転生したら三年寝太郎だったのだが

PURIN

転生したら三年寝太郎だったのだが

 ……暇だ。ひたすらに暇だ。


 今日も万年布団で転がりながら、内心でぼやく。


 どうしてこうなったのか…… 皆目見当がつかない。


 見上げた先にはボロい天井。左を向けばボロい壁。右を向けばボロい壁とボロい玄関。玄関っていっても、ボロい履物が置いてあって、ボロい引き戸が付いてるだけ。


 散々ボロいボロい言ったけど、それだけじゃない。

 埃っぽいし、変な匂いがする。


 じゃあ掃除すればいいじゃないかって? その通りだ。

 でも、出来ない。昼も夜も、眠くて眠くて仕方がなくて、何も出来ない。

 出来ることは、ひたすら眠ること、ぼんやりしたまま布団でゴロゴロすること、食事をすること、トイレに行くこと、引き戸を開けようとすること。これだけ。




 何年か前のことだった、いつも通り朝起きて、外に出ようと引き戸に手をかけた瞬間。私は、自分が「私」だったことを思い出した。

 要は、突然前世の記憶を取り戻した。 一瞬のうちに、「私」だった頃の人生の記憶が動画みたいにバーッと蘇った。そりゃびっくりした。転生ものの小説やマンガやアニメっていくつか見たことあるけど、本当にあり得るんだなと。


 でもまあ、とにかく今は外に出ようと思って引き戸を引こうとした。開かなかった。昨日まではあっさり開いたのに、どうやっても開かなかった。

 試行錯誤をしているうちに、眠気が襲ってきた。寝てる場合なんかじゃないのに、どうしようもなく眠かった。眠くて、眠くて、抵抗出来なくて…… 結局布団に戻って、その日は一日中泥のように眠ってしまった。


 次の日も、次の日も、さらにその次の日もそんな感じだった。

 寝てばっかりで、起きてる時も意識が朦朧としてた。

 はじめのうちは、村のみんなも心配して家に来て色々してくれたけど、あんまり何日も続くと呆れられたらしく、今では一日に1回誰かが嫌味を言いながら食べ物を届けに来る以外、めっきり来なくなった。

 

 食べ物を届けに来る人達は、いつしか私をこう呼ぶようになった。

 「寝太郎」と。


 それで思い出した。前世でそんな名前の主人公が出てくる昔話を読んだことがある。確かあれは、「三年寝太郎」ってタイトルだった。


 フィクションならここで前世の知識を活かして無双するところなんだろう。

 しかし、私の場合はそうは問屋が卸さなかった。

 なんでかって? 簡単な話だよ。私が、三年寝太郎のあらすじを覚えてなかったからだよ!

 考えてみたら、絵本は人並みに読んではいたけど、古くから伝わってる昔話とか童話とかは、そんなに読まない子だった。

 昔話や童話をモチーフにした作品になら、割と触れたことはあったけど、その中に三年寝太郎がいたことはまずなかったと思う。




 言いたいことはただ一つだった。

 「一体どうしろっていうんだ!」




 前世の行いが原因なのかとありとあらゆる記憶を手繰り寄せるも、思い当たることは特にない。

 とりたてて良いいことをしたわけでもなかったけれど、とりたてて悪いことをしたわけでもない、まあまあ平凡な人生だったんじゃないかと、少なくとも自分では思う。

 ただ、ちょっと早死にだったかな…… もしかしたら、なんか神様的な存在が気を利かせて文字通り第二の人生をくれたってことなのかもしれないが…… 利かせるならもう少し違うところに利かせてほしかったというか……

 考えたところで、結局「なんで寝太郎なんだ」という疑問が、余計深まるだけなのであった。


 どうしてよりによってこんなマイナー気味で地味めで寝てばっかりのキャラなんだ。

 こういう場合の転生先っていったら、もっと…… こう…… あるだろう!

 なんて今更心の中で喚いていたって、転生しちゃったもんはどうしようもない。




 とりあえずは生きていくしかない。

 みんなが渋々枕元まで持ってきてくれる僅かばかりのお米や野菜を食べる。前世でも肉や魚は好きじゃなかったからその点はいい。大昔だからドレッシングなんてものが存在しないのも仕方がない。

 けど問題は、眠くて眠くて調理をすることも出来ないということだ。したいけど、体がなかなか言うことを聞かない。立ち上がれない。どうしようもないから、布団に入ったまま生で齧る。野菜はまだしも、お米はもはやガリガリするだけの何かだった。


 眠くても用は足さなければならない。でもあまり行きたい気持ちが湧いてこない。十日に一回くらいの割合で行くだけで済んでいる。大丈夫なのかこの体。いや寝てばっかりの時点で大丈夫かとは思ってたが。


 トイレに行くのは決まって真夜中で、眠気がピークの時間帯。だから外に出たついでに(トイレ家の外にあるのでね)ちょっと村をウロウロしてみようと思いはするのだが、どう抗っても睡魔には勝てず、足は自然に家に直行してしまうのだった。

 

 昼間頃で、意識はあるけれどぼんやりしている。そんな時は、頑張って玄関まで這っていって引き戸を開けようとすることがある。

 でも、開かない。眠り始めたあの日と同じように。トイレに行きたいと思った時はすんなり開くのに。村の人達だって普通に開けて入ってくるのに。

 結局、私はいつも布団に戻るのを余儀なくされるのだった。


 いつまで続くのこの生活。「『三年』寝太郎」ってことは三年も? 嫌だなあ……


 寝てばっかりいるのも楽じゃないんだと、初めて分かった。ずっと同じ体勢でいると体が痛くなってくる。寝返りを打てば収まるけど、寝返りを打つのさえ難しい時は痛みに耐えなければいけない。


 外から楽しそうな話し声が聞こえてくるのに、混ざれないのも辛い。あの野菜の育て方とか、この前暑かったねとか話している、ちょっとした人の輪にも加われず、ただうつらうつらしているしかない。


 何より、あまり想像したくないが…… うちの畑はどうなったんだろうか。あれ以来一切手入れしていない。それはそれは見る影もなく荒れまくっているに違いない…… ああ、やっぱ想像したくない…… たいしたことない、小さい畑だけど、丹精込めて耕してきたのに……

 ため息を吐こうとしたが、意識はそこで途切れた。



 

 ところで、私が寝込んでからしばらく経ってから、村に異変が起き始めているらしい。

 日照りが続いてるとか、作物の出来が悪くなってるとか。そんな中でお前は何を寝てるんだと、食べ物を持ってくる人達が口々に言うようになった。

 そういえばこの頃やたらと暑い。本当のことなんだろう。


 死人が出たって話は、私は聞いてない。けど外から漏れ聞こえてくる話や、木の棒をはめ込んだだけの窓から頑張って見てみたみんなの様子、持ってきてもらった作物のしょぼさなんかの情報を総合して考えると、やっぱりこのままだとヤバそうだ。


 寝太郎は三年のダラダラ生活から目覚めた後、村を救ったんだっけ? でも、どうやって? それが分からない。忘れてしまった。

 そもそも、自分自身そんな立派なことが出来るとは思えない。こんな風に寝ること以外はほとんど何も出来ないのだから。


 きっと無理だ。どうせ何も出来ない。前世もたいしたことはなかったし、現世でもこのザマ。行動を起こそうとしたところで、眠くなって寝ちゃうのは目に見えてる。


 大体、村の人達を大変な思いをしてまで助ける義務が私にあるのだろうか。

 毎日毎日目の前で汚い言葉を吐いて私を侮辱する人達を。働いてないのは事実だけれど、だからってそんな言い方することはないだろうと思うような暴言を浴びせてくる人達を。自分ではどうしようもないんだということを、分かろうとさえしてくれない人達を。

 いまや貴重なはずの食べ物を恵んではくれるけれど、それだって私が大切だからではなく、死なれたら胸糞悪いからってだけかもしれない。自分達のことしか考えていないのかもしれない。

 ならいっそ、このまま何もせずにいようか。べつに日照りは私のせいじゃないし、誰もそれについて私を責めることはないだろう。私も死ぬだろうけど、どうせ一度死んだこの身。別に死ぬのもたいして怖くない。




 でも。

 耳を澄ませていると、毎日誰かが笑ってるのが聞こえてくるんだよ。

 私をバカにしてる笑いじゃない。


 くだらない冗談。楽しかった思い出。たわいのない会話。

 そんな内容で、笑ってるんだ。


 人間って意外と強いもんなのかなあ。

 一日の大半を辛そうな顔して過ごしてるのに、大変なことばっかりなはずなのに。

 それでもまだ、笑える奴もいるんだよ。

 そいつらの笑いまでもが消えるのは、なんか胸糞悪いんだよ。




 単純かな。こんな理由って。

 それにこれじゃ、私が嫌ってる村人達と同じじゃないか。


 だけど、やっぱり見殺しには出来ない。したくない。

 みんなもこんな気持ちなんだろうか。もう一度、私に笑ってほしいのだろうか。

 ……なんて、推測の域を出ないな。




 日照りの話を聞いたときから、少しずつ考えていた。どうすれば救えるのかを。

 見捨てようかとまで考えつつも、心の別の部分では、救う方法を考えていた。


 子どもの頃、登った山。あそこに大きな大きな岩があった。

 あれを落として上手いこと転がし、川をせき止めれば、川の水が田んぼや畑に流れて、水不足を解消出来るんじゃないか。


 もちろん、成功する保障なんてない。自信もない。

 けれど、やりたいと思った。


 


 翌朝。信じられないほどすっきり目が覚めた。

 五感が別の人のものであるかのように冴え渡っている。

 ゆっくりと上半身を起こしてみた。立ち上がってみた。

 どちらも、難なく出来た。


 そうか、あの日から3周年なのか。


 履物に足を通し、引き戸に手をかけ、そっと深呼吸をする。

 一気にスライドさせる。信じられないほど軽々と開いた扉からは、暖かすぎるほどの陽光が降り注いだ。


 行ける。良かった。


 視線が、一斉にこちらに注がれたのが分かった。

 そんな宇宙人を見るような目で見なくたって…… まあ、びっくりするのはしょうがないか。


 私は、山に向けて一歩を踏み出した。

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