二十二の春(KAC8)

つとむュー

二十二の春

「嗚呼、神が呼んでいる」

 ウムウムに異変が生じたのは、あと一日で三周年を迎えるという日のことだった。

「おい、しっかりしろ! 明日は水面だぞ」

「お願い、まだ消えないで!」

 僕とソディはウムウムに駆け寄った。

「これは運命なんだ。今まで一緒に旅ができて楽しかっ……」

 まだ言葉が終わらないというのに。

 だんだんと姿が薄れていったウムウムは、海の泡となった――


 僕の名前はナトリ。

 現在、三年周期の循環流に乗って海を旅している。

 水面から海底との間をグルグルと回る循環流だ。

 しかし、一緒に旅を始めた仲間たちは、すでに半数以下に減っていた。

 

 そして今日、水面に到着するというハレの日に、僕とソディは三周年を迎えることができた。

 

「なあ、おまえ、二十二だろ?」

 水面を間近にすると、一緒に泳ぐ同族から突然声を掛けられる。

「ああ、そうだけど」

 するとそいつは僕らを舐め回すようにジロジロと見た。

「全く初々しくて羨ましいぜ。二十三の俺らから見たらさ」

 たった一つしか違わないのに。

 でもこの一つの差がとても大きいことを僕たちは知っている。

「ちなみに僕の彼女も二十二だ」

 一緒に手を繋いで泳ぐソディを紹介する。

 三年前から共に旅を続ける彼女。若々しくて肌も真っ白な自慢の女性だ。

「なかなか綺麗な娘だな。大事にするんだぞ、短い命なんだし」

「ああ」

 ぶっきらぼうだが、実はいい奴なのかもしれない。

 そしてそいつは最後に忠告した。

「そろそろ水面だな。せっかく三年間生き残ったんだから、くれぐれも人間には気をつけるんだぞ。捕まったらペットにされちまうって話だ」


 同族の忠告通り、水面には人間が待ち構えていた。

「ほら、二十二よ!」

 ヤバい、見つかっちまった。

 僕はソディの手を取り、慌てて海の中に潜る。

「なにやってんのよ! せっかく二十二がいたのに……」

 危ないところだった。

 悔しがる人間たちの声が海の中にも聞こえてくる。

「ちょっと怒らないでよ。私にもちゃんと教えて。なんで二十二だけを選ぶのかって」

「なんでって、PETで使うからよ」

 先ほど聞いた話はホントだった。

 やはり人間たちは恐ろしい。そうまでして僕たちをペットにしたいらしい。

 幸いだったのは、この人間たちは狩りが不慣れだったこと。この様子なら、なんとか逃げ切れそうだ。

「PETって?」

「ポジトロン断層法の略よ」

「なんで二十三じゃダメなの?」

「陽電子を発しないからよ。あんた、それでも科学者?」


 僕たちはナトリウム二十二。

 三年前にここで生まれた。宇宙線と大気中のアルゴンとの反応によって。

 現在、塩となってこの海を旅している。三年周期の循環流に乗って。

 僕たちの半減期は二年と七ヶ月。

 だから次の三周年までに、僕とソディのどちらかが消えてしまうかもしれない。

 いや、正確には消えるのではない。

 ネオンになって、再び大気に戻るのだ。

 それまではソディを大切にしなくちゃと、僕は心に誓う。

 春の海は今日も青く、何ごとも無かったかのように運命の箱舟に乗る僕たちを優しく包んでいた。

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二十二の春(KAC8) つとむュー @tsutomyu

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