エラトステネスに首ったけ

湫川 仰角

農耕の徒

 一面の荒野を、大根が小走りで駆け抜けていく。


 その自律歩行型距離測定機は、だった。目的は、未開惑星の正確な地形図の作成。


 惑星探査の悪条件に耐えるため、センサー類の殆どは乳白色(メーカーはやたらこの色を好む)のボディに納められている。

 アームも転倒時復帰に機能を絞ったため、普段はボディに収納される。

 二本足は力強く大地を踏みしめ、その歩幅はぴったり1メートル(1.09361ヤード! )、歩く速さは時速10km。

 無限軌道でいいものをわざわざ二足歩行にしたのは、人間に踏破可能な地形を最優先測定項目としたかららしい。


 足だけ生えた生白い円筒形の測定器が、シャカシャカと荒野を駆け回る。誰が言い出したのか(恐らくは管制室に詰めている日本人技術者だと思われる)、その様を大根が走っているようだと形容し、晴れて大混乱ハボックの愛称で呼ばれるようになった。


 地形図の作成方法は極めて単純。ハボックに走り回らせ、惑星中を踏破させるだけ。蓄積された高低と距離データは管制室へ送信され、後は地球でゆっくりとマッピングしていけばいい。

 未だ物理的に到達できない、足跡を残すこともない岩石惑星に対して、将来の着陸候補地の選定も兼ねて地形データを事前に取得する。

 有り体に言えば、太陽系外惑星の地表画像は大変に人々の冒険心をくすぐり、結果として費用が下りやすかった。そうして人類は、行く予定もないくせにやたらと惑星の地形図作成に熱中した。


 ある時、ハボックはひとつの惑星を調査することとなった。その惑星は地下に巨大な氷層があると目されており、比較的注目度が高かった。

 とはいえそこは地球から遠く離れており、人が降り立つほどの旨味があるとも思えない。それをいいことに、この惑星では一つの試験悪ふざけが行われた。


「ハボックの数を増やして走るスピードをあげれば、より精密な地形図がより早く取得できるのでは?」


 果たして、常々資金不足にあえぐ宇宙開発事業にあって希に見る潤沢な資金は、惜しげもなく放出された。ハボックは雲霞のごとく送り込まれ、3倍に迫る速度で測定を始めた。相互通信を介して稠密な編隊を組んだ大根が、100m をおよそ12秒の速度で突進していく様はいかほどだったろう。


 ハボックたちは1年間で惑星を3周してみせた。

 その程度の大きさの惑星だったということもあるが、測定速度を早めたのだから当然の結果と言える。

 悪ふざけを画策した連中が予想だにしなかったのは、ハボック達が走り抜けた後、地面の一部が掘り返されるということだった。通常そんなことは起こらないが、速度を上げたことで蹴り足の威力が増していたのである。


 走る大根の軍勢がイナゴの群れの如き様相で3回も惑星全域を巡った。そして、地下に氷層は確かにあった。

 結果、その惑星は



 それから数世紀。

 今ではその惑星は農作の星として優先的に開発が進められるに至り、人類が宇宙進出するための足掛かりとして重要な拠点となった。


 それ以来、三年に一度世界的に催される豊穣の祝祭は、主に大根が供される祭りとして定着したのだった。

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エラトステネスに首ったけ 湫川 仰角 @gyoukaku37do

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