13. ハッシュジョルター

「コントロールはしてる……。勝手に発動するジョルトとは、感覚が全く違った」

「力が吹き出しそうなんだろ?」

「圧縮して、開放する感じだよ。限界まで締め付けたら、そのハッシュジョルトっていうのになったんだ」


 心底を窺ってくるような矢知の眼差しは、コンビニで対峙した時を思い出させる。

 無茶な反撃を提案した際の大らかさは消え、銃の照準も潤の胸へ張り付いたままだ。

 ジョルトで防げると知っていても、潤は気迫に呑まれそうになった。

 矢知を変温動物みたいな顔だと思い、直ぐに訂正する。蛇に似てるのではなく、蛇を見る人間の眼をしているのだと。


 この間、岩見津は建物脇の集電ボックスを開けて、対策棟に通じる電気を遮断していた。

 これで火花は止まり、感電の危険も無くなる。

 たっぷり数十秒は続く睨み合いの後、周囲に目を配った矢知は銃を静かに下ろした。

 潤は安堵し、図らずも深く息を吐き出す。


「無闇に切りまくったりはしない。約束してもいい」

「そんな安い約束なんて要らん。手前てめえはな、デカい刀を抜き身で振り回してるんだ」

「だから慎重に扱うって――」

「どんだけ気を遣おうが、事故は起きる。爆弾魔や猛獣と、何も変わらねえよ」


 症例の進んだ患者は、最後には血を撒き散らしながらジョルトを連発して死んだらしい。

 生きて発見された第四症例者は今まで一人、研究所に収容した第三症例者が第四まで進行した例は二例あったと言う。


「しかし、第四症例者だろうという人間なら、他にも何人か見つかってる」

「その人たちも、もう死んだのか?」

「死体で見つかったんだよ。お前も知ってるだろ、バラバラ変死事件」


 手足が切断されて発見された死体は、二度メディアを賑わせた。

 潤の引っ越して来るより前の話だが、無差別殺人かと報道された経緯は、新入生への説明会で聞き及んでいる。

 警察発表では病死の扱いで、死亡後に遺体を損壊した者がいると疑われた。

 殺人鬼よりはマシでも、これはこれで人々の不安を駆り立てる事件である。


「実際に見つかったバラバラ死体は三人。一人は報道されずに済んだよ」

「……その三人がジョルターだと?」

「ハッシュジョルターだ。衝撃切断で自分の身体を切った。ジョルト球が小さ過ぎると、そうなる」


 死人から聴取は出来ないとは言え、これが望んだ結果でないことは明らかだ。

 一人はハッシュジョルトの発動を自分では抑えられず、電柱やブロック塀を傷付けて回った挙げ句に、自身の手足を切り飛ばして死亡した。

 アパートの自室で、えぐられた壁面や家具の残骸に埋もれていた死亡者もいる。どの現場も、ジョルターでしか為し得ない疵跡だらけだった。


 発症者の末路を改めて聞いた潤は、自分の将来を想像して黙り込む。

 そんな彼から、矢知が一歩後退あとずさった。


「時間差射撃用意!」


 二人を遠巻きにしていた対策班の面々が、手に持つ武器を潤へ向ける。


「待てよ! 攻撃は止めたんじゃないのかよ」

「誰がそんなことを言った。歩く爆弾になる前に、また拘束させてもらう」


 振り出しに戻っては堪らないと、潤は彼らを宥めるセリフに頭を絞った。

 咄嗟に目に付いたのが、矢知の握る球だ。


「それっ、その球はくっつくヤツだろ? 自分で使う!」

「これは粘着球じゃなくて、麻酔用だ。自分から投降する気になったか?」

「能力が暴走しそうなら、自分で球を使う。貸してくれ」


 症状が悪化するまで待つべき。血塗れで激痛にのたうつくらいなら、昏睡した方が楽。促進剤を打たせたのは矢知ではないか――。

 捲し立てる潤の訴えを聞き流していた矢知も、「治療できるかもしれないのに諦めるのか」と言われて、僅かに眉を動かした。


「諦めたんじゃない。犠牲を生まないための緊急措置だ」

「俺だって犠牲者だ、間島だってそう。彼女を助けに行くんだろ?」

「間島にご執心だな」

「ジョルターが必要になる。さっきの敵だって、ジョルターだったじゃないか。俺を使えよ!」


 潤の言葉のどれに反応したのかは分からない。

 難しい顔はそのままに、しかし、矢知は部下に待機を命じる。


「巻月潤、か……。緑球グリーンシェルを取ってこい」

「はいっ、試作品ですね」


 佐々井が対策棟の中へ走り、暫くしてアルミケースを提げて戻った。

 ケースの中から、麻酔球よりもずっと小さな球を取り出し、矢知は潤の足元へ転がして渡す。

 地球儀の経線のように球には何本もの刻みが入り、頂点にボタンが一つ付いていた。


「そのボタンを強く押し込んでから衝撃を与えると、球が破裂して麻痺液が放出される」

「麻酔じゃなくて?」

「もっと強力だ。効果範囲は狭いから、体の近くで割れ」

「自殺用かよ」

「ジョルターなら死にはせん。うっかり起動するなよ」


 麻酔弾より効果の高い武装として、最初に作られたのは毒弾である。

 それを応用して、腕輪型のガスリングが考案されたものの、装着させたい対象者が少ないために製作は後回しとなった。

 取り敢えず試作したのが緑球グリーンシェルで、毒液は空気に触れるとガス化する。

 拡散性は低く、滞留して対象に吸わせることを狙ったものだ。


 ジョルターなら死なないとは嘘もよいところであるが、そんな危険物を渡そうというのだから、矢知にしては大幅な譲歩と言えよう。

 いざとなれば自ら球を使用すること、独り逃げ出そうとしないこと、この二点が拘束を保留する条件だった。


「それでいいよ。また牢屋行きなんて真っ平だ」

「じゃあ、早速働いてもらおう。ついて来い」


 部下たちには各所の現状確認と、敷地内周の警戒を指示して、矢知は中央棟へと歩き出した。

 銃声も破壊音も聞こえず、研究所はいつもの静寂を取り戻している。今も噴き続ける水の撥ねる音を除けば、だが。


 敵は全員が撤収したと推測されたものの、万一を考えて、矢知は銃を構えたまま遮蔽物を辿って進む。

 中央棟まで注意を引くような物は無く、玄関の穴から矢知と潤が、そして数秒遅れて岩見津が中に入った。


 無人の受付けを通り過ぎて階段を上がると、粉砕されて枠だけのガラスドアが現れる。

 中央管理室は、この扉の向こうだ。

 ジャリジャリと破片を踏んで廊下を進んだ矢知は、やはりロック部分が破壊された管理室のドアを開けた。


 室内にいたのは一人、怯え切った女性職員が隅で膝を抱えて座る。

 敵が侵入した時点ではもう一人、上役の男性職員がおり、緊急閉鎖を発令したのもその男だ。

 彼は部屋の中央で仰向けに転がり、閉じない目で天井を見つめていた。

 口が利ける方の職員に近寄った矢知は、彼女に声を掛けて自分に向かせる。


「おいっ、何があったか話せ」

「わ、分かりません。部長が閉鎖を発動したら、黒ずくめの男が……ドアを強引に開けて……」

「部長は何で殺された?」

「男に掴み掛かったんです。そしたら、いきなり爆発が起きて……!」


 動転する彼女から、筋道だった話を聞き出すには骨が折れた。

 何とかこの朝からの経緯を把握出来たのは、ほとんど尋問に近いやり取りを五分以上続けた後である。

 緊急閉鎖システムが、いつ構築されたかはともかく、荻坂がその起動を管理部長に託したのは今朝のことだった。

 三重の認証を解除してから施設を出たと言うのだから、敵の襲撃を知っていたと断言していい。


 システムは不可逆、つまり一度発動してしまうと管理室からも解除は出来ない。

 研究系の四棟では扉が閉じ、データは一斉に消去される。

 特に研究棟三階にあるメインサーバーには発火装着まで仕込まれていたらしく、年単位で積み重ねてきた成果は、それこそ物理的に葬り去られた。

 矢知の推理は正しく、所長は二度とここに戻って来ないだろう。

 莫大な資金が投入されたはずの研究所を、荻坂は放棄したのだった。


 敵は閉鎖システムを停止させるために管理室に乗り込んだところ、管理部長と押し問答となる。

 銃で脅されようが部長が解除できるものではなく、諦めた敵は自分たちで管理端末を操作し始めた。

 その隙に、部長は反撃に出る。

 テーブルの裏側に隠していたスタンガンを敵の一人に突き付けたが、床に吹っ飛んだのは部長の方だった。

 敗因は、侵入者がジョルターであったこと。但し、死因は胸への二発の銃弾だ。

 抵抗する者を射殺するのに、躊躇わない敵だと分かる。


「データの消去を止められず、反撃もされて敵は一旦退いた。だが、すぐに帰ってくるだろう」

「また来るんですか!」

「今でも包囲中だと思うぞ。増援を得て、再突入ってとこだ」

「そんな……私はどうしたら?」

「逃げたければ、早い方がいい。今なら外へ出られるかもな。検問でもされたら、諦めろ」


 白い顔で立ち上がった職員は、死体が視界に入らないように壁を伝って動き出した。

 いくらも進まない内に、矢知が彼女を呼び止める。


「ちょっと待て。いくら所長は逃げたと言っても、緊急の連絡手段はあるよな?」

「……外部への回線も封鎖しましたし、携帯の電波も入らないし」

「まさかそれも閉鎖のせいか? いや、それはともかく、緊急・・時の場合はどうなんだ。報告する手筈は?」


 知らない、私の仕事ではないと言う彼女の目は、入り口近くの壁にもたれて眺めていた潤でも分かるくらい明白あからさまに泳いでいた。

 矢知は腕を上げて彼女の進路を阻み、語気強く質問を繰り返す。


「連絡方法は?」

「本当に知りません。銃を向けないでください! 早く逃げないと」

「まあ、撃つ気は無い。俺はな・・・

「なら、通して――」

「あいつを見ろ」


 潤はジーンズのポケットに押し込んだ緑球が気になり、適当な位置を定めようと四苦八苦していた。

 突然、話を振られた彼は、何事かと居心地悪く居住まいを正す。


「この男は、発症者だ」

「え?」

「第四症例まで進行してる」

「そんっ……なんで拘束しないんですか!」

「出来るかよ、第四だぞ」


 矢知が小さく顎を振って壁を指し、潤に無言で訴えた。

 何をさせたいかは、彼にも理解できたが、あんまりだとも思う。ついさっきまで、ジョルターの危険性を力説していた男がすることだろうか。

 愚痴りたいのを我慢しつつ、潤は管理室の壁へ軽いジョルトを放った。

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