二章「力を合わせれば……!!」

第15話

 土曜の午後十三時半過ぎ。サクラはバイトを終わらせて帰宅し、軽く何か食べようとトーストを焼いていた。

 十四時半前に家を出れば間に合う。トーストを食べて、化粧を直したらちょうどいい時間になるだろう。

 サクラがキッチンで焼きあがったパンにバターを塗っていたところだった。テレビを見ていたコハルが嫌悪感丸出しの悲鳴を上げる。


 「おねえ!! 今度は京都で通り魔だって!!」


 どうしたのかと聞く前からコハルはサクラに話し始める。

 トーストをお皿に乗せて、ダイニングテーブルの方へ行こうとしていたサクラもテレビを見る。コハルはソファーの背もたれから顔を覗かせて、首をかしげる。さっき起きたのだろうか、髪はボサボサだ。


 「通り魔?」


 「そうそう!! 怖いよね……」


 テレビのキャスターは「これで五人目、連続通り魔事件」と伝える。犯人は場所を変えて同じ方法……心臓を抉るような手口で女性ばかりを狙っているのだという。ただ、今回は二十代の母親と、未就学の息子が殺されてしまったらしい。


 「小さい子まで、可哀想……。本当胸糞だね!! こういうの、シリアスキラーじゃない?」


 「シリアルキラーね」


 サクラはトーストを齧り、答える。バターが甘じょっぱい。

 この前乙環商店街にいた女子高生が喋ってた事件だろうか。心臓を抉って殺すサイコキラーの話を思い出す。

 テレビは母親と子供の写真を映して、妻と子供を失った男性のコメントを読んでいる。

 なんだか見るに耐えなくてサクラはテレビから目を逸らした。トーストを口に押し込んで、オレンジジュースで流し込んだ。その後も食器を片付けたり、化粧を直したりして、時間はあっという間に来てしまった。


 母の車でモモカを駅まで迎えに行く。駅前のコンビニに車を停めてスマホを見るとモモカはまたも電車に乗り遅れたとかで十分ほど遅れるらしい。


 今日はモモカがリツも誘ってくれて三人で会う。

 モモカのお陰で連絡先は交換できて、お互いの近況報告として、ここ二、三日で少しだけ当たり障りのない話をした。

 アプラスのことを話さなかったのは慎重に会って話したかったからだった。文章にするとむしろ上手く伝えられない……そう思ったのだった。


 ユキトに会ったこと、アプラスが生きているかもしれないこと……それから、マルルが生きてるか死んでるかとか、ブラントの絵にアプラスの世界が描かれていたことも話さなきゃいけない。


 ラジオからは今週の音楽ランキングが流れているが、サクラの耳には届かず、リツにどう話したら良いのか、思考がぐるぐると巡っていた。


 十五分ほどして、モモカと合流する。

 「遅れてごめん」としつこく謝るモモカを助手席に乗せて、国道を走り、待ち合わせの喫茶店へ向かう。


 「その、サクラちゃんが言ってたブラント? モモカもね、調べてみたの」


 信号待ちしている時に、モモカは不意に切り出した。


 「うん、なんかわかった?」


 ヴィクター・ブラント。一九〇〇年代初頭の画家だ。風景画や動物の絵を多く残しており、柔らかい筆のタッチと淡い色が特徴的で、空間把握に長けている……とネットに書かれていた。幼少期は田舎町で母と二人暮らしをしており、若いうちはお金がなく、本格的に絵を売り出したのは壮年期からだったらしい。


 「ブラントの息子さん……ブラントが亡くなってから日本に来たみたいだけど、日本でお父さんの絵を何枚か売ってしまったんだって。当時は有名じゃなくて、大して価値がつかなかったみたいだけど」


 信号が青になり、サクラはエンジンを踏み込んだ。


 「じゃあ、わたしが見たのは息子さんが売ったのが巡り巡ってあのお店に来たんかね」


 「なの……かな」


 「モモカはさ、ブラントとマルルって関係しとると思う?」


 「うーん……でも、あの風景を描けるってことは少なくとも……無関係とは言いにくいんじゃないのかな……」


 「だよね。他に何かわかったことある?」


 カーナビが右折の支持を出す。サクラは注意しながら追越車線の方へとハンドルを回す。


 「んー……ネットにはあまり載ってなくて……PDFのパンフレット見ただけだから。モモカもそんなに調べられなくて、ごめんね」


 「わたしもそんな感じよ」


 サクラの自動車はバイパス道路に乗り、スピードを上げた。


 「すごいね、サクラちゃん。モモカはこういう道路、運転できないな」


 「……慣れよ、こんなの。ゆーて、わたしもそんなに運転しとらんけど」


 いつもは母が仕事に使うから、サクラの移動手段は公共交通機関か、自転車だ。正直慣れているかと言われると微妙なところだけど。

 現に後続車に少し煽られているため、エンジンを踏み込んだ。周りの景色が速く動き出す。


 「なんか、昔の中学生のサクラちゃんしか知らなかったから運転している姿はなんだか新鮮だな」


 モモカは可愛らしく、クスクスと笑っている。

 そうだろうか、と頭で考える。十代の頃の友達なんて、今や片手で数える程度としか会わない。それも定期的にとはいえ数ヶ月に一度程度だ。数年ぶりの再会なんて成人式以降はまともにしていない。だから、モモカの言う新鮮さなど全くわからなかった。


 「そういうものかしら……」


 数日前にモモカと出会った時は、新鮮味よりも衝撃が強かったのを思い出す。

 モモカは見た目はともかく、話せば話すほど本当にこんな子だったのだろうか、未だに記憶の中のモモカと一致しない。だけど、時折サクラの知っているモモカが顔を覗かせる。


 「リツは、どうなってるのかな……。モモカ、リツと会うのはいつぶり?」


 「え……あ……うん……えっと……顔を合わすのは、すごく久しぶりよ? 五年ぶりくらいかな」


 「意外……。もっと会ってると思ってた」


 「そんな……リッちゃんも忙しいもの」


 「そう……」


 なんとなく話はそこで途切れてしまった。サクラもしばらくは運転に集中していた。

 ラジオからは音楽が止まって、ニュースが流れる。市内で玉突き事故があり、七名が重軽傷で死者はいなかったと女性キャスターが淡々と告げる。

 暗いニュースばかりだ。やっぱり好きなアーティストの音楽でも流せば良かったと少しばかり後悔した。


 バイパス道路を降りて、道沿いにチェーン店が並ぶ国道をしばらく走らせ、数分で中道に入ると、目当てのお店が見えた。

 無駄に広い駐車場に車を止めて、モモカと一緒に降りた。

 リツが選んだ喫茶店だった。昔からあったのだろうか、良く言えばレトロだが、正直に見ると少し寂れていた。昔、祖母とよく行った喫茶店もこんな風に茶色いチョコレートみたいなドアで、開けるとカラカラと鈴の音がする。ここも例に漏れず、全く同じだった。


 薄暗く狭い店内には地元のマダム三人組と、おじいさんが一人でカウンターに座っていた。リツのような若い女性は見当たらない。

 店主らしい愛想の良い中年女性が「好きなとこに座って」と言い、サクラは一番手前のテーブルについた。少し褪せた深い緑のソファーはふかふかしていた。


 「リツはまだみたいだね」


 「早く着いちゃったもんね」


 モモカはサクラの隣に座って落ち着かないようにキョロキョロと辺りを見渡した。


 「モモカ、カフェ巡りは良くするけど、こういうとこはあまり来ないな」


 「わたしもこういう喫茶店は久しぶりに来た」


 サクラはそう言ってモモカにメニュー表を渡した。A4サイズの綺麗にラミネートされたメニューを二人で見ている時、カランカランと涼しげな音が鳴った。

 サクラがドアの方を見ると、そこには細長い、若い女性が立っていた。

 

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