快眠倶楽部

横山記央(きおう)

第1話 快眠倶楽部

 我が快眠倶楽部は『どうしたら気持ちよく目覚められるか』を追求するための集まりだ。


 メンバーは、二十代から六十代までの男女が所属している。職業もバラバラだ。共通しているのは、気持ちのいい目覚めを得たい。ただその一点に尽きる。


 これまで多くの方法を試してきた。


 例えば、恋人と温泉旅行に行く。結婚している人は、奥さんや旦那さんと。


 しかし、この方法は既婚者には不評だった。奥さんや旦那さんと一緒の方が、落ち着かないという人が大半だったからだ。


 また、寝具についてもさんざん試した。


 睡眠には枕が重要だというので、良いと言われているあらゆる枕を試した。敷き布団や掛け布団も、材質、種類、厚さなど、様々なデータをとり、研究を重ねた。


 それでも、メンバーが納得する最高の目覚めには至っていない。


 ここまでメンバーで知恵を出し合ってきたが、限界だろうということで、外部から専門家を招くことにした。ちまたで快眠博士と呼ばれている人物だ。


「今までの皆さんの活動報告を見させて頂きました。どの方法も、快く眠るということを目的と考えると、非常に理に適った方法だと思います。しかしながら、感じ方には個人差があります。皆さんが納得いく方法となると、難しいと思います」


 快眠博士はそこまで言うと、メンバー一人一人の顔を見た。


「そして、非常に残念ながら、皆さんは、間違った方法をずっと試してきたということを、指摘させてもらいます」


「どういうことでしょうか」


「皆さんは、目覚めるということを、どのようにお考えでしょうか」


「気持ちよく寝て、起きる。そのように考えています」


 その場にいるメンバーが私の言葉に同意する。


「そこなんです。気持ちよく寝る。気持ちよく起きる。これを同じ物としてしまっているのが、間違いなのです。ここを勘違いされている方が非常に多い。皆さんも同じです。寝ることと、起きることは、別なんですよ」


 メンバーは皆、訳が分からないという表情だ。


「いいですか、気持ちよく寝るということは、寝ることが気持ちいいので、目覚めたくならないんです。仮に起きたとしても、二度寝したくなる。それが、気持ちのいい睡眠です。冬に暖かい寝具にくるまって、いつまでも寝ていたい。あの感覚です」


 確かにあれは気持ちがいい。私も二度寝をしたことは、一度や二度ではない。


「その状態では、起きることは苦痛に感じる。つまり、気持ちよく寝ることと、気持ち良く目覚めることは、違うものなのです。皆さんは、そこを混同されていた。だから、気持ちの良い目覚めに至っていないというわけですね」


 メンバーの中から、感心した声が上がる。


「今までこの倶楽部で追求してきたのは、いかに気持ちよく寝るかであって、いかに気持ちよく起きるかではなかったのです」


「なるほど、仰ることが理解できました。では、どのようにすれば、気持ちいい目覚めになるのでしょうか」


「いつまでも寝ていたい。その反対を考えればいいのです。起きたい。起きて良かった。そう思える状態こそ、私の考える気持ちよい目覚めです」


 今までになかった考え方に、メンバーがしきりに頷いている。


「具体的には、どういったことをすれば良いのでしょうか」


「皆さん、寝ている間に夢を見ますね。夢というのは、起きれば覚めます。もしその夢が恐ろしく、苦痛に満ちたものだとしたら、どうでしょう。一刻も早く目覚めたいと思いませんか?」


「それほど嫌な夢であれば、夢なら覚めて欲しいと思うでしょうね」


 メンバーの一人が答えた。


「そういうことなんです。夢が覚めて良かった。起きられて良かった。それこそ、目覚めるときの最高の気分じゃないですか」


 博士が、満面の笑みを浮かべる。


「ちょっと待って下さい。その理屈でいくと、わざわざ嫌な夢を見なくてはならないってことですか」


「その通りです」


 メンバーの中から、口々に意見が飛び出す。


「でも、嫌な夢を見たら、目覚めたとき、気分が良くないと思うのですが」


「私も夢を見るなら、楽しい夢を見たいと思います」


 しかし、博士はメンバーの声を意に介す様子はない。このままでは収集がつかなくなりそうだ。


「博士がそうおっしゃるからには、何か根拠があるのでしょうか」


「いえ、まだ提唱し始めた理論なので、これから臨床実験を重ねて行くところです」


 その声を聞いて、メンバーたちがついに騒ぎ始めた。


 ……と思ったら、次第に声が小さくなり、騒ぎが鎮静化していく。


 何がどうなったのか。


 少しぼんやりしてきた頭で考えた。


「そろそろお茶に混ぜた薬が効いてくる頃ですね。問題はありません。最初に実験同意書にサインを頂いていますから」


 今日この会が始まる前、セミナーの参加同意書として、サインを求められた。あれが実験の同意書だったのか。記載された内容をよく読まずにサインしていた。おそらく、他のメンバーも同じだろう。


 急激な眠気が襲ってきた。重いまぶたが落ち、視界が遮られた。薄れゆく意識の中、博士の声が聞こえた。


「皆様、実験へのご協力感謝します。では、しばし夢をご覧下さい。私の理論によれば、最高の目覚めとなるはずです」

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快眠倶楽部 横山記央(きおう) @noneji

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