一方通行

月環 時雨

一方通行

 艶々としたきれいな髪、美人の部類に入る顔、誰にでも優しい性格。

 それらの持ち主が、俺の好きな人である、大倉佳栄さんだ。

 歳も勤続年数も俺より2つ上の彼女に俺は恋をしていた。

 3年前のとある日、俺は大倉さんに告白をした。

 帰ろうとしていた大倉さんを呼び止めて、恥ずかしさと緊張で顔を真っ赤にしながら告白をしたのだ。

 返ってきた答えは、

「ありがとう。でもごめんね、好きな人がいるの」

 だった。

 俺はショックを受けた。

 しかしそのショックが、俺のやる気の種となったのだろう。

 その日以来俺は以前よりも仕事に精を出し、バリバリ働いた。

 そんな俺に大倉さんは言ったのだ。

「そんなに頑張らなくても、仕事は逃げないわよ? 今は忙しい時期じゃないし、人付き合いも大切にしなきゃ」

 と。

 我ながら単純だと思う。が、俺はそんな優しい言葉をかけてくれた大倉さんを、より一層好きになっていた。

 その時からだ。俺が大倉さんに猛アタックを始めたのは。

 どうしても振り返ってほしくて。

 その優しい笑顔を自分のものにしたくて。

 俺は大倉さんの仕事も手伝い、面白く話し、大倉さんに好かれる努力をした。

 そしてもう一度告白をした。

 だが、それに対する返事は変わらない。

「ごめんね。……私じゃなくても、いい人はたくさんいるよ」

 俺は二度失恋をしたのだ。

 あんなに頑張ったのに、どうして。

 それからというもの、俺は好かれる努力を放棄し、なりふり構わず告白をし続けた。

 大倉さんのことが好きなやつにはガンを飛ばし、脅しもした。

 そうやって、大倉さんに男ができないようにしていた。

 告白を始めて二年がたった時、二周年記念として、俺は大倉さんに花束を差し出して告白をした。

 だが、大倉さんは困ったように笑うと、花束を俺に押し返してきた。

「ねえ、ちょっとしつこいよ」

 という言葉とともに。

 俺はさすがに自分の言動を見直した。

 そして告白を一旦ストップし、もう一度好かれる努力をすることにした。

 内面については何も問題はないだろう。なにせこんなにも大倉さんを愛しているのだ。どこに嫌う理由がある?

 そう考えた俺は、最近少し太ってきていた身体をダイエットによりもとに体重に戻し、髪を整え、肌のケアをした。

 中々にいいルックスになったと思う。

 そして迎えた今日。

 初めて告白をした日から三年が経過していた。三周年というやつだ。

 そんなおめでたい日に行う、久しぶりの告白。

 俺は少し気合を入れた。

 いつもよりちょっとおしゃれなネクタイをつけて、少し早いかもしれないと思ったが、婚約指輪を用意して。

 大倉さんを帰りに食事へ誘った。

 大倉さんは始め嫌そうな顔をしていたが、俺の押しに負けて、付いてきてくれた。

 そんな大倉さんは今、俺の目の前でワインを飲んでいる。

「ねえ、大倉さん」

「何?」

「今日は、大切な、伝えたいことがあるんです」

 大倉さんがワインを置いて、俺に向き直った。

「そう。奇遇ね。私も話したいことがあるのよ」

 予想外の言葉に、俺は少し驚いた。

 そして期待をした。もしかしたら、俺のことが好きになったのかもしれないから。

「でも、そうね。君が先にどうぞ。私のは後の方が流れ的にもいいわ」

 大倉さんはそういって小さく笑った。

 俺はお言葉に甘えて、先に言わせてもらうことにする。

「大倉さん。俺はあなたのことが好きです。三年前、初めてあなたに告白をした日から、この気持ちが変わることはありませんでした。だから、どうか。結婚を前提に、付き合ってください」

 俺はそういって指輪を差し出した。

 大倉さんは少しの間、キラリと光る指輪を見つめていたが、やがて話を切り出してきた。

「指輪なんて用意しなくてよかったのに。だって、答えは分かっているでしょう?」

 大倉さんはそういうと、スマートフォンを取り出して一枚の写真を開くと、それを俺に見せてきた。

 その写真には、楽しそうに笑う大倉さんと見知らぬ男が写っていた。

「この人ね、私の旦那」

「へ……?」

 大倉さんはスマートフォンをテーブルに置いて話し始めた。

「三年前、君が私に告白してきたのはよく覚えてる。君、すっごく緊張してた。だからばっさりフッちゃうのはかわいそうだなって思って、半分嘘を吐いたの。ごめんなさい」

 俺は大倉さんが何を言っているのか理解が追い付かず、指輪を差し出したまま固まっていた。目だけは、しっかりと写真の男の方を向いて。

 しかし大倉さんはそれにかまわず話続ける。

「あれから三年たったから、三周年だからこんなお店に連れてきてくれたのよね。もっと早く言えばよかった。あのね、あの時、実はもう今の旦那と付き合い始めていたの。でも私が半分嘘を吐いたから、変な希望を持たせちゃったのね。私なりの優しさのつもりだったのだけれど……本当にごめんなさい」

 おれは渇いたのどから何とか言葉を絞り出す。

「その気持ちが、俺に傾いたりは、しないんですか?」

「ええ。あの直後に、私たちは結婚したのよ。それでも、中々言い出せなくて……。君が何回も告白してきたの、正直怖くて旦那に相談したの。それでね、今、私のおなかに子供がいるのよ」

 それは、今までの話の中で一番衝撃的な内容だった。

「子供ができたらさすがに君も身を引くだろうと思ってね。子供にも君にも失礼なやり方だとは思うけれど。だから、これでもう終わりにして。さようなら」

 大倉さんはそういうと、お札をテーブルの上に置いてスマートフォンを回収し、店を出ていった。

 俺は指輪を持ったまま、馬鹿みたいに取り残されていた。

 だが、ここで終わる俺ではない。

 嬉しいことに、俺は顔を覚えるだけの時間、男の顔を見ることができた。

 意地でも大倉さんを俺のものにしてやる。

 俺はそう心に決めると、人生で初めて、人を殺す計画を立て始めた。

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