魔王討伐三周年記念祭り

横山記央(きおう)

第1話 魔王討伐三周年記念祭り

 オレは水を張った桶の中から、仕上げ用の砥石を取り出した。十分に水を吸った砥石は、柔らかさとぬめりを感じさせる。


 ほんの数回、その砥石に剣を当てる。切れ味を良くするためではなく、剣にツヤを与えるためだ。剣の刃はすでに十分立っている。


 剣は兄の剣だった。鞘にしまっておけば、自動修復するという魔法の剣だ。そのため、無数の戦いに使われてきたはずなのに、刃こぼれはない。


 その剣を、顔が映り込むほどに研ぎ上げた。


 己から目をそらさぬように。逃げ出すことがないように。


 魔王が勇者に倒されてから、丸四年が過ぎようとしている。


 来月、王都で魔王討伐三周年記念祭りが開催される。その目玉として、剣舞大会が催されることになっている。


 魔王軍との戦争で、ボロボロにされた国の経済は、復興特別税の導入で、休息に立て直されてきた。国民も自身の生活が苦しいながらも、魔王が消えたのだから、今後は安心して生活できると信じ、増税に耐えていた。


 破壊された城が再建され、城を囲む城壁が補強された。王都を囲む三重の壁は、以前以上に頑丈に作り直された。橋が架け直され、街道も整備が進む。記念祭りのために、国立闘技場も新築された。


 これらの公共事業により、王都の経済は活性化した。今はまだ裕福ではないが、これから生活が上向いていくはずだと、誰もが信じていた。


 オレは左手で剣を持つと、その場に立ち上がって中段に構えた。目を閉じる。


 魔王が倒れてから三年。毎日剣を振ってきた。真影流。昔、父がその師範代に就いていた。まだ王都にいた頃の話しだ。


 その父から手ほどきを受けた。


 もともと争うことが好きではない。剣をとったのも、必要に駆られてだった。しかし一度剣を取り、覚悟を決めたからには、オレの全てを掛けて打ち込んだ。


 それなりの動きはできるようになったが、兄とは比べものにならない。あと十年あっても、追いつけないのではないかと思っている。


 兄には剣の天稟があった。一年で父の教えを身につけ、旅立っていった。オレにはその片鱗すらないと感じている。


 兄をうらやましいとは思わなかった。自分をふがいないと思うだけだった。


 父が王都を追放されてから、十年経つ。今では王都で真影流を教える者も、習う者もいないという。もしかしたら、オレが最後の真影流の使い手となるかもしれない。そう思うと、自分の才能のなさが悔しくなる。


 現在、王都で剣を習う者は皆、右利きに矯正されている。


 兵士は集団で戦うことを求められる。多くの人が右利きのため、それに合わせる目的で、左利きは右利きに矯正されていた。その矯正は、王都全域で、子供の頃から行われていた。


 父が追放されたのは、強硬にその政策に反対したためだ。


 父も兄も、そしてオレも左利きだ。そして、真影流は左利きの剣法だった。


 兄が病に倒れ、村に帰ってきたのは三年前だ。共に旅をしていた僧侶も一緒だった。その僧侶が言うには、病ではなく、呪いらしい。解呪の魔法は効かず、僧侶の治癒魔法も進行をとどめる効果しかなかった。


 呪いは強力で、何もしなければ一年と経たず命を奪うものらしい。それを僧侶の魔法で生きながらえている状態だ。


 呪いを解くには、呪いの元を絶たなければならないという。


 他の、兄と一緒に旅をしていた仲間である狩人と魔法使いの二人は、兄たちと別れ、呪いの元を特定すべく探索に出ていた。


 その二人が先週村にやってきた。


 呪いの元は王都にいる。それを特定したと。


 明日、オレは二人とともに王都を目指す。そして、呪いの元を絶ち、兄を救うのだ。


 ゆっくりとまぶたを開く。


 左手の甲を見る。オレの左手の甲には、兄と違い、なんの印もない。剣にオレの顔が映る。兄とそっくりの顔。双子なのに、似ているのは顔だけだった。


 兄は勇者だった。三人の仲間とともに、魔王を倒した。その際、魔王の呪いを受けていた。


 つまり、魔王は消滅していない。近い将来、魔王は、魔王に魂を捧げた人間に乗り移って復活する。それが兄の仲間の魔法使いの意見だった。


 その人間が王都にいる。


 代々勇者の剣法として教え継がれてきた真影流を追放し、勇者の証である左利きを抹殺しようとしている人物こそ、魔王に魂を捧げた人間――国王だ。


 国を相手に戦うと思うと、今も膝が震える。怖い。兄が持っていた勇気が欲しい。強大な魔王に立ち向かった兄のような勇気が。その百分の一でもいいいから。


 そう思っているのに、今朝、兄がオレに言った。


 お前はもう勇気を持っている。


 怖さを知り、それに立ち向かうことが、勇気だ。


 そう言って、呪いの影響で枯れ木のように細くなった左手を伸ばしてきた。今でもクッキリと勇者の紋が浮き出ているその手を、オレは両手で握った。


「気力十分って感じだな」


 いつの間にか、狩人がそばに立っていた。

 

「今回の三周年記念祭りは、きっと地獄になるよ。国民が持っていた蓄えを吐き出させた上で、剣舞大会で王都に人を集め、魔王復活の生け贄にするって筋書きだろうからね」


 一緒に来たのだろう。魔法使いがそう言い放つ。


「きっと、城を頑丈に作り直したのも、第二の魔王城にするつもりなんだろう。兄には呪いをかけたし、邪魔者はいないと思っているはず。だけど、そうそう思い通りにはさせない」


 膝の震えは止まっていた。そうだ、オレは魔王を倒すんだ。


「それでこそアイツの弟だな。今度こそは、魔王を消滅させてやるさ」


「そのためのアイテムは揃えたからね」


 狩人も魔法使いも、その目に自信と覚悟がみなぎっている。


 オレは、握っていた剣を鞘に戻す。


 一瞬剣に映ったオレの顔は、二人と同じ目をしていた。 

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