召喚せし者

 フェレント王国の闇昏き森デ・レシーナと呼ばれる大森林の奥深く。多重の結界に覆われた場所に、秘匿されし塔はあった。


 塔の主は、元・宮廷魔術師長にして希代の魔導士と謳われた、ジュエル・エバンソンという名の男である。


 彼はその類稀なる才能で、国に貢献した者として歴史に名を残し、同時にその才ゆえに追放された者でもある。


 若かりし頃、幻とされる古代竜エンシェントドラゴンの一柱と出会ったことが、その後の人生を左右する、彼の運命の――いや、不幸の始まりだった。

 当時すでに魔導を極めつつあった彼は、古代竜との邂逅を経て、その荘厳さ、溢れ出る生命と膨大な魔力の奔流に触れることで、己がいかに矮小な井の中の蛙であり、取るに足らないちっぽけな存在だったのかを知ったという。


 彼は人間という種族としての限界を悟り、人の身で及ばぬならば、自らの手で偉大な竜と並ぶ生命体を創造しようと試みた。


 魔術の秘奥だけでは飽き足らず、錬金術や呪術、邪法にまで手を伸ばし、魔導実験は昼夜を徹して続けられた。

 有機物無機物を問わず、国内外からあらゆる素体を集め、竜の母体となるべき混合体キメラを精製しようとしたのだ。


 日々の政務の裏で、怪しげな実験を繰り返し――神々の領域である”生物創造”の禁忌を犯したことで事態が発覚し、ついに彼は表舞台を追われることになってしまった。

 それまでの功績が考慮され、処刑までには至らなかったものの、彼は闇昏き森デ・レシーナの塔に幽閉されてしまう。

 

 しかし、彼は諦めるどころか、逆に塔を秘密裏に己が手中に収めてしまい、実験を継続させていた。


 それから、およそ20年――

 古代竜エンシェントドラゴンとの邂逅からでは、実に30年という歳月が流れ――

 彼はついに究極の魔導生命体、”人造覇竜”を完成させることになる。


 そして、今。

 彼の半生以上を費やしての大魔導は、最終段階に至っていた。


 特別にあつらえた塔の地下洞窟。

 広大な内部を埋め尽くす全長30mを超える緻密な魔方陣の中央には、その大きさに迫る竜の巨体が据えられている。


 竜に動く気配はない。

 それもそのはずで、これはまだ言ってしまえばただの空の器。内を満たす肝心な中身がないのだ。


「ようやく……我が悲願が果たされる……」


 ジュエル・エバンソンの枯れた声が洞窟内に響く。

 彼の年齢は60歳程度だが、その見た目は90近い老人を思わせる。

 それほど、精根尽き果てるまで没頭したということだろう。


 もはや残された時間は少なく、死期が目前に迫っていることは、彼自身が最もよく理解していた。

 そして、この最後の儀式を行なうことで、それすら尽きてしまうことも。


 だが、彼には一片の悔いもない。

 むしろ、このときを迎えるためだけに生き永らえてきたとすら感じていた。


 最後の儀式。それは招魂の儀式。

 死者を生き返らせられないのと同じく、いかな彼とて無から有は創りえない。

 魂ばかりは、他所から呼び寄せるしかないのだ。


 用いるのは、古代に編み出されたという異世界召喚術。

 この奇跡の法により、過去幾度となく訪れた世界の危機に際し、異世界より救世の勇士を喚び寄せたと聞く。

 本来は個人として召喚するのだが、今回は生きた魂のみの召喚となる。


 彼は残された命すらも魔力に変換し、魔方陣を起動させた。

 肉体から抜けた意識が拡散し、世界を隔てる次元を超えていく。

 無数の世界の無限の魂――資格を有し、呼びかけに応える魂の存在を辿るのだ。


 それは広大な砂漠で、一粒の小石を探すのにも等しい。

 停止したときの中で、永遠とも思える時間を彷徨い――ついに彼の執念は、その人物を捜し当てることに成功した。


「我が召喚に応じよ……返答は如何に……?」


『答えはもちろん! YES!』


(いえす?)


 意味はわからなかったが、了承の意であることは自然と知れた。

 言葉は契約の楔となり、この世界との魂の繋がりリンクが行なわれる。


 奇跡は――願いは成ったのだ。


 導いた魂と連れ立ち、彼の意識が肉体へと戻る。

 次の瞬間、魔方陣が眩い光を発し――ゆっくりと瞼を上げ、その光景を満足げに見届けた彼は倒れ、その生涯を終えた。



 偉大なる大魔導士、ジュエル・エバンソン。

 かつてすべてを得、すべてを失い、己が望みに生きた男。

 彼の唯一にして最大の誤算は、洞窟の天井の隙間から、1匹のスライムが竜の上に降りてきたことだったが――もちろん、それに気づいた者は誰もいなかった。

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