クエスト11:《変異ミノタウロス》を討伐せよ


 心なしか、陰鬱な空気の圧が普段より増しているダンジョンの地下深く。

 理由もなく不安を煽る不気味な静寂を、牛の頭を持つ巨人の咆哮が破った。


『ブルギギギギユオオオオオオオオ!』

「ぐ、ぬおおおお……!」


 横殴りに襲いかかる特大の棍棒を、ガリウスが大盾で受け止めた。

 大木も数本まとめてへし折るような一撃。ガリウスの体は床を砕きながら後方へ押しやられる。大盾から、全身の筋肉から、メキメキミシミシと軋む音が鳴った。

 しかし、ガリウスはこれに耐え切って見せる。


「オ、ラァ!」

『ブルギャア!』


 棍棒を押し返したガリウスに、今度は逆側から斧が迫る。

 ガリウスは鈍重な大盾を、強引に斧との間へ滑り込ませようとした。

 それに先んじて、ガリウスを守るように風が吹く。


「【風刃の舞い】!」


 斧の前に躍り出たアスティが、風を纏った細剣を振るう。

 風の刃が三つ、細剣の動きに追随する形で舞い踊り、巨人の太い指を切断した。


 親指を含む三本が切り落とされたことで、斧は巨人の手からすっぽ抜ける。大きく軌道を外れて明後日の方向に飛んでいき、壁に突き刺さった。


「ハァ!」

『ブギャ!』


 アスティは巨人の腕を駆け上がり、眼前に到達。

 二連続の刺突から放たれた鋭い風の針が、巨人の両眼を貫いた。


「これで視界は……なっ!?」

『ブガアアアア!』


 しかし巨人の顔を突き破って現れた『一つ目』が、アスティの姿をハッキリ捉えていた。

 巨人がアスティの頭を叩き割ろうと、三本目の腕から剣を振り下ろす。


 アスティは風の力も加えた跳躍で宙返りし、どうにかこれを避けた。が、立て続けに四本目の拳が迫る。これには回避が間に合わない。


「させるか!」

「タスク!」


 そこへ俺が、【闇翼】による飛行で間に割って入った。左腕でアスティを庇うように抱きかかえつつ、【ダークオーラ】で拳を防ぐ。


 眩い闇の障壁は、僅かな衝撃さえも阻んで通さない。しかし巨人が五本目、六本目と全ての腕を使ってやたらめったらに殴りつけてきた。障壁はビクともしないものの、オーラごと押し込まれる形で高度が下がっていく。


 そこへ連続の銃声。ニボシが巨人の攻勢を妨害しようと援護攻撃してくれたのだ。

 しかし弾丸は、巨人の硬い肌や武器に弾かれてしまう。


「チッ。なら、こいつはどうダ!」


 回転式拳銃リボルバーでは効果がないのを悟ると、ニボシはもう一方の銃を構えた。


 左手に持った回転式拳銃が装弾数六発の連射型なのに対し、こちらは中折れ機構を持つ銃身から弾丸を装填する単発型。連射が利かない分、大型の弾丸を放つことができる、ニボシの小さな手に不釣り合いな大口径の銃だ。

 トリガーを引かれ、撃鉄を叩き、火を噴く銃口から弾丸が放たれる。


 ……魔道具であるニボシの銃には、古代文明のソレと異なる独自の機構が用いられている。具体的には撃鉄が【火属性魔法】による極小規模爆発で弾丸を撃ち出し、銃身の【磁力操作】で弾丸を加速させる。部品ごとに付与された異能を利用した射撃なのだ。


 つまり火薬を詰める必要がない分、弾丸には『細工』の余裕があるということ。


『ブルギャギャギャ――ガ!?』


 巨人は弾丸を脅威でないと判断したようで、その一発も気に留めなかった。グィィッと持ち上がった口の両端には、魔獣ならまず浮かぶことのない嘲りすら窺える。


 しかし斧に命中した瞬間、爆発が着弾点の持ち手部分を吹き飛ばした。

【火属性魔法】の第五階梯アーツ【エクスプロード】を込めた【爆裂弾】だ。


 ……ちなみに本来なら【道具作成】スキルでは付与不可能な効果だが、詳しくはニボシの秘密に関わるので、今は割愛する。


『ブルギャアアアア!』


 斧頭が転げ落ち、ただの棒切れとなった柄を苛立たしげに投げ捨てる巨人。

 しかし、すぐに手から新しい斧が『生えて』きた。マモノが身につけた武器や防具も、元は土塊。闇の力に余剰さえあれば、いくらでも再生が利くのだ。


 とはいえ、俺とアスティが後退するのに十分すぎる時間は稼げた。


「助かった!」

「助かりました。持ち手を狙った正確な射撃、お見事です」

「巨体に比例して的が大きかったし、わざわざ褒めるほどのことじゃないヨ。それにしても……こいつは一体なんなんダ? これまでのマモノとは明らかに毛色が違うゾ」

「全くだぜ。このダンジョンじゃ、こういうのが当たり前なのかよ?」

「いいや、俺だってこんなのは初めて見る。」


 地下三〇階層の最奥――俺が《心鏡の影身》と戦った部屋を目前にして、俺たちは異様な魔物に阻まれていた。


 最初こそ姿は普通の《ミノタウロス》だったんだが、戦い始めてすぐに追加の腕が四本も生えて六本腕になり、今の攻防で顔に大きな単眼まで現れた。アレは一つ目の巨人《サイクロプス》の眼か?


 元が土塊であるマモノの肉体。通常の生物の形に縛られないのも道理ではある。

 しかしこうまで常軌を逸した異形に、それも戦闘の最中に変貌するような事例なんて、聞いたことがない。


 ……いや、俺に限ってはつい昨日お目にかかったばかりだったな。

 そう。こいつの異常には、昨夜戦った《心鏡の影身》と同質のモノを感じる。


 となると、この異常は俺に反応した結果なのか。あるいは――このダンジョン、《ロンギヌスの塔》自体に、なにかが起こりつつある前兆?


「ま、どう見たって普通じゃないよナ。特に、このイヤーな威圧感は」

「ええ。単にあの巨人が脅威だから気圧されている、という感じではありません。この粘ついた空気が肌を舐めるような、不快な『圧』は一体……」

「マモノってのは元々、対峙するだけでわけもなく嫌な感じがするモンだが、こいつはそれが異常だぜ。なにか状態異常の類でも受けてやがんのか?」

「もっと単純な話。これは、あのミノタウロスもどきに宿る『悪意』よ」

 蛇や鳥の形をした黒炎をけしかけ、変異ミノタウロスを牽制してくれていたフラムが、どこか苦々しい響きを帯びた声で告げる。

「闇の力が普通のマモノより遥かに濃いから、闇の源泉になっている負の情念が、物理的な圧力すら伴って伝わってくるの。これこそが魔力の本質にして暗黒面。個人の意思を世界に反映させ、世界を捻じ曲げるということよ」

『ブルギュギギギギギャアアアアアアアアッッッ!』


 フラムの言葉を肯定するかのように、とち狂った絶叫を上げる変異ミノタウロス。

 戦闘力とは無関係に、聞くだけで耳が腐りそうになるほど滲み出た悪意こそが、俺たちの肌を悪寒で粟立たせた。


 全身を黒く染める《闇》は滴り落ちるほどの量で、粘ついて蠢く様はまるで汚泥。

 その膨大なエネルギーは、俺の【エナジードレイン】でも吸い寄せられない。


 我欲を増大させる闇の力は、世界と繋がっても『個』としての自我を保つための力でもある。それが【エナジードレイン】を抵抗レジストしているのだ。

 尤も……こんな粗悪で劣悪なだけの《闇》、吸収したくもないが。


「こいつぁ、なかなか手こずりそうだな。しかしここまで、ほとんど戦闘らしい戦闘もなく来たんだ。ここは一つじっくりと――」

「いや、悪いがここは俺にやらせてくれ」


 やる気満々になっているガリウスを押しのけて、前に出る。

 ガリウスは抗議の声を上げようとするが、俺の顔を見て口が半開きのまま固まった。

 どうやら今の俺は、自覚している以上に凶悪な面構えのようだ。


「ここまでの道中、【エナジードレイン】で散々マモノの《闇》を吸収してきたからな。……そろそろ発散しないと、ヤバそうでさ。正直なところ、さっきから暴れたくてしょうがないんだ。お前らに、気を配る余裕は、保てそうにない」


 地下二〇階層から【エナジードレイン】を使い始め、ここまでマモノの群れに遭遇した回数は一七回。


 消耗もなく蓄積を続けた闇の力が、俺の負の感情を刺激する。

 怒りが滾り、闘争心が猛り、凶暴な衝動が稲妻となって神経を駆け巡る。

 全身の細胞一つ一つが、目の前の不快な巨人を叩き潰したいと叫んでいる!


 後退りしたガリウスの横を抜け、そのまま進もうとした俺の背中に触れる手が二つ。

 振り返ると、アスティとニボシが憂うような、案じるような瞳で俺を見つめてくる。


「大丈夫、なんですね?」

「大丈夫なんだろうナ?」

「――ああ。大丈夫だ。だから、そこで見ててくれ」


 二人と、その後ろで『あんたに心配なんていらないでしょ?』とでも言いたげな笑みで見送るフラムに笑いかける。ちゃんと笑えただろうか? 二人はキュウッと唇を結びながら胸を手で押さえていて、その反応からじゃよくわからない。でもなんか可愛い。


 大丈夫なのは本当だ。怒りで血は燃えているかのように熱いが、頭は凍りついたように冴えている。ハートは熱く思考はクールに、ってヤツだ。

 なにより、大切なものをちゃんと大切なものだと感じられている。


 自分を見失ってはいない。確固たる意志が憤怒を研ぎ澄まし、激情と衝動は一本の剣となってこの手に握られていた。


「待たせたな。それじゃあ、ろうか」

『ブルギギギギュアアアアアアアア!』


 黒炎の獣が全て消え去り、妨げるものがなくなった変異ミノタウロスが吠える。

 大上段から振り下ろされる棍棒。しかし先程の拳と同様、【ダークオーラ】に弾かれた。続いて斧。これも弾かれる。次に剣。これまた同じ結果。


『ブギギギギィィィィ!』


 汚泥のような《闇》が、苛立ちでボコボコと沸騰した。


 がむしゃらに武器を叩きつけ、拳で殴りつける変異ミノタウロス。しかしいくらやっても、俺の【ダークオーラ】を破れない。衝突の度に激しい火花が散るが、焼け焦げ傷つくのは変異ミノタウロスの方だ。


 いよいよ癇癪を起こしたように荒ぶり喚く姿は、図体ばかりで幼児並みの暴れ様。

 それを、俺は冷ややかな目で眺めていた。


「随分とご立腹だな。そんなに俺を叩き潰せないのが不満か? ――そんなに、弱い者を叩いて潰すのが愉しくてやめられないか?」


 俺は【ダークオーラ】を解く。右手には片手半剣を握り、左手には【ダークマター】で片刃の剣を形成した。その二刀流で変異ミノタウロスの攻撃を捌く。


 攻撃は依然として俺に一つも届かない。

 しかし変異ミノタウロスは、俺が息切れして【ダークオーラ】を維持できなくなり、防戦一方になっていると思ったようだ。

 牛の顔でもハッキリ伝わる嘲りで歪んだ笑みに、その心境がよく表れている。


 ――マモノたちの《闇》を取り込んだことで、俺はこいつらの正体が感覚的に理解できてきた。こいつらは死んで砕けた魂の残骸。亡霊や怨霊ですらない。負の情念だけを搾り取り、濾し取って煮詰めたようなマイナスエネルギーの集合体だ。


「【真なる闇の力】に覚醒した影響なのか、以前から感じ取れていた悪意の色を、今の俺はより詳細まで感じ分けられるようになった。だからわかるんだよ。お前の……いや、お前らの苛立ち、怒りの根っこにある嗜虐の色が。弱い者を痛めつけて殺すのが愉しくて愉しくてしょうがないっていう、腐り切った欲がな」


 一体なにがどうして、こんな姿に成り果ててしまったのか。そこまでは俺にもわからない。わかるのは……この巨人に宿る闇を生み出した連中がどいつもこいつも、弱者を食い物にして嘲笑う外道どもだったってことだけ。


 道中のマモノから吸収した闇に宿るのは『飢餓』だった。なにに飢えているのか、その理由も忘れたまま、生者の熱に引かれて命を貪る、虚ろな亡者の思念。


 しかしこの巨人を構成している闇は、もっと攻撃的で醜悪な思念の集まり。意図的にそういう思念を集めて作られたのだとすれば、作ったヤツの趣味は最悪だ。


「弱い者に噛みつかれて、抵抗されるのがそんなに嫌か。一方的にいたぶって踏みつけなきゃ愉しくないか。……まあ、わからんでもないさ。誰だって嫌いなヤツを一方的に圧倒して叩き潰すと、スカッと爽快な気分になれるもんな」


 邪悪だとか間違っているだとか、偉そうな口で否定できる立場では俺もない。

 この醜悪さは、俺の中にも確かに蠢いている。現にカマセ兄弟を叩きのめしたとき、俺は鬱憤を晴らし、憎い相手を足元に這いつくばらせる快感に酔っていた。


 人としての道徳や倫理なんて、俺が説いても薄っぺらに響くだけ。説得力の欠片もない。そういうのはもっと真っ当な善人の役目だ。

 それでも、我慢ならないことというものが俺にだってある。


「どんな趣味嗜好を持とうが個人の勝手だがな……俺の大事な連中に、なに薄汚い目を向けてやがる。――怒るぞ」


 告げて、俺は十字を描くように左右の剣を振り抜いた。

 相手の武器が、一度に全て砕け散る。変異ミノタウロスはもうとにかく俺をぶちのめしたくて堪らないのか、武器を再構成する間も惜しんで殴りかかってきた。


 俺は片手半剣を下げ、左手で拳を握る。すると【ダークマター】が、変異ミノタウロスのソレをさらに上回る巨大な手甲を形作った。


「だらああああああああ!」

『ブギャ!?』


 変異ミノタウロスの拳が三つ纏めて粉砕される。

 そこで俺の拳の勢いは止まらない。なんと手甲が俺の腕から飛び出して、砲弾のごとき勢いで変異ミノタウロスの顔面を打ちのめしたのだ。


 どうやら【ダークマター】は、体から離れてもある程度の遠隔操作が利くらしい。

 空中に浮遊する手甲は腕の動きに追随し、意識的な命令だけでも位置なんかの操作が可能みたいだ。ふむ、こいつは面白いな。


 強烈な拳でひっくり返った変異ミノタウロスは、呻き声を漏らしながらも元気に立ち上がる。顔面が崩れかかっているが、濃密な《闇》によってすぐに損傷は再生した。


「頑丈で結構なことだ。まだまだ、殴り足りないからなあ!」


 剣を地面に突き刺し、俺は右手でも拳を構える。

 そうすれば右にも巨大な手甲が形成され、これで両手が揃った。


 とくれば、やることは一つ。

 殴って! 殴って! 殴りまくる!


「だっ、ら! ルアアアアァァァァ!」

『ブギェギェゲゲゲゲゲゲゲゲ!?』


 俺の動きに合わせて、巨大手甲のラッシュが変異ミノタウロスを滅多打ちにした。

 巨躯が全身くまなく拳で打ち据えられ、半分宙に浮きつつ後退していく。


 こいつは良い。なにが良いって、手応えが生身の拳にもフィードバックして伝わってくるから、実に殴り甲斐がある!


 腕を砕く。足を砕く。腹を、胸を、頭を砕いて砕いて砕き続ける。

 次第に再生が追いつかなくなっていき、変異ミノタウロスの体が徐々に崩れ始めた。


「グルアアアアアアアア!」


 締めに、思い切り右の拳を振り被る。

 左右の手甲が粒子化して一つに纏まり、さらに巨大な手甲となった。

 その特大の拳を、変異ミノタウロスにぶちかます。


 本来なら立場が逆のサイズ差だ。ミノタウロスに殴られてヒトがタダじゃ済まないように、喰らった変異ミノタウロスもタダじゃ済まない。四肢が千切れ、残った胴体は通路の向こうまでふっ飛んだ。


 床に接触しても全く勢いが殺されず、バウンドを繰り返しながら転がっていく。

 とうとう通路の終わり、《心鏡の影身》の部屋に続く最奥の壁に激突して止まった。

 俺はゆっくりと、一歩一歩噛み締めるような足取りで変異ミノタウロスに近づく。


『ブル、ブギ、ブギィィ……』


 再生する余力も失ったようで、半壊どころか九割方崩れた巨体は小刻みに震えていた。

 元々が魂の欠片みたいなものだからだろうか。こいつらは生物の姿を真似るように土塊で肉体を形作り、生前と同じように五感で世界を認識している。


 そして神経が通っていなくても痛みを感じるし、恐怖心も覚えていたようだ。

 あるいは、忘れ去っていた恐怖が蘇ったか。

 今更命乞いされたところで、赦す気は微塵もないが。


 ――それに、一番試したかったスキルがまだ残っている。


「知ってるか? 俺たちヒト族や魔獣が宿す魔力には、必ず一つ自然界の属性を帯びているらしい。火・水・土・風の四大属性を中心とした、《エレメント》と呼ばれる概念だ。異能としては一生目覚めないまま終わることも珍しくない。だが《魔法使い》は勿論、上位ジョブを獲得するためには必須の資質だ」


 光の力、闇の力も一緒くたに六大属性と呼ばれることもあるが、本質的に別枠だ。

 そしてそれは、闇の力と他のエレメントは同居し得るということ。


「これも【真なる闇の力】の影響なのか、俺もついに目覚めてな。俺のエレメントは風の派生……《雷》らしい。より正確に言えば、闇の力で形作られた雷だ」


 バチバチと音を鳴らして、俺の全身から黒い稲妻が迸る。

 マモノから吸収した分の瘴気じみた《闇》を喰らい、黒雷はその質量を増す。そして俺が上に手をかざせば、黒雷は蛇、あるいは竜のごとく尾を引いて駆けた。


 これが俺のエレメントであり、その第一階梯アーツ。


「【闇雷ヤミカヅチ】――【雷呀らいがの鉄槌】」


 通路の天井近くから、漆黒の雷が落ちる。

 自然の落雷でさえ、並の生物なら即死する威力。それが異能の力、ましてやここまで吸収した《闇》の残り全てを注ぎ込んだ一撃ともなれば。


 咆哮にも似た雷鳴が轟き、眩い黒の輝きが薄暗い通路の灯りも暗闇も塗り潰す。

 変異ミノタウロスは断末魔の叫びを上げる間もなく、核どころかその巨躯が丸ごと、跡形も残さず焼却された。



「こいつは……凄まじいな」

「これが意志に呼応して引き上げられた闇の力、ですか」

「そしてタスクの怒りの力、だナ」

「怖い?」


 息を呑むガリウスたちの顔色を、フラムはなにげない眼差しで窺っていた。

 闇の力はその源泉となった感情や欲望を、相対する者や目にした者に否応なく訴えかけてくる。その性質はタスクの黒雷とて例外ではない。


 彼らにも伝わったはずだ。タスクの胸中に渦巻く憤怒の激しさが。

 誰だって、他人の怒りや憎しみといった負の感情になんて、わざわざ触れたくはない。人々が闇の力を、その使い手を忌避するのは、ある意味自然な感情だ。


「いやまあ、確かにおっかないくらいの強さではあるがな」

「その強さが味方についてるんだ。頼もしい、って言うのが適切だナ」

「禍々しい力ではありますが、ミノタウロスの変異体から感じたおぞましさとは全くの別物。操る《闇》の在り方からして、その違いは明白です」


 しかし、ガリウスたちの顔に嫌悪や忌避の色はない。

 浮かんでいるのはむしろ、どこかこそばゆそうな笑みで。


「だってよう――要するにあいつ、俺たちのために怒ってくれてるんだろ?」

「危うさを感じるのも事実ですが、彼はきちんと自覚して自分の怒りを制御できています。タスクに触れたとき、彼の雷は私たちに傷一つ付けなかった。信じる根拠としては十分ではありませんか?」

「あいつの怒りは、オイラたちを守ろうとする優しさの裏返しだロ。それをオイラたちが恐れる理由なんてない。違うカ?」

「……ええ、そうね。大切な人を脅かす悪意に憤る。それはヒトとして正しい感情よ。どんな理不尽にも憤らず、どんな悲劇にも涙せず……負の感情を全否定した先にあるのは所詮、そんな無慈悲と無情でしかない。だからタスクは怒りを力に変えるのよ。その憤りが、正しい感情から生まれたものだと信じているから」


 ああ、そうだ。そうだとも。この者たちになら理解できるはずだ。

 誰よりも間近でタスクと接し、言葉を交わし、彼の魂の在り方を知っている。なにより――その胸の奥底に、タスクと同じ『憤怒』を抱く彼らなら。


 だからこそ彼らはタスクと巡り合い、縁を結んだのだから。

 そしてきっと……自分の『誕生』もまた、タスクの闇黒に引き寄せられた運命の一部。

 そうであれば素敵なことだと、フラムは願うように微笑んだ。



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