三年日記

信濃 賛

三年日記

和室のなか、文机の上に、おとうさんの卓上日記が置いてある。

卓上日記の隣には、お父さんが愛用している万年筆。シックなカラーによけいな装飾がないスマートなデザイン。

おとうさんはそれで三年間日記を書いてきた。あの仕事しか脳にない――ワーカホリックですらあるお父さんが日記を三年間も書き続けていることに、私は異様な寂しさを覚えていた。

私はおとうさんの日記を手に取る。黒いレザーが装飾された三年日記。これは私がプレゼントとして渡したものだ。日記を持ち上げてみると、プレゼントを選んだ時に持ったのとは違う感覚があった。あの時は人の手を感じなかったけど、今は違う。持ち主であるおとうさんのにおいというか、想いというか、人の痕跡みたいなものを感じた。

私はおもむろに日記をひらく。中には、お父さんの三年間がつまっていた。


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平成二十八年 四月一日

娘が日記を買ってくれた。これを機に日記を始めてみたいと思う。



最初のページには、書くことが思いつかなかったんだろうか、一行だけ書いてあった。淡白な物言いはいかにもお父さんらしかった。



平成二十八年 四月八日

娘と妻を高級な料理店へ連れて行った。以前だったらきっと行かないような高い店。美味。カタカナばかりのあの料理が特に美味だった。



あの時の高級フレンチ料理店か。私はその時のことを思い出す。出てくる料理全てが滋味に富んでいて、非常においしかった。ただ、料理に関する細かいことはあまり覚えていない。おいしかったという記憶だけ残っている。カタカナばかりのあの料理ってなんだろう?



平成二十八年 五月二日

日記を始めて早一か月。やってみると楽しいものだ。



さっぱりした感想。だけど、私は嬉しかった。ふだん無口だから何をどう感じているのか分からないおとうさんが、日記を楽しんでいることが分かって嬉しかった。



平成二十八年 六月十日

天気は晴。気分もいい。あまりしたことのない散歩に出た。近くの森林がある公園に歩いて行った。朝早くでたため、小鳥の鳴き声が多く、車等の雑音が少なかった。都会の喧騒から云々という言い回しがあるが、あれは言い得て妙だ。とかく、心地いい時間だった。



以前は散歩に行かなかったおとうさんの日課に散歩が含まれるようになったのはこの時からだったのか。おとうさんの歴史を見ている気がして、不思議な気分になった。



平成二十八年 七月七日

七夕。もう笹の葉を家に飾ることはないが、星に願いをかけたくなる気持ちが分かるくらい星が綺麗だった。



この一文は意外だった。あのおとうさんが星を見ることがあるなんて。しかも願いをかけたくなるなんてロマンティックなことを言うだなんて。

おとうさんだったら何と短冊に書いただろうか。少し気になった。



平成二十八年 八月十二日

天気は晴。夏らしき気象。散歩中に倒れそうになったくらい暑い気候だった。



おとうさんは夏が好きなようだった。この日だけでなく、暑いと言いながら散歩に出た回数はこの月で十回にも及んだ。台風の後にある猛暑をほとんどすべて散歩に費やしていた。



平成二十八年 十月二十二日

娘の誕生日。娘と共にアクセサリーを見、値の張る物を一つ買った。アクセサリーの良しあしなど分からないが、似合っていた。



この時のことはよく覚えていたが、この一文を見て、私は泣きかけてしまった。おとうさんから似合っているなんて言われた記憶がなく、そんなことを思っていたのかという驚きと似合うという言葉に対する照れと嬉しさでなぜか涙腺が緩んでしまった。



平成二十九年 一月一日

初詣。昔からこれは外したことがない。信心深いわけではないが、日本に生まれた以上、年始の神への挨拶は欠かしたくないという気持ちがある。



初詣か。私もそんなお父さんの影響で欠かしたことがない。いざというときの神頼みという言葉がある。それはいいと思う。でも、やっぱり頼られる側からしてみたら、困った時だけ頼りにくる人より、普段から頼ってくる人の方を助けたい、と思う気がする。お父さんもきっとそうだったんだろう。



パラパラとめくっているうち意味深な一文が目に留まる。



平成二十九年 三月二十六日

あの日から一年が経った。が、大した変化はない。きっと、問題ない。



その日の記述から、私はおとうさんの日記に集中する。




平成二十九年 五月二十二日

妻を呼ぼうと思ったが、上手く呂律が回らなかった。嫌な予感がする。



平成二十九年 六月三日

起き抜けに、右半身がしびれていた。嫌な予感が当たった。ついに来てしまったようだ。



平成二十九年 六月六日

病院へ行った。思った通りだった。入院することになったので妻に日記を持ってきた貰った。いま、病院で書いている。



平成二十九年 六月三十日

二週間の入院ののち、退院。だが、不安ぬぐえない。



平成二十九年 七月十四日

日課になっていた散歩を再開する。



平成二十九年 九月二日

発症から三か月がたった。現状は問題ないが、やはり不安残る。



平成二十九年 十月二十二日

娘の誕生日。今年が最後になるかもしれないので奮発した。ブランド物のバッグ。高かったが、これからかかる治療費に比べれば大したことのない出費だ。



平成二十九年 十一月八日

去年は気恥ずかしくてしっかり祝えなかった妻の誕生日。今年は盛大にやった。



平成三十年 二月十日

未だ、問題なし。もう再発することはないのか。そうであってほしい。



私はここで一度日記から目を離す。

ここからだ。おとうさんはここから地獄を見ることになるんだ。

私は覚悟を決めて、日記に向かう。



平成三十年 三月十六日

右目が失明した。朝起きた時から視界の半分がないという感覚は、ただ恐ろしかった。



片目だけで書かれた日記の字はゆがんでいた。いままでの整った字からは考えられない変わりようだった。



平成三十年 三月二十五日

またも入院生活。妻に日記を持ってきてもらった。



平成三十年 四月八日

入院中に右半身が動かないようになった。今は左手で書いている。酷い字だ。



平成三十年 五月十二日

今回はなんとか退院できた。だが、つぎにかかった時には――



平成三十年 六月八日

車いすでの散歩。妻には迷惑をかける。でも、家の中にいるだけだと狂ってしまいそうだから、外に出たかった。



平成三十年 七月七日

七夕。こうして日記を書いているうちに迎えるのは三回目になるか。今年は星を見ることが叶わなかった。星にかけたい願いならあるというに。



平成三十年 九月三十一日

定期的に病院に通い術後の状態を確認する。今回は異常なし。だが。



平成三十年 十月二十二日

娘の誕生日。車いすでも同伴できてうれしい限りだ。



平成三十年 十二月三十一日

今年ももうこれで終わる。何とか来年を迎えることはできそうだが、再来年はどうだろうか。



平成三十一年 一月一日

生まれてから一回も欠かしたことのない初詣。今年も行くことができた。来年も来られることを、願った。



平成三十一年 二月三日

家ではあまりやらない節分のイベント。今年は執り行ってもらった。恵方巻を食べながら、来年を願う。



平成三十一年 三月一日

この日記も残すところあと一か月となった。書ききることができそうというのはいいものだ。



平成三十一年 三月六日

病院で、現状悪化を伝えられる。また、入院だ。



平成三十一年 三月十五日

左半身に違和感を覚えた。これは、もう。



平成三十一年 三月十六日

左半身の違和感は治療の末、消えた。まだ、日記をかけることを嬉しく思う。



平成三十一年 三月二十三日

あと一週間で、この日記も終わる。これが終わったら、思い残すことはない。



平成三十一年 三月二十五日

もう治らないと思っていたのだが、どうやら治ったらしい。退院を伝えられた。



平成三十一年 三月二十六日

二十日ぶりの家。懐かしさが去来した。次の入院はきっと最後になる。今のうちに家をしっかりと胸に焼き付けておこうと思う。


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そして今日。三月二十七日。

日記は当然のこと、まだ書いていない。

おとうさんは今、おかあさんと散歩に行っている。

私は、おとうさんの日記を文机に戻し、急いでデパートに向かった。


買い物を済ませ、家に戻るとおとうさんたちが帰宅していた。

私はおとうさんに近づく。

「ど、うした」

呂律がうまく回らないようで、つっかえながら近づいた私に問うてくる。

「おとうさん、これ」

私は右手に持っていた紙袋を両手で開いて中を見せる。

そこには黒いレザーが新しい、卓上日記が入っていた。

「おとうさん、ちょっと早いけど、日記、三周年おめでとう。日記はまだだけど、一番初め脳梗塞で入院した日からは本当に三年経ってるんだよ。……あの日から三年もちゃんと生きてこれたんだから、まだ大丈夫」

「……」

「三周年の次には四周年がある。四周年の次には五周年がある。六周年にだってもっと先がある。だから、ね? 不安なのはわかるけど、あきらめちゃダメだよ」

言っているうちに涙があふれてきた。こんなのはただの気休めでしかない。でも、おとうさんには生きる希望を失ってほしくなかった。

私は卓上日記をお父さんの手に持たせた。これは、希望になるかもしれない。でも、これは呪いにもなりうる。

でも言いたかった。

おとうさんに死んでほしくないから。


「これ、埋められるように頑張ってみない?」

しばらく日記を眺めていたおとうさん。だが、しばらくののちおとうさんは日記を抱くようにして、「うん、うん……」と頷いた。






その新品の日記の大半が文字で埋まったことを私はまだ知らない。


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