私の作ったプログラム

ゆうけん

西暦2081年

 民間人が宇宙で生活するようになってから、40年が過ぎた。


 私は宇宙生まれ。


 両親は初の民間人移住者で、二人とも優秀な科学者だ。


 今では観光や、余生を宇宙で暮らす人など気軽に来られる場所だが、初期の移住者は何かの才能に特化した人が多かった。


 だから、宇宙生まれの人は私のように才能が特化する傾向にある。


 幼いうちから両親の影響をもろに受け、コロニー内のものに刺激をもらう。隣人達も才能豊かな人達ばかりだ。

 更に、狭い閉鎖空間は余計な情報をあたえてくれない。代わりに、地上のように広大な視覚情報がないので、一つのことに集中しやすかった。




 私が14才で博士号を習得するのは、珍しいことではない。




『お嬢さま。博士号の習得式典には、この純白のワンピースがとてもお似合いです』


 私の前で、燕尾服の彼は、全身を写す鏡の傍らに立って言った。


 ちょっとだけ抑揚のないボイス。かなり人間の声音に近いが、よく聞けばアンドロイドだとわかる。


 この人型アンドロイドは、私が12才の時に作った。

 姿は人間の男性タイプ。真っ黒な長髪に透き通った肌。すらりとした長身に燕尾服を纏った美男子だ。


 そう。私の理想を詰め込んだイケメン。


 だって、そうでしょ?

 どうせ作るなら理想の男子の方が良いに決まってるじゃない!


 プログラムもかなり私好みに構築している。

 目が合うと微笑みかけてくれたり、常に半歩斜め後ろに付き添って歩いてくれたり、ドアをサッと開けてくれたり、荷物を率先して持ってくれたり……。


 これでもか!ってぐらい理想を詰め込んだ。


 苦労したのは学習型AIを搭載しているのに、ある程度知能が発達すると「ありがとう」ばかり言うようになってしまうことだ。


 プログラムでは、大まかに言うと「何かの行動を他人がして、それが自分にとって有益であった場合」に発動するようになっているが、条件を満たしてなくても、その言葉を使うようになってしまう。


 初めはその行動が始まると初期化した。何回やっても同じ結果が出たので、しばらく様子を見ることにした。



 どうやら、条件を満たさなくても「ありがとう」を言うことによって、その後、自分に有益になると判断するようだ。学習機能が働いて、人の思考に近くなっているということだ。


 数ヶ月すると頻繁に「ありがとう」という言葉を使わなくなった。

 これは「ありがとう」という言葉を使いすぎることによって、今度は逆に効果的ではなくなると判断したのだろう。



 次に気になった点は、相手を褒めることであった。とにかく褒めちぎる。

 物や人物、出来事のメリットとデメリットを分別するプログラムがあるのだが、私の作ったAIはメリットのみを口にするのだ。


 デメリットの情報も蓄積させているがそれは発声しない。


 試しにこんなことを聞いてみた。


「私の欠点を言ってみて」


 聞いた瞬間に彼は口を開く。

『お嬢さまがお嬢さまであることについて、欠点はありません』


「え~っと。ごめん。もっと限定して言わないと駄目だったわね」

『さすがお嬢さま。すぐに気付くとは本当に頭が良い』


「あはは。皮肉に聞こえてくるわ……」

『私がお嬢さまに皮肉を言う必要性を感じません』


「そうね。そうだったわね。ありがとう」

『はい。ありがとうございます』






 色々と思い返しながら、私はワンピースに着替える。

 

 純白のワンピースを写す姿見の傍らに立った燕尾服の彼は、にこやかに微笑んでいる。


「どうかしら?」

『よくお似合いです』


「何故、白にしたの?」

『お気に召しませんでしたか?』


「いいえ。素敵。ちょっと恥ずかしいぐらい」

『ありがとうございます』


「で、何で白にしたの?」


 照れ笑いのまま私は尋ねた。


『肌の色、髪の長さ、小柄で細身の体格。式典の光源を計算し、配色比率70:25:5の法則で構成しました』

「なるほどね。黒髪だからか……」



 ワンピースの丈が膝よりちょっと下なのも、比率のせいか。



「どう? 私に惚れそう?」

 冗談っぽく言ってみた。



『私は生まれた時から、お嬢さましか見ておりません』



 なんて気障な台詞なの。

 彼の言葉を聞いたら、無性に嬉しくなった。

 プログラムをいじったのは最初だけ、その後はAIの自然な成長に任せた。


 こんなにも言葉選びが豊富になるなんて……プログラム以上の何かを期待してしまう。








 式典は華やかに終わった。


 会場で、私のシンプルな衣装は、とても目立ったと思う。

 式典後に行われた立食パーティーでは、沢山の人が入れ代わり、立ち代りに話しかけてきた。


「おめでとう」という言葉を無数に浴びる。


 あまりに沢山の人が次々に話掛けるので、誰が誰だか分からない。

 その度に、一緒に付き添ってくれる彼が誰だか説明してくれた。


『お嬢さま。こちらの方は宇宙艦隊総参謀長のユーリ・トヨタ中将でございます』

『お嬢さま。こちらの方は外来生物管理局の叶 良辰 局長でございます』

『お嬢さま。こちらの方は……』


 そんな感じで彼は私をサポートしてくれた。さすがアンドロイド。顔と名前は間違えない。



 沢山、祝福の言葉をもらった。


 だけど、私は少し気がかりなことがあった。

 ……いいえ。これは不満だと思う。



 まだ私は、彼から一度も「おめでとう」と言われていないのだ。


 式典が終わり、壇上を降りて、私は真っ先に彼の元へ行った。

 その時に言われなかった。


 その後にも言ってくれるタイミングは、あったと思う。


 それでも、言ってくれなかった。



 アンドロイドに、何を期待してしまっているのだろう。


 でも、彼からのその一言が、欲しかった。




 パーティーの喧騒に疲れ、テラスに出て風にあたる。


 彼はいつものように、私の斜め後ろにいるだろう。


 黒を背景に、キラキラと街灯が煌いている。冷たい夜風が肌をなでて、白いワンピースの裾を揺らした。



 私は手に持った博士号のたてを眺める。



『おめでとうございます。お嬢さま』



 彼の声が聞こえて私は、はっとして振り返る。




 そこには、私好みの微笑みがあった。









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