れているのに、今回は珍しく推薦する菜摘。さて、その答えは……?

「ダメね。ああいう人に限って、手に入れた女性にすぐ飽きて別の子を探すから。いわゆるプレイボーイね」

「へー、意外だね。美穂ちゃんって一途なのが好きなんだ?」

「当たり前でしょう! 彼氏っていうのがね、心の拠り所なのよ? 彼氏の帰りを期待してお家に帰ると誰もいなかったら、菜摘だってイヤでしょう?」

「まあ、その気持ちはわかるよ。でもさっき美穂ちゃんは、『一人だけでもいいから、絶対アタシの旦那にしてやるわ』って言ったじゃない」

「こ、これとそれは別よ!」

 菜摘にからかわれ、美穂の頬はあっという間に赤くなる。それにしてもずいぶん似てるな、美穂の物真似。


 ふーん、なるほどね。確かに美穂の普段の言動からすると不真面目そうに見えるけど、肝心な時はちゃんと自分なりのルールを持っているんだな。

 あの菜摘が操られた事件の時も、美穂は凄く怒っていたが、別に俺と千恵子の付き合いを止めろと強要したわけじゃないよな。

「アンタが菜摘を選ばなかったことに腹が立つけど、千恵子を選んだ以上仕方がない」と受け取っていいのかな?

 もしあの時俺は美穂に気圧されて「やっぱ菜摘と付き合うぜ」とか言ったら、それこそ美穂に軽蔑されることになるだろう。ったく、恋の世界って奥深いな。

 まあ、何はともあれ、あんなキザナイトに千恵子を奪われるわけにはいかない。これからは、あいつの行動をちゃんと見張らないとな。


「じゃあ、次! ナンバーⅤ!」

「よっしゃ、ついにオレの出番だぜ! オレはフランク・アウトライト、よろしくなっ!」

 赤い髪の少年は、熱い声で俺たちを歓迎する。うわあ、また暑苦しいのが一人増えたぜ。

 別に熱血漢が嫌いってわけじゃないけど、ただでさえ正人がいるのに、これ以上騒がしくなると思うと、何だか気が遠くなりそうだ。

「オレは先駆正人だ! オレたち、気が合いそうだな! これからもよろしく!」

 ほら、俺の思った通りだ。正人は既に目を輝かせて、フランクと握手しているぞ。やれやれだぜ。

 こうも男性の出番が続くと、どうしても清涼剤じょせいが必要なのは男性の性だ。あんまり俺を失望させないといいんだけど……


「えっと、わたくし円卓の騎士ラウンド・テーブル・ナイツナンバーⅥ、ルミエール・エトワールと申します。以後をお見知り置きを」

 おっとりした淡い金髪の女性が、目を閉じてにっこりと笑っている。さっきの手合わせで彼女の姿はなかったが、もしかして別の用事であそこに居合わせなかったのか?

 だが、これで騎士の中で女性もいることが判明した。一体どれほどの強さを持っているのか、気になってしょうがないぜ。

 そして案の定、あの男が美女を見て再び本性を現す。

「おっ、なかなかいいお姉さんじゃんか! どうだい、おれと一緒に恋のラン……うぐあっ!」

「あんた、本当に懲りないわね! また恥を晒したいの!? それにさっきも姫様に同じことを言ったじゃない!」

 直己をお仕置きした名雪は、軽蔑の目で彼を見下す。そして強気なシースまで、白目でこっちを見ている。


「ナンバーⅦの上官ジョウカン龍威ロンウェイだ。そこの雷電使いよ、名は何というのだ?」

 先ほどの顔マスクの男性は、真剣な眼差しで俺を見つめる。どうやら俺の千里の一本槍がよほど気に入ったらしい。

「狛幸秀和だ。よろしく頼む」

「なるほど、秀和か……いずれまた手合わせ願おう」

「ああ、そうしよう」

 俺と龍威はグラスを持ち上げ、尊敬の意を込めて乾杯する。

 ちなみにグラスの中身は、炭酸が入ったレモネードだ。俺たちが未成年だということを知り、ジェイミー姫が気を配ってくれたのかもしれない。

 それにしても、その名前……他のみんなが西洋人みたいな名前に対して、彼の名前がどこか東洋っぽい感じがするな。まさかこの大陸には別の国が存在しているのか?

 まあ、その話は時間がある時に、ジェイミー姫にでも聞いてみるか。


「円卓の騎士ラウンド・テーブル・ナイツナンバーⅧ、ソレム・アイシクルです。言っておきますが、私もあなた方のことを信頼しているわけではありません。ただでさえこちらだけでも手を焼いているのに、余所者が問題を解決できるとは思えません」

 彼女は確か、正人に向かって氷柱を放った少女だったな。改めて見ると、あの真面目そうな性格はどうしても神崎を彷彿させるな。

 でもまあ、彼女の気持ちは分からなくもないか。さっきのシースもそうだけど、いきなり知らない世界の人がやってきて、いきなりそれを信じろなんて納得できるわけないよな。

「やったわ! ついにあたしと同意見の人が現れた! ねえねえソレムさん、もっと言っちゃって……」

 味方が現れて気をよくしたのか、シースも大喜びで調子に乗り始めた。


「むむむっ……」

「ひっ……!」

 ただし次の瞬間にジェイミー姫が明らかに不機嫌そうな目付きで彼女を睨みつけ、それで怯えたシースは大人しくなる。

 もちろん、その一幕もソレムの目に収めた。

「何故姫様があそこまで彼らのことを信頼しているかは納得しかねますが、これからはトラブルのないように、見張らせていただきます」

「もうソレム、何もそこまでしなくても……」

「いいえ、油断大敵という言葉がございます。姫様のその甘い考えが、後に大きな災いを招いてしまう可能性もあることをどうかお忘れなく」

 ジェイミー姫はソレムを宥めようとするが、ソレムは一歩も引き下がる様子を見せない。どうやら彼女の心の氷を溶かすには、なかなか苦労しそうだな。

 さて、次の騎士はどいつだ?


「俺はナンバーⅨ、エース・ポーカーフェイスさ。まあ騎士と言っても、俺の武器はカードだけどな」

 彼は例のマジシャン風の男だ。年は俺たちとさほど変わっていないが、その雰囲気からかなり大人びた感じがする。

「俺はお前たちには、随分と興味が湧いたぞ。特にそこの雷電使いだな」

 エースも龍威と同じく、俺を興味津々と見据えている。やれやれ、人気者は辛いぜ。

「そうだ、お近付きの印に、これをどうぞ」

 エースは指をパッチンと鳴らすと、一枚のカードが急に宙に浮き、俺のところに飛んでくる。

 俺はとっさに人差し指と中指を伸ばし、そのカードを挟む。その上には、様々の宝石が描かれている。

「すげえな……正にマジックだぜ」

「ああ、これは何のタネも仕掛けもない、正真正銘のマジックさ」

「面白い……今度はもっと見せてくれよ、奇術師マジシャン

 そう褒めつつ、俺はもらったカードをポケットの中にしまいこむ。そして次に自己紹介をしている騎士を探そうと辺りを見回すが、しばらく静寂が続いていた。

 あれ、確か騎士は12人いるはずだよな? 10人目はどこに行ったんだ?


「すやぁ……すやぁ……」

 その時、小さな寝息が俺の注意を引く。そこには幼い女の子が、机に伏せて居眠りをしている。いくら子供とはいえ、このような正式な場面でよく寝れるな。

 そう言えば、彼女はさっき正人に手合わせを頼まれた子だよな。もしこの子が10人目だとしたら、そこそこ強いんじゃ……

「ほら、エクレアちゃん、自己紹介のお時間ですよ」

「……っは!? お、お客さんがおやつを買いに……?」

 隣に座っているルミエールは女の子に小さく声を掛けると、彼女の頭をポンポンと優しく叩く。

 すると女の子は、ガタッと素早く立ち上がる。そして彼女はキョロキョロすると、ようやく今の状況を理解する。

 完全に聞き間違いをしていたが、まあ起きられたみたいで何よりだな。

「ふぁぁ~みなさん、はじめましてぇ~わたしは、エクレア・ペーストリーっていうのぉ~お菓子作りが、得意なのぉ~よかったら、わたしのお店に遊びに来てくれると、うれしいなぁ~それじゃ、おやすみなさぁい……すやぁ~」

 そう言うと、エクレアは目を揉みながら、再び眠りについてしまう。

「あらまあ、寝ている時もかわいいですね、エクレアちゃんは」

 そんなエクレアを見て、ルミエールは慈愛の満ちた目で彼女を見つめながら、その頭をそっと撫でる。

 とんだマイペースな子だな……まあ、俺も人のことが言えないけど。


「ごめんなさいね、この子はいつもこんな調子なんです。それじゃ、次の人どうぞ~!」

 ジェイミー姫は気まずそうに謝ると、この場の空気をどうにかしようと必死に話題を探す。


「ついに僕の番が来たようだね。どうも、僕は灰音ハイネ輪魂リンコン、ハイネでいいよ」

 何やら琵琶びわらしき楽器を抱えている茶髪の優男は、目を細めながらにっこりと笑っている。

 悪い人じゃなさそうだが、大体そういう顔をする奴に限って怖い一面を隠し持っている可能性が高い。まあ、何の根拠もなしに結論するのはよくないか。


「ねえねえ美穂ちゃん、あの人はどうかな? 顔もめちゃイケメンだし」

「…………」

 親友思いの菜摘は、小さな声で美穂に呟く。てっきり美穂はああいうタイプの男が好きだと思いきや、何故か彼女は目を見開き、驚きを隠せずにいる。

「あれ? どうしたの、美穂ちゃん? そんなに怖い顔して」

「う、ううん……なんでもないわよ」

「そうなの? ならいいけど……」

 美穂は無事を装っているが、あの様子は明らかにおかしい。どうやら俺の予想は、あながち間違いじゃないのかもしれない。


「さて、いよいよラストの騎士ですね! それでは、さっさと自己紹介を済ませてしまいましょう! その方が食事会も早く始まるし!」

「ちょっと~、ひどいじゃないですか、姫様! まるでオレだけが余計な存在みたいな言い方して!」

 残りの青髪の男子が、急に涙目になって不満を訴える。

「まあまあ、細かいことはいいから! ほら、早く!」

「はぁい……チャット・トーカティブです。女の子大好きでーす。以上」

 青髪の男子が一気に暗くなり、適当に自己紹介を済ませると椅子に丸まる。なんていうか、どことなく直己に似ている気がするな。

「ふんっ、この俺と女を奪い合うとは、大した度胸だな。だが所詮貴様は、この俺に勝つことはできん。何故なら、俺の方が気品があるからな」

「一言多くねえ、イーガー!?」

 青髪の男子に追い打ちをするかのように、キザナイトは誇らしげに自慢話をする。

 ったく、あいつよく言うぜ。何が「俺の方が気品がある」ってんだ。さっき千恵子を口説く時のいやらしい顔を、携帯で動画に撮って見せてやりてえぜ。


「さて、こっちの自己紹介は一通り終わりましたし、次はあなた方が自己紹介する番ですよ」

「そうですね。少し長くなりそうですが、それでもよろしければ」

 こうして、俺たちもざっくりと自分の名前や、ブラック・オーダーに学校に閉じこめたこと、そして恋蛇団と戦っていることも説明した。


「なるほど、そんなことがあったのですね……大変心苦しく思います」

「ありがとうございます。あいつらを倒さない限り、俺たちも元の場所には戻れないので、ある意味利害一致ってことになりますね」

「ええ、私たちの国だけでなく、この大陸全体まで奴らの魔の手が蔓延る……どう考えても許せません」

 ジェイミー姫の表情が一瞬で険しくなり、握っているその拳が震え続けている。自分の国が破滅の危機に陥るから、そう怒るのも無理はないか。

 仲間が増えたことで多少心強くなったが、相手も決して弱くはない。さっき碧のスマホで見たあの惨劇を思い出すと、どうしても恐怖で鳥肌が立ってしまう。

 しかしだがらといって、ここで引き下がるわけにはいかない。諦めれば、俺たちはずっとあの牢獄の中に閉じこめられ、永遠に自由を失うことになるだろう。それにジェイミー姫や碧にあんな風に期待されてるし、がっかりさせるのも野暮だからな。


「まあ、せっかくの食事会だし、こんな暗い話をしても意味ないですね! それでは、異世界からの救世主たちに、歓迎と祝福の乾杯を! チアーズ!」

「「「「「チアーズ!!!!!」」」」」

 みんなの熱意に感染された俺たちは、手の中にあるカップを掲げて、会話で乾いた喉を潤わせる。

 程良く冷えているレモネードが、ミントと炭酸との相乗効果で爽やかな感覚が喉から全身に広がり、この蒸し暑い空気を忘れさせてくれる。

 そして一連の事件でとっくに腹を空かせていた俺たちは、メイドたちが運んでくれた料理を早くも平らげていく。

 前の新歓パーティの件もあってか、みんなは普段より少し大人しく振る舞っている。もちろん、一部普段と変わらない連中もいるが。


「んぐ……じゅる……ここのステーキ、マジでうめーな! 普段で食べたのと、全っ然ちげーぜ!」

「そうだな! もぐ……さすがは異世界、食材も桁が違うぜ!」

 聡と直己は、なりふり構わず音を立てながらステーキを頬張っている。端から見れば、思わず目を背きたくなるような光景だ。現にシースは、軽蔑の意に満ちた白目で二人を見つめている。

「すみません、うちの者が礼儀知らずで……」

「いえいえ、お料理が皆さんのお口に合わないかと心配しておりましたが、どうやらその必要がなかったようですね」

 幸いなことに、ジェイミー姫は広い心の持ち主だ。彼女は不満そうな態度をまったく見せず、ただにっこりと満面に笑みを浮かべている。

 そう言えば、昨日ムムとネネの話によると、俺たちが普段食べているお料理の食材もここから仕入れたらしい。つまり今この食事会に出されたお料理は、同じ食材が使われている可能性もある。

 でもまあ、そんなことは普通なかなか気付かないよな。


「…………」

 俺の隣に座っている千恵子は、何やら真剣そうな目つきでお料理と睨めっこしている。

「どうした、千恵子? 口に合わなかったのか?」

「あっ、いえ、そういうわけでは……あまりにもおいしすぎて、一体どうすればそんな風においしく作れるか、つい……」

「ああ、なるほどな」

 さすがは料亭の娘、こんな時でも仕事のことを考えているのか。感心感心。

「後でジェイミー姫やメイドとかに、メニューを聞き出せばいいんじゃないか」

「それもそうですね。でも実際は、自分の舌で当ててみたいのは本心です」

「ああ、料理人としてのプライドって奴か。まあ気持ちは分からなくもないが」

 千恵子は俺たちに出会ってから物腰が少し柔らかくなったが、お料理に対する情熱やこだわりはまったく変わらないようだ。そんな真面目な彼女を見て、俺は思わず微笑む。


 やがて食堂が歓談の声に包まれ、空気が一気に盛り上がり始めた。その間に、俺たちは一瞬自分が異世界から来たことを忘れ、ヘブンインヘルでの出来事をあたかも武勇伝のように語り尽くす。

 ジェイミー姫も興味津々とその話に耳を傾け、頻りに頭を縦に振る。

 こうして時間があっという間に過ぎていき、机の上に並んでいた皿もほとんどキレイになっている。


「さてと、食後のお散歩がてらに、次は町の案内でもしましょうか」

 ジェイミー姫はおもむろに立ち上がり、俺たちに視線を向けながらそう言った。

「あっ、姫様、あたしもお供します!」

 置いていかれるのを恐れているのか、シースも慌ててジェイミー姫を追いかけるように席を離れる。

 へー、いよいよ町案内か。ってことは、この国の景色が拝めるってわけだな。おまけに美人ガイドもいるし、いい観光になりそうだな。

「ええ。それじゃ、早速出発しましょうか」

 俺たちも席を立ち、仲間たちに出発の合図を送る。ほぼ全員が立ち上がったが、案の定直己がまたしても女子を口説いているので、仕方なくパンチを喰らわせて運び出すことにした。ったく、いつまでもブレねえ奴だな。

 ジェイミー姫の後を追い、俺たちは城門から出て行く。途中で衛兵が彼女を護衛しようとするが、ジェイミー姫は「シース一人だけで十分」と断った。

 やはり、よほど俺たちのことを信頼しているんだな。どうやらさっきの言葉は嘘じゃないようだ。

 俺はこの熱い思いを胸に、これからの旅を期待しつつ、町に向かって進み始める。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【次回予告】


ジェイミー「はい、ここはキングダム・グロリーのメインストリート、サファイア・ストリートです」

秀和「へー、武器屋や道具屋、それに服屋まで……色んな店が揃っているんですね」

聡「おお……! これって、本格的なRPGみてーじゃん! ワクワクするぜ!」

ジェイミー「さっきも気になりますが……RPGというのは?」

秀和「ああ、あるゲームの種類を指しますね。とくにこういうファンタジーな場所が、舞台とされていることが多いんですよ。まあ、冒険心旺盛という奴ですね」

ジェイミー「なるほど、そういうことですか。ますますあなた方の世界に行きたくなったわ。はぁー、スクルドが羨ましいわ」

碧(スクルド)「では、この件が片付いたら一緒に行きましょうか」

ジェイミー「そうね! その時は案内よろしくね、スクルド」

碧「ええ、お任せ下さい、ジェイミー姫様」


菜摘「わぁー、キレイな町並みー! たくさん写真を撮らなきゃ!」(パシャパシャ)

ジェイミー「その小さな箱のようなものは何でしょうか?」

菜摘「あっ、このデジカメのこと? ここのボタンを押すと、目の前の景色が永遠に保存できるんだよ! すごいでしょう?」

ジェイミー「へー、そんなすごいものがあるんですね。じゃあ、試しに私を撮って頂けますか?」

菜摘「もちろん! どうかな?」

ジェイミー「まあ、本当に私がこの箱の中に……! んー、こんな時じゃなかったら、今すぐにでもそっちに行きたいわ!」


秀和(やれやれ、楽天家というか、ポジティブというか……いや、どっちも同じ意味か)

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