第44話 マリーの解決法

浴室から寝室に移動したマリーは、部屋に入るなり【消臭】の魔法を放つ。部屋の中のニオイ成分がすべて無くなり、部屋は完全な無臭となる。


部屋の中央にはマリーのベッドがあり、上にあったマットレスは部屋の外へ運び出されていた。残されていたのはベッドの木枠と、その中にすっぽりと収まっている三体の死体であった。手足のないチルトンの遺体はまだ新しかったが、身体のあちこちがナイフで切り取られた跡が残っていた。足がないのは貴族のマーティン・チャールズの遺体だった。かなり傷んでおり、傷の有無は分からなかった。残りの一つがバーニーだろう。もはや黒ずんだ肉塊となっていて人かどうかもわからなかった。


マリーは三体の死体の前に立つと、体内で圧縮した魔力を三つの死体に注ぎ込む。魔力は人の形を取って白く輝いている。


「い…いったい…何をしようというのだ?」

ジャック警視がうめくように尋ねるが、マリーは答えない。かなり繊細に魔力をコントロールする必要があり会話をしている場合ではなかったのだ。その隣ではクラリスが胸の前で手のひらを合わせて祈りのポーズを取っている。クラリスはマリーの魔法が何かわからなかったが、ヤバイものだとは直感的に感じていた。今、必死でアマン神に祈りを捧げ神託が下るのを待っているが、まったく返信が来ない。


マリーはどんどんと魔力を注ぎ込む。手や足を失っているチルトンやマーティンの遺体を包む魔力の光は、ちゃんと失くした手足も形作られていた。マリーと三体の遺体の間に三本の魔力の線が出来上がる。


白く光り輝く三本の線はしなやかな紐のように揺れ動きながらマリーの魔力を送り続ける。送られた魔力は白い人の形を濃厚にしていく。白く輝く光は徐々に落ち着き、物質としての質感を放ち始める。ナイフで切り取られていた穴は埋まり、喪ったはずの手足は生えていた。黒ずんで腐っていた身体は白く滑らかな肌を取り戻している。光が収まると、そこにはまるで生きているかのような生前の三人が横たわっていた。


「な…!何が起こっているんだ?し…死体を修復したとて死んでいるんだぞ?」

独り言のようにジャック警視はつぶやく。ジャック警視が見ても三人ともに生きているかのように見えた。


クラリスは必死で祈っているがアマン神は応えない。祈りは通じているのだが、アマン神にもマリーが何をしているのかわからないために答えようがなかったのだ。


マリーは左腕で三人を指さして小さな声で言った。

【そ・せ・い】


カッと白い稲妻が指から走る。三人の心臓部を雷は直撃し、三人の身体がびくんっと跳ねた。三体は筋肉が収縮するのか四肢を身体にゆっくりと引き寄せる。


「あ、あれ~?思ってたのと違うなあ」

マリーはぼつりと言葉を漏らすと、三人に再び雷を直撃させた。


途端に、チルトンの死体がごほっごほっと咳をした。動き出したチルトンは寝転んだまま、頭を手で抑えながらぼんやりとしている。残りの二人は白目を剥いたまま口から泡が吹き出していた。


「やべえ」

ぼそっとマリーは言いながら、二人に触れてもう一度魔力を流し込んだ。二人の身体が再び白い光に包み込まれる。横ではチルトンがゴホゴホと咳をして最後には口から巨大な黒いゼリーのような血の塊を吐き出している。


マリーが触れている二人の輝きが収まると、二人とも安らかな顔に戻っていた。再びマリーは【蘇生】と呟きながら雷を落とすと、二人ともごほごほとむせながら動き出したのだった。


ジャック警視は自分が見ているものが信じられなかった。腐乱死体だったものが生き返っているのである。口を閉じるのも忘れ、あんぐりとした表情で動く三体の元死体を凝視していた。


一方で三人が生き返ったことに気がついたクラリスは超焦っていた。このままでは自分の犯行がバレる。慌てた彼女は咄嗟にアマン神から貰った魔法を放ってしまった。

「マリーあぶなーーーい!!」

辛うじて、マリーを守るため、という言い訳のためにマリーを突き飛ばして、寝転ぶ三人に【空間断絶】の魔法を放ったのだった。クラリスが出せる【空間断絶】は容量が少ない。クラリス二人分ぐらいしかないのだ、容量が。


マーティンやチルトンの手足がないのは【空間断絶】の容量不足が原因だった。小柄なバーニーは問題なかったが、大柄な男だとはみ出た分が切断されてしまった。この魔法を使うと断絶した空間の中で何が起こっているか外からは見えない。本来はひと目がある場所での誘拐を想定して渡された魔法だったが、クラリスはアマン神の命令だからこの魔法を必ず使わなければいけないと誤解していた。なのでクラリスは男たちを拐う時には何気なく男たちに近づいて【空間断絶】をかけ、アマン神から授かった空間ポーチに生きたまま人を入れて誘拐していたのだった。


クラリスが放つ【空間断絶】が三人を包む。少ない容量は三人を包めず、頭部を中心として上半身だけを断絶しようとしていた。クラリスは頭部が無ければ流石に生き返らすことなどできないだろうと思ったのだ。だが、クラリスの放った魔法が完成することはなかった。三人の身体を切り取ろうとした魔法は、その肌に触れた瞬間に霧散した。マリーの魔力をアホほど送り込まれた肉体はもはや人間のものよりはるかに強度が上がっていたのだった。


「何すんのよクラリス!」

突き飛ばされたマリーは死体を包んでいた布の山に頭から突っ込んでいた。匂いは無いとはいえ、死体からでた腐った液体は残っているのだ。マリーは全身に赤黒い体液を浴びて激怒していた。


「それに今この三人に何かしたでしょ!!?」

「ち…違うわ!マリーが襲われるんじゃないかと思って!!」

「私が生き返らせたのに、私を襲うわけ無いでしょ!バカじゃないの!?」


さらに問い詰めようとした時、ドアの向こうにいたらしいミーシャが奇声を上げて飛び込んできた。

「キィィィエエエエエエエエッッッッッ!!!!」


ミーシャはいつも微笑んでいるお姉さんだった。優しく、仕事をばりばりこなすかっこいいお姉さんだった。そのミーシャが、がに股でパンツ丸出しで空中に浮いていた。血走った目を見開き、手には長い剣を振りかざしている。一瞬でマリーはそこまで確認して、ふと思い出した。父の話を。


ある時、アーサーが自分の悲しかった思い出をしてくれた。

誤解があり襲ってきた冒険者と友人になった時の話だった。エロンというその冒険者を父は無力化したが話すうちに友情が芽生えたそうであった。男の友情は一瞬でできるからね、と父は笑いながら話していた。

その冒険者の無力化を解こうとしたとき、仲間の冒険者が誤解から父を攻撃し、それに被弾してエロンは亡くなったらしい。すごく辛い思い出だったらしく、父は詰まりながら少しづつその話をしてくれた。


そして、その時に学んだのが『ヤバイと思ったらとりあえず無力化しとけ』ということだった。これは【エロンの教訓】だから覚えておけよ、そう言って一つの魔法を教えてくれたのだった。


マリーはその魔法の名前は忘れてしまったが魔法自体は覚えていた。簡単な火魔法だったからだ。マリーはミーシャとクラリスの脳内に極小の火を出現させた。マリーはこの魔法を【エロンの教訓】と呼ぶことにした。


【エロンの教訓】を脳内に受けた二人は即座に脱力した。立っていたクラリスは頭から床に倒れ、地面を蹴ってマリーに斬りかかっていたミーシャは空中で剣を落とし、受け身も取らずに顔面から床に落ちた。


次に【治癒】を少しだけ二人に当てて、喋れるようにだけしておく。これも父に教わったことだった。脳と脊髄を焼き切ると下半身の筋肉がすべて動かなくなるため呼吸が止まり数分で死んでしまうらしい。我が父ながら何という変な魔法を開発したのか意味不明であった。


だが、マリーは初めて実戦で使った【エロンの教訓】の成果に驚いていた。なるほど、これは使える魔法であった。こうして外法な戦法が親から子へと受け継がれたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る