【KAC8】僕と妹の3周年記念日

筆屋 敬介

小さなテーブルの上にマグカップ2つ。そして箱に入ったケーキ。


恵美えみ、ほら。スゴイだろ?」

「わあ、おにいちゃん! すごい! おっきなケーキだねー!」

 妹の恵美が目をキラキラさせている。

「こんな、まんまるのケーキ、お店屋さんでしか見たことないよ!」

「だろ? 今日は記念日だからな。買ってきたんだ」


 僕と妹の目の前にはまるいラウンドケーキが置かれていた。

 誕生日ではないので、バースデーの飾りは付いていない。

 6歳違いの妹――恵美の喜んでいる姿を見ると、今度の10歳の誕生日には、飾り付きを買ってやりたいと思う。


 今回は3号――直径約9センチメートルのイチゴが3つ載った小さな白いケーキだ。

 ケーキ屋さんに初めて入った。

 恵美が食べてみたいと言っていたまるいラウンドケーキを買うためだ。


 どうしよう。目が飛び出るほど高い。

 いちばん安いケーキが欲しいと伝えて、そのケーキ屋で一番小さなラウンドケーキを買ってきた。

 しばらくの間、工場でのお昼ご飯はおにぎり1個だけになるけど、まあいいや。


「おにいちゃん! 食べていいの?」

「いいぞ! 4つに分けて、恵美には3つやる。明日、明後日あさってとゆっくり食べるんだぞ」

「おにいちゃん、ダメだよ。はんぶんこにしよう」

 恵美がケーキを食べたがっているのは知っている。ケーキでおなか一杯になりたいと、昔言っていたから。


「にいちゃんは、大丈夫だ。ほら、イチゴ、ちゃんと3つあるぞ。1個ずつ載せられるぞ」

「おにいちゃんのが無くなるよ」

「だいじょうぶだって」 

 こうやって、恵美の笑顔を見られるだけで嬉しいんだ。

 昔、恵美がケガをして、左目が見えなくなってしまった時はどうしようかと思ったけど、こんなに笑ってくれるようになった。


 気が付いたら、もう3年か。

 最初の1周年記念の時は、まだドキドキして落ち着かなかった。

 2年まではあっという間だったな。

 そして、3年かあ。

 生活に必死になって、3周年記念を忘れていた。

 近所に住んでいる伯母おばさんからの連絡があったから思い出したよ……。

 僕はもう気にしていないんだけど、3周年記念はちゃんとしないといけないって言われたので、こうやってケーキを買ってきたんだ。


「おいしいね!」

 にこにこしながら、ケーキを食べる恵美。

「こんな記念日なら、毎年やりたいね」

「毎年するもんじゃないって、伯母おばさんが言ってたぞ」

「そっか、ざんねん」

 残念という割にはニコニコしている。本当に嬉しそうだ。



「――恵美も思い出したくないだろ?」

「それはそうだけど、ケーキは食べたいなあ」


 恵美は、ケーキを薄く削ってはモソモソと食べていたが、ぽつりと呟いた。


「お父さん、お風呂で寝ちゃってたんだよね」

 フォークで生クリームを小さくすく


「おにいちゃん、びっくりしたでしょ?」

 恵美はケーキの方を見つめながら、そう言った。



※※※


「クソガキ! 早くシャンプー持ってこいっつってんだろうが! ボケが! 殺すぞ!!」

 お父さんが空になったシャンプーボトルを僕の顔に力いっぱい投げつけてきた。

 思わず、腕で顔を隠す。

「なんで逃げんだよ! 殺すぞ! もっかいやっから、けんなよ、クソが」

 僕は、やけどの跡を隠すために年中長袖を着ていた。袖が伸び切っていた。思わず自分で自分をかばわないように、その袖をグッと握った。

 顔めがけて洗面器が飛んできた。


 お母さんが居なくなってから、お父さんはいつもこんな風だった。昨日は小学校から帰ってきた恵美を蹴り飛ばしていた。


 散々いろんなものをぶつけられてから、もう一度シャンプーを持ってくるように言われた。

「そういや、恵美はどこいったんだよ。おい! 恵美! 恵美! 恵えええ美いいい!? どこいきやがった! 隠れてんじゃねーぞ、クソが! 出てこい!」

 恵美は昨日ひどいケガをしたので、僕が押し入れに隠れさせた。


 シャンプーを持ってきた僕は奪うようにボトルをひったくられ、蹴り飛ばされた。

「クソガキ! 恵美、隠しただろ! 殺すぞ!」

 父さんは怒鳴り散らしながら、シャンプーを始めた。髪を泡立てながらもブツブツと言っている。

「しかたねーな。しつけをしねーとな。どうせどっか隠れてるんだろうが」

 湯船のお湯をすくって、頭からかぶって泡を流す。


 ザバー

 ザバー

 

 僕は長袖の上からお風呂を掃除させられる時のゴム手袋を付けた。

 そして、電気コードが裂けたドライヤーを手に取った。

 お風呂場のドアの向こうに頭からお湯をかぶっているお父さんの背中が見える。


「クソガキが。ちょっと甘やかすとこれだ。クソナマイキなガキどもめ。今日はタダじゃおかねえ」


 僕は脱衣場から、両手で抱えたドライヤーを――。



※※※


「おにいちゃん? どうしたの?」

 恵美が心配そうな顔で僕の顔を覗きこんでくる。

「ああ、ごめんな。お父さんが心臓マヒを起こした時の事を思い出してた」

「そっかー」

 せっかく恵美のケーキの上に載せてやったイチゴを、僕のケーキの上に載せてくれる恵美。

「でも、おにいちゃん」

 満面に嬉しそうな笑みを浮かべる。


「お父さんが居なくなって、よかったね」


 そうだ。

 今日は、めでたい三周忌だからな。

 

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