第15話 マリア

マリアが蛇に襲われていたのは卵を盗んだせいだった。

あの蛇は【ナーガ】と呼ばれていてススキ原野に棲んでいるらしい。

猛毒を持ち噛まれると一週間ほどで身体中が黒くなって死ぬのだそうだ。


マリアには妹がおり、食事にナーガの毒を盛られたが、解毒薬となるナーガの卵が手に入らなかったから仕方なく自分が盗みに来たのだと言う。

マリアは貴族の娘だそうだが、誰も止めなかったのだろうか。

深い闇を感じてしまうのは俺だけだろうか。


妹のために急いで帰らねば、とマリアと俺は街道を必死で歩く。

俺の空間ポーチに入れれるものは全て入れ、ナーガの卵は生きているせいか入らなかったので俺が背負うことにした。


マリアは歩き旅に馴れていないようで苦しそうな顔をしているが、声をかけると「大丈夫です、ご心配をお掛けしてすいません」と気丈に振る舞う。

「すいませんが少し休憩を頂けますか」と言い出した時は両足ともにかかとの皮がずる向けになっていた。


「歩くのに必死で気が付くのが遅れてしまいました」と恥ずかしそうに笑うマリアだが、靴擦れの痛みに気付かないわけないのである。ええ娘である。


「なあマリア、俺は治癒魔法使えるから。いくらでも治してあげられるから言ってね」

あれ?妹の毒にも治癒魔法使ったらいいんじゃないの?と尋ねると、そんな高位の治癒ができる方は近辺にいないのです、という答えだった。


歩きながら火魔法の練習も兼ねて狩りをする。

炎を圧縮して出来た青い指輪が便利グッズだったのである。


指輪をはめた人差し指に魔力を集める。


火矢をイメージして遠くに見えるウサギに向けて発射する。

今までは、ぴゅーーっさくっという感じだっのに、シュッと音がした時にはウサギの頭を撃ち抜いていた。


今まで魔法は閉まった蛇口からちょろちょろと出る魔力を使っていた。

ところが、奴隷縛を解除したことで蛇口が全開になっている感覚があった。


魔力量の大小のコントロールになかなか慣れず苦労していたのだ。

指輪は俺のイメージを補正して魔力を調整してくれているようだった。


急ぎの旅だが、食事と休憩はしっかりと取った。

食事の度にマリアが簡単な料理をしてくれるが、どれも非常に美味かった。


「かなり早くペースで進めていると思います。これなら明日の昼過ぎには家に着けます」

マリアはそう言いながら晩飯を作ってくれていた。


日が沈むと真っ暗になる。

進むのは諦めて野営の準備を始めていた。


今日獲った野ウサギの肉を焼いている。

少し癖があるが美味い肉である。

通りがかりにあった畑で村人にお願いして余った肉と野菜を交換してもらっていた。


その野菜でマリアはスープを作ってくれる。

食事をしながらいろいろな話をした。

マリアは自分の顔が嫌いだという。

でもそこはしょうがないじゃない、と笑い飛ばす。


「そりゃあ美人に生まれたかったですよ。でもこの顔に生まれてしまったのです。悩んでる暇があれば誰かの役に立つことをしている方がましでしょうから。」


炎に照らされるマリアの顔は、下から照らされ、髑髏のように見えた。


マリアは食事が終わると疲れていたのかすぐ寝てしまった。


顔、か。マリアの顔は醜い。

だが、心は美しく高潔だ。

素晴らしい人間だと思う。


しかし、俺は彼女に恋愛感情は抱けないだろう。

まあ彼女のほうがお断りかもしれないが。

見た目を気にする俺の器の小ささもある。


だが、もし彼女がせめて普通の顔であれば。

それだけでもまったく違う人生になるはずである。

世界は残酷だ。

そして俺もその残酷の一部なのだと思う。

そんなことを考えているうちに夜は更けていく。


朝になり軽く食事を取り歩き出す。

マリアは道に生えている雑草の種類や飛ぶ鳥の種類を教えてくれる。

早足で歩きながら俺の話もした。

鉄板ネタの海老人拳も披露したら手を叩いて褒めてくれる。


昼頃には街に入った。

郊外に農村が広がり農家が建ち街の中心に近づくにつれ高い建物が増えていく。

城壁のない街で、辺りの治安が良いのだろう。


街の中心部に近い五階建てくらいのマンションにマリアは入っていく。

階段を登った先の最上階の一室に案内された。


「私の家なの」

清潔で居心地のよい部屋だった。

広いワンルームで、窓にはレースのカーテンがあり、花模様の刺繍があるソファがあり、奥にはベッドがある。


少し待っててと言ってマリアは出て行き、帰ってきたときには男物の洋服を持っていた。

そういえば俺の服装は適当な古着のシャツに短パンである。


俺がマリアの父に事情を説明したいとお願いしたところ、その格好では駄目だと着替えを用意してくれたのだ。


マリアには父に会わない方が良い、と止められたが高そうな車を潰した上に二人も死んでいるのだ。

何もしないわけにはいかないだろう。

用意してくれた服にさっと着替えてしまう。

身体にピッタリとした小奇麗なシャツとズボンに革の靴だった。


そういえば俺は無一文である。

ペニンナの孤児院に全額渡してしまった。

苦々しい気持ちが膨れ上がる。

(大うそつきのペニンナめ。死ななくても良かったのに)


マリアに服代を後払いでお願いすると快く了承してくれた。

本当は返さなくていいけど、約束してたらまた会いに来てくれるでしょ、と言いながら。


二人でマリアの実家へ向かう。

俺は背に蛇の卵を背負っている。


都心部にある広い庭付きの邸宅であった。

実家に着いたマリアは卵を持って家の奥へ消えていった。

俺は玄関横の小部屋で椅子に座って待っていた。


かなり待ってマリアが疲れた顔で顔を出す。

「ねえアーサー、最後の忠告だけど父に会わずに帰らない?」

ここまで来て帰れないでしょうと返すと、失礼なことを言うと思うけど許してね、と先に謝られた。


マリアに連れられ邸宅の二階に上がる。

大きなドアの部屋に入ると暖炉のある広い部屋だった。

壁の四方に本棚がありぎっしりと本が詰まっている。


大きな執務机に四十半ばの男がいた。

薄くなった金髪をオールバックに撫で付け、痩せてくぼんだ頬に黒縁のメガネ。

眼鏡の奥にはマリアによく似た細い目があった。


マリアを助けてくれたことは感謝する、と言ったあと、ネチネチと二人の従者が死んだ責任をお前は取るべきだ、ということを言われる。

まあ覚悟はしていたので嫌味を言われるたびに頭を下げる。


ずっとネチネチネチネチと同じ話を違う角度から責められ、いい加減謝るのもダルくなってきたところで、ようやく本題に入った。


所有地の山林にダンジョンらしきものがあるから潰してくれたら水に流す、という話だった。

近所の農民が連れ去られて困っているらしい。


想像していたより悪くない話である。

俺はダンジョンに行きたい。

彼はモンスターを滅ぼしたい。

これぞウィンウィンである。


二日後に出発することで無事に話がまとまると、案内兼見届け人として二人の従者の同行を無理やり認めさせられた。


マリアに顔合わせはお前がやれと指示した後、マリアの父は手に持つ万年筆で俺を指し、万年筆を入り口のドアの方へ動かした。


出ていけぐらい口で言えばーか、と思ったが神妙な顔は崩さなかった。


マリアに従者との顔合わせは出発の当日でお願いする。

邸宅の空き部屋でマリアとお茶を飲みながら少し話をして、二日後の朝にこの家の前集合にして別れた。


妹には無事に卵を渡せて恐らく毒は治る見込みだそうだ。

マリアは自分の部屋に泊まらせてくれるつもりだったが固辞した。


一人になりたかったのだ。


街を歩き雑貨屋に入りポーチから海老人の魔力玉を出す。

「これの買い取りってしてます?」

店員は魔力玉を手に載せ鑑定してるようである。

「こりゃあ驚くほど純度が高え魔石だなあ。いいぞ買おう。これぐらいでどうだ?」

金貨五枚を出してくる。


「あと四つあるけど、全部買ってくれよ」

魔石をポーチから出す。

もっと山ほどあるが金が必要になればまた売ればいい。

そう魔力玉じゃなくて魔石だよこれは。魔石。

無知は恥じゃない。


金貨二十五枚を握ってほくほくした気分で店を出た。


ダンジョンに行くなら装備を整えないと。

武器屋を探して歩く。

ふと目についた家の玄関に百合の花が一輪挿してある。


大きな夕日が空をオレンジに染めながら沈んでいった。

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