第27話

 仕事終わり。サクラよりも1時間早く上がったはずの水野がロッカー室で待ち構えており、サクラが着替える横でベラベラと駄弁っていた。


 「沢良木さんって子供の頃、ニチアサ見てました?」


 「ニチアサ……ああ、フェアマジ世代よ、わたし」


 サクラはキュロットを履きながら答えた。

 フェアマジとは『フェアリーズ・マジカル』というサクラの世代の女子たちならまず知らない人はいないであろう女児アニメだ。もうすぐリメイクもするらしい。サクラの子供の頃からのお気に入りはチューリップというピンク枠の子だ。


 「あ、フェアマジは幼稚園の時でした」


 「長かったもんね。わたし、気づいたら見てて、小3で終わったかな……あれ、小4だったかも」


 ブツブツと言うサクラの方を見て、水野はニヤリと嬉しそうに笑う。


 「そんな魔法少女が実は存在するって都市伝説知ってます?」


 ピクリと肩が震えた。魔法少女であることは知られてはいけないのだ。とはいえ、水野は都市伝説レベルで話しているようだからバレたわけではなさそうだが。


 「は……はは……何を言い出すと思ったら」


 「憧れません? そういう二重生活。日本中……ううん、世界中で時々そういう噂あるからもしかしたら、この辺にもいるかもですよ」


 いるんですよ、目の前に。『元魔法少女』だけれど。そんなに憧れの眼差しを向けるほどの人には到底みえないでしょ。

 サクラは静かにロッカーを閉める。


 「水野は、もし魔法少女だったら人生変わってたと思う?」


 「そりゃ、今とは違う友達もいて世界救った英雄なんだし……きっとキラキラして、自分の夢にまっしぐらですよ!!」


 サクラは心というものを奪われたように虚しくなって、そんな自分を鼻で笑う。

 そうだ。普通はそう考える。魔法少女後日談で大人になった彼女たちは立派な大人になっている。一つ自分の道を決めてしっかりと今を踏みしめている。

 当然か。彼女たちは子供たちのお手本なのだから。そう思うと、わたしはお手本とは程遠い存在だ。


 「沢良木さん?」


 「ああ、別に。水野はなんか、なりたいんだっけ」


 「幼稚園の先生かお嫁さん……だったけど、今は学童とかの指導員ですよ。だから、このバイトも近々辞めようかなって」


 いつも、どんなことにもあっけらかんと笑っている水野がちょっとだけ寂しそうな顔をする。


 「そうだったの?」


 「学童のバイト募集があったんです。沢良木さんとお別れは寂しいですけど、将来のために経験積みたくて」


 「そっか……残念だけど、水野なら大丈夫そうだね。魔法少女じゃなくてもまっしぐらだし」


 サクラは後ろ首を掻きながら笑う。目の前の魔法少女なんかよりも、ずっとすごいじゃん。

 水野はふざけてサクラに擦り寄った。


 「沢良木さんんん……!! 水野とは永遠のメル友でいてください〜!!」


 「メル友で良いんかい」


 水野と別れた後家に帰り、そのまま車で近所のコンビニへ行く。西日が、狭い軽自動車の運転席を橙色に染め上げていた。先日運転した時にうっかり置き忘れてしまった空の缶コーヒーをコンビニのゴミ箱に捨てて、ついでにカフェラテを買ってきて、手帳を片手にラジオを流しながら飲んでいた。

 ハートコレクターの8人目の犠牲者は27歳の女性。場所は北海道の聞いたこともない市であった。

 「ここまで地域がバラバラだと何かしらの組織が関与していたり、模倣犯だったりなんて可能性がありますよね」「でも、ここまで痕跡を残さないのは不気味ですね。模倣犯だとしたらここまでできるかどうか……」

 コメンテーターが想像を膨らませるが、サクラや他の誰かの納得いく答えは出てこない。女性アナウンサーが夜間の単独行動は避けるように注意を促し、次のニュース、政治家の不倫騒動を報じる。

 

 サクラは手帳型のスマホケースに挟んだメモを眺めながら魔法少女だった頃を思い出す。確かに楽しかった気がする。モモカやリツと出会えたし、秘密の関係みたいで胸が高鳴った。魔法少女といういつもと違う確かなものなれるのは、優越感と、それ以上に安心する何かがあった。モモカもきっと同じだ。魔法少女になっている間は、現実の考えたくない問題から解放されていたのだろう。魔法少女のソニアと魔法少女でないモモカとのギャップもそういった解放感のようなところから来ていたのかもしれない。

 だけど、魔法少女はキラキラしてポジティブなだけじゃない。光を与えられた時、必ず影がついてくる。魔法少女には魔法少女なりの現実の悩みを抱えていて、それは今も続いている。


 こんな魔法少女なんてものを現実に作ったのは誰なんだ。ヴィクター・ブラント? テリーサ・アプラス? ……それともマルルなのだろうか?


 突然、スマホが電話だよって鳴り出す。表示には金谷ユキト。こいつまたニックネーム変えている。サクラは電話に出て、スピーカーフォンにし、助手席に置いた。


 「お、サクラ。今電話できるか?」


 いつものん気なユキトの声はちょっとだけ不安げだった。サクラはラジオを切りながら返す。


 「別に良いけど。約束あるから長電話は無理だよ」


 「や、そんな長くはなんねーけど。なんか引っかかることがあってよ……」


 「うん?」


 なんだろうと、自然とメモに目がいく。ブラント、アプラスのことなら不自然に感じるまでの情報を得られていない。そう思って身構えていたが、ユキトは思いもよらない話題を出した。


 「ハートコレクター」


 「え? シリアルキラーの話?」


 拍子抜けして、少し声が裏返る。


 「あれ……本当に人間だろうか……」


 「は」


 「いや、ちょっとした都市伝説になってんだよ。あれは人ならざるものだって」


 水野といい、ユキトといい、2人とも都市伝説に振り回されてないか。少し呆れてなんて返そうと思ってるうちにユキトは続ける。


 「心臓だけを抜き取るのって簡単じゃねえだろ。漫画じゃあるまいし」


 「それは確かに。心臓って肋骨の中にあるよね。もし、心臓奪うなら肋骨を砕くのかな……。それともお腹から胸にかけて……」


 「うへぇ……気持ち悪い……」


 いかにも吐きそうな声でユキトは呟く。


 「この前見た映画でそんなシーンあったの。確かに心臓を取り出すのは一筋縄でいかなさそう」


 「どんな映画見てんだよ……」


 「でも、実際は心臓まわりがぐちゃぐちゃになってるとかそんなんでしょ」


 「それは、そっちのが現実的だけど……でも、いろいろ考察見てるとよ、その心臓云々以外にも人間的じゃねえって言われとって……」


 やっぱりいつもみたいな元気がない。もごもごと口籠った喋り方だ。


 「たとえば起こる場所がバラバラだとか、あとは海外でもあったり。死体を発見した15分前には生きていたとか……噂っちゃ噂だけど」


 確かに起こる場所はバラバラだ。日本各地で起きている。それに15分で方がつくような殺し方ではないだろう。奇妙な事件であることはサクラも世間もちゃんと認識しているつもりだ。

 ユキトの声は震えている。最初にあった時、アプラスにまた服従させられるんじゃないかって怯えながら話していた時と同じだ。


 「妙に、勘が働くんだ。それと被害者は全員女だし、サクラたちくらいの年齢だし……」


 「まさか、被害者がもと魔法少女とでも言うわけ?」


 「自信は、ねえけど……」


 「でも、被害者に男の子いたよ。それも親子で殺されたらしいけど……」


 「いや、それもわかんねえけど……」


 ユキトの喋り方は煮え切らない。根拠はどこにもないけど心配なのだろう。


 「ひとまず、リツとの約束あるからそろそろいいかな?」


 「ああ、でも、気を付けろよ。なんか、良くないことが起こる気がする」


 「それは、アプラスの夢のおつげ?」


 「かもな」


 何はともあれ、通り魔に気をつけるに越したことはない。


 「了解。忠告ありがとう。ユキトも、気をつけて」


 さっくりと電話を終えて、時計を見る。今から向かえば少し余裕をもって着けるだろう。サクラはメモをスマホケースにしまい、シートベルトを締め、車を走らせた。

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