三年前にアイツと別れてよかった

安登みつき

幼馴染も楽じゃない

「今日で三周年よ。私の勝ちのみたいね」


 私、愛美まなみは親友の弓子と昼休憩にお弁当を食べながら、賭けの勝利を宣言した。


「わかったわよも~……あ~あ、犬塚くんなら絶対ヨリを戻しにくると思ってたんだけどなぁ~」


 私の隣で残念がる弓子。……やたらニヤニヤしているのが気になるが。


「アイツはそんなんじゃないわよ……とにかく駅前のケーキよろしくー」


――


 私と弓子は一週間前から賭けをしていた。内容は、腐れ縁の光介が今日までにヨリを戻そうとしてくるかどうかだ。


「だって今日は愛美の誕生日なんだよ~? 犬塚くんそういうの好きそうじゃん」


「本当にそうなら彼女の誕生日に別れを切り出したりしないわよ」


 私は自分でも分かるような不機嫌な態度で答える。


 ……あれは中一の夏のこと。昔から家が近く顔見知りだった犬塚光介は私に交際を申し出てきた。所謂幼馴染とはいえ、そういった経験に僅かながら憧れを持ち始めていた年頃の私は、何を血迷ったかOKしてしまったのだ。


 確かにあの時の私は、初めての事に若干浮かれていたのかもしれない。しかしそんな私の感情はすぐに急転直下を辿ったのであった。

 

 その僅か二週間後、神妙な顔で「愛美とは友達の様な関係でいたい」と別れを告げられてしまったのだ。なんとも勝手な話だ。


「ホントに何考えてんのかしらあいつ……!」


「そうかな~犬塚くん結構人気あるんだよ? 純粋っていうか無垢っていうか」


「流されやすいだけよ」


「だからほっとけないんじゃない?」


「誰が……!」


 弓子の追及をかわす私。……確かに昔から何でも信じ込みやすい奴だった。友達に嘘を吹き込まれては信じ込んで一直線。そんなアイツの突っ走りを止めるのは骨が折れた。


 小四の夏。二人で縁側でスイカを食べていると、「どうしよう愛美ちゃん!」と急に叫ぶ声が隣から聞こえた。聞けば、スイカの種を飲み込んでしまうと胃の中でスイカが育ってしまうから絶対の飲み込むなよ! と友達に言われたのに飲み込んでしまったらしい。


 私はあまりの信じやすさに頭を抱えながら間違いを訂正して光介をなだめた。


 小六の冬。私が風邪を引いて寝込んでいると、ずっとベッドの横に張り付いて「風邪は人にうつせば治るらしいぞ!」といい笑顔で言い放った。うつさなくても治るから、というかうつるからどっか行ってなさい……と力なく言う私を無視してベッド横を占拠した事もあった。……案の定数日後、本人が寝込んでしまったが。


 そんな私の苦労話を隣で聞いている弓子は、何故か微笑ましそうな顔でこちらを見ていた。


「……なによ」


「仲良しじゃない」


「腐れ縁って言ったでしょ。親同士の顔も知ってるのに、アイツが悪い人に引っかかったら寝覚めが悪いだけ」


 それ以上でも以下でもないと私は言い捨てるが、今日に限って弓子は粘ってくる。


「でもどうでもいい相手なら、別れて三周年なんて普通覚えてもいないわよ?」


「誕生日だから覚えちゃってるだけよ。嫌な思い出はずっと覚えているものだわ」


「犬塚くんに刻み込まれちゃったわけね」


「……やけに突っかかるわね? というか今日私誕生日なんだから何かプレゼントでも渡しなさいよ」


 話題を変えようとそんな事を言う私の言葉にも、弓子はニヤニヤを崩さない。一体どうしたというのだ?


「何よ? まさか親友なのに用意してないってわけ?」


「ううん。とびっきりのを用意してるよ」


 そうは言っても弓子は手ぶらだ。私が首を傾げていると……


「ねえ愛美。私もあなたの事は親友だと思ってるわ」


「急に何よ」


「だから犬塚くんとあなたがこじれたままなのは気になっちゃうの」


「だから別にこじれてるわけじゃ……」


 私の反論を意にも介せず、弓子は続けた。


「だからあの時、聞いたの。なんで愛美を振ったのか」


――ドクン


 私は少しだけ、心臓の音が速くなるのを感じた。


「そしたら犬塚くん、またいつもの様に友達に吹き込まれた事を信じてたの」


「はぁー……、またアイツは。それで今度は何だって?」


 私は平静を装いながら続きを促す。


「“女性は結婚できる年齢の前に付き合うと法律で罰せられる”って。だから黙ってたみたいよ? 三年後に改めて申し込むって」


 ウインクしながら、悪戯が成功した子供のような顔で笑う弓子。私があまりの衝撃に頭の中が真っ白になっていると……


「おーい、愛美! ……ちょっと話があるんだけど」


 後ろから光介の呼ぶ声が聞こえた。手には何やら小さな箱を持っている。


「……賭けは私の勝ちみたいね?」


 満面の笑みでそう言い放つ弓子。


「ア、アンタ知ってたわね!? こんな賭けは無効よ!」


 私は赤くなった顔を隠すように弓子のイカサマを糾弾した。


「おーい! 愛美!」


「ほら、呼んでるわよ」


「もう……!」


 私は自然とニヤケてしまう顔を隠すように弓子を睨みつつ、光介の方へと走っていった。



――



「何で付き合うだけで指輪なんか買ってくるのよ!!」


「え、だって結婚……」


「そもそも男のアンタはまだ結婚できないでしょーが!! いつもアンタはそうやって……」



――


「……賭けの報酬はウェディングケーキになるかもね」


 二人のやり取りを遠巻きに見ていた弓子は、誰に届けるわけでもなくそう呟いたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三年前にアイツと別れてよかった 安登みつき @atomitsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ