前線に響く鎮魂歌

ねこまたぁ

第1話

雲一つない青空に、普段とは異なる歓声が村中に響いていた。

「レコンキスタ?」

そう聞いたのは、ちょうど畑仕事を終えた青年、エーリヒ・バルツァーだった

「ああそうだとも!ついにマクドエル中将が真の皇帝になるべきフランツ様のために立ち上がったんだ!五年前に敗北したフランツ様によるレコンキスタが始まるぞ!」

そうエーリヒに答えた彼は同じ村で肉を売っているカール・バーナーという青年だった。

「そうか、勝手にやっててくれ」

「なんだよ釣れないなぁ。村中の若者がフランツ様のためにって喜んでるのに」

「誰が君主になろうと関係ないね。少なくとも俺は今の現状に満足してる」

「はぁ、そうかいそうかい、ほらこんな奴はほっといて行こうぜ」

エーリヒにあきれたカールは、他の友人たちと村の騒ぎの中心にいる兵隊達の元に歩いて行った。

「はぁまったく。国のことに関心を持つ事は悪い事ではない。だが、目的を見失うなよカール」

エーリヒの忠告はもちろんカールの耳元には届かず、カールを含めた数十名の青年達が、馬車に揺られて地平線に消えて行った。


村人達のほとんどは現皇帝のヨーゼフではなく、弟のフランツ派である。ヨーゼフがこれといって悪行を行ってきた訳ではないが先の内戦以来、村はフランツに良くしてもらっていたからだ。


その為薄情者だの恩知らずだの言われる人物が出てきてしまう。もちろんエーリヒだ。

「何故志願しなかったのだ!」

そう言って詰め寄ってきたのは他でもないカールの父親だった。

「僕は痛いのとか苦手なんで。それにそろそろ小麦も収穫どきです。あの子達を置いて戦争には行けません」

「なんだと貴様!ワシの息子は喜んで志願して行ったぞ!」

そう言うとカールの父親の拳がエーリヒの左頬にめり込んだ。

突然の事に悲鳴をあげる女性の声と、男たちの馬鹿騒ぎする声がエーリヒのもうろうとする脳内に伝わっていた。

「う、うう…い、痛いのは苦手って言ったでしょう…はぁ、とりあえず明日も仕事があるので今日はこのへんで…」

そう言うとエーリヒは足もとをふらつかせながら、自宅へと帰って行った。


その夜だった。


「騒がしいな」

外から聞こえる多種多様な声に目を覚ましたエーリヒは、外に出た。

「な、なんだこれは!」

目に入った光景はまさに地獄絵図。村のあちらこちらから火の手が上がっている。内戦の火の粉が村にも飛び火したのだ。

「ヨーゼフを探せ!まだ近くにいるはずだ!」

その声をエーリヒは聞き逃さなかった。

「まさか近くに皇帝が…だから奴ら血眼になって村を…あっそんな事より畑は!」

彼にとってもっぱら大事なのは小麦畑だけだった。

「あぁ、そんな…」

しかしすでに時は遅く、小麦のほとんどが燃え尽きていた。

唯一残っている一角があり、エーリヒはそこに向かった。

「ここはまだ大丈夫か、よく生き残ってくれた…ん?うわぁ死体がッンンゴゴォ!」

「しぃー!静かにせんか!」

死体が動いた。エーリヒはそう思ったに違いない。だがそれは大きな間違いだった。

「あれ?もしかしてその服、あなたこの国の偉い人?」

「貴様、朕が分からぬと言うのか?朕はこの国の皇帝ぞ?」

「なるほどじゃあこの畑が焼けちまったのもあんたのせいだ、なんとかしてくれ」

「そ、そんな事言われても困る!むしろ助けてくれ。反乱の兆しありと聞き朕が自ら出兵したはいいものの、敵の卑怯な罠にはまってしもうての。この有様じゃ」

「チッ、戦争に卑怯もクソもあるか!そんなお花畑のような発想してるから弟に付け込まれるんだ!」

エーリヒがそう叫ぶと突然。

「誰かそこにいるのか!」

「もしかするとヨーゼフかもしれんぞ!」

まずい、声が大きすぎた。そう思った時にはすでに遅かった。どうやらフランツ派の兵士が2人こちらに向かってきてる。

「おい!服だ!」

「ふ、服?」

「あぁそうだよ!交換しろ、俺があいつらを引きつける」

「よ、良いのか?」

「死にたくなかったら早くしろ!」

そういうとエーリヒは服を脱ぎ、代わりにヨーゼフの服を着て自分の元小麦畑であった場所を全力で走り始めた。

「おい!居たぞ!」

「は、早く追いかけなければ!」

エーリヒの予測通りに2人はヨーゼフを追跡し始めた。

よし、釣れたぞ。そう思いながら、エーリヒは自身の畑道具を入れている倉に逃げ込んだ。

「おい!あの建物に入って行ったぞ!」

倉に到着し、片方の兵士が入ろうとすると、もう片方の兵士が制止した。

「いやまて、きっと待ち伏せしているに違いないここは慎重に行こう」

そう言うと、後ろから

「待ち伏せなんてしてねーよ」

と声が聞こえ、2人は倉の中に蹴り入れられた。

声の正体はもちろんエーリヒで彼はすぐさま倉に外側から鍵をかけた。

「おい!出せ!開けろ!」

「そんなの知るかよ」

そう言うとエーリヒは倉に火を放った。幸い火種はそこらじゅうにあった。


「さて邪魔者は片付けたしあのボンボンの様子でも見に行くか」

すっかり焼けてしまった麦畑を再び戻り、ヨーゼフの元へと戻って来た。しかしその時。

「貴様!いったい何者だ!何故ヨーゼフ様の服を着ているのだ!おい!こやつをひっ捕らえろ!」

「まっ、待ってくれおい!離せ!おっ…」

抵抗虚しく、エーリヒは強い衝撃と共に、意識を失った。




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