私とベルと。

喜村嬉享

蘇った愛犬



 数日前──私の家に怪しい手紙が届いた……。



『成瀬康浩様。貴方は厳正な抽選により当社の特別優待者に選ばれました。就きましては、近日中に私共から細やかな記念品を贈呈致します』


 手紙には差出人が書かれていなかった。確かめる意図もあり開けてみた訳だが、かなり後悔した。


 最近の犯罪は多彩になっている。何かを一方的に送り付け法外な値段を要求するといった詐欺もあるのだ。

 もしかすると送り付けた宅配業者が犯罪組織で──というのは少し過剰な反応か……。


 ともかく、こんな怪しい話が信用できる訳もなく何かが送られてきたら受取許否することにした。


 私はアパートに一人暮しの三十二歳。最近はご近所に荷物を預ける様な業者はいない筈。在宅時以外は放置で問題ないだろう。



 それにしても三周年記念?一体何処の企業かと封筒の中身をもう一度確認してみた……。電話番号や住所が書かれていればネット検索で確認できる筈。

 そうして見付かったのは手紙以外の一枚の紙……。


 そこには『天海未来科学研究所』と書かれていた。住所や電話番号は無い。


「怪しい……」


 一応、『天海未来科学研究所』なるものをネット検索してみたが案の定見付からなかったのは言うまでもない……。




 そんな手紙が届いてから数日後、外出からアパートに戻った私は絶句した……。


 部屋の中に大荷物が置かれていたのだ。差出人は──。


「あ、天海未来科学研究所……」


 あの怪しげな手紙の差出主から送られてきた荷物。何より、どうやって部屋の中に?鍵は掛かっていた筈だが……。


 可能性として家主が部屋を開けたかも知れないので確認に言ってみたが知らないとのこと。警察を呼ぶかと聞かれたが、取り敢えず部屋を確認してからと断った。

 実害のある犯罪でなければ警察は動かない。不法侵入されていても何も盗まれていない場合は書類作成して終わりだ。そんな連中に部屋を物色されるのはゴメンだった。


 一度部屋の中を確認するが荒らされた形跡はない。鍵も掛けてあったのだ。やはり何も被害はない。

 盗撮?私みたいなヤツを盗撮しても何の利も無いと言い切る自身がある。とはいえ、プライバシーを覗かれるのは嫌なので一応調べたが隠しカメラなども無いと思う。



 そうとなれば……おかしいのは段ボールの出現。


 突然出現した段ボールは人が入れる大きさ。動かそうとしたら妙に重い。

 美少女型アンドロイドでも入ってないかなぁ……などと妄想に逃避したものの、実際どうしようか困った。


 ともかく、中身を確認しないことには始まらない。何より狭い部屋の中に段ボールが邪魔なのだ。


 罠?そんな意味がないことを私にする理由が分からない。そんな訳で私は荷物の開封に踏み切った……。



「こ、これは……!」


 段ボールの中身は美少女!…………じゃなく、【犬】だった。


「い、犬? 生き物を送ってくるとか何て非常識な……」


 大きな段ボールの中には子犬……確かビーグルとかいう種の犬が目を閉じてじっとしている。他には見慣れない機械が二つ。残りは衝撃吸収材だ。


「ん? また手紙……」


『成瀬康浩様。当社より粗品を送らせて頂きました。そちらの商品は犬型アンドロイド【うるおす】で御座います』


 犬型アンドロイド?機械ということか……?


 試しにビーグル犬に触れてみればふわふわとして本物と変わらない。が、温度がない。


『取り敢えずではありますが、【うるおす】を貴方様に三年お預けします。その上で再度意思確認を行ない不要の場合は回収させて頂きますのでご安心を』


 押し付けて安心も無いもんだ……と思うものの、現時点ではまだ胡散臭い。


『そちらの【うるおす】は我が研究所の新技術【魂の量子化】を導入したもの。つまり【うるおす】は有機生命体ではありませんが、心を有した存在。端的に言えば無機生命で御座います。必要なのは電気のみ……ペット育成の煩わしさを排除しておりますのでご安心を下さい』



 何故私にこんなものが……抽選?何を元にした抽選なのだろうか?


 しかし、こうなると試してみたくなるのが人のさが……。説明書を読んだ私は早速【うるおす】を起動した。


 すると【うるおす】はムクリと起き上がりシッポを勢い良く振り始める。


「わん!」

「あっ! 家の中では吠えるな」

「くぅ~ん……」


 【うるおす】に注意するとそれ以降吠えることは無かった。


「頭良いな……機械だから?」


 試しに撫でてみれば【うるおす】が温かい……。電気で発熱しているのだろうか?

 それはともかく、【うるおす】の動きはまるで本物と見分けが付かない。機械と思える部分が全くない。


 魂の量子化?そんなお伽噺を信じそうになった……。


 モーターの駆動音や軋みなど一切なく、生物の微妙な動作すら行う。これは凄い……。


 どうしよう……何か楽しい。


「【うるおす】ってのは商品名だよな……何か名前を……」


 そこで思い出したのが昔飼っていた犬の名前。既に死んでしまった愛犬の名を継承して貰おう。


「良し。じゃあ、お前はベルだ」


 一瞬吠えようとしたベルは考えた末、激しくシッポを振っている。


 ここで私は後悔した……。名付けした時点で愛着が湧いたのだ。

 怪しげな研究所から送られてきたアンドロイド犬を受け入れようというのだ。普通は迷って当たり前。


 しかし、私は受け入れた。その愛らしさに手離す気にはなれなかったのだ。



 それから私の生活に張り合いが生まれた。機械?そんなことは関係無い。たとえ機械でもベルは私の大切な存在だ。


 ベルは利口だったので無駄吠えは無く、生体では無いので臭いで周囲に迷惑も掛けることもない。同梱されていた充電器は太陽光型。費用も掛からない。


 都合が良すぎる程のベル……言葉こそ発さないものの本当に利口な犬だった。



 俺は……ベルに依存しているのかも知れない。言葉を発することがなく我が儘もない為、ストレスも溜まらない。

 人間は勝手だから、自分に応えてくれる相手には心を寄せる。私にはそれがベルだった……。



 そんな日々……一年、二年と過ぎ、間も無く二年半……。俺はベルを手離す気は無かった。無かったんだ……。


 そして事件が起こった──。



 仕事が終わって自宅に帰った俺は部屋の異常に硬直した……。散乱した部屋、割れたガラス、それに……動かないベルの姿……。


「ベル!」

「くぅん……」


 ベルが暴れる訳がない。部屋の荒れようは明らかに家探ししていた様子……。つまり泥棒や強盗の類いか。

 恐らく、窓を割り入ってきた犯人とベルは争ったのだろう。身体のあちこちに傷跡が見える。血は……出ていない。


「くそっ! ベル! 大丈夫が!?」


 私の呼び掛けに安心したのか、ベルは目を閉じ動かなくなった……。


「ベル! どうしたら……」


 こんな高度な機械を直す技術は俺にはない。研究所が来るまであと半年……それを待つしかないのか。項垂れる私の背後から声がした。


「あ~……これは酷い」

「! ……お前が……お前が犯人かぁ! コノヤロウ!」


 私が胸ぐらを掴んだのは二十代程の若い男。白衣を腕まくりし妙な機械を腕に装着している。


「ち、違います! 違いますよ! 私は天海未来科学研究所の『天海大介』と言います」

「け、研究所の! じゃ、じゃあ……」

「少し予定より早くなりましたが、【うるおす】は無事役目を果たしたんですね」

「え……?」

「取り敢えず、説明の前に【うるおす】を確認します」


 天海と名乗った男は念入りに確認すると溜め息を吐いた。


「何とか直せますよ」

「良かった……それで、役目を果たしたっていうのは……」

「時間もあまり無いので要点のみ伝えます。他言は無用ですよ?」


 天海大介は未来から来たと言った。詳しくは話せないそうだが、天海の先祖が私と関わりが出来るとのことだ。


「貴方は本来、ここで大怪我をして車椅子での生活を余儀無くされる筈でした。強盗と鉢合わせてね?」

「え……?」

「私の先祖は貴方のお陰で人生の危機を救われたそうです。だから、貴方のことは語り継がれてました。今回のことはそのお礼と考えて下さい」

「…………」

「信じられませんか、未来のことが?」


 確かにベルは現代では有り得ない技術かも知れない。それでも私は天海の言葉を信じられられなかった。


「まぁ良いですよ。ともかく、貴方が襲われる過去はある時点から三年内としか特定出来なかったのです。だから【うるおす】を三年間預けた」


 日付が固定されなかったのは過去に干渉した結果──。更に天海は信じられない話を続けた。


「【うるおす】に宿した魂は貴方の愛犬です」

「ま、まさか……」


 ベルはかつての愛犬『ベル』そのもの……姿は違えど記憶は継いでいるのだという。そうしたのは私により親しみを感じさせ送り返させない為。


「忠犬ですね。自ら身体を張って貴方の為に戦った」

「ベルは……治せるんだろ?」

「ええ。でも、一度帰らないと無理です。だから選んで下さい。このまま残しても数年で機能が止まる。ですが、帰ればいつ戻ってこられるかは分かりません」


 時間は不安定で特定の世界に辿り着けるとは限らない。天海はベルを座標にしてやって来たと語った。

 ベルという座標を失えば違う私の元に行ってしまうかも知れないのだ。


「答えは決まってる。ベルを頼むよ」

「………。分かりました。では」


 天海はベルを丁寧に抱え上げ腕の機械を操作した。


「この子は必ず直すと約束します。だから、貴方もこの子を忘れないでやって下さい」

「ああ……。絶対に忘れないさ」

「それでは……」


 天海は朧気に歪み光って消えた……。






 ベルが居なくなった後、私は変わった。ベルが救ってくれた人生……無駄にしたくなかった。


 私は会社を辞めて転職……今更ながら本当にやりたいことの為に働いている。

 そんな日々が続く中、私はたまにベルを連れていった公園に立ち寄っている。


「ベル。元気でやってるか? って変だな……アンドロイド相手に」

「わん!」


 声に振り返ればそこにはビーグルの子犬がシッポを振っていた。


 天海のヤツ、粋なことを……。


 今日は【うるおす】として現れたベルと出会って三年目……。記念に首輪を買って帰ろうか。



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私とベルと。 喜村嬉享 @harutatuki

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