第43話 第四の被害者

捜査を初めたマリーは意外にもまともな手法を取っていた。警察官が作った調書を読み、目撃者や第一発見者に現場の話を聞きに回った。ジャック警視はマリーの動向を部下に監視させていたが、特に奇抜な行動をしないマリーに好意的な視線を向けていた。


「自信満々に『解決する』と宣言するものだから何か無茶でもするのかと思ったがな」

「いえ、マリー様は『現場百回ですよ』と言いながら聞き込みに回っていますね」

そう返すジャック警視の部下は、マリーの言葉が気に入ったようで「現場百回、いやあこれ真実ですよ」とえらく感銘を受けている。


さて、マリーだったが、彼女がまともな捜査などするわけがなかった。いや、これはアーサー直伝の手法である。ダンジョン都市【バラド・アジャナ】では高い民度のため滅多に犯罪が起きなかったが、人種と種族の坩堝である周辺都市【ハウル・アジャナ】では殺人や強盗などがよく起きた。警察が優秀なためほとんどの事件が数日で解決されたが、中には逃げ延びる犯人もいた。そんな時、警察はアーサーに捜査を依頼していたのだった。


アーサーは目撃者と関係者を一列に並ばせると、【催眠】と【鑑定】を同時に使っていく。アーサーは【催眠】で意識を混濁させ、【鑑定】でこの事件に関係しているを確認していく。通り魔などの無差別に起きる事件以外はこの手法によりほぼ解決された。マリーはそれを横で見ていたため、今回も似たようなことをしたのである。


マリーが使ったのは【催眠】と【記憶操作】であった。【催眠】で意識を混濁させ。【記憶操作】により他人の記憶を覗き見ていたのだ。【記憶操作】は脳を手でいじられるような不快感を持つ魔法だったが、【催眠】の効果により、隣で見ていても普通に会話しているようにしか見えなかった。


記憶を覗いた中には何人か女装趣味の男がいたし、縄で縛られるのが好きなマゾな女もいた。人って見た目じゃわからないなあ、とマリーは思ったが、事件には何の関係もなかった。その結果、新しい発見はなかったが、マラコイやハルが関与している証拠も見つからなかった。やはり腐っても兄と姉である。腐っても。庇ってはいたが、マリーとてあの二人が変な事件を絶対に起こさないとは確信が持ててなかったのだ。


この調査でマリーは確信した。あの二人は関係ないことを。

丁度、夕日が落ち、夜が始まろうとしている。お腹が減ったマリーはご飯を食べることにした。前から目を付けていた店があったのだ。牛肉を炭火で焼いて食べるその店はいつも行列が出来ており、並ぶのが嫌いなハル達と一緒ではなかなか行けなかったのだ。団体客ばかりの中でひとり列に並び、四人席に通され一人で肉を焼いた。肉はどれも厚切りで片面だけ細かく包丁の切れ目が入れられていた。ほどよく脂が乗った肉は歯ごたえがあり、口いっぱいに広がる肉の香りでマリーは幸せな気分になった。


食後はくし切りにされたレモンにかぶり付き、脂っぽい口の中をさっぱりさせた。調査の終了まであと二日もある。父仕込みの捜査方法はもう種切れだったが、まあ何とかなるだろうとマリーは思った。


お腹いっぱいのマリーは鼻歌を歌いながら部屋に戻った。部屋のドアを開けると、リビングの真ん中に男の死体が転がっていた。それは手足をすべて切り落とされ、首もない男の死体だった。服を着ていない裸の死体だったため男の局部が見えていた。


「おぉぉおおおおおぅ??!?!??!?!!!」

変な声を上げながら思わずマリーは後ずさった。


「どうしました!?」

宿舎の角から二人の男が飛び出してくる。マリーの動向を見張っていたジャック警視の部下たちだった。


マリーは部屋の中を指して男たちに中に入ってもらう。

「なにこれ?なによこれは?私じゃないですよ、これやったの私じゃないですからね!?」

「わかってますよマリー様。落ち着いて。警官を呼びますから落ち着きましょう」

そう言うともう一人の男が走って出ていった。


**


マリーの寝室に集まった警官たちからどよめきが起きる。

鑑識に集まった警官たちが部屋を確認する中で、マリーのベッドの下から三体の死体が出てきたところだったのだ。


マリーは廊下に座り込んでいて、警官たちがあげるどよめきの声に不安そうに顔をあげる。

「大丈夫ですよ、マリー様。このクラリスが何があってもお守りしますからね」

肩を抱きながらクラリスはマリーを励ますのだった。


クラリスはようやくアマン神の指示通りに事を運ぶことができて達成感でいっぱいだった。そして眼の前で落ち込むマリーを見るのも爽快であった。


アマン神からの神託は、人外であるハルやマラコイと性的関係を持った人間の抹殺、そしてその罪をマリー達に着せてこの国から追い出すことだった。無理やりではあるが、死体がマリーの部屋から出た以上、関係がないとは言えないはずであった。


マリーの部屋から出てきたジャック警視が声をかける。

「マリー様、こちらへ」


呼ばれたマリーが自室の寝室へ入ると、ずらしたマットレスの下に三体の死体が並んでいた。布に包まれていたようで、切り裂かれた布の間から人間の肉体が見えた。遺体を包んでいた布には高度な密閉の効果が付与されていたらしく、その効果が切り裂かれ腐臭が漂っていた。そして、その腐った肉の臭いがマリーを直撃し、マリーは胃の中のものをすべて吐き出してしまった。慌てたジャック警視とクラリスに風呂場へ連れて行かれ、口をすすぎ呼吸を整える。そのまま風呂場でジャック警視が話す言葉を聞いた。


「マリー様、初めにお伝えしておきますが、昨日から先程まで私の手の者がマリー様をずっと監視しておりました。なので、リビングの死体の件はマリー様が実行されたことでないことは承知しております。」


「ですが、寝室の三体の遺体については庇うことができません。あれがあったことはご承知でしたか?」

マリーは弱った瞳で首を横に振る。

「ちょっとあなた、マリー様を疑っているのかしら?」

クラリスが横からマリーを庇うように割り込んでくる。


ジャック警視は自国の王女がいることに気付いていたが無視をしていた。絡んだら面倒になると思っていたのである。くそ、大人しくしていればいいものを、と心の中で毒づく。

「とんでもない、クラリス様。むしろ私達はマリー様が犯人ではないと確信しております。」

「私の親友が犯人なわけないじゃない!それは王女である私が保証します」


親友という言葉にマリーは伏せていた目を上げる。マリーの肩を抱きながらジャック警視を見上げながら強い口調で自分を守ってくれるクラリスの横顔に見惚れる。


「ですが、状況はマリー様にとって非常に不利です。」

そういうジャック警視にひとりの警官が寄っていき、耳元で何かを伝えた。ジャック警視の眉がぐっと歪む。


「間違いないのか?」

「はい、確定です。あちらの部屋で残された首と手足が出ました」

「ううむ…」


黙り込むジャック警視にクラリスが堪りかねて声をかけた。

「ちょっと、何があったの?」

「え‥ええ…。リビングの死体の身元が判明しまして…」

「何か問題でも?」

「ええ…あまりに予想外の方でしたので…」

「誰なのよ」

「ハリス学院長です。」


「ああ…、やはり…」

マリーが呟く。そうではないかと思ったのだ。マリーが知る限りではハリス博士もまたハルの夜のお友達だったのだから。ジャック警視がマリーのつぶやきに眉をひそめる。

「あの死体が誰かわかっていたのですか?」

「いえ、確信はなかったんです。ただ、ハルはハリス博士とも肉体関係を持っているようだったので、もしかしたら、と」

「なるほど、ハル氏の繋がりでしたか」


ジャック警視の額に汗が滲んでいる。湿気が濃いい浴室のせいなのか、学院長までが殺された四体の死体の発見場所が取引が始まったばかりの友好国の王女の部屋だったせいなのか。どうあってもこれは政治的な決着になるだろう、ジャック警視はそう判断した。


「マリー様、今夜はひとまず別室にてお休みを。警察の者をお部屋に置かせて下されば自由に過ごして頂いて大丈夫ですので」

「そうね、マリー様、私の部屋にお越しください。少し気を鎮められた方が良いですわ」

クラリスはそう言うと、マリーの肩を抱く手に力を入れて、立たせようとする。


その時、マリーは静かに激怒していた。

あんな臭い匂いを嗅がされたのは生まれて初めてだった。

自分の部屋に死体が放り込まれるのも初めてだった。

そして自分が寝ていたベッドの下に死体が転がっていたなんて、とんだ悪夢であった。


なんで私がこんな目にあわにゃあならんのか。

怒りの矛先は犯人に向かっている。


「ジャック警視、もうさっさと解決してしまいましょう!!」

「いや、だからそう簡単でないことはご自身でもお解りでしょう、マリー様」

「もうあなた達のやり方に付き合うのは嫌です。」

「じゃあどうやって解決するというのですか?!今は大人しくして下さい。決して悪いようにはしませんから」


ジャック警視はそう言うとマリーを立たせようと手を伸ばす。マリーは手を振り払い、クラリスが肩に回していた手をありがとう、と言いながら外して立ち上がる。


「もう面倒くさいから私がこの場で解決しますから!二人とも!付いてきて!!!!」

立ち上がったマリーは膨大な魔力を練り始めた。膨らんでは圧縮させている魔力がほんの少しだけマリーの身体から漏れ出ると、紫色の魔力の煙となってマリーの身体から立ち上る。マリーの黒髪が魔力の残滓でふわりと浮き上がっている。マリーは練り上げたその膨大な魔力を使って、いま思いついたある魔法を使おうとしているのだった。

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