嫁を求めて三周年

六花 水生

第1話

「良縁祈願に行ってらっしゃい。」


 長男である私は個人的には結婚を急ぐこともないと思っていたが、家人はそうは思わないらしく、賑々しく行列をしたてて、縁結びの霊験あらたかと言われる神殿に祈願に行かされた。

 神殿では、一番値の張る香木を焚き上げ、神官が祝詞をあげる。香木の煙と眠気誘う祝詞で、朦朧としていたところ、目の前に麗しい女性が浮かんでいた。


「そなたか?わらわの力を欲するのは。」

「えっと、あなた様は?」

「わらわはこの神殿の主じゃ。そなたが『良縁を授けたまへ』と香木や祝詞をあげてさせておるのじゃろう?そこな神官が必死の形相でそなたの家名と良縁、女、おんなと念じておるわ。余程の布施をはずんだのじゃろうのう。」

「はぁ、まぁ、そうですね。」

「なんじゃ、そのやる気のなさは。わらわがこうして、良縁を授けてやらんこともないかもしれない気になっておるのに!」

「私自身、そんなに急いではいなかったのですが、家の者が早く嫁を〜と急かしておりまして。」

「そなた、いくつなのじゃ?」

「16にございます。」

「確かに、ちと早いのぉ。」

「さようにございましょう?されど、家人が急かすのにも事情がありまして、まあ、仕方なくこちらに祈願に参ったわけです。」

「そなたはそれでよいのか?そなた自身のことじゃぞ?」

「まあ、『縁』でございますからね、私がバタバタしても仕方がないというか、なるようになるというか…。」

「ええい、覇気のない!『縁』を司るわらわにようも言えたものじゃ。よし、これからそなたに最良の『縁』を授けてやろう。これより三年の間に、良きおなごとの縁ができるよう、今、念じた。」

「それはありがたい事と存じます。さりながら、『良縁』と思えるものが見つからなかったら、いかがすればよろしいでしょうか?」

「重ねがさね、わらわの司りし神力に対し、不敬な物言いじゃ!そうまで言うなら、三年後のこの日、またここに来るが良い。良縁に巡り会えておらなんだら、我が神力をもってそなたの望みを一つ、叶えてしんぜよう。それでよいな!」

「不敬とは滅相もございませぬ。さような気持ちは一片たりともございませぬ。されど、女神様の思し召しをありがたく受けさせていただきます。

 それでは三年後、良縁に恵まれておりましたなら、盛大に御礼言上に参りますし、未だ会えておりませなんだら、今一度、ご尊顔を拝する栄に浴させていただきまする。」

「うむ、我が神力、しかと思い知るが良い。」

そういうと、目の前から消えていった。


「若様、若様、ご祈祷中でございますよ、起きてくださいませ。」

お付きのものが声をかけてくる。

どうやら眠っていたようだ。

 体勢を立て直し、もっともらしい顔をして頭を垂れる。しかし、頭の中は先程の麗しい、女神とおぼしきお方との話を反芻していた。

 どうやら、私の嫁取りに対するやる気のなさに憤慨なされたらしく、ご自分の神力を証明されようと、私に良縁を授けて下さるらしい。

真のことならありがたいことだし、私の白昼夢だとしても、まあ、縁起の良いことではある。


 そのうちに祈願も終わり、神官総出での見送りをうけ、帰途についた。


 それから、しばらくして、我が家に見合った家からの縁談がいくつも舞い込んだ。

どうやら、私が戯言としてあの白昼夢について話したのを聞いた家人が、

「縁結びの神殿で、女神様より良縁のお告げを受けた若様との結婚は、幸せが女神様から確約されている。」

と多少盛って吹聴したらしい。

 それによって、私に結婚する気があると知り、どうせなら縁起が良い相手に、と縁談をもちかける親が多かったということのようだ。

 もちろん、縁を求める家人は喜び勇んで、縁談の相手とお会いする日を決め、いわゆる「お見合い」という運びとなる。

 しかし、どのお相手も条件は申し分なくとも「この人だ!」という縁を感じなかった。


 そうこうしているうちに、三年がたった。

私も19 になり、男としての女性を求める気持ちもハッキリしてきた。それでも縁を感じない事に、少しがっかりしながら、再度、縁結びの神殿へ参拝することにした。


 またもうもうと香木を焚き、神官が祝詞をあげる。家人が吹聴した噂のせいで、私が未だ良縁にありつけないことが、神殿の力を疑わせる事態となりかけていて、神官たちの力の入れようは前回以上のようだ。


 そしてまた、意識が朦朧とする。

「なんじゃ、そなた。まだ縁付いておらなんだのか?」

「ああ、女神様、ご機嫌よう。」

「なにを悠長に。わらわがそなたの家に良かれと思うたおなごたちは、気に食わなんだか?」

「彼女たちは、女神様がお選びになったので?それはありがたいことにございました。

されど、どなたにも『縁』を感じませんでした。」

「なんとのう。いかがしたものか…。」

「そういえば、三年前から今日この時まで、お一人のみ『縁』を感じる方がいるのですが。」

「おお、それは重畳。なら、はよう祝言を挙げればよかろうに。」

「いえ、今、その『ご縁』に気付いたのでございます。」

「おお、そうか。それも我が神力に触れたからじゃのう。」

「はい、まさしくその通りかと存じます。」

「されば、早うそのおなごに祝言を申し込まんか!」

「はい。では、女神様、私と祝言を挙げて下さいませ。」

「なに?わらわとな?笑止。わらわは女神ぞ、そなたごときの嫁になどなろうはずがなかろう。」

「しかし女神様は、三年前のこの日、『良縁に巡り会えていなければ、望みを一つ叶える』と仰せになりました。」

「うっ、それは、確かに申したが、望みとはそういうものではなくだな…」

「女神様ともあろうお方が言を違えるのでございますか?」

「いや、その、あのだな…」

「ここでまた私に良縁がないとなると、こちらの神殿の評判にもかかわるかと。

 私に良縁があったとなれば、女神様の神力も証明されますし。

 それにこのように二度も私の前にお出でくださると言うことは、少なくとも私に何らかの思いを持ってくださっているのでは?

 すでに三年前の祝詞にて家名をご存知とはおもいますが、私の家は天帝様の甥だか、従兄弟だかの家系に連なる皇家でして、身分に問題はないかと。今は大陸に覇を唱えており、周りの国からも娘を嫁に差し出そうとするほどなので、しばらくは安泰です。」 

「ええい、わかっておるわ。そなたの祖は我が姉上の嫁ぎ先じゃ。そなたはよう似ておるわ。」

「おや、女神様は我が祖先に何か思いがお有りで?」

「姉上が選ばれたお方ぞ、良き男子であったにきまっておろう。姉上に、お幸せになっていただきたいと願ったのがわらわが縁を司るようになったきっかけじゃ。ゆえに、その子孫たるそなたが少しばかり気になったのじゃ。」

「女神様、私は姉上様のものではなく、貴方様だけのものでございます。」

「くっ…」

「私はご自分のお仕事に対する誇りお持ちになり、率直にお気持ちを表して下さる女神様をお慕いしております。これこそが他のおなごには感じなかった気持ちでございます。」

「…この神殿では縁を求める者達の、ギラギラとした圧が当たり前であった。その中に飄々としたそなたがやって来て、興味をひかれた。そなたがあの方の子孫であることもな。それゆえ若いそなたが家を守るために縁組を急ぐなら、良き縁を授けたいと思った。三年あればそなたも男子として、おなごを選べると思うたのじゃが。わらわを選ぶとはのう。」

「して、女神様、お約束どおり『我が妻に』との一つの望み、叶えて下さいますか?」

「わかった。そうまで言うなら、そなたの妻になろう。」


こうして、皇子は女神を娶った。


「女神様は、人の姿をおとりになることはできますか?」


「そのくらい、朝飯前じゃ。」




「お仕事をなさる女神様を好きになったのですから、縁結びのお仕事はお続け下さい。まさか、女神様ともあろうお方が、皇宮からではお仕事ができないとは仰せになりませんよね?」


「ばかにするでない!わらわはどこにおっても仕事はできるぞよ。」




「女神様はお子を持たれると、神力をなくされますか?」


「さようなことはない。我が神力を甘く見るな!」




「寿命のない女神様は、私が先に死んだらまた誰かのものになるのですか?」


「バカを申すな。わらわは縁結びの女神ぞ。二夫にまみえるものか!そなたに神格を与え、夫婦でともに縁結びを司るのじゃ。勝手に先に死のうとするでない!」





 皇国は血脈を繋いで栄えていった。

 そしていつしか皇国では


「縁を結ぶは三周年目に」


といって、結婚する相手を見つけても三年間待つという風習ができた。

 心変わりや、お互いの合わないところを見極めるにも三年の猶予は理に適ったものだったようで、離縁率が非常に低くなった。


 これも良縁を司る夫婦神めおとがみ様のご利益とされている。



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