ベスでした

 颯真の意識はまどろみの中にあった。

 ちょうど寝起きの感覚に似ている。寝ているのか起きているのか定まらない半覚醒状態の、そんな感じ。


 なにかを考えようとするのだが、まとまらずに霧散する。

 自分の存在すらもがあやふやだ。


 五感がまったく機能していないが、今の颯真にはそれを認識することも出来なかった。


 ただ、唯一覚えるのは飢餓感。


 腹減った。それだけ。


 五感がないにもかかわらず、何故か颯真は自分の真下にある食料の存在だけは感じられた。


 訳もわからず、一心不乱に貪る。

 貪るといっても、咀嚼は出来ない。溶かし、吸収する。

 それが不思議に考えられるほどの知能すら、今の颯真にはなかった。


 何時間か、何日か、何ヶ月か。

 颯真は時間経過の概念すらなく、本能に命じられるまま、ただひたすらにそれを喰らっていた。


 巨大な質量を持つなにかは、なかなか減らない。でも、それは喜ばしいことだ。

 ずっと腹を満たしてくれる。

 颯真は、嬉しいという単純な感情を、少しだけ思い浮かべることができた。


 ついにはそれもなくなった。

 でも、足りない。

 虚ろな意識の中、颯真がうろうろ徘徊していると、別の物を感じられた。

 やや小さめのなにかの塊。


 これも食べよう。


 颯真は本能に従った。



◇◇◇



 颯真は目を覚ました。

 

 記憶が混濁している。

 高校の教室で、不思議な声を聞いてからの記憶がおぼろげだ。


(俺は、異世界に召喚されたんだよな?)


 自問してみるが、回答は出ない。

 そもそも、声は聞いたが、異世界だと説明された覚えもないことに、颯真は今更ながらに気づいた。


 徐々に意識がはっきりしてくると、颯真は途方もない違和感を覚えた。

 どうにも五感がおかしいのだ。


 視界。妙に見えづらい。水に潜って、水中から水面越しに外の風景を見上げている、そんな感じだ。

 聴覚。聴こえはするが、頭の中に直接反響するような変な感じだ。

 嗅覚。匂いはしない。鼻が利かないなどのレベルではなく、まったくしない。

 味覚。あるのかないのかすらわからない。

 触覚。これが1番問題だ。手足の感覚が一切ない。身体が何故か地面に接している感覚はあるのだけど。


(そういや、声も出ないな)


 うろたえないのは我ながら流石だと颯真は思った。

 まあ、原因が、うっすら感じ取れているからだろうが。


 颯真は考えるより実際に感じてみようの精神で、ずりずり身体を動かしてみた。


(おお、動ける動ける)


 動くというより引きずっている感ではあったものの、まずは移動できることに颯真は安堵した。


 あらためて、周囲の様子をうかがってみると、そこは薄暗い洞窟の中のようだった。

 天井が見えないほどに高く、広そうだ。


 自然の岩壁だが、床には緻密に描かれた魔法陣らしきものがある。

 壁際には、机となにかの不思議な機器の数々。

 一見すると、その一画は研究室っぽい作りになっている。


 颯真は机を目指して移動した。


 机の傍らの機器の中には、液体に満たされたガラス筒がある。

 中身はとんと興味がないが、そのガラス自体に用がある。


 颯真がガラス筒の前まで到達し、鏡代わりにガラスの表面を見ると――そこには丸い物体が写っていた。

 ガラス筒の前にいるのは颯真だけであり、つまりそれが今の自分の姿ということになる。


 ありていに言うと、それはスライムだった。まんまるで赤っぽい、ぷるんぷるんした生物。


 普通なら叫んで然るべきところだが――


(しかもベスかよ。ないわー)


 颯真は結構余裕だった。

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