ユメノツヅキ

かぴのすけ

本当の告白は1度きり

「先輩のことがずっと好きでした。」

先輩の卒業式の日、私は軽音部で使っていた音楽室に呼び出した。

胸の中に秘めたこの気持ちを表に出すことは容易なことじゃない。…その筈なのに、告白の言葉は簡単に口にできた。

「…そう、だったんだ。俺、全然気づかなかったよ。」

「返事が欲しいわけではないんです。」

返事が欲しいわけじゃない?

そんな訳ないじゃん。

「俺は…」

知りたい。私は…知りたい!



「ねぇって凪沙、聞いてる?」

寝ぼけた私の頭に鳴海の声が響いて意識がはっきりとしてくる。鳴海は私の友達だ。

「あ、ごめん。 ぼーっとしてた。なんの話だっけ。」

最近寝つきが良くない私は昼間、眠くてたまらない。

「もー。最近噂になってる『ユメノツヅキ』てお店の話だよ。」

「噂では夢崎神社の境内に上がる階段の途中に突然別の場所に続く道が現れるんだって。先に進んだら古い一軒家があって、近くの看板に『ユメノツヅキヲオミセイタシマス』って書いてるんだって。」

怜奈は私のもう1人の友達。私達は3人とても仲が良かった。

それにしても夢崎神社と言えば、確か地元でも有名な心霊スポートだ。

「何それ、オカルトの話? 私、幽霊とか信じてないから。」

「いやいや凪ちゃん、あそこはマジだから。私達もあそこで幽れ…」

怜奈がいつものマシンガントークを始める寸前で鳴海がこれを制し、

「私達、これから行ってみるつもりなんだけど、凪沙もいかない?」

「ごめん、今日部活があるから無理。」

「え、凪ちゃんって軽音やめたんじゃ…」

「っ…」

「…わかった。部活頑張ってね。」

鳴海は私の意図を汲んでくれたみたいだ。

今は1人で居たい。



放課後、誰も居ない教室に1人でいるのは軽音部が終わるのを待っているから。時刻は午後に7時を回り先生たちが校舎の施錠確認を始める頃、私は自分の存在を消して昇降口に向かう。

「あれ、凪沙じゃん。」

「⁉︎」

有紗は軽音部に居た時に仲良くなった子だった。どうしてまだ有紗がここに…

「新学期が始まったら部活辞めたっていうから…どうしたの?」

に、逃げなきゃ…

私は有紗を振り切って昇降口から飛び出した。



だいぶ学校から離れた場所までやってきた。一心不乱に走ったからもうクタクタだ。

「はぁ、はぁ。 今日は、ぐっすり眠れそうだな。」

らしくない皮肉が溢れる。そんなことはない。きっとまた見るんだ、悪夢を。



周りを見渡すと大きな鳥居が見えた。気づかない間に私は夢崎神社の前まで来てしまっていたようだ。ここから家までは少し距離がある。なんでこんなところに来てしまったんだろう。そう思った矢先、私は鳴海と怜奈の話を思い出した。

『ユメノツヅキ』

どうせ夢崎神社という心霊スポットに尾鰭がついて出来上がった作り話。

頭ではわかっていても身体が神社の方へと向かっているのに私は気づいた。



結論から言えば何もなかった。

境内までのきつい階段は途中で分岐することなく、登りきった先には閑散とした空間が広がっていただけだった。まぁ、そんなものだよね。ほんの少しの期待を抱いた割に裏切られたとわかった時の衝撃は思うより大きかった。とはいえ何もしないと言うのはなんとも腑に落ちなかった私は財布から取り出した100円玉を賽銭箱に投げ入れ一言。

「悪夢を見なくなりますように…」

すると突然強烈な風が境内を駆け巡り静寂を跡形もなく破壊した。ビュービューと吹き荒れる突風の中からする声を私は聞き逃さなかった。

「こちらでお待ちしております。」

風が止むと私は声がする方へと向かっていった。



階段を一段づつ降りると途中行きしなには無かった通路が一つ。新たな通路の階段を登った先には噂の一軒家と看板があった。看板には『ユメノツヅキヲオミセイタシマス』の文字。噂は本当だったようだ。扉の前に立つと中から

『お待ちしておりました、小海原凪沙様。どうぞ、お入り下さい。』

と声が聞こえた。建物の雰囲気に似合わない、甲高い少女の声だった。



中に入ると外観からは想像もできない広い空間と枕に布団、ベッドと寝具が山のように積み重なった異様な光景に思わず目を疑った。部屋の中心には先程の声の主と思われる中学生くらいの巫女装束の少女が手招きをしていた。

「貴方がここに来た理由は存じております」

「あの、ここが何なのか教えて貰えませんか?」

「ここは夢の中で迷った者に『ユメノツヅキ』を見せる場所です。」

「夢の中で迷うって私、寝ていませんよ。」

「いえ、貴方は今眠ってるのですよ。」

そういうと少女は指を鳴らす。すると、バスケットボール大の大きさの水晶が突然私の目の高さの位置に現れた。中には先程の神社の軒下に横になっている私が映っていた。

「貴方は魂だけ私の前にいるのですよ。」

理解の追いつかない私に少女は、

「申し遅れました。私はこの神社に祀られております、夢見(ゆめ)と申します。」

「祀られているって、神様ってことですか?」

「その通りです。」

神様か… 私相当疲れてるな…

「信じられないのも無理ありません。最近の人間は神への信仰心が薄れてきていますから。」

「はぁ、それで神様は私に何の用ですか?」

「用があるのは貴方の方でしょう? 」

「…。 悪夢を見なくなる方法がある、ということですか?」

「いいえ、私に出来るのは『ユメノツヅキ』を見せることのみです。それに貴方が悪夢と呼ぶ夢、本当に悪夢なのですか?私にはその様には…」

私はこれまでにない憤りを感じた。

「私の夢を覗いたの…?」

「はい。私は夢を司る神ですので、容易いことです。」

「幾ら神様だって私の気持ちを覗くなんて許せない!」

「私が覗いたのは『夢』であり、『気持ち』ではありません。」

「私の中では『夢』も『気持ち』も同じなんだよ!」



私の夢は簡単に言えば、卒業する先輩に告白してフラれるって夢。思いを告げるのは難しいことだけど、夢の中でなら簡単にできた。でも現実にはそうはいかない。先輩には彼女がいる、私は知っていた。知らなかったのはその相手が同じ部活で日々切磋琢磨していた有紗だったこと。私は裏切られたように感じた。事実を知った日から有紗と距離を置くようになり、軽音部も逃げるように辞めた。

悪夢とは実現できなかった先輩への告白を夢で見ることで現実が崩壊していくことだった。



「夢は浅い睡眠の時に見るものだと言われています。貴方は常に夢を見て傷付き現実に戻っていく。でもおかしくないですか?貴方は夢の中で言っているではありませんか。『返事はいらない』と。」

「そんなの建前じゃん… 本音は聞きたいよ。俺も好きだって言って欲しい。でもその返事がこないのはわかってるんだよ。」

「ここは夢の中です。ここで何をしようと現実には何も干渉はありません。思いを告げるべきです。」

「へ…。」

「これが本当の『ユメノツヅキ』です!」

突然目の前を閃光が走り、私は目を閉じた。



目を開けると、私は音楽室にいた。すると後方のドアが開き、先輩が入ってきた。

「どうしたんだ、急に呼び出して。」

「え… その、あの…。」

「しっかりと思いを伝えねばなりませんよ。私が『ユメノツヅキ』を見せられるのは1人につき一回だけです。この機を逃せば、貴方は永遠に悪夢から抜け出すチャンスは来ません。」

夢見の声が頭の中で何度も木霊する。

チャンスは一度きり。

私は意を決して、

「先輩のことが…ずっと、ずっと好きでした。」

夢の中なのにドキドキが止まらない。唇が鉛のように重くて、顔は真っ赤になって、とてつもなく暑い。

「…そう、だったんだ。俺、全然気づかなかったよ。」

「返事が欲しいです…。私は先輩と付き合うことができるのでしょうか。」

「…小海原、お前には言ってないんだが、俺は有紗と付き合ってる。だからお前と付き合うことはできない。」

「…知っています。最初は驚きましたよ。でもお似合いだとも思いました。部をまとめる先輩とそれをサブリーダーとして支える有紗ちゃんが私には眩しく見えていました。」

「俺が部長として軽音部を引っ張っていけたのは有紗の支えがあったからだ。でも小海原、お前の高い演奏力と繊細さが沢山のライブを成功させたのは揺るぎない事実だ。軽音部にはお前が必要なんだ。頼む、力を貸してやってくれ。」

「…わかりました。先輩の頼みですから、頑張ってみます。」

「ありがとう。 そろそろ朝が来る。夢が冷める時間だな。」

「はい。」

「お前の音楽に一生懸命なところ、俺は好きだぞ。」

「⁈…」

あの夢の中で見た先輩の笑顔は本当の先輩ではないかも知れないけれど、私はこの先ずっと忘れることができないのだろう。



あの日以来『ユメノツヅキ』の噂は聞かなくなった。なんでも鳴海と怜奈が実際に夢崎神社に行ったものの何も見つからず、デマであるという形で収束したみたいだ。私は軽音部に復帰して新部長の有紗を支える立場に落ち着いている。有紗は遠くの大学に行った先輩と連絡を取って遠距離の恋愛をつづけているそうだ。部内恋愛禁止を掲げていたため、部長と副部長が表立って付き合えないから周りにも話せなかったというのが事の顛末。隠していたのは何も自分にだけでは無かったようだ。反感を買ったみたいではあったが今のところ、部は順調に回り私の心の傷もほんの少しづつ癒えてきている。



結局のところ夢見が何者なのか、何故私に干渉してきたかは今でもわからないが、今も誰かの本当の『ユメノツヅキ』を見せているのだろうか…。

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ユメノツヅキ かぴのすけ @kapinosuke1208

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