遅れて来た魔法少女

深川 七草

第1話 遅れて来た魔法少女

「そこまでよ!」

 中層ビルが並ぶ陽の当たらない路地で、縦も横も1,5メートルはありそうなカタツムリの化物が外壁をかじっている。

「何者だムリ」

 化物はコンクリートを食べるのをやめ、ひらひらな服を着た私たちの方を見た。

「マジカルクーガー!」

「マジカルバッファロー!」

「「ふたりはサバンナ!!」」

 私たちはそれぞれ名乗るとポーズを決めた。

 そのしなやかな動きから、魔法少女のあいだで私はクーガーと呼ばれている。

 そして、一緒に到着した魔法少女は、バッファローと呼ばれている力自慢の魔法少女であった。

「魔法少女だなムリ。噂には聞いていたムリが、ここであったが百年目ムリ。死ぬムリー!!!!」

 よく分からない言葉の後、頭の二本のアンテナからレーザービームを発射してくる。

 私とバッファローは攻撃を難なくかわすが、しかし、これを続けていてもらちが明かない。

「バッファロー。私が囮になるわ。そのうちに」

 私はカタツムリを挑発し、ビームを引き付ける。避けながら煽り、カタツムリを翻弄する。

「くらえーーーー!」

 隙ができたカタツムリにバッファローが突進し、殻を突き出した拳で粉砕する。


 本来、魔法少女たちは一人で戦うことが多いらしいのだが、テリトリーが重なる私とバッファローは一緒に戦うことが常になっていた。


「おのれムリ」

 ひびは入ったが、さすがに殻は硬い。

 動きは遅いがこの防御力。きついか? と思ったとき。

 パオーーーン!

 ギャーーーー!

 カタツムリの化物は象の長い鼻から出た水のブレスを浴びると小さくなる。そしてそのまま象の足で踏み潰されるとぺちゃんこになるのであった。

「あんた出てくるわけ?」

 私を魔法少女にした張本人の登場である。

 本人? 頭が象で体が人間、背が2メートル、体重はたぶん頭が大きいので150キロぐらいあるんじゃないと思われるから妖怪かもしれない。

 こいつと出会って、もうすぐ3年になろうとしている。




 ただ何となくの高校受験。

 この関門、手堅く越えよう。

 頑張った分、もっと評価して欲しかったけど、この高校を選んだ理由はその程度であった。


「思ったよりもできたかな」

 帰り道で独り言がもれる中、同じ学校を受験していた彼を見つける。

 まだこの時は名前も出身中学も知らなかった。

「ねえ? 金貸してくんない?」

 街に慣れていない中坊と見られた彼は、絵に書いたような不良にカツアゲされている。

 そんな時、後ろから人影が私を覆った。(人影?)

「力が欲しいパオか?」

 パオか? 私は振り向く。

 そこには、頭が象なやつがいた。

「いや、いらないです」

「彼を助けたくないパオか?」

「カツアゲはよくないと思いますけど、私の仕事じゃないので」

 しかし、彼を助けろと頭が象のやつは言って聞かない。

「そんなこと言うけど無理でしょ? 囲んでるの3人いるよ? ねえ」

 そのうちの一人が彼の肩に手を掛けたと思うと、ビルのあいだに一緒に入って行ってしまう。

 私は終ったな、と思った。

「いいパオか? ここで見逃しては一生後悔するパオよ? これから三年間辛いパオよ……もし、二人とも合格すればの話パオだけど」

「じゃあ、どうすればいいのよ?」

「魔法少女に変身パオ」

「はぁ、杖くれるの? 鏡くれるの?」

「そういうのはかさばるし、アイテムとして用意するのが大変だパオ。そこにダウンロードするパオ」

 私は、カツアゲにあっているところを見たからではなく、怪しい象がいるので警察に電話をしようとしてスマホを握っていた。

 だがそう言われスマホを見ると、謎のアイコンが表示されている。

「押すパオ」

 言われるまま押してしまうと、体全体が光るリボンのようなものに包まる。

 ひらひらのついた手袋、ブーツ、袖口、そしてスカートと変身したのだ。

 は、恥ずかしい。

 思わずビルのあいだに逃げ込む。

「ああ?」

 カツアゲしている連中と彼がこちらを見ている。

 焦った私はグーが出る、右、左、右。

 なんだこれは? カツアゲをしている連中がスローに見えるのに、私の手は普通に動いている。

 連中は吹き飛び、倒れ込んだ。

「速度×質量で大ダメージパオ」

 後ろから現れた頭が象が言う。

 そういうこと。

「あ、ありがとうございます」

 彼は頭を下げ礼を言うとその場を走り去った。

 中三も残すところ数ヶ月になって、私は魔法少女になったのである。




 これが頭が象との出会いである。

「で、カタツムリに水を掛けて小さくなるとかさー、ひょっとして?」

「そうパオ。塩水パオ」

「ああ、ちょっと塩入れたほうが痛くないかもだけど、カタツムリが縮むほどってどうなのよ?」

「ほんとだよね」

 バッファローも、私も一緒に呆れている。

 こうして、魔法少女にされた私たちは普段人知れず戦っている。

 頭が象が何者なのか、バッファローや他の魔法少女たちが何者かも知らずにである。



 キーン コーン カーン コーン

「よう! 昼、一緒に食べないか?」

「うん、いいけど」

 お昼の時間、彼が私を誘いにくることは珍しくない。

 それは、高校に入ってからの3年間が同じクラスだったということだけではない。

 彼が困った時は、いつも私が助けていたからだ。

 上履きが隠されたり、遠足のお弁当で食あたりをおこしたり、トイレの鍵が壊れて閉じ込められたりしたときなどなどである。

 まあ偶然居合わせたのは、私が魔法の力で起こしたからなんだけどね。

 こうやって一生懸命気を引いているのに、彼は私に一言をくれない。

 もうすぐ卒業だよ?

 でも、しょうがないんだよね。彼は正直だから、いつもこう言うんだ。

 『受験の帰り道で会った女の子を好きになってしまった』って。

 そうあの時、カツアゲから守ってあげたのが私だと、彼は知らないのだ。

 魔法の力が正体をわからなくさせてしまうから。


 放課後、あとのない私は告白することにした。

 別に、彼女のことを忘れられなくても付き合ってあげるつもりだ。だって、私だからね。

「どうしたの改まって」

 彼の言葉を聞くと、これから起こることに気がついているようだ。

「私と付き合ってください!!」

「だ、ダメだよ」

「わかってる。いっつも話してるんだから。魔法少女が好きなんだよね? でも、それってほら。アイドルとかが好きなのと同じなんだと思うんだよね。だからさ、それはそれ、これはこれってことで。もし、その魔法少女と君がお付き合いできるようになったら、私、潔く身を引くからさ」

 しかし彼の顔は晴れない。

 なに? ここまで妥協してもダメなの?

 彼は胸ポケットから生徒手帳を取り出すと、挟んである写真を私に見せる。

 え?

 その写真には、マジカルバッファローが写っている。

「え、え。なんで? だってあなたが好きなのはカツアゲから助けてくれた魔法少女なんでしょ? その子じゃない。あなたを助けたのは、その子じゃない」

「知ってるよ」

 どういうこと?

「あのあと俺は、どうしても魔法少女に会いたくなって現場に戻ったんだ。すると頭が象なやつがいて、『魔法少女にならないか?』って、言うんだよ。俺だって迷ったよ。魔法少女が好きなんであって、魔法少女になりたいわけじゃないからね。でもさ、ここで魔法少女にならなきゃ彼女に会えないと思って、話を受け入れたんだ」

「まさかそれって」

「そう、お察しの通り、俺がマジカルバッファローさ」

 今まで一緒に戦っていた彼女が憧れの彼だったなんて……。

 でも、魔法少女は仕事みたいなもん。それに私は百合の要素をバッファローに求めていたわけじゃない。

 普段の生活では二人とも普通の高校生だ。何も気にすることはない。

 あれ? でも、待って。魔法少女はお互いの正体を知らないはずじゃ。

「ねえ? 告白を聞いて写真を見せたってことは、私がマジカルクーガーだって知っていたの? どうして」

「最初は俺も、君だとは気がつかなかったよ。でも、学校生活でやたら面倒なことが起きて、おかしいなって思って、頭が象なやつに相談したんだ。『魔法の力で対向してもいいか』ってね。頭が象のやつからは、やめておけと言われたよ。けど、いつになってもカツアゲから守ってくれた魔法少女のことを教えてくれないし、こいつの言うこと聞いていられるかって思って。それで魔法の力を使ったら魔力の流れがわかって、君が犯人だと知ったってわけさ」

 私は涙が出た。

 そっか、気づいていたのに我慢してくれていたんだ。

「ごめんね。そうだよね。そんな悪さをする子とは付き合えないよね」

「いや、そうじゃないんだ。もうすぐ高校も卒業だろ? さすがにもう魔法少女ではないと思うんだよね」

「そんなことまで正直じゃなくていいんだよ!」

 私は彼の顔を、パーではたいて振り向くと、そこを去った。


 そして、早い子では10歳でデビューすると言われている魔法少女界で囁かれていた過去の話を思い出す。

『クーガーさんって期待のルーキーとか言われてるけど結構年らしいよ』

 あれから3年間という時間が過ぎ、魔法少女が終ろうとしている。

 私は頭が象のやつを許さないことに決めた。


終わり

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遅れて来た魔法少女 深川 七草 @fukagawa-nanakusa

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