第三章「現実的な非日常」

第34話

 翌日の昼過ぎ。サクラとモモカは2人主要駅で合流し、リツの職場の最寄駅へ向かった。

 駅前のロータリーにはユキトがリツと並んでベンチに座っていた。2人とも会話している様子はなく、ユキトはぼんやりと空を眺めて、リツの方は腕と足を組んで俯いていた。

 こちらに気がついたユキトは手を振り、片手でリツの肩を叩いて起こす。不機嫌なのか眠いのか、リツの顔は形容し難い。物凄い形相っていうのはこういうことなんだろうなとサクラは考えて、少し身震いした。

 4人揃うのは初めてだ。ユキトに初対面のモモカはちょっとビクビクしながらユキトに挨拶した。ユキトはモモカを見て一瞬ぽかんと目を丸く開いたが直ぐにニコニコと笑う。モモカの盛り盛りの写真しか知らないならそうなるが、さすが営業マンの切り替えは素早い。

 まあ、モモカが多少ぽっちゃりしたくらいで、美形が崩れるわけがないのだが。


 ユキトの運転で、サクラは助手席で道を調べることになった。リツはサクラの後ろで寝かせてあげることにし、モモカはちょこんと運転席の後ろに座ってシートベルトを締めた。「お願いします」なんていって、みんなにコーヒーを配ってくれた。


 サクラはコーヒーを飲みながら、ブランドについて検索をかける。SNSではごく少数だが感想も書き込まれていた。


 「結局、オレたちの中でブラントってどういう立ち位置になってんだ?」


 高速に入って軌道に乗った頃にユキトがポツリと呟く。サクラはマップアプリを開いたまま、スマホを膝に置いて答えた。


 「アプラスの世界を描くことができた人物……アプラスとの実際の関わりは不明だけど。ユキトが見つけた人形師のテリーサ・アプラスとは多少時代は被ってる。とはいえ、年齢差的に深く関わることはなかったんじゃないかなって推測だけど」


 50歳も差がある知り合いなんてそうそういない。今はカフェの常連の老夫婦と祖母の女学生時代の友だちの足立さんくらいじゃないか。それも個別で会うようなことはない。子供の時なら尚更だ。当時でも足立さんくらいだ。

 サクラは続けた。


 「テリーサが魔女説だと、アプラスがマルルを作ったってことになるけど。それも、本当かどうかわからない。それにテリーサの情報は何もないんだし」


 「モモカもね、調べたけど。テリーサのことでわかったのは人形の作品一点だけ。ハイアの領主の人形屋敷に展示されてるの。人形屋敷っていうのはハイアで有名なちょっとした博物館らしいんだけど。写真を見たけど、モモカの目じゃ造りの違いとかわからなくて。マルルと似てるとこ……なんてさっぱりだった」


 「なにか、進展があるといいな」


 情報がここで詰まっているのだ。これ以上考察したところで真実には辿り着けないだろう。3人からブラントの話は途切れて無言になる。

 サクラは気が紛れるようにとユキトに了承を貰って、音楽を流した。あまり歌詞は知らない、流行りの曲をダウンロードしておいたのだったが、走行音が激しくて聞こえなかった。

 しばらくして、トイレ休憩ということでサービスエリアに停まった。リツを起こしてモモカは2人でトイレに行ってしまったので、サクラはユキトと2人で観光案内の看板を見ながら待っていた。

 この先の分岐を抜けてもう少し走ると有名な滝や博物館がある。サクラたちが行くのとは反対方向だ。

 

 「近いからあまり来たことなかったけど、結構観光地あるんだね。ガラス工房とか、モモカ好きそう」


 「ちゃんと仲直りしたんだな」


 雑談を持ちかけたサクラにユキトはそう返した。


 「ああ、うん。気にしとったよね、ありがとう。案外さ、普通に話したら普通に返してくれるの」


 ちょっとバツが悪くて、サクラは下手くそに笑ってみた。あんなにユキトにうじうじしてたのに、一目会っただけで仲直りできてしまうのだから。ただ、それ以上の問題ばかり起きていたけれども。


 「そりゃあ、誰だってモヤモヤしたままは嫌だろ。本気で縁切りたいって思われてなきゃ大抵上手くいくもんだ」


 ユキトは得意げに笑う。サクラはその邪気も雨も知らない空みたいな笑顔に力が抜けて、溜め息を吐いた。


 「そうなんだ。そうなんだけどさ、こう素直に謝る……というか、気まずいって思ったまま会うのって勇気いる」


 「まあな……気持ちはわかるけど。素直になるって難しいよな」


 「謝りたいのも、意固地になるのも素直な気持ちだからね。本当は仲良くしたいんだけど」


 高一の冬だってそうだ。あの日のリツを怒らせて、あの瞬間はリツに睨みつけられてムカついて。でも、別れてから後悔した。そして、もうリツとは会うことないんだと諦めたんだ。あれがリツの中に残ってるのかはわからないけど、今は蒸し返す必要はないかと思ってそっとしている。

 いつかは話せたらいいのだけど。


 「謝るのって、子供の頃はできてたのにさ……大人になるにつれできなくなるんだ。きっかけもなくなるし」


 「いらんプライドってやつだな」


 「そう。大人になるにつれて、変なものを積み上げたんだよね。だからわたしは……」


 言いかけて口を噤む。これ以上言うとたぶん自己嫌悪に陥る。言葉はごくんと飲み込んで鼻で笑った。その代わりにユキトがまたあっけらかんと笑うのだった。


 「でも、それができたからサクラはお利口さんだな」


 「やめてよ。なんかゾッとする」


 冗談6割と4割本音で笑い飛ばすと、ユキトは少し情けなく「失礼な」と呟き、サクラに小さな包みを突き出した。

 サクラは首を傾げて、素直に受け取る。


 「なに、これ?」


 「おみやげ」


 「どこかいったの?」


 「じいちゃん家」


 包みのテープを静かに剥がしたが失敗し、亀裂が入ったみたいに紙はビリリと音を立てた。中から出てきたのはボールペンだ。ノック式で、ノックの部分には花柄のダルマがくっついている。


 「モモカちゃんとリツさんにも買ってこれば良かったな。っても、こんな早く2人に会うって思ってなかったし、趣味わかんねえしな」


 ユキトは後ろ首を掻きながらボソボソと言う。可愛いような渋いようなダルマになんだか笑えてくる。


 「これはわたしの趣味じゃなくてユキトが好きなんじゃないの?」


 「それもある」


 「でも、ちょうどペンがカスカスになってきたし、助かったよ。ありがとう」


 サクラはペンを袋から出して、一往復だけカチリカチリと鳴らし、手帳につけていたペンと交換した。そのついでに、手帳に挟んでおいたボロボロの曰く付きのような紙を引っ張り出す。

 ガサガサと不気味に音が鳴って、ユキトは怪訝な顔をする。


 「そうそう、ユキトに返そうと思ってたんだけど……」


 「いらねえよ」


 「話聞けよ」


 サクラは手帳と袋のゴミをしまって、紙を広げた。

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