第14話 蛇と車

俺の目の前に、背の高いススキが生い茂る原野が広がっている。

街道は小高い丘の上を通り、俺の眼下のススキ原野の中を曲がりくねってはるか向こうの都市へと続いていた。


城塞都市を出たのはもう10日ほど前だろうか。

出たときには馬車や魔法で走る車のようなものまで走っていたが、ここ数日は田舎に来すぎたのか追い越したりすれ違う人に出会うことがなかった。


俺が足を止めたのはススキ原野の街道をこちらに向かって爆走してくる一台の大型の箱型の自走車両があったからだ。

貴族の乗り物らしきそれは、がしゅがしゅと白い蒸気を吐き出しながら、整備が整っていない荒れた路面をばいんばいんと跳ねながら猛スピードで走っている。


その後ろからは大量の蛇が追走している。一匹が人間の男ほどの銅を持つ大型の蛇が数百はいるだろう。

深緑色の鱗をぬらぬらと光らせながら自走車両を追う蛇ども。


俺は蛇が大嫌いだ。

(逃げよう)

心に決めると、街道を離れてススキ野を突っ切る。街道からできるだけ離れるよう急いで離脱する。

巨大な蛇の集団なんて相手にしたくない。


しばらく振り向きもせず走って逃げて背筋の鳥肌も収まった頃に立ち止まる。

街道からは十分に距離を取り、後は車両と蛇が通り過ぎるのを待つだけである。


ところが、自走車両は街道を外れ、俺がいる方にハンドルを切ったのである。

(ないないない!それはない!街道を走らんかい!なぜこっちに来るんだ!!)


蛇を引き連れた車両が迫ってくる。

慌てて進行方向と直角の方向へ全力で逃げ出す。

たまたま俺の方に来たのだとしたら、これで撒けるはずである。

案の定というか車両はまたハンドルを切って俺の後を追ってくる。


(なんなんだよ!あの車は!どっか行けよ!!!)

何度も角度を変えて逃げるが、車両はどこまでも着いてくる。

車両に乗っている人間が何か叫んでいる。

「助けてくれ~」


知らんがな、である。

なぜ俺があんな巨大な蛇と戦えると思ったのか問いただしたい。

どうせ俺を餌に時間稼ぎをしたいだけなんだろう。


ススキ野原をぐるぐると走り回った挙げ句、街道に戻ってしまった。

さらに悪いことにジグザグと逃げ回ったせいで、蛇の集団はバラけており、自然と俺と自走車両は蛇に囲まれることになってしまったのだった。


「ふざけるなよ!なぜ俺を巻き込むんだよ!」

車両のドアを叩きながらクレームをつける。


「ば、バルラーの予言で、困った事になったら旅人が助けてくれるって出てたから。あんたの事だと思ったんだ」

しゃがれた年寄りの声である。

「誰だよバルラーって!俺はな!蛇が!!大嫌いなんだぞ!!」


取り囲んだ蛇は俺たちを遠目に囲み、鎌首をもたげている。

全長4メートルはある蛇ばかりである。

俺は泣いた。気持ち悪すぎである。


全力で泣きながら火魔法を使う。

【奴隷縛】を自力で解除した後、火魔法の威力が上がった。

とにかく油断すると規模がアホみたいにでかくなるのだ。


生きる目的を見失ってもいたし、ちょっと自分探しの旅をしながらのんびりモンスターと戦って火魔法の練習しようかな、と思っていたのに。

涙で視界がぼやけて蛇が滲んで見える。


全力で魔力を正面に注ぎ込む。

巨大な玉をイメージする。

【着火】と叫ぶ。金切り声で裏返ってしまったがちゃんと発動した。


俺の正面5メートルあたりに直径10メートルはあろうか巨大な火の玉である。

思わず声が出る。

「熱ツツツツツううう!!!!」


熱風がやばい。咄嗟に玉を下がらせる。

あまりの高温に蛇は体内の血液が沸騰して爆発している。

パンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッ!


うへぇ、気持ち悪いよう。

あたりに蛇の肉片と焦げた匂いが充満する。


蛇たちは一斉に四方八方に逃走している。

面倒なので玉をゴロっと俺の周りを一周させる。


パパパパパパパパパパパパパパパパパパパンッ!


ごうごう炎が渦巻く直径10メートルの球体が蛇を巻き込むと爆散する。

するりと一周回った炎の玉は勢いを付けすぎた。

仕方なく2周・3周と周回させて止めるつもりである。


くるくると大きく俺の周囲を回る火の玉は、動いた円状に炎を残し外側の空気を吸い込み始める。

俺が違和感を感じた時には遅かった。


吸い込まれた空気はそのまま火の玉が主導する円の動きに巻き込まれ、俺を台風の目とした巨大な炎の竜巻となったのである。


(やばいやばいやばい!どうしようこの炎…)

横を見ると箱型の自走車両の中の人影は気絶しているようである。

熱風が俺をも巻き込み、竜巻はあっという間に頭上はるか上まで炎が吹き上がっているのである。


皮膚が焼ける。

文字通り熱風で焼けるのである。


台風の目にいるから直撃はしていないが、竜巻が動き出せば俺も即死である。

焦りながら全力で魔力を炎の竜巻に注ぎ込み、天上遥か上まで到達している炎をぐっと地上まで押し戻す。

それと同時に俺からできるだけ距離を取らせて遠ざけた。


とりあえずこれで熱風は回避できた。

全身に治療魔法をかける。

赤く焼けただれた皮膚が瞬間に再生する。

死ぬかと思った。

治癒魔法もバワーアップしていて本当に良かった。


周りを見ると、俺を中心として一円に黒焦げの大地が広がっている。

遠くのあたりに青く輝く炎の輪が見える。

ぐるっと360°全方向にある。

巨大な炎のフラフープである。

蛇は恐らくだが全滅だろう。生き残れるとは思えない規模である。


高速で回転しているようでヒンヒンと何か高い音がしている。

自走車両の中も気になるが、まずはこれを始末しなければ安心できない。


ぐっと力を込めて遠くを回転する炎の輪を空に持ち上げる。

バカでかい青い円環であった。

困った。どうしようこれ。


とりあえず小さくしてみようと、ぎゅうううっと圧縮してみる。

細く、小さくイメージした炎の輪はキィイイイイインとさらに高音を発しだす。

かといって、俺も止めるわけにいかない。

なんせどうしたら良いのかわからないのだから。


仕方なく力のままにできる限り圧縮しまくる。

頭上できゅううと縮んだ青い炎はなにかの限界を超えたようで手応えが無くなった。

ふっと軽くなった手応えに頭上をみると、目の前に何かが落ちた。


細く青い指輪である。

魔力石のように透明で中を青い炎が循環しているようだ。

熱いようで煙を発しているので放置する。


自走車両に近づくと鉄っぽい車両が少し溶けている。

ドアも溶けているようで、力ずくで剥がす。


車両の中は前が運転席で、後ろはバスのように向かい合わせに座るソファがあり、その真中で老齢の男と若い男が何かを守るように布の固まりに抱きついていた。

熱風から守ろうとしたのだろう男二人は死んでいて、二人を動かし、大量の布をどけると中から気絶して全身火傷の女が出てきた。大事そうに抱えているのは巨大な細長い卵である。


(これ、あの蛇の卵だよなあ)

女に治療魔法をかけてやる。

ごろんと転がった女の顔を見下ろす。


頬骨がぐっと出ており、一重の目はすっと切れ長に細い。

尖った顎に閉じた口から前歯が突出している。

(うむ、申し訳ないがブスだな。いや人は外見ではないのだが)


優しく肩を揺すって起こしてやる。

小さなうめき声をあげ、目覚めた女は二人の男の脈をとり、死亡していることを確認するとこちらを振り向いた。手には卵を抱いたままである。


「この度はご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございませんでした。」

取り乱すことなく深く頭を下げた女を見て俺は恥じた。

そう、二人が亡くなった原因は間違いなく俺にある。

「俺の方こそ扱いきれない魔法を発動してしまいお二人を巻き込んでしまったようです。申し訳ありません」


女は細い目に涙を浮かべながら答える。

「いえ、巻き込んだのは私達です。どっちにしろ逃げ切れず蛇に殺されていたでしょう。我が生命が残っただけでもありがたく感謝いたします」

驚くほどに気丈な女であった。


俺は罪悪感を感じた。

「でもこうなった責任は俺にありますから。目的地までお送りしましょうか?」

「ありがとうございます。貴方様には助けて頂いた上にご迷惑でしょうが、一人ではとても帰れるとも思えないのが正直なところです。歩きだと2日ほどかかるでしょうがよろしいでしょうか?」


俺は承諾して自己紹介をする。女はマリアと名乗った。

二人で男たちの遺品を整理し、亡骸を丁重に車両の中に並べた。後で家のものに迎えに来させるそうだ。

愛おしそうに二人の男の頭を撫で、マリアは行きましょうと強い意志を感じさせる口調で言った。


自走車両は【魔力車】と呼ばれるものらしいが、熱風で部品が溶けているらしく動かなかったのだ。

出発する前に、地面に落ちた青い指輪を思い出し拾いに行く。

熱は冷めているようで、慎重に確かめてから手に取るとほんのり温かい石のようであった。

炎を圧縮すると石になるとか意味がわからないが、出来てしまったものはしょうがない。


人差し指にはまるサイズだったので、左手に指輪をはめる。

車両の横で待っていたマリアは宜しくお願いいたします、と俺に改めて頭を下げる。

こちらこそ、と頭を下げる。


顔を上げると目が合ってお互いに少し笑顔になる。

マリアは笑顔になると目が糸のようになり、前歯がぐっと出た。

ぐう残念だが、人間は顔じゃない。心だぞ。

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