第4章(1)

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「そうか……そっか」

 僕が乗り続けた列車は、よく晴れた昼下がりに終着駅に到着した。駅といっても、板張りのホームがあるだけの、簡単なものだけど。

 降りた列車を背に、照り付ける太陽を向いて、僕はそんなことを言う。

「もう、僕は必要ないのかな」

 辺り一面に広がる雪景色を眺めつつ、呟く。

「あの子なら、大丈夫だよ。あの子は、相手が笑顔になるようなことができる人だ。あの子は、君が絶望するような、そんなことはやらない人だ。……あの子となら、きっと君は、幸せになれる」

 僕は一歩、列車から遠ざかり、そして、

「さあ、早く列車に戻るんだ。もう、今までのような危ないところは通らない。行き先が変わったんだ」

 背中に残した「僕」に告げる。

「ほら……もう列車が出てしまう。乗るんだ。中で君を待っている人がいる。さあ!」

 行き先が変わった列車は、発車ベルを鳴らし始めた。やがて、そのベルも鳴り終わり、ドアはゆっくりと閉まる。

 僕は一歩、またもう一歩、列車から離れる。

「……さて、お役御免になったらどうしようかな」

 やはり、その声に答える人はいない。でも、長い間背負ってきた肩の荷が、ようやく下りた気がした。


 **


「あ、あのさ……クリスマス、時間ある?」

 僕が北上さんに照れた表情でそう誘われたのは、クリスマス直前の木曜日のことだった。

 話したいことがあると連絡があって東札幌のいつもの喫茶店で待ち合わせた僕等は、付き合い始めてはや数日が経った。

 まあ、付き合ったからといって特に何かが変わるわけでもなく、別に(北上さんの)友達に報告するわけでもなく、変わらない日々を送っていた。

 秒速五十センチで舞い落ちる粉雪を眺めながら、僕は先に着いた喫茶店で一人お茶を飲んで北上さんを待っていた。

 半分くらい飲み干したところで、息を切らせて顔を真っ赤にした彼女がお店にやってきた。

「――ごめん、待った?」

「いや……そんなに、かな」

 北上さんは着ていたコートを脱いで僕の目の前に座り、注文を取りに来たスタッフの人にいつも食べているセットメニューを注文する。

「それで、話したいことって……?」

 僕がお茶をずずっとすすりつつ、そう切り出す。

 目の前に座る僕の彼女は、色々と表情を変化させ――百面相かってツッコミをいれるくらい――そして僕に尋ねた。

「あ、あのさ……クリスマス、時間ある?」

 そして、僕はようやくクリスマスデートに誘われていることに気づいた。

 気づいた三秒後、僕は頭を抱える事実を思い出した。

「……やばい、二十四日も二十五日もどっちもバイト入ってるはず」

 僕の働いているバイト先は、年末年始が最も混雑する時期になる。自然と入るシフトは増えて、クリスマスの週は四日シフトを入れている。

 スマホのカレンダーでも確認したけど、やはりどちらもバイトだった。

 僕がそう答えると、北上さんは苦笑いを浮かべつつ、

「あー、仕方ないよ、年末って忙しいんだよね?」

 と、一言。

 僕は冬だと言うのにダラダラと汗を浮かべ始めた。

「で、でもやっぱ空けた方がいいよね?」

 シフトを提出したとき、まさかこんなふうに彼女ができるなんて思っていなかったから、何も気にせずに「週四フリー」で出しちゃったんだよな……。

「ま、まあ……でも無理しなくていいよ?」

「……確か、二十五日は夜の七時半上がりだったから……うん。クリスマスの夜だったらなんとか」

「でも、それって結構ハードじゃ」

「……いいよ、行ける」

 そう断言すると、北上さんは少しゆったりと席に座り直し、

「ありがとう」

 と小さく咲く花のように微笑みながらそう言った。

「どうする? どこか行きたいところある? 多分札幌市内なら案内はできるよ。別に映画とかでもいいし……」

「あ、それなら」

 彼女は指を一つ立てながら僕にこう提案する。

「峻哉君、藻岩山の夜景が好きなんだよね? 私、札幌の夜景ってまだ見たことないから行きたいなあ」

「え、藻岩山……? 別にいいけど……」

「ほんと? やった」

「なら……待ち合わせは、どうする?」

「うーん、峻哉君の都合がいいようにでいいよ」

「じゃあ、夜八時半に大通駅の近くにある、市電の西四丁目停留所ってわかる?」

「えっと、どこかな……?」

 困ったように笑う姿を見て、まあわかんないよなと、思う。市電なんて僕でもあまり乗らないし。

「一応大通駅の十番出口が最寄りなんだけど……どうかな」

「あ、出口さえわかれば大丈夫だよ。うん、じゃあ、クリスマスの八時半に、西四丁目停留所ね?」

「そう、あと、ホームが二つに分かれていて、内回りの方で」

「わかった」

 クリスマスの約束を取り付けたところで、北上さんが頼んだものが運ばれてきた。

「やった、外凄く寒くて」

 彼女は両手でお茶が入った茶碗を持ち、息を軽く吹いて冷ましてから口に含む。

「やっぱり美味しいね」

「それはよかったよ」

「……あと、さ」

 少し溜めを入れて、北上さんは言った。

「私も呼び捨てで呼んでいい? ……峻哉って」

 チラチラと僕の方を見る彼女がいじらしい。

「い、いいけど」

 断る理由はないんだよなあ……。

 それに、そんな儚い感じに聞かれて……嫌なんて言えない。

「わーい、ありがとう、峻哉」

 そ、そしてこのテンションの落差。何? ギャップでも狙っているの? 

「あれ、もしかして照れてる? 峻哉」

 僕がそのギャップにやられて沈黙しているうちに、北上さんはいつものニヤつき顔に戻り、僕をからかい始める。

「そ、そんなこと」

「まあまあ」

 ああ、やっぱりペースがつかめない。


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