30. 大穴

 四両目までは誰も乗っておらず、敵が現れたのは三両目から。

 銃ではなく、ジョルトで攻撃してくる荻坂の手下を、潤が事もなげに蹴散らしていく。


 衝撃波は窓ガラスにヒビを入らせ、敵ジョルターを悶絶させるほどの威力で連発された。

 彼から車両半分以上は離れないと危険を感じるレベルなため、矢知たちも後ろから戦況を見守る。


 高木は検問に連絡を取って危険を知らせ、次に地下鉄の緊急停止が外部から出来ないかを尋ねた。

 返答はノー、隣駅に向かう二台の電車は、制御室に表示されてもいないそうだ。

 最終手段として、彼女はこの沿線への電気供給をストップするように提案し、交信を終えた。


 突風を思わせる速さで、潤は長い車内を走り抜ける。

 三両目で五人のジョルターを弾き、連結部を越えて二両目に入った直後、まず黄シャツのリーパーが立ちはだかった。


「おい、お前――」

「邪魔だっ!」


 一息に男の懐まで突進した潤が、触れると同時にリープを発動させ、何か言いかけたその口を黙らせる。

 もつれ合った二人は、ほぼ一秒間隔で点滅を繰り返し、その度に衝撃が車体を揺らせた。

 窓を割り、シートを捲くり上げながら、五回に亘って爆発音が轟く。


 死にはせずとも、衝撃に耐えられなかった男は、潤に縋るように膝から崩れた。

 血涙の滲む眼で見返す男を蹴り飛ばした時、二両目の突き当たりにいた浦橋が声を張り上げる。


「話を聞いてくれ。君のためになる話だよ」

「どけよ、急いでるんだ」


 浦橋は両手を挙げて降参のポーズを示したため、潤も走るのを止めて歩み寄る。

 だからと言って大人しく話し合うつもりもなく、少し手加減してやろうという程度の心持ちなのは、表情からも、前に突き出された右手からも十二分に浦橋へ伝わった。

 遅れて後追いしていた矢知たちも、ここで二両目へ入ってくる。

 皆を一瞥した浦橋は、手を挙げたまま話を続けた。


「待て、君もリーパーなら、この後どうなるかを考えないのか?」

「間島を助けて脱出するだけだ」

「その先は? 能力者を野放しにするほど、国は甘くないぞ。よくて実験体、最悪ならさっさと処分され、血を抜かれて捨てられる。こんな隠蔽工作は、もう終わりにすべきだ」

「それが目的か?」


 最後に問い返したのは潤ではなく、前に進み出てきた矢知だ。

 副長が研究所の方針に疑義を挟んでいたのは、ちょくちょく彼も耳にしてきた。

 ジョルターの発生に合わせて対処するのでは、根本的な解決にはならない、と。能力者がいて当然の社会となる、今はその臨界点なのだといった考察もしていた。


 公安からの潜入者なら、矢知すら関知しない裏工作にも手を染めてきたのだろう。

 被害ばかり増える現状を打破したい、そう願う気持ちは理解できても、今回のやり口は悪辣すぎる。

 矢知の非難に、浦橋は顔をしかめて嘆いてみせた。


「効果を最大にするには、これがベストだった。能力の無い私は、研究所の移転統合を機に転属されることになったんだ。前線で動けるのは、今がラストチャンスだったってのもある」

「それだ、お前は発症してないだろう。なぜそこまで連中に肩入れする?」

「隊長さんと同じだよ。私の妻は発症した挙げ句に、研究所で亡くなった。あんたが来る二年も前のことだ」

「仇討ちのつもりか……」

「違う、妻が死ななくていい社会を作りたいんだよ。爆散する駅が、リーパーが世に出る狼煙になる」


 実直そうな印象は対策班での浦橋と変わりなく、口調も穏やかなものだ。

 しかし、人としての軸が歪んでいると、矢知は舌打ちしそうになった。

 血を見過ぎたせいなのか、諜報任務の弊害なのか、真っ当な価値観からはみ出してしまっている。

 失ったものが大きく、拠り所を失った結果、いつしか偏執的な正義感が彼を蝕んだということか。

 二人の会話へ、苛立った潤が割って入った。


「お喋りはもういい、どけっ!」

「間島はもう死んだよ、素体としてね。冷静になって考えてくれ。リーパーなら、誰の味方をするべきかを」

「ああっ!? 難しいことは分からねえ、頭はよくないんだ。馬鹿だから、この眼で見るまで間島が死んだなんて信じない」

「そうか」


 リープを狙い、ズカズカと近づく潤を、浦橋は逃げもせずに待つ。

 挙げていた手をゆっくり下ろし、腰の後ろに回したところで、潤は体当たり気味に飛びかかった。

 常人の裏橋が潤を制することは、もう不可能だ。何を持ち出そうが、リープでもハッシュでもやりたい放題だろう。

 後ろで見守る矢知たちも、そう考えて動かなかった。


前の・・列車は止めさせない」


 電気、毒、粘着液は無効。無酸素空間でも作れれば、リーパーと言えど窒息死を狙えるものの、地下鉄車内では難しい。

 浦橋が選んだのは爆薬――それも少量の、薄い壁を破壊できる程度の弱い爆薬である。

 潤が密着する寸前、浦沢は腰ベルトに装着した起爆スイッチを押し込んだ。

 無能力者の彼は、当初から自分が盾になることも想定しており、自爆にも躊躇は無い。

 腹に巻いた爆薬が破裂して、内臓が肉片となって散り、脊髄を粉砕された浦橋は一瞬で絶命した。


 潤に直撃した爆圧を受け、自動的に彼の能力が発動する。

 高次発症者の潤なら一切を能力で跳ね返せようが、アルミ合金製の車体に、内爆を閉じ込める強度を期待するのは厳しい。

 浦沢の死を賭した爆発によって、それに数倍する力を持ったジョルト球が生まれた。


 ルーフに大穴を開けた力球パワースフィアは、座席ごと側壁を捻じり飛ばす。

 脱線させるもんか――その潤の懸命さが、浦橋の執念をすんでのところで食い止めた。

 自動発動を抑え、斬るのは車体の側面だけ。大小のアルミの破片が、トンネル内に散ってけたたましく反響する。

 必死に力を横へ逃した彼は、七割方それに成功した。


 床が砕け、井形に組まれた台枠が剥き出しになり、線路へ落ちそうになった潤はスチールの枠にしがみつく。

 その支柱もハッシュで寸断されており、体重でぐにゃりと曲がった。

 潤は暗い床下へ片足を落とし、地面に接触してもう一度ジョルトを生む。


「落ち着け、巻月! 電車が千切れるぞ!」


 矢知に言われずとも、鋼材数本で何とか車両が繋がっているのは一目瞭然だった。

 血まみれの鋼材を頼りに、慎重に、だが先を急いで這い進む。

 瓦礫を巻き込み回る車輪が、耳を劈く金属音を立てつつ、辛うじてレールに沿って仕事を続けた。

 上下に激しく揺さぶられて膝立ちを余儀なくされた矢知が、若い相棒の無事を確認するべく、宙に舞う埃を払う。


「あの馬鹿野郎が! おいっ、無事か!」

「ああ、あちこち痛いけどな……」


 鮮血で塗り替えられた車体は穴だらけにされ、二人の会話を遮るように風鳴りが逆巻いた。

 いずれにせよ、もう潤には前に行くことしか眼中に無い。

 細切れになった浦沢の傍らで立ち上がった彼は、穴の空いた床に難儀する仲間に構わず、先へ急ぐことを選択した。


「無理についてくんなよ、オッチャン!」

「お前こそ注意しろ、まだ黒シャツがいる!」


 二枚の扉を抜け、連結部をくぐり抜けると、そこが目的の一両目である。

 最奥に黒シャツ、そのさらに斜め後ろに高そうなスーツを着た男がいた。

 眼鏡を掛け、学者然とした男は遠目でも皺が多く、老人と言って差し支えない。


「君も跳べる・・・ようだね。それもかなり高次に進行してる」


 車両の先頭へと進み寄る潤へ、場違いなくらい落ち着いた声が届いた。煩い走行音に負けず、よく通る声だ。

 最後に控えたボス――口調だけならそんな威厳も感じられるが、潤は手首に嵌められた手錠に目を留めた。


「アンタが荻坂か? 捕まってるとはな」

「逃げやしないのに、聞いてくれなくてね」

「怪我したくなかったら、頭を抱えてしゃがんどけ」


 警戒しつつも、黒シャツは荻坂が喋るに任せている。軽く両手を前に出したポーズは、リーパーとしての戦闘態勢だろう。

 浦橋や所長とは違い、話し合おうという顔つきではない。


「まさか切り捨てた最後の一人が、ここまで強力とは。巻月くんだろう?」

「知ってたのか」

「初対面でもない。選んだのは私だ」


 何に選んだと言うのか――記憶のページを高速でった潤は、目の前の男に、ネクタイと白衣を重ねる。

 面接。大学の面接で、試験官の後ろに座っていた男が荻坂だった。


「思い出したかね? 君の出身地は因子持ちが多い。小論文は噴飯物だったようだが」

「最初から全部仕込んでたのかよ……」

「適応力は四番目だったか。偶然が重なったのだろう、よほど上手く覚醒したらしい」


 これを知ったところで、潤のやるべき事は変わらない。邪魔者を排除して、この電車を使って間島の乗る電車に追い付く。

 黒シャツへ一足飛びに間合いを詰めた潤は、その突き出された腕に手を押し付けた。

 決戦が避けられない事を知る相手も、潤に応えて掴み返す。


 跳躍時間は出来るだけ短く済ませたい、そう望む潤ではあったが、流し込まれる力は今までの誰よりも強い。

 手加減して制圧するのは無理筋と言うものだった。

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