「どうかしたの? 真琴くん?」美月は言った。

 真琴くんは無言。

 すると、梅子先生が「真琴くんが考えているのは、くろのことね」と優しい声でそう言った。

「梅子先生。くろなんですけど、もっと大きな小屋に移動をさせることはできませんか?」真琴くんは梅子先生を見て、そう言った。

 梅子先生は真琴くんの言葉を聞いて、「真琴くん。あなたは本当に優しい子ね」とにっこりと笑ってそう言った。


 梅子先生はそれから湯飲みをテーブルの上において、椅子から立ち上がって、空いている窓の側まで移動をした。美月と真琴の視線は、そんな梅子先生の姿をゆっくりと追いかけた。

 窓の外には青色の空と、大きな夏の白い雲があった。


 そんな気持ちの良い風景を見ながら、「残念だけど、それはできないわ」と梅子先生はそう言った。

「どうしてですか?」真琴くんは言った。(美月もどうしてできないのだろうと疑問に思った)


 梅子先生は視線を動かして、二人の顔をじっと見つめた。


「実はね、あなたたちにはもう少し内緒にしておこうと思ったのだけど、……あの兎小屋は私たちの卒業と一緒に、来年にはもう取り壊されることが職員会議で決まっているの」と、とても寂しそうな顔で、小さく微笑みながら、梅子先生は二人に言った。

 美月と真琴くんは黙って梅子先生の顔を見つめていた。


「黙っていて、ごめんなさいね」

 少し間をおいてから、梅子先生はそう言った。

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