クエスト12:『四人目』と合流せよ


「あ~~~~。スッキリしたぁぁぁぁ」

「普段はむっつりと無愛想な顔でいることが多いタスクが、見たこともないくらい晴れ晴れとした顔を……」

「オイラは大暴れした後なんかに何度かみたことがあるけど、ここまで爽やかな顔になってるのは初めてだナ」


 存分に力と怒りを発散し、俺はこれ以上なく晴れやかな気持ちになっていた。

 アスティとニボシが若干引いているのさえ今は気にならないほどだ。

 まあ後で落ち込むかもしれないが、それこそ後で考えればいい。


「しかし派手に暴れたおかげで、瓦礫が奥に続く扉を塞いじまったぞ? この瓦礫の山をどかすのは、なかなか骨が折れそうだ」

「ん? ああ、そこは別にいいんだ。その向こうにあるのは道中でも話した、《心鏡の影身》ってマモノが出る部屋だけだからな。影身も俺が本体の鏡ごと倒しちまったから、もうもぬけの空だが」

「あん? だったら、転移装置ってヤツは一体どこにあるんだよ? ここがこのダンジョンの最深部みたいだが……」

「一見すると、そう思うよな。だが、実はそうじゃない」


 やや勿体ぶった笑みをガリウスに返しつつ、俺は瓦礫の山に埋もれた部屋の手前、通路の壁に近づく。

 変異ミノタウロスが激突した際に、四散した瓦礫が壁にいくつも傷をつけていた。


 それほど大きい破損ではないし、自動修復機能で既に直りつつある。ところが、全く修復が起こらず、不自然に破損が残る箇所が。そこをよくよく見ると……割れた裂け目の向こうに、空洞が広がっていることがわかる。


「あーあー、派手に壊れちまって。だがまあ、どうせここに戻ってくることもなさそうだし、気にすることもないか。――オラア!」


 その箇所に蹴りを入れると、あっさりと壁は壊れた。

 崩れた先にはここまで何度も目にした、下層へと続く階段が。


「これは、隠し階段ですか?」

「イヤ、この壁の感じ……元々あった階段を後から隠蔽したんだナ。しかもよく似せてはあるけど、壊れた壁は明らかに真新しい。古代文明の遺跡である、このダンジョンの年代と一致しないゾ。つまり――」

「そうだ。教団がなんらかの理由で下層に続く階段を隠し、地下三〇階層で終わりかのように偽装したんだ」


 だから表向き、塔の地下迷宮はここが終着点ということになっている。

 聖騎士候補たちのお守りをしたのも、ここよりずっと上の階層だ。……今にして思えば、あんな浅い階層でミノタウロスが現れるなんてこと自体、これまでなかった。


 この地下迷宮に、一体なにが起こりつつあるのか。

 嫌な予感がしてならないが、どの道先へ進む以外に選択肢はない。


「ってことは、転移装置はこの下なのか?」

「あ、うん。そんなところだ。じゃあ行くぞー」

「誤魔化すの下手すぎでしょ、あんた」


 そそくさと階段を下る俺に、横に並んだフラムが呆れたように小声で囁く。

 しょうがないだろっ。俺は戦いで頭を回すのに精一杯で、交渉だの説得だのといった、弁舌を使った騙し合いや駆け引きなんて専門外なんだよ。


 幸い、誰も深くは追及せずについてきてくれる。

 いやはや、懐が深くて理解のある連中で助かった。


「ところで……オイラたち五人を連れて国外に転移するなんて、これから合流するお相手さんの魔力は大丈夫なのカ?」

「その心配はいらないだろうなあ。あいつの魔力は、その辺の《魔導士》なんて比べものにならない。マナの制御技術も超のつく一流。それにあいつの転移魔法は、大地に流れる《龍脈》を利用してるとかで――あ」

「やはり、タスクのアテというのは転移装置でなく、転移魔法の使い手でしたか。国外逃亡の手引きが可能で、かつ地上では合流せず、安否を心配する素振りもない。以上の点から推測するに、その相手はおそらく国外の人物」

「聖王国は国外への出入りを厳しく禁じているし、国内の人ならどうしたって、『邪悪な暗黒騎士の仲間め!』って異端認定が及ぶ危険性はあるからナ」

「なにかしらの事情で外部から転移魔法でこの地下迷宮に侵入し、隠された下層の存在を知って潜ったタスクと遭遇したのが馴れ初め……といったところでしょうか」

「なるほどなあ。国外のヤツなら異端認定について心配する必要はねえ。そもそも転移魔法で侵入してるなら、教団もそいつの存在を調べようがないわけだ」


 訂正。抜け目ないし洞察力もある連中だった。

 なにげない風に切り出されたカマかけにあっさりと引っかかった挙句、的確な指摘に反論の余地もない。


 俺が肯定の代わりに、両手を上げて降参の意を示すと、ニボシがしてやったりという顔で笑った。こういう憎らしい顔をされても許せちまう辺り、可愛いというのは得だ。


「で、ここまでならオイラたちに隠す理由にしては弱いわけだけどサ。その転移魔法の使い手さん、一体何者なんだヨ?」

「うーん……口で説明するより、実際に会って確かめた方が早いと思う。ただ、あいつも定期的に来るんだが毎日じゃないし、その間隔も気まぐれに変わるからな。場合によってはセーフゾーンに籠城して、数日は待たなくちゃならないかも……」


 そう話している間に階段を下り切って、俺たちは地下三一階層に踏み込んだ。

 一回り空間が広くなった他は、これまでとなんら変わらない石造りの通路。

 それを見て、ガリウスが拍子抜けしたように息を吐く。


「なんだよ。上と比べて、なにか特別変わりがあるわけでもねえんだな」

「教団が隠蔽した理由は不明だが、元々は普通に繋がってたわけだからな。そう驚くようなものはなにもな……」

「ん? どうしたんだヨ? 急に固まってサ」

「なにかありましたか?」


 階段から通路に出て数歩進んだ矢先、足を止めて立ち竦む俺に二人が訝しむ。

 俺は口で応えることができず、代わりに震える指先で前方を示した。

 釣られるように皆が通路の先へ視線をやり……絶句。


 そこにいたのは通路一杯の、通路自体が広くなったので、ミノタウロス以上だとわかる巨躯。砦じみた胴体に、手足の鉤爪はナイフのように鋭い。蛇のような長い首と尻尾、そして首の先には角とたてがみが生えた、蛇より厳つく凶悪な頭部。


 泥状の《闇》が体表を覆っているため、出来の悪い泥人形のようにも見えるが、間違いない。その姿は、誰もが畏れる暴威の化身。


「ド、ド、ド、ドッ。ドラゴンだあああああああ!?」

「正確には《ドラグール》――ドロドロの《闇》と相まって《屍鬼グール》みたいだからそう呼ばれてる、あくまで形を真似ただけのドラゴンもどきだヨ! 竜種ってのは本来、魔獣の最上位とされる種族なんだからナ!」

「本来の竜種には遠く及ばない紛い物といえど、単体で町一つを地図上から消し去る脅威を誇るマモノの上位存在です! よりにもよってこんな、避けて通りようもない通路で遭遇するだなんて……!」

「ちぃ! ドラグールなんて、今まで出てきたことなかったぞ!?」


 本当に、ここでなにが起こっていやがるんだ!

 変異ミノタウロスさえ前座に成り下がる別格の敵。俺たちは緊張を隠せない顔で、即座に臨戦態勢に入った。クソッ、変異ミノタウロスとの戦いで、吸収した《闇》を使い切っちまったのが悔やまれる!


「ちょっと待って。こいつ、なんか様子がおかしいわよ?」

『ガ、ガガ、ガッ』


 なん、だ?

 フラムが言う通り、ドラグールの様子が変だ。とっくに俺たちの姿を捉えているはずなのに、襲いかかろうとする素振りも見せない。


 動揺から立ち直って観察すれば、威圧感が皆無に等しいことに気づく。鳴き声すらか細く、明らかに弱っているのだ。憐れみすら覚えそうになる有様は、俺にズタボロにされた変異ミノタウロスと酷似していた。


 それにドラグールの体が、体表の《闇》ごと凍りついている?

 しかもただの氷じゃない。濃紫の、水晶みたいに透き通った氷は、マモノとは比べものにならない洗練された闇の力による氷結だ。


 ……まさか。

 俺のイヤーな予感を肯定するように、どこからともなく高笑いが。





「ハーハッハッハ! わ・ら・わ・が、キターーーー!」





 俺個人にとっては聞き慣れた、無邪気でありながらやたら尊大な声。

 ドラグールの背後より、その巨躯を飛び越えて宙を舞う影が一つ。


 影が宙で一回転する間に、空気中の水分が急速に氷結。氷の玉座が出来上がって、影は優雅な着地でそこに座った。

 そして玉座の下に築かれた巨大な氷塊が、竜もどきの頭を圧し潰す!


『ガペッ』


 プチ、とあまりにあっけない音を立てて潰れるドラグールの頭。

 どうやら核も頭部にあったようで、巨体がグズグズに崩れていく。

 唖然とする俺たちを玉座から見下ろすのは、とんでもなく偉そうな美女だ。


 腰まで届く濃紫の髪。大粒の宝石にも似た『白い』瞳。顔の造形は童女のように可憐だが、天井知らずの自信に満ち溢れた笑顔は、まるで傲慢の塊。目鼻立ちの整い方に漂う高貴さと相まって、『王者』の気質を窺わせた。


 しかしその気品は血筋や身分、ましてや見かけに依るものではない。己を誇れども他者を侮らず蔑まない、高潔な魂から溢れ出る輝きだ。


 己に対する自信のほどは服装にも表れていて、豊満な肢体を全く隠す気がないピッチピチのボディスーツ。なぜかスリットが入ってておヘソは丸見えだし、太ももに至っては足の付け根から肌が剥き出し。腰布も前が開いてるもんだから、向き合っていると酷く目のやり場に困ってしまう。


 そんな恰好で、この堂々たる佇まい。自分の美貌とスタイルに余程の自信がなければできない芸当だ。実際、それに足る美しさの持ち主だから性質が悪い。


「エルザ……お前まさか、登場を派手に演出するためだけに、そのマモノを瀕死にしてここまで引っ張ってきたのか?」

「うむ! なにやら非常に珍しくて強そうなマモノがいたから、軽く捻ってな! わらわの強さと美しさを示すには少々地味だったかもしれぬが、急ごしらえにしてはなかなかのインパクトだったのではないか?」

「確かにちょっとやそっとじゃ忘れられそうにない、強烈な登場の仕方だったわね」


 褒め称えても構わぬぞ? とドヤ顔で万雷の喝采を待つ美女――エルザ。ブンブンと揺れる尻尾の幻覚が見えるようで、そのなんとも子犬っぽい無邪気さが、尊大な態度すら愛らしさに変えている。これが天然だから恐ろしい。


 フラムも俺と一緒に呆れているが、残る三人の反応はもっと劇的だった。


「オイオイ、マジかよ……!?」

「なるほどナ。転移魔法の使い手は、フラムが言ってた『四人目』でもあったわけダ」

「しかし、彼女はまさか」


 揃って戦慄と驚愕の表情を浮かべる三人。その視線は彼女の頭から伸びる、青い結晶状の湾曲した二本角と、他のヒト族とは白黒の反転した眼に向けられていた。


 無理もない。俺も最初に出会ったときは思考停止起こしたくらいだしなあ。

 ただ、これからさらにもう一段は驚くことになる。


「えーと、エルザ。こいつらは俺の仲間で、わけあって今は俺と一緒に追われてる身なんだ。色々と事情の説明は必要だろうが、まずは自己紹介から頼む」

「うむ! 天上の調べがごとく美しき我が名の響きに、存分に聞き惚れるがよい! 我はエルザ! エルザビュート=G=ニヴルヘイム! ニヴルヘイム帝国を治める魔王の末娘。《ディーマ》――そなたらがいうところの、魔族のプリンセスである!」

「「「……………………ええええええええェェェェェェェェ!?」」」



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