12. 半径二十メートル

 穴から外へ出た潤は、先を走って逃げる四人を見て銃を構える。


「止まれっ!」


 素人丸出しの射撃フォームでは、男たちに警戒させることもあたわず、平然と一人から撃ち返された。

 バックジョルトがシャッターの成れの果てを揺らし、砂埃が舞い上がる。その衝撃が敵に及ぶには、もう距離が遠かった。

 背後で「うおっ」と叫んだのは、外に踏み出たばかりの矢知だ。

 態勢を立て直した彼は、潤から銃を奪う。


「安全装置くらい外せ!」


 三発連射された弾は、どれも的を外してしまった。

 少なくとも一発は敵の背中をまともに捉らえていたはずだが、衝撃波が軌道を曲げ、事もなげに男たちは走り去る。


「くそっ、弾きやがった。第二症例にしちゃあ、相当強力だな」


 シャッターから出たばかりの岩見津も、弾丸無効のジョルトを目撃した。

 一度外へ出ておきながら、また中へ引っ込もうとした彼だったが、しっかり矢知に見咎められた。 


「こらっ! 戻る奴があるか、追うぞ!」

「ええっ、ボクもですか?」


 露骨に嫌そうな表情を浮かべ、岩見津は渋々前へ進み出る。

 いくらでも拒否出来そうなものを、生真面目な性格が災いしているようだ。


 敷地の奥へ進む敵を見失わないようにと、潤はもう走り始めていた。

 病院棟からの道路は、中央棟の前を通って対策棟へ伸びる緩いカーブである。

 中央棟の玄関にも大穴が空き、その穴を空けた当人であろう二人が、退却する集団に合流した。


 これで一団は六人、たまに牽制射撃を放ちつつ、敵は対策棟へと退いて行く。

 左腕を押さえているのが脱臼した敵、無線器を耳に当てているのはこの中のリーダークラスだろう。


 対策棟からは散発的な銃声が響き、未だ交戦中であると分かる。

 敵側は歩道に植えられたイチョウや自動車を遮蔽物にして、棟を囲むように散開しているようだった。

 植え込みや樹の影から襲撃者の仲間が現れ、数を増やしながら移動を続ける。


 彼らの目標地点は、対策棟ガレージの入り口、その前に在る青い輸送車だ。

 車庫に入らず、道の向かいに停められた大型車輌は、格好のバリケード代わりとして敵に使われていた。

 後ろから走ってきた潤にすれば、棟に立て篭もる隊員と敵を挟み撃ちにする形になる。


 合流して十五人ほどに膨らんだ集団を前に、彼は足を止めた。

 この人数でも自分は通用するのか、そんな疑問が湧くものの、男たちがこちらへ向いたのを見て意を固める。

 全部弾いてやるとばかりに、再び敢然と駆け出した彼の肘を、背後から矢知の手が掴んだ。


「伏せろ!」

「うわっ」


 腕を引っ張られて、潤は真横に倒れ込む。弱い衝撃波がクッションとなり、ふわりと着地した身体に怪我は無い。

 一方、矢知はバランスを崩されて、肩から地面に転がった。

 ちょうど植え込みに隠れる形になった二人へ、銃弾がバラバラと景気良く撒かれ、木の葉の破片が降り懸かる。


「突撃すりゃいいんじゃなかったのか?」

「やりたきゃ止めん。ただ、あれは機関拳銃だ。ジョルターでもさばき切れんぞ」


 銃の下部に付いた前後二本のグリップを、両手で握る射撃姿勢。

 これはハンドガンではなく、拳銃弾を連射するサブマシンガンであると、矢知は一目で見分けた。


 ガスや電流といった滞留型の攻撃を受けた場合と、危険である理屈は同じだ。

 ジョルト直後にタイミング良く弾が届いてしまうと、その弾には能力が発動せず撃ち抜かれてしまう。

 強力なバックジョルトであっても、どれくらいの頻度で発動できるのか、連発された弾をまとめて無効にできるものなのかと、不明な点が多過ぎる。

 ただでさえ第三症例の実例が少ない上に、マシンガンで攻撃するような実験などされた試しは無い。


「じゃあ、どうすんだよ。衝撃波をあそこまで撃つとか?」

「二十メートルは離れてる。そんな遠距離まで届くジョルトなんて、知らんな」


 身体の一部を中心にして、球形に広がるのがジョルトの衝撃だ。砲弾のように飛ばすことは、潤と言えど無理だろう。


「やってみる」

「ん? 何をだ」

「集中すりゃ、デカくなるかも。待避しててくれ」

「ジョルト範囲を広げるつもりか」


 本当に半径二十メートルのジョルト円が発生するとなると、その衝撃も桁が違っておかしくない。

 実現性には半信半疑でも、矢知は潤から離れようと低い姿勢を保って走り出した。


 十メートルくらい後戻りしたところで、匍匐前進する岩見津を立たせ、さっさと退避させるべく急き立てる。

 二人が充分に距離を取ったのを確認した潤は、葉の間から見える集団を見据えた。


 を広げ、遠くの敵を巻き込むイメージを浮かべる。

 手を掲げたりせず、這うような姿勢のまま、高まる力を蓄えることに努めた。


 ――撃つんじゃない。溜めきって、あふれさせるんだ。


 ツツジらしき目の前の葉が、二重三重に像を増やす。

 促進剤のおかげであろう、ブレが激しくなっても、意識が濁ったり頭痛が起きたりはしない。

 全身の血管を締め付ける緊張とも無縁で、指先から血が噴き出すこともなかった。


 潤を別方向から突こうと、敵の集団から三人が左へ駆け出す。

 このままだと遮蔽物の無い、無防備な側面に回り込まれてしまうが、彼は意に介さず集中を継続した。


 ――ジョルトが発生したら、どいつも範囲内だ。好きにすりゃいいさ。


 狙うのは効果の拡大でも、やることはバネを縮める作業に近い。

 反発し、直ぐにでも弾けそうな力を、無理矢理に押さえ付けていく。小さく、より濃密に。


 その結果は、目に見える形で現れた。

 多重だった葉の輪郭は焦点が合い、葉脈までくっきりと判別できる。

 力を溜め込むほどに、ブレの収束が先へ進む。

 植え込みの向こうに伸びるアスファルトの道路、排水抗の茶色い蓋、どれももう正確な姿に戻った。

 未だかすむのは対策棟の建物、空に浮かぶ雲。潤はこれが範囲だと、直感で悟る。


 後方の矢知からは、まるで逆に観測された。

 潤が起こしていた初期震動が、彼を中心にして周囲に波及していくのだ。

 地面が、植え込みが、外灯が、全てが細かく揺れて見える。


「これはヤバい。もっと離れるぞ!」

「は、はいっ」


 三十メートルくらいでは、とても安心できないと、矢知と岩見津は走り逃げた。

 当然、この現象は敵の目にも入る。ただ、よく訓練された自制心が、本能から来る恐怖を抑えた。

 揺れの原因を見極め、敵の動向を確認する、そのために注視した一瞬が致命的な遅れを招く。


 持ち場を離れることを決断して、退却の号令が掛かった時、潤の作った範囲円は一気に敵集団へ到達した。

 端にいた機関拳銃を持つ男が、揺れの根源目掛けて掃射する。

 その銃を支える左腕、正確には左手首が円の境界線だった。


 力が解き放たれる。

 潤は自分を縛っていたかせから、勢いよく手を離した。


 分厚い氷に亀裂が走った時の破砕音が、皆の鼓膜をつんざく。

 空間が割れるキンと澄んだ響きが行き渡ると、そこへ地鳴りの重低音が被さった。


 衝撃が発生したのは、範囲円の中央ではなく、外縁部からだ。

 全方位に広がったジョルトの圧力が、イチョウをへし曲げ、対策棟の窓ガラスを叩き割った。

 輸送車ごと薙ぎ倒された男たちへ、外壁から落ちたタイルの破片が降り注ぐ。


 撤退した者が合流し、一所に寄り集まっていた敵は、この衝撃を受けて連鎖ジョルトを引き起こした。

 ピンポールと化して弾かれた男たちの戦闘力は、打撲と骨折で半壊する。

 退却が叫ばれる中、まだダメージの少なかった者は呻く仲間に肩を貸し、また或る者は小銃を撃って牽制に努めた。


 地面に残されたのは、大きな真円の刻みである。

 バターにナイフを入れて切り回したように、細いラインが道路を、歩道の縁石をスッパリと切断していた。


 線上にあった樹木の枝は、断ち切られて地に落ちる。

 切断線の一部からは水が湧き出しており、直ぐに噴水となって高く噴き上がった。

 円に沿って水が広がると、電気がショートする火花まで発生する。


 結界にも見える円は、正しくは球形だ。

 潤が生んだのはジョルト球であり、地中の水道管と電線をも寸断した。


 一撃でボロボロにされながらも、黒い男たちはかなりの手際良さで退却を図る。

 潤が水の壁を抜け、先ほどまで敵が陣取っていた場所へ走り寄った時には、既に機関拳銃の弾が届かない距離にまで離れていた。


 敵の退却を見て、対策棟から隊員が顔を見せる。

 ジョルト球の衝撃が凄まじく、まだ外に出ようと言うほど安心していないようだ。

 潤の姿を認めた彼らは、先よりも警戒を強め、一斉にネットランチャーや麻酔銃を構えた。


 背後から歩いてくる矢知を見て、隊員たちはようやく武器を下ろし、潤も一息つける。

 振り返った彼は、近付く隊長へ得意げに成果を誇った。


「ほら、バッチリだろ。みんな逃げてったぜ」

「機関拳銃も真っ二つか」


 膝を折った矢知は、ジョルトライン上に転がる銃の残骸を拾った。

 弾室の真ん中で断たれた銃には、トリガーより後ろが存在しない。前グリップを左手が握ったままで、その手首も綺麗な切断面を晒していた。

 いきなり異物を見せ付けられて顔を強張らせた潤へ、矢知は冷ややかに礼を言う。


「よくやった。これでお前も、晴れて第四症例者だな」

「第四?」

衝撃切断ハッシュジョルトだよ。こんな巨大な切断は、記録にも無いが」

「俺が切ったのか……」


 衝撃切断は、使用者を含む・・全ての物体を切り刻む。

 そこに例外は無く、ジョルト球に触れたが最後、超硬度の金属であろうが一刀両断だ。

 込み上げてきた胃液を必死で飲み下し、潤は軽口で気分の悪さを誤魔化した。


「まあ、取り扱い注意の力だよな」

「そうだ。制御出来ないのなら、ここで始末を付ける」


 単なる脅しでないことは、矢知の眼の真剣さが物語る。

 右手に持つ銃口が、ゆっくりと上がった。

 左手に握られるのは、対ジョルターの麻酔球である。ここからの潤の様子次第で、彼は決死の相打ちに持ち込む気だった。

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