クエスト14:白魔導兵団を叩け


「つーか皆、エルザを頼ること自体は随分と簡単に頷いてくれるんだな。こいつ、仮にも人類の敵とか言われてる魔族の親玉の娘だぞ?」

「まあ、驚きはしましたが……実際に魔族――ディーマと呼ぶのが正しいのでしたか。彼らについては、それこそおとぎ話で聞かされたくらいにしか知りませんから。目の前の彼女がそうだと言われても、今一つピンと来ないというのが正直な話ですね。……セクハラについては同性といえど許しませんが」

「実際に魔族から被害を受けたなんて話も、眉唾の噂程度しか聞いたことないからナー。ましてや今の状況下、風聞だけを理由に揉めるなんて愚策もいいところだヨ。……別の意味で要注意な相手だけどサ」

「ま、まあまあ! なんとも心強い味方じゃあねえかよ! グハ、ハハハハ!」


 話のわかる――アスティとニボシの二人は貞操的な意味で警戒してるし、ガリウスは何故か笑いが引きつりっ放しだが――仲間のおかげで、エルザが加わってのダンジョン攻略は実に順調だった。


 ……聖王国内では人類の敵なんて呼ばれている魔族ことディーマだが、彼らもれっきとしたヒト族である。


 身体的な種族固有の特徴として、外界のマナを知覚しマナへ意思を効率良く伝播できる角と、マナの流れを視覚で認識できる魔眼を持つ。加えて先天的に生まれ持つ【マナコントロール】というスキルにより、マナを自在に操れる。

 そのため、ディーマはヒト族の中でも魔法に長けた種族だ。


 魔法は通常の魔力にマナを加えた、魔法力と呼び分けられるエネルギーで行使する異能だ。外界のエネルギーも利用する分、他のスキルに比べて世界に干渉する規模が大きく、同じ階梯でも他のアーツより火力が高い。反面、制御が難しい上に気力・体力の消耗も激しい傾向にあるが、異能の中でも強力な部類には違いない。


 そんな魔法を容易に操れるディーマは、なるほど敵に回せば脅威だろう。

 しかし逆に、味方となればこんなにも頼もしい。


「さあ! 我が氷上の舞台にて、存分に舞い踊るがよい!」


 現に俺たちは絶賛マモノと交戦中だというのに、軽口を交わす余裕さえあった。

 事情があってエルザは全く本領を発揮していないにも関わらず、だ。


 あまり派手な魔法攻撃をされると通路を塞ぐことになるし、俺たち全員を連れて転移してもらうためにも、エルザにはできるだけ魔力を温存して欲しい。

 そこでエルザは通路の床を凍りつかせ、俺たちに有利なフィールドを造り上げた。


 マモノの足を滑らせて自由な身動きを封じる一方で、俺たちが足を置く箇所だけは随時氷を退ける。さらに小さな氷柱でマモノの動きを阻害したり、逆に足場を作って俺たちの動きを助けたり。敵味方、双方の動きを完璧に読み切っていなければできない芸当だ。


 その実に的確な氷捌きで、戦況をまるで盤上の遊戯がごとく支配していた。

 おかげで今まで以上に攻略がサクサク進むこと。

 それにしても――


「やっぱりパーティープレイって強いな。ソロとは負担が段違いだ。なんつーか、独り身の寂しさと厳しさをつくづく実感するぜ……。いや、クエストではちょくちょくニボシと組んでたけど。ダンジョンじゃ年中ソロだったからなあ」

「……そういえば、タスクはこのダンジョンをずっと一人で戦っていたのですか? 私が知る限り、あなたは日課のようにここへ通っていたはずですが……」

「『ちょっと二、三日塔の地下に潜るから』ってクエストの誘いを断ったこともあったよナ? そりゃ毎日こんな場所に一人で潜ってたら、嫌でも強くなるだろうけどサ。ちょっと無茶が過ぎるんじゃないカ?」


 うぐ。また二人の視線が痛い。

 まあこれは、俺を心配してくれているからこそ、なんだろうが。


「い、いやいや、いつもはここまで頻繁にマモノが発生したりしないし、強さだってそれほどじゃいんだぞ? それに敵わないような相手には逃げに徹してたし……」

「以前はあんたにも呪縛がかかってたじゃないのよ。大体、あんたのダンジョン攻略って基本的に安全マージンはガン無視。ズタボロになるまで戦い続けて、治癒のポーションも使い切ってようやく上に戻り始める……。あのお姫様に出会ったことも含めて、いくつもの幸運に恵まれてなかったらとっくに死んでるじゃない」

「なんでフラムは俺のダンジョン攻略事情まで把握してるんだよ!?」


 泥臭いを通り越して血生臭い、俺の修行過程なんかどうでもいいだろ!

 わざわざ話すようなことじゃないし、なんかこう『努力を褒めてくれ認めてくれ』って強請ってるみたいでアレだし……。


「うむ。確かにわらわが出会った頃のタスクは酷い有様だった。なにせ至高の輝きを隠したくても隠せないわらわを、こともあろうに新種のマモノと勘違いして斬りかかってきたくらいだからな。アレはもう、狂気の沼に片足どころか半身が沈んでいた」


 エルザまでしみじみと余計なこと語り出してるし!


「むしろそこまで闇の深みに踏み込んでいながら、わらわの呼びかけ一つで正気を取り戻す意志力に驚かされたモノだ。よくもまあ、この危うさで生き延びてきたものだと、わらわは感心してしまったぞ」


 アレはアレで刺激的な魅力があったのだがな! などと暢気に振り返るエルザ。

 しかしアスティとニボシは暢気に受け止めてはくれず、片手間でマモノを蹴散らしつつ険しい顔で俺に詰め寄ってきた。


「あなた……! 食堂では何食わぬ顔だった裏で、そんな無茶をしていたのですか!?」

「オイラにもそんな素振り、欠片も見せたことないじゃないのサ! そこまで思い詰めてて、相談の一つもできないほど信用なかったのかヨ!?」

「いや、そう言われてもだな! だってエルザが言ってるのは、二人と出会うよりずっと前の話なんだぞ!?」


 そう。実は出会った順番で言うと、この中でエルザが一番の古株だったりする。


 俺が一番精神的に不安定だった時期。ただただ力が欲しいという欲求と焦燥感に駆り立てられるまま、無謀な戦いとダンジョン攻略を繰り返していた頃。隠蔽された下層、他に誰も立ち入る者がいない場所で、行き倒れる寸前だった俺はエルザと出会った。


 フラムの言う通り、あそこでエルザに助けてもらってなかったら、俺はあの時点で死んでいただろう。


 こちらから一方的に襲いかかったというのに、加減して止めてくれたばかりか、上層まで送り届けてくれたエルザには頭が上がらない。


「ふむ。わらわも確かにある日を境に、タスクの顔色と無茶無謀が随分とマシになったのを覚えているぞ。そ・う・い・え・ば……タスクの話に『クール美人の店員さん』や『憎たらしいけど憎めない盗賊』の話題が上がるようになった時期と、ピッタリ一致しているな。いやはや、不思議なこともあったものだなあ?」

「そう、なのですか」

「へーほーふーん。そうなのカー」

「あの、もう勘弁してください……」


 満更でもない風に頬を朱に染める二人に、俺は熱くてならない顔を片手で覆い隠した。もう一方の手でマモノを斬り捨てつつ。

 ああもう! この行き場のない衝動をマモノどもにぶつけてやる!


「うむうむ! 闇の力を御する上で他者との繋がりは重要だが、そうでなくとも心の支えとなる存在がいるのは良いことだ。そなたもそうは思わぬか、鍛冶師殿?」

「そそそそうですな! 全くその通りで! グハ、ハハハハッ」


 ところで、後方でエルザの守りを任せているガリウスの、このやたらかしこまった態度……なんか色々と察せられるモノがあるが、まあ余計な詮索はするまい。

 ワケありなのはお互いさまで、不躾に踏み込まない。それがこのパーティーで暗黙の了解みたいになってるからな。





 ――そんなこんな順調に進んで、地下四五階層。

 ついにと言うべきかようやくと言うべきか、それはともかく。

 教団の追手が俺たちの前に現れた!


「ハア……やっと、見つけたぞ……ハアッ……この異端者……ハアハア……ども、め……ハアァァァァ」


 ――何故か戦う前から大分お疲れの様子で。


 やはり洗脳状態にある隊員たちは表情にこそ出さないが、顔には少なくない量の汗が伝って疲労を物語っている。


 彼らを率いる中隊長に至っては、表情が全力で疲労困憊を主張していた。ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返し、顔中が汗でビショ濡れ。こう言ってはなんだが、見ているだけで暑苦しい。杖にしがみつくようにして体を支える姿は、満身創痍を絵に描いたかのごとく。


 なんつーかもう、息を吹きかけるだけで倒れそうだな。


「聖騎士……ではありませんね」

「あの服装に装備、まさか全員が魔法使いだっていうのかあ!?」

「教団が魔法使いを集めて専門の部隊を組織している噂は聞いてたが……まさかこれほどの規模で実在したとはナ」


 そう。俺たちの前に立ちはだかっているのは、白銀の鎧に身を包んだ聖騎士ではない。

 純白のローブを纏い杖を構えた《魔法使い》系ジョブの集まり。教団の魔法戦力にして最大の火力保有部隊を自称する、白魔導兵団だ。


 これを率いるは、魔法使いの中でも光の力に高い素質を持つ者だけがなれるという上位ジョブ《白魔導士》。攻撃・支援・治癒魔法まで操る万能魔法使いだ。ただ、そのジョブを持つのは団長のみ。あの中隊長を含め、他は普通(?)の魔法使いだろう。


 とはいえ他のジョブより圧倒的に絶対数が少ない魔法使いが、今ここにいるだけでざっと二〇人。この人数さえ通路のスペース上、数を絞られた一部分に過ぎない。


 聖剣教団の権力が、如何に強大であるかが窺えるだろう。

 それにしても――なんで追手のこいつらが俺たちの『前』に立ちはだかっているんだ?


「ハア、ハア……はっ、ハハハハ! どうだ、我々が後ろからでなく前から現れて驚いただろう!? なにを隠そう、各階層のセーフゾーンには、ショートカット用の転移装置が備え付けられてあったのだ! そこの落ちこぼれは知らなかっただろうがな!」


 俺の疑問を察した中隊長が、親切にも息切れしつつ教えてくれた。あーあー、無理に高笑いするもんだから滅茶苦茶咳き込んでるぞ。

 つーか、ショートカット用の転移装置ですと?


「えっ。嘘、マジで知らなかったんだが……どうりで滅多に他の騎士と鉢合わせないと思った。俺だけわざわざ階段を昇り降りしてたとか……」

「ちょっと待ってください。ではタスクは、この何十とある階層を日常的に往復してきたのですか!?」

「しかもたった一人、マモノの相手までしながらかヨ!?」

「改めてお前、凄いなあ。そのとんでもない強さも納得だぜ」

 自分が今までどれだけ教団に酷い扱いをされたか、つくづく思い知らされて地味にへこむ。アスティたちの驚きと呆れと感心の混じった言葉がせめてもの慰めだ。

「む? しかし妙だな? 転移で先回りしたのはわかるが、なぜもっと早くタスクたちの前に現れなかったのだ? それに『やっと』というのは?」

「私にはなんとなく想像がつくわよ。大方、私たちの攻略スピードを下も下に計算して、私たちがとっくに通り過ぎた階層に転移したんでしょう? しかもそれを何度も繰り返して、今の今までずっと先回りに失敗し続けた。違う?」


 首を傾げたエルザの疑問にフラムが答えると、図星と見えて中隊長の顔が真っ赤に染まった。それを煽るように、フラムがまたイイ顔で冷笑する。


「転移装置だって、そう頻繁に繰り返し稼働させられる代物じゃないはず。再使用の待ち時間で焦らされるわ、次も空振りしないか不安になるわで、体力も気力も削られてその有様ってところかしら? それでわざわざ倒されに来るんだから、ご苦労様なこと」

「だ、黙れ異端の魔女が! よもや、邪悪な魔族とまで通じていたとはな……もはや裁判にかけるまでもない! 魔道の叡智を極めし我が魔法部隊が粛清してくれるわ!」


 裁判にかける気がなかったのは最初からだろ、とツッコミを返す間もなく、白魔導兵団の隊員たちが一斉に杖を構えた。


 そして詠唱もないほぼノーモーションから――いわゆる無詠唱で魔法を展開し、攻撃を放ってくる。火の弾やら氷の礫やら風の刃やら……いずれもアーツとしての階梯は低いが、そもそも魔法攻撃は第一階梯の時点で、武装した戦士を数人まとめて殺傷できる。


 だから魔法使いは戦力として重宝されるし、魔法強化や魔法対策の効果を持つ道具・装備は非常に高価だ。

 そんな魔法攻撃が二〇発。流石に【ダークオーラ】任せで受ける気にはなれない。


「【氷よ】【城壁を築け】!」

「【雷よ】【降りかかる刃を阻め】!」


 エルザと俺が紡いだ詠唱に従って、氷の城壁がせり上がり、城壁の前に黒雷が結界を張った。敵の魔法攻撃が黒雷の結界に次々と命中し……一発も氷の城壁に届かない。

 つまり、俺の黒雷だけで全て防ぎ切ってしまったのだ。


「むう。わらわの城壁が出し損になってしまったではないか。そなたの覚醒ぶりには惚れ直すが、少しはわらわのことも立ててくれぬと、拗ねるぞ?」

「転移に備えて温存してくれって言っただろ? ここは俺に任せてくれ」

「ふむ。たまには守られるというのも悪くないな。うむ、悪くない! ……頼りにしているぞ、わらわの騎士よ」


 息を吹きかけるように耳元で囁くな!? ゾクゾクするだろうが!


 ああもう、白魔導兵団より後ろの視線が怖い……。別に殺気とかはないんだが、こう嫉妬とか羨望らしき感情で、何とも言えないこそばゆさが非常に気まずいのだ。


 で、初撃を完璧に防がれた相手はというと。

 洗脳状態の隊員たちはともかく、中隊長はポッキリ士気が折れたんじゃないかと期待してたんだが――何故か、中隊長は爆笑する。


「ぷっ。くふふ、アハハハハ! 詠唱の補助がなければ魔法を行使できないとは、馬脚を現したな! 魔族とやらも大したことはない、とんだ期待ハズレだ! いや、むしろ我々があまりに優れているのか! 所詮は闇の力に縋った劣等種族、ヒューマンの中でも筆頭の実力を持つ我々と比べるだけ憐れというものだな!」


 腹を抱え、今にも倒れて転がり回りそうな勢いで哄笑する中隊長。

 攻撃が全て防がれたことより、俺たちが詠唱を使ったことの方が余程重要らしい。


 理由に見当はつくが……呆れる他ない。こいつ、目の前で起こった現象の意味もまともに分析できないのか? 今の短い言葉に込められた魔法力の大きさを感知できていれば、とても笑ってなんかいられないだろうに。


 エルザも呆れ果てた、馬鹿を見る目で中隊長に対し嘆息する。


「……タスクよ。どうにも理解に苦しむのだが。何故にあやつは、詠唱が無詠唱より劣るかのように言っているのだ?」

「あー。たぶんあいつら、を知らないんじゃないか? 今の攻撃も、【魔法】系統のスキルに依存したアーツだけだったし」

「なるほどな。無知とは未熟であり、未熟は罪ではない。……しかし、だ。己が未熟を自覚せずに増長し、あたかも自分がこの世の頂点にいるかのごとく他者を見下す。そのような振る舞いは愚か者のすること。――わらわは今、実に不愉快だ」


 ピキ、とエルザの怒りに呼応して周囲の空気が凍りつき、氷の結晶が咲く。


 エルザは天井知らずの自信家だが、他人を自分より劣る存在として不当に見下すような真似はしない。むしろ自分にない輝きを持つ者たちとして万人を尊び、愛するヒトだ。


 故に彼女が憎むのは、自分が愛するモノを不当な理由で嘲り、踏み躙ろうとする輩。


「なにを意味のわからん戯言を……詠唱など文面で魔法の内容も筒抜けになるし、そもそも『これから魔法使いますよー』なんて敵に合図を送るだけの無駄要素だろうが! その程度の理屈もわからないような低能は、我が魔導兵団の真なる魔法で灰にしてやる! 魔道の深奥と己が愚劣さを味わいながら死んでいくがいい!」


 中隊長の合図を受け、隊員たちが魔法攻撃第二波の構えを取る。

 詠唱の欠点に対する指摘自体は尤もなんだがなあ……詠唱が無駄なんて、補助の役目しか果たさない低レベルな詠唱に限った場合の話だ。


 ここは一つ、教授してやるとしよう。

 魔道の基礎にして真髄とは、世界をも従える言の葉にあると。

 殺到する魔法攻撃に対し、俺とエルザは告げた。



「「【 散 れ 】」」



 瞬間、魔法攻撃の雨あられが一つ残らず消し飛ぶ。

 俺たちが命じた通りに、全ての魔法攻撃が自ら霧散したのだ。


「……へ?」


 なにが起きたのか理解できず、中隊長が間抜け面を晒す。

 ――さあ、存分に味わえ。貴様の無知と無力を。


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