魔王さまの記念日

タカナシ

おめでとうがいっぱい!

「転生特典でなんでも1つ願いを叶えます」


 女神にそう言われ、転生させられた勇者は、願いの数1億個にして最強と成った。

 仲間すら必要とせず、さくさくと魔王四天王やら有象無象を蹴散らし、魔王すら赤子の手をひねるかのごとく余裕で勝っていた。


「さて、これで終りだな」


 勇者は、まるで村人のようなチュニックとズボン。防御力という言葉の欠片も見当たらない装備にヒノキの棒というこれまた攻撃力という言葉が欠片しか見当たらない武器を携え、その状況で魔王を圧倒していた。


「ま、待つのじゃ勇者よ!」


 魔王はすでに第2形態の獣のような姿で、床に伏していたが、勇者が棒を振り上げるのに合わせ、声を発する。


「なんだ? 命乞いか?」


「そ、そうじゃ、実は明日、孫の結婚式があるのじゃ。せ、せめて死ぬにしてもそれを見てからじゃ、ダメかのうぉ」


 魔王は子犬のような瞳で勇者を上目使いに見る。


 勇者はふっと笑みを作ると、


「おめでとうッ!!」


 と言いつつも棒で魔王の横っ面を殴りつけた。

 だが、その一撃は命を奪う程ではなく、手加減された一撃だった。

 魔王の意識が薄れつつある中、勇者は、「また明日来るわ!」と手をひらひらさせながら魔王城から帰っていった。


 翌日、魔王の孫の結婚式は盛大に行われた。

 それを魔王は見届けると、燕尾えんび服のまま王の間にある玉座にて勇者を待った。

 勇者はまるで友達の家に上がりこむかのように無遠慮に王の間へと現れた。


「ばんわ~。お、ちゃんと居るわ」


 勇者は若干の驚きの表情を浮かべた。


「そりゃあ、約束じゃからの」


「それじゃあ」


 勇者は棒を振り上げる。


「ま、待つのじゃ!」


「あぁん! 今度はなんだ?」


「つい先ほど、結婚したのとはまた違う孫が産気づいて、どうか孫の顔を見るまで待ってはもらえんかのぉ?」


「そうかい、そりゃ、おめでとうッ!!」


 勇者は振り上げた棒で魔王の胴に打ち込むと、昨日と同じように去っていった。


 翌日には魔王の孫は無事出産を果たした。

 魔王はその様子を安堵して迎えると、急いで私服で王の間へと戻った。


「おっす。先にあがらせて貰ってたわ」


「勇者よ。すまぬ。明日は息子の還暦祝いがあるのじゃ、どうかもう1日だけ」


「人間との戦争の中生き残って、そんな歳になったのか、そいつぁ、おめでとう!!」


 勇者はノーモーションで魔王の顔面、正中線に突きをかますと、再び帰っていった。


 翌日、手作りの紅いちゃんちゃんこを息子へプレゼントした魔王はホカホカした気持ちで王の間の扉についた。


「おっ! タイミング丁度だな。魔王!」


 そこには扉に手をかけて、いまから入ろうとする勇者がいた。

 2人で一緒に王の間に入ると、魔王は土下座した。


「本当にすまない勇者よ! 明日は結婚60周年のダイヤモンド婚式があったのじゃ! 忘れてたなんて妻に知られたら、死んだ後も殺されるッ!! どうかもう1日!」


「ほぉ、そいつぁ大変だな。ああ、いや、おめでとう」


 勇者は苦笑いを浮かべながら祝福の言葉を述べ、もはや挨拶代わりなんじゃないかという感じに棒で一撃かました。


 翌日も、そのまた翌日も魔王には何かしら記念日があり、やれ築城100周年だ。やれコンクール受賞だの。その度に勇者は「おめでとう!!」という言葉とヒノキの棒による一撃を残していった。


 そんなある日、「申し訳ない。勇者よ。明日は娘のバースディが!」


 魔王はいつものように一撃かまされるかと思い、目を閉じてその瞬間を待ったが、いっこうに殴られる気配がなかった。


「ふぇ?」


 素っ頓狂な声をあげながら、恐る恐る目を開けると、そこにはペンと紙を携えた勇者が視界に入った。


「武器が鋭利になっとるッ!!」


 あのペンで刺されるのではないかと危惧していた魔王だったが、勇者からは意外な言葉が来た。


「魔王よぉ! あんたどんだけ記念日があるんだよ? もう面倒だから、予定全部書き出せ! 空いてる日に来るからよぉ」


「お、おおっ! そうじゃな。そうするかのぉ!」


 魔王は勇者に思い出せる限りの予定を教え、さらに従者や側近の者達にも、忘れた予定がないか確認した。


「1ヶ月後にようやく空いた日があるな……グスッ」


「うむ。そうじゃの……ええっ!!」


 そのとき、勇者がスケジュールを書き記した紙に1粒の水が滴り落ちる。


「ゆ、勇者、泣いておるのか? な、なぜ?」


 魔王は自分を殺せるのがそんなに嬉しいのかと恐怖したが、どうやら涙の理由は別にあるようだった。


「ああ、いや、羨ましい、のかな。ほら、俺って最初からチートで強かったから、仲間も必要なくて、ここまで最短で突っ走ったからさ。こんなに祝う相手も祝ってくれる相手もいないんだよ。俺が一番話した相手が両親か魔王だぜ」


 勇者は自嘲気味に、「装備も初期のまんまだしな」と付け加えた。


「勇者よ……」


 魔王は一度目を閉じると、何かを決心したように、強い口調で言った。


「勇者よ。この日に決着をつけるぞ!! だが、それまで何ももてなさず延命してもらうのは流石に申し訳ない。このXデーまでこの魔王城に泊まってゆくがよい」


 勇者はハトが豆鉄砲を喰らったように、一瞬呆けたが、すぐに、「それは、助かる」と笑顔で受け入れた。


 翌日から、勇者との戦いはなくなった。代わりに勇者は魔王と出会うと、挨拶のように。


「今日は〇〇だったな。おめでとう!」


 と声を掛けた。


 魔王も魔王で、その言葉を受け入れると同時に、自身の孫と引き合せたり、巨乳メイドを仕えさせたり、服や食事も豪華な物を提供し、もてなした。


 そして迎えたXデー。


「よぉ。魔王。今日はおめでとうって言わなくていいな」


 勇者はここに来た当初とは打って変わって、魔法による効果付与がふんだんになされたコートやパリッとしたシャツとズボン。どう見ても勇者にしか見えない装備になっている。ヒノキの棒も綺麗に削られ、反りや持ち手がついた木刀と成った。


 勇者はひさびさに魔王に向かって木刀を振り上げた。


「ちょっ! ちょっと待つのじゃ!」


「なんだ? もう命乞いはなしだぜ。何回俺におめでとうって言わせるんだ」


「そうじゃ。これは命乞いと取ってもらって構わない。だから、お主が納得せねばその木刀でわしの頭をカチ割ればよい」


 魔王はゆっくりと本題に入った。


「わしらはもう人間へ手出しはせぬ! じゃから、お主も剣を納めよ。要するに、わしらはお主に全面降伏する。これで戦争は終わりじゃ」


「だが、それはお前を倒しても同じだぞ」


「いいや、違うぞ勇者。わしを殺しても、今の魔王が倒れたというだけで、すぐに第2、第3の魔王が現れ、戦争は続くじゃろう。勇者よ。今日を終戦記念日にしよう!」


 その言葉を聞いて、勇者は木刀を降ろした。


「わかったよ。ここ1ヶ月で魔王がウソをつく奴じゃあないってのは良くわかったしな。今日で戦争も、俺たちの戦いも終りだ」


「ありがとう」


 魔王は満面の笑みを浮かべると、いままでの意趣返しとでも言うかのごとく、殴りつける代わりに勇者を優しく抱きしめた。


「勇者よ。終戦、おめでとう!」

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