2-6.

 すっかり覇気のなくなった国枝を立たせ、手錠を掛ける権藤刑事の傍らで、春日原は、一同にぺこりとお辞儀した。

「お騒がせしました。警察の方なら手を貸さなくても大丈夫かとは思ったんですが、立ち回りに不向きな格好のようでしたので、つい」

「いえ、ありがとうございます。……春日原くん、何者なんですか」

タイトスカートにヒールのあるパンプスの飯島刑事は、まだ驚いた顔が戻らないまま、怖々訊ねた。

「便利屋ですよ。時々、ちょっとしたボディーガードみたいなこともやります」

答えになっているようでなっていない。飯島刑事は、頭が痛そうな顔をした。


*****


 翌日、すっかり雨も乾いて日差しが戻ってきた昼過ぎに、春日原が俺の家を訪ねてきた。

「昨日はおかげさまで、次の仕事にも間に合いました。歌ヶ江さん、ありがとうございました」

「……自分で言えば良かったのに……」

手土産まで差し出されては、追い返すわけにもいかない。この箱のロゴは、駅前の美味しいケーキ屋だ。

「前にも言ったじゃないですか。僕じゃ説得力が足りないんですよ」

勝手に湯を沸かし、今はテーブルにカップを並べて紅茶を淹れている。ヤカンではない丸いフォルムのポットは、以前春日原が勝手に持ち込んだものだ。俺よりも台所設備を使いこなしているのではないか。

「まあまあ。いろいろと聞きたいこともあるかと思いまして、今日はこうして立ち寄ったわけです」

俺の前にショートケーキ、自分の前にモンブランを置きながら、猫撫で声で言う。

「……それは、まあ……」

前回に続き、春日原はいつ、国枝に目星を付けたのか、だ。

「最初におかしいなと思ったのは、歌ヶ江さんに指摘していただいた通り、足元が汚れていなかったからでした。とは言えそれだけなら、捜査に協力させられるのが面倒で嘘をついた、ということも考えられましたが」

モンブランにフォークを刺しながら、春日原は続ける。

「二点目は、国枝さんがあまりにも『誰かが突き落とした』ことにこだわっていたように見えたことです。当時の状況なら、当初警察が考えていたように、誤って転落した、あるいは自ら飛び降りたと思う方の方が多いのではないでしょうか。おそらく、自分から落ちるように仕向けた後ろめたさから、『突き落とさないと人は落ちない』と強調したかったのだと思いますが」

結果的には、裏目に出てしまったわけだ。

「……なんで国枝は、あんな夕立の天気を選んだんだろう……」

きっと春日原のことだから、晴天だったとしても別のことで同じように気付いたとは思うのだが、足元にあからさまな嘘を残してしまうことは防げただろうに。

「雨が降ると非常階段が濡れて滑りやすくなることもありますが、一番は目撃者が減ることを見越して、だったんじゃないでしょうか。通る人が少なくなるのはもちろんのこと、表の工事も中断しますし」

伊崎がすぐに様子を見に来たことはもちろんだが、結局、決行した日に春日原がいたことが、国枝の最大の不運だった。

「他には、聞きたいことはありますか?」

「……どうして、何かを持って落ちたんだと思ったの」

ケーキを食べながらする話題ではないな、と思ったが、気になっていることは聞いておかねば寝付きが悪い。

「転落現場に、何も落ちていなかったと聞いたので。……携帯電話って便利すぎて、悪いことをするには邪魔なんですよね」

現場に落ちていたなら、真っ先に通話記録が調べられただろう。だが、それが鍵の掛かった部屋の中に平然と置かれていたなら、注意を逸らすことができる。

「家を訪ねて、お茶を出される程度の関係だったなら、電話番号も知っていた可能性が高いですが……。もしかすると、足が着かないような別の電話番号を、調達したのかもしれません」

「……そこまでして……」

相当恨んでいたことになる。まさか、少しだけ話していた騒音が原因なのだろうか。

「今となっては知る由もないので、ただの推測ですけどね」

そう言うと春日原は最後の一口を口に運び、紅茶も飲み干して、ごちそうさまでした、と手を合わせた。

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