ラーマ8823号の目覚め

大月クマ

サイクルx

*2XXX年――


 その宇宙船は、長さ800m、幅80m。

 偉大な小説家の著書宇宙のランデヴーに出てくる宇宙船から〝ラーマ〟と名付けられた。

 タンポポダンディライオン 計画で建造された、はんだいこうたいがたの巨大な宇宙船。


 宇宙は最後のフロンティア。

 最後の冒険の地。

 21世紀の中盤から、人類は宇宙への進出を本格的に始めた。

 人が、子供を産み育て、そして死んでいくようになる。

 そんなとき、月に出来上がった都市を悲劇が襲った。


 ひとつの彗星が落ちたのだ。


 直径1キロに満たない彗星が、月の都市へ落ちたのだ。

 何十万の人の暮らす都市は一瞬のうちに蒸発してしまった。


 もしこれが、月ではなく地球に落ちてきたら……。


 科学者達が弾き出した結論に、人々は恐怖した。

 人類の滅亡。それどころではない。地球環境そのものが一変してしまうことに……。


 その恐怖を回避するために、一群の宇宙船を建造した。


 地球に落ちる恐れのある彗星や小惑星の軌道を変えることにより、回避しようとした。

 だが、それでも足りないと、このタンポポ計画が作られた。


 人類を地球、太陽系外へ一気に進出させ、滅亡を乗り越える。


 人々を乗せた宇宙船を、太陽系外へ放つ。

 それはまさにタンポポが、自分の胞子を風に任せて遠くに飛ばすように……。



*ラーマ8823号 サイクル9――


 私は目覚めた。長い冷凍睡眠から……。

 この宇宙船は、世代交代型であるが、同時に冷凍睡眠で乗員を随時、眠りにつけさせている。

 私は、この宇宙船の中で生まれ育った第3世代だ。

 両親は……今頃、冷凍睡眠されているはずだ。

 冷凍睡眠技術は人類には不慣れで、コンピュータに任せきりではない。

 誰かが起きて管理維持している。

 乗組員の3割が眠りにつき、3割が船を維持管理し、残りがその冷凍睡眠の管理または自らの睡眠準備をしている状態だ。

 冷凍睡眠の維持管理していた者達が眠りにつくと、船を管理していた者達が自分たちの眠りの準備を始める。そして、眠っていた者達が目覚めると船を管理する。

 それを何度も何度も繰り返し、今回は全体で9回目のローテーションだ。


「おはよう! ゆっくり眠れたかね」


 最初に顔を見せたのは、髭ずらの男だ。


 どうせだったら、若い女性がよかった。


 頭痛がひどい。冷凍睡眠の副作用だ。まだ意識がボッとしている。

 これからメディカルチェックを受けて、船の維持管理をしなければならないと思うと、気が遠くなる。

 乗組員は、ただそれを繰り返しているだけだ。

 両親や、その前の世代ならば、宇宙の美しさ、というモノを味わえたのかもしれない。

 私にとって、宇宙は見慣れたモノだ。

 地球という星から送り出されたが、どんなに素晴らしいか、と聞かされたぐらいで――もちろん、映像ライブラリーはある――あまり興味を持てなかった。むしろ、拷問とも覚えるこんな旅行を計画した人達を恨みたい。


 退屈で仕方がない。


 現在向かっているのは、プレアデス星団すばるの方角らしい。

 この宇宙船は、子供の頃読んだ小説のように、光をこえるワープまたはジャンプ航行ができないので、ただひたすら惰性で飛ぶしかないのだ。


 人類が住める星を見つければ、そこに根を下ろしてほしい。


 計画ではそうなっているが、ラーマ8823号は一度たりとも、別の太陽の近くを通ったことは無かった。


 やはり、退屈な船の維持管理の任務に就くだけか……。


 それが終われば、冷凍睡眠の維持管理。そして、冷凍睡眠へ……。


 一体、どれだけ同じ事を繰り替えするだろうか?



*ラーマ8823号 サイクル13――


 私は目覚めた。長い冷凍睡眠から。

 また退屈な任務を任せられるのか、と思うと憂鬱になる。

 だが、今回の目覚めは何かが違っている。

 起きて見回してみると、数人見たことの無い制服を着ていた。


 誰かが、どうせ暇つぶしに新たに服をデザインしたのか?


 いや、そうではなさそうだ。


「冷凍睡眠中の乗組員は、ほぼすべて覚醒を確認しました」

「ありがとう。作業を続けて」


 見慣れない服を着た男が、その上官らしい女性に報告している。

 見回してみると、私以外の乗組員も、この謎の人物達に困惑しているのがうかがえた。

 そして、女性が一歩前に出て、我々に向かって話し始める。


「わたしは、宇宙艦隊のエヴァ=スミス中佐です。

 皆さんをお迎えに上がりました」


 宇宙艦隊? 何のことだ?


 どうせ冷凍睡眠を担当している者が、退屈しのぎに小芝居でも売っているのだろう。

 なかなか面白い趣向だが、今度私がその任務に就くときにも、やってみよう。

 と、私は冷凍睡眠の装置から起き上がり、外を見た。


 ただ何も無い宇宙を……いや、何だあれは!?


 巨大な円盤状の何かが、この宇宙船と並行して飛んでいるではないか!?


「残念なお知らせと、嬉しいお知らせがあります。

 まずは、残念な方から……このタンポポ計画ミツションの中止が通達されました」


 何だって!?

 いや、むしろ私にとっては、嬉しい知らせだ。

 こんな退屈な任務を繰り返さずにすむ。

 だが、中止されたとを言っても、私達の乗っている宇宙船は、地球から遙か彼方だ。

 もう数光年は確実に遠ざかっている。

 中止されたから、はい帰ります、と言うわけには行かない。


「嬉しいお知らせ……これは、少々信じてもらえないかもしれませんが……」


 もったいぶらずに教えてくれ!


「皆さんが、宇宙に旅立ってから、その後地球では、光をこえるワープ航行が開発されました。

 そのため私達は、無謀に飛ばした胞子たねを回収しています。

 皆さん! 地球に帰れますよ!」


 地球に帰れる……帰れる?


 戸惑っている者もいる。私もそうだ。

 冷凍睡眠の装置の中にいた者は、この宇宙船の中で生まれた三世以降の人間ばかりだ。


 故郷は、この宇宙船だ。


 だが、私は決断をした。

 こんな退屈な宇宙船から逃げ出せるのなら、地球見ず知らずの星にも行ってやる!

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ラーマ8823号の目覚め 大月クマ @smurakam1978

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