夏
浦木 佐々
第1話
夏惚け
夏が遠い。その距離は丁度、今の僕と君ぐらい離れていた。
夏が遠いと知りながらも、四季の節目にその残滓を探してしまう事が定番化していた。例えば、幼い頃遊んだ神社の池で泳ぐ金魚。不揃いな石段を降りれば梅の香りで春を自覚しそうになるけれど、その先の道路に二人分の自転車が停められている事を期待した。
よく釣りに出掛けた川は、取水塔の真上に太陽を誇らしげに飾っている。そんな水面を眺めていると、自作の船で太平洋に繰り出そうとした日を思い出す。母に意気揚々と報告し、弁当を持たされ、父の大きなTシャツを旗代わりに掲げた夏の日の事を。すぐに沈んだ事は伏せておいて、周りの連中に海はデカかったなんて自慢したのは確か君の方で、あの大層な語り口に言葉の持つ引力を知らしめられたのが懐かしい。土手を歩く道すがらで、そんなことを切実に考えていた。
「誰かと思えば"待ち惚け"じゃねぇか」
突然の声に思わず肩が跳ねた。前方から誰かが歩いている事は理解していたが、それが古くから付き合いのある男だとは思っていなかったからだ。
「いい加減にその固有名詞はやめてくれよ」
「まずは呼び出しておいて勝手に散策してた事を謝れ。後、結構気に入ってんだよ"待ち惚け"って。ほら、お前って名前のせいでアダ名なんて今まで無かっただろう?それに中学以来会ってない子と偶然の再会ってヤツをしたくてフラフラ徘徊ばかりしてんだから」
「探しに行っている時点で待ち惚けではないだろ」
「行動の話じゃねぇよ。だったらどうして同窓会にもこねぇんだよ?あの子が来てたの知ってんだろ」
知ってる。喉元まで出掛かった言葉を無理矢理飲み込んだ。どうせ彼は僕たちの関係を不可思議な両性的観点から俯瞰しているに過ぎないと解っていたからだ。
僕はあの子にそんな事は求めていないし、そもそも女という認識が合致するとも思えなかった。僕の知っている彼女はこの男から聞く綺麗な大人の女性ではなく、山猿みたいな子供だったのだから。
それに僕たちの関係に予定を合わせるだとか、事前に連絡を取り合うなんて事が不釣り合いに思えた。偶然道端で出会い、そのまま自転車を並走させて、目的を決めるぐらいが丁度良い関係なのだ。
「だんまりかよ。会いたくねえの?」
「会いたいに決まってるだろう?」
「あっそ。なら、この土手を真っ直ぐ進んでみろ、多分お前の求めてる偶然が暇そうな顔して待ってるから」
三月の風に夏よりも夏らしさがあるように思えた。そんな事を考えた僕はきっと"夏惚け"。
夏 浦木 佐々 @urakisassa
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